朝日に捧ぐセレナーデ 〜天使なSubの育て方〜

沈丁花

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第二部

お正月の帰省②(東弥side)

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実家には母が取ってくれた飛行機のチケットで行き、はじめ静留は飛行機を少し怖がっていたが、途中からは東弥に寄り掛かり眠ってくれた。

そして空港からの移動はタクシーで。

東弥一人なら節約するところだが静留がいる今回は母の財力に甘えさせてもらうことにした。

「着いたよ。」

眠っている静留の肩を優しく揺するとゆっくりと瞼が開かれ、その瞳が東弥を映した途端にふにゃりと愛らしく笑んだ。

「おはよう、東弥さん。」

「おはよ、静留。」

目覚めの口づけの代わりに頭を撫で、それから荷物と共にタクシーを降りる。

「…おおきい…。」

門扉の前で家を見た静留が目を真ん丸く見開いた。

確かに静留と東弥が住んでいる家に比べてもこの家は大きく立派で、そもそも子供の頃から東弥は自分の家が他より裕福であることを自覚している。

「うん、多分結構大きい。」

「おしろみたい…。」

そこまでではないよ、と口元を綻ばせながら言おうと思ったところで家の方からかつかつと規則的な音が聞こえてきた。

次第に見知ったシルエットが近づいてくる。

「東弥お帰り。傷はもう大丈夫そうで安心したわ。」

ばっちりとしたメイクに高いヒールのショートブーツ、ピッタリとしたVネックのニットにタイトなレーザースカート。

昔からあまり見た目が変わらないその人は、不敵な笑みを浮かべながら芯の通った声で東弥に告げた。

驚いたのか静留はピクリと肩を震わせ東弥の背中に隠れてしまう。

「久しぶり、母さん。」

「2ヶ月ぶりくらいよ。そんなに久しくないわ。それと…静留君、あの時はごめんなさい。息子がここまで奥手だとは思わなくてひどいことを言ってしまったわ。寒いから入って。おわびになるかは分からないけど、気にせず寛いで頂戴ね。」

静留は何か言いたげに口をぱくぱくしていたが、結局話すタイミングが見つからず口を閉じたようだった。

いつもそうだ。東弥の母は話したいことを簡潔にばっとまとめて話すため、相槌を打つ隙がない。

その上言いたいことを言った後は引き留めない限り即座に去っていってしまう。

まだ背中に張り付き固まったままでいる静留の方を振り返り甘いglareを放ってやると、彼はやっと安心したように硬く結ばれた口を解いた。

「驚かせてごめんね、悪い人じゃないんだけど、いつもああいう感じなんだ。中に入ろうか。」

「うん。…でも、ありがとう、いえなかった…。」

__可愛い。

しょんぼりとうさぎのマフラーに顔を埋める姿があまりに可愛くて、危うく彼を抱きしめかける。

しかしここは家の前で、その上外だ。

なんとか衝動を堪えた東弥はもこもこの手袋を纏った静留と手を繋ぎ、足並みを揃えてゆっくりと、実家のドアをくぐった。






中に入るとリビングのテーブルにピザとカップのサラダが並べられていた。

「お寿司もあるわよ。」

母の発言を聞いた東弥は言葉に詰まる。

サラダはひとまずおいておくとして半径20cmはありそうなピザが2枚並んでいる上に寿司まであるなんて、この3人で食べ切れるわけがない。

「…父さんは?」

尋ねると、母は年甲斐もなく拗ねたように唇を尖らせた。

「ああ、ずっとパソコンに向かって計算してるわよ。3ヶ月前にそろそろシュミレーションが実現しそうだとか言い出して、それっきり生活に必要な最低限のことをする以外ずーっとキーボードを離さないの。あんまり構ってくれないものだから芹澤と鮎川に預けて帰ってきたわ。」

__芹澤さん、鮎川さん、お気の毒に…。

芹澤と鮎川は母の秘書で、ともかく常に雑用を押し付けられまくっている。

母の身の回りの雑用だけならまだしも、数学者である父の身の回りの世話まで任せられてしまうなど、考えただけでも恐ろしい。

ちなみに父は研究が面白くなると食事も入浴も、時にはトイレに行くことすら忘れてしまうため、必要最低限生きて行かせるために“あとちょっとなんだ”、と拗ねる父を1日3、4回部屋の外に無理やり連れ出さなくてはならず、世話はかなりの労働だ。

「なるほど…。でも俺たちこんなに食べられないんだけど。」

「いいわよ残ったら全部私が食べるから!お酒もたっぷり用意してるの。付き合ってちょうだい。」

「静留はまだ19だから飲ませないで。」

「私が飲むの!!飲んで独り言言ってるからただ頷いて聞いててちょうだい!!」

そして父が数式に没頭する日々が続くと母が決まって自暴自棄になるのも昔から変わらない。

母の大声を聞いて静留はまたびくんと身体を跳ねさせた。

「静留、あっちでピアノの練習でもする?」

すでにビールのプルタブを開け始めた母と距離を取らせるための提案だったが、ピアノ、と聞いた母が途端静留の方に身を乗り出す。

「なに?静留君ピアノ弾けるの?…毎年西弥…息子がお正月に来るために調律していたから、癖で今年も調律してしまったの。聞かせてくれない?」

勢いに気圧されたのか静留は数秒間沈黙し、それから勇気を振り絞るようにぎゅっと拳を握りながらゆっくりと口を開いた。

「…あの、そのまえに、すこしだけ…。東弥さんのおかあさんと、ふたりでおはなし、したい、です。」

__えっ…?

意外な返答を聞いた東弥はとっさに静留の瞳を覗き込み、心の中で母がその申し出を断るよう強く祈る。

「もちろんよ。東弥、部屋に戻ってて。」

しかし願いは叶うことなくすぐにリビングを追い出されてしまった。

「…母さんに話?兄さんのこと?それとも、…俺のこと…?ああもうっ…!!」

普段独り言などほとんど言わないのに自分の部屋に入った途端に自然と言葉が溢れてくる。

数分間心の内を枕に向かって話し続けた東弥は、それでも全くもやもやがおさまらず、仕方なく本棚から教科書を取り出し年明け提出のレポートの答えを考え始めた。






しばらくしてリビングからピアノの音が聞こえてきて、それと同時に誰かが階段を上がる音が聞こえてきた。

ピアノの音は静留のものだから、母が上がってきているのだろう。

「東弥っ!!」

「なに!?」

ノックも無しに部屋のドアが開き、突然名前を呼ばれた東弥は驚いてベッドから落ちそうになった。

ただでさえ2人が話している間不安でたまらなかったのに、追い討ちをかけるように突然ドラマのクライマックス顔負けの剣幕で名前を呼ばれたのだから、たまったものではない。

「静留、何て?」

一旦深呼吸をしてから冷静に問い掛ければ、母は東弥のベッドに腰掛け、“いい子ね”、と優しく微笑んだ。

「まずはリボンのお礼を言われた。それから、…子どもが産めないことや生活能力に欠けていることを謝られたわ。それでもあなたが一緒にいたいと望んでくれるなら、自分はあなたのそばにいたいと。

話すのは下手だったわね。でも、伝えたい思いがはっきりしてた。何より、彼の主語は全部あなただったの。あなたが幸せになってほしい。自分と一緒にいたら、あなたが子どもを持てない。

いい子だわ。そして何より可愛い。思わずありがとうって抱きしめちゃった。そうしたらとても可愛い笑顔を浮かべたの。」

__静留がそんなことを…。

彼の言葉でその情報を伝えるのは、どれほど大変だっただろう。普段他人と話すことが苦手な彼が母にそのことを話すために、どれほどの勇気が要っただろう。

それを思ったら泣きそうになった。

今すぐ彼に会って抱きしめたい。

しかし、一つ引っかかることがある。

「…ちょっと待って、静留のこと抱きしめたの?それで静留が笑った?」

「何よ嫉妬?」

何やら面白いものを見たという表情を母が浮かべたが、今の東弥にそれを気にする余裕は残念ながらない。

「ああそうだよ嫉妬だよ!静留のことが大好きだし静留は可愛いから誰にも触らせたくない。」

「束縛は嫌われるわよ。」

「…それは嫌だな…。とりあえず話は終わったようだから俺も静留のところに行っていいよね?」

「ええ、まあ…。」

母の呆れ口調など全く気にせず東弥はそのまま階段を降りてリビングまで行き、ピアノを弾いている静留の身体を我慢できず背中から抱きしめた。

「…??」

振り返った彼は口をぽかんと開け、不思議そうに首を傾げた。

「静留、愛してる。」

額に口づけを落とせば、白い頬が桜色に染まる。

ごほん、と後ろから咳払いが聞こえた。

「ドラマもびっくりのワンシーンね。」

「母さんだって静留のこと抱きしめたんでしょう?」

「そんなこと言うならずっと膝にでも乗せてなさいよ。」

「うん、そうする。」

「…そう…。」

言質を取ったので、静留が何曲か弾き終えた後は母の言葉通り彼を膝の上に乗せてソファーに座る。

彼がピアノを弾いている間に東弥が並べておいたお寿司を静留はきらきらとした目で見つめた。

「静留、どれ食べたい?」

「えっと、きいろのやつ!」

「卵かな。はい、口を開けて。」

卵の寿司を半分に割って口に入れてやると、静留は幸せそうにもぐもぐと頬を膨らませる。

「静留君、これも甘くて美味しいわよ。」

様子を見ていた母が唐突に高級なチョコレートを取り出し、静留の口の前に持って行った。

膝の上で静留が雛鳥のように口を開くのを見て東弥はひどく慌てる。

「ちょっと母さん、それは俺の仕事だから!」

「いいじゃない。可愛いものを愛したい想いは全世界共通でしょう?」

「…。」

母の言葉には残念ながら否定できる要素がひとつもなかった。

女性は男性と比べて脳梁が狭く口喧嘩に強いと言うが、母と話しているとそれを痛いほどに感じる。

結局帰省で東弥の母と静留の親交は大いに深くなり、東弥がシャワーを浴びて出てくると母が静留の髪を綺麗に結んでいたり、翌朝起きると母が好きな曲を静留がピアノで弾いていたりするほどだった。

普段の彼からするとこんなにもすぐに誰かと打ち解けるなど考えられない。

しかし、無理をしていたのかもしれないと思い帰りの飛行機で“来年は帰省しなくていい”、と静留に言った時、彼が“もうおかあさんに会えないのか”、と悲しそうに瞳を潤ませたため、嫉妬を覚えつつも東弥は母が日本にいるときはちゃんと帰ろうということを決意したのだった。
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