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1. 俺の親父という奴は

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「ごめん」
 俺は目の前で顔を真っ赤にしている学年一の美少女に向かって、そう言った。心の底から、本音で。
「ホントごめん」
 学年のマドンナこと楠木くすのきあやめが俯き、肩が震え始めたので、校舎裏とはいえここで号泣されたら困ると思い自分でも気味が悪いくらいの猫なで声で続ける。
「おまえならさ、俺なんかよりずっといい奴と付き合えるよ」
「……んで……?」
 あやめはゆっくりと顔を上げた。やべ、ちょっと泣いてる。
「なんで、私じゃダメなの……?」
 うーん、これもよく聞かれる。しかも可愛い女子にばかり。多分彼女らにも自分のルックスに自信があるのだろう。それを俺ごときに粉砕されたら当然傷つくし、『フラれた』なんていう敗者の烙印を押されるくらいなら、と何をしでかすか分からない。
「私だって、香坂こうさかくんがモテるのは知ってるよ。誰にでも優しいし、フレンドリーだし、他の男子にも好かれてて……。でも、私たち席替えしてから仲良くなったじゃん? 色々話して、少しずつ香坂くんのことを知れたと思ってた。私が勘違いしてた? 私のこと嫌いだなんて思ってもみなかった……」
「いや、嫌いとかじゃない。おまえ話しやすいし、いい友達だと思ってるよ?」
「ともだち……」

 彼女は再び頭を垂れる。本格的に肩が揺れ出し、その涙が乾燥した校舎裏の土に落ちてはすっと吸収されるのを、俺はただ見ていた。

「じゃ、じゃあさぁ……」
 しゃくり上げながら、あやめが口を開く。
「他に好きな人がいるの? 私は香坂くんのただの友達で、彼女にはなれないの?」
 参ったな、と懊悩しながら、俺は後ろ頭を掻きむしった。
「ねえ、答えて! 私たち友達なんでしょ!?」
『友達』の部分を強く発音する彼女に対し、『好きな人がいる』と嘘をつくことは不可能ではない。だが、この戦法は悪手だ。過去にこの術で交際をお断りしたケースの内の何名かが、俺の架空の想い人を探し出そうと様々な珍騒動を起こしたことがあるのだ。関係ない他の生徒に迷惑をかける結果となって俺は理由無き罪悪感に囚われた。あれはもうご免だ。

「……他の誰にも言わないって約束するなら、理由を教える」

 やっとの思いで俺が言うと、彼女はパッと顔を上げた。
「分かった、言わないから教えて」
「俺は……」
 これ言うの、ホント馬鹿馬鹿しいんだけど、俺は素直な良い子なので、そして目の前の楠木あやめの本音に敬意を表して、真実を明かすことにした。


「俺、ウチの親父より綺麗で可愛い人じゃないと、上手く付き合える気がしない」


 瞬間、泣きじゃくって真っ赤だった彼女の顔がみるみるうちに青ざめていった。
「そんな! 無理! そんなの絶対無理だよ! だって……」
 俺は本音をぶつけた。これで終わり。
 踵を返して何やら言っているあやめの声を背に昇降口に向かう。
「だって香坂くんのお父さんって……あかつきみちるじゃん!!」
 ああ、俺だって分かってるよ、あの親父より綺麗な女性がこの地球上にはあんまり存在しないことぐらいは、ね。
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