(アルファ版)新米薬師の診療録

織姫みかん

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Karte6:熱発疹

第29話 調薬は朝飯前

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 宿屋は深夜だというのに明かりが灯っていました。きっと私たちを待っていたんでしょう。宿屋の主人であるドスさんは私たちが到着するとすぐに患者がいる客室へ案内してくれました。
 ドスさんの話だと患者はセント・ジョーズ・ワートからやってきたという旅人の男性。2日前から滞在しているらしいけど今日になって発熱を訴え、夜になって顔に発疹が出始めたとのこと。昼間にエドから聞いた熱発疹の話を思い出して私を呼んだそうです。
 「夜中にすまないね。ただの風邪なら朝まで待っていたんだが、顔に発疹が出始めたからもしやと思ったんだ」
 「気にしないでください。ほかに宿泊客は?」
 「いや、この男だけだ。あとはオレと女房だけだ」
 「奥さんは?」
 「下で寝ている。さっきまでこの男の看病をしていたんだ」
 「わかりました。この男性が来た前後でお客さんはいましたか」
 「いや。獣が冬眠に入るこの時期は狩猟者もいないからな」
 「そうなんですね。わかりました」
 なるほど。そうなると感染のリスクがあるのはドスさんと奥さんだけで済むかな。
 「とりあえず診察して薬の処方をします。ドスさんは部屋の外に。同じ空間にいればその分だけ感染するリスクが高まるので」
 「ああ。そうさせてもらうよ。すまないね」
 「気にしないでください。エド、悪いけど手伝ってくれる?」
 「りょーかい」
 「それじゃ、あとはよろしく頼むよ。オレは下にいるから手伝えることがあったら遠慮なく呼んでくれ」
 部屋を出ていくドスさんに処置が終わったら呼ぶと伝え、私は目の前で横になっている患者の診察を始めます。よほど熱が高いのか魘されているようにも見えます。
 「エド、ランタンの明かりをもっとこっちに寄せてくれる?」
 「こうか?」
 「もっと上、そう。そこでキープして」
 「あいよ」
 「ありがと――ごめんね」
 「なにが?」
 「診察に付き合わせて。熱発疹は感染力が強いから罹っちゃうかもしれない」
 「そのときはどうにかしてくれるんだろ。なら心配することねぇよ」
 「ありがと。エドが罹った時は全力で看病するから」
 「その時は頼む。それでどうなんだよ。熱発疹なのか」
 「うん。典型的な熱発疹の症状が出てる。熱発疹で間違いないよ」
 ランタンの灯に照らされた患者の顔には無数の赤い発疹。高熱を伴う発疹が出る病気は他にもあるけど、発疹が顔だけにしか現れないのは熱発疹のほかにない。魘されているし熱でかなりきついと思うけど、そこまで呼吸が苦しいような感じはしないから解熱薬の投与だけで大丈夫かな。
 「エド、カバンから解熱薬取ってくれる?」
 「細い瓶のやつか?」
 「うん。まずはこれを飲ませて――」
 コルク栓を抜いた薬瓶を患者の口元へ近づけ、少しずつシロップ薬を飲ませていく。咽ることなくちゃんと飲み込んでくれているから朝までには効果が出るはず。
 「――あとは、念のため呼吸を楽にする薬を出そうかな。薬箱をこっちにもらえる?」
 「ここで作るのか」
 「基本的な材料と道具は入ってるからね。照明係お願いね」
 「はいはい」
 「えっと今回は解熱薬飲ませたし――2回分で大丈夫かな」
 患者の容態から必要な薬量をざっと計算しつつ調薬の準備を進める私。エドが手元を照らしてくれているから割と作業は楽に行えます。今回必要な薬草は“ヤジリソウ”に“ブラッドマリー”とそれから……
 「あとは“シュガーシート”だけど、熱発疹用だから少し“ミナミヒイログサ”も混ぜるかな」
 「普通の薬と違いがあるのか」
 「うん。解熱作用を付与したいからね。飲ませた解熱薬でも十分効果はあるけど熱が高いから念のためにね」
 「そっか。おまえって薬のことになるとほんとすごいよな」
 「薬師だからね。よし。これを薬研ですり潰して……」
 「それで粉にするのか。小さいのによく出来るな」
 「携帯用の薬研だから小さいのは仕方ないよ。コツさえ覚えれば簡単だよ――うん。あとは等分して包めば調薬終了」
 「もう出来たのか」
 「出来たよ。あとは1回分ずつに分けて薬包紙に包むだけ」
 時間にしてほんの数分。シロップ薬のように煮出す必要が無いので調薬に掛かる時間はすごく短い。
 「このくらいなら朝飯前だよ。ドスさん呼んできてくれる? 薬の説明したいから」
 「りょーかい。ランプは置いていくからな」
 「良いの?」
 「少しでも明るい方が怖くねぇだろ」
 「う、うん。ありがとね」
 エドってこういうとこ気が利くよね。ランタンを床に置いて部屋を出ていくその姿が少しだけかっこよく見えたけどエドには内緒にしておこう。

 私たちが宿屋を出たのは朝方。夜が明けて日が昇りだしたころでした。
 解熱薬の効果が患者の熱は平熱近くまで下がり、発疹はまだ出ているけど容体は安定。私たちが出る時は静かに寝息を立てていたからあとは発疹が引けば完治するはずです。
 「薬はドスさんに預けたんだよな」
 「うん。患者さんが目覚めたら飲ませるように伝えているから大丈夫だと思うよ」
 「そっか」
 「朝になっちゃったね。ごめんね。眠いでしょ?」
 「人の心配する暇あるのか。すげぇ眠そうだぞ」
 「ここで寝ちゃダメ?」
 「もう少し頑張れ。薬局に戻ったら寝て良いから」
 「良いの?」
 「薬師が寝不足じゃ困るだろ。店番は俺とアリサさんでしとくから、しっかり寝ろ」
 「そうさせてもらうよ……ふぁ~眠い」
 急患の対応が終わったと思ったらなんだか力が抜けてきた。もう着替えなくて良いや。薬局に着いたら速攻ベッドに飛び込もう。

 ――その後、熱発疹が村で広がることはなく、私が診た旅人以外で発症したのは患者さんと同じ建物にいたドスさん夫婦。あとは散発的な感染者が確認されただけ。私もエドも発症することなく、恐れていた大流行が起きずに初雪が降るころにはいつものエルダー村に戻るのでした。
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