壊れた空に白鳥は哭く

沈丁花

文字の大きさ
10 / 41
旅立ちと新しい出会い

救いの手。

しおりを挟む
明るい部屋の中、硬い寝台の上に、アルは動かぬよう固定されている。

4人は上から下まで舐めるようにアルを見回すと、再び舌なめずりをした。

娼館の客には日常的に向けられていた視線だが、そのおぞましい表情に寒気がする。気持ち悪い。

「なんだこいつ、嫌そうな顔する割には怯えてはないな。」

4人のうち背が低く人相の悪い男が、アルの顎を片手でつかみ、表情を覗き込む。

…アルが彼等に怯えないのは当たり前だ。

シャウラにはもっと人相の悪い人がたくさんいたし、娼館で複数のαを相手したことだってあるのだから。

男はアルが表情1つ変えないのを確認すると、つまらなそうに舌打ちした。

「まあいいじゃないか。その落ち着き払った顔を歪めたいねぇ。」

別の1人がそう言って、他の2人もまたその意見に頷いた。

アルのコートに手がかけられ、脱がされ、肌を露わにされた。

台に拘束されているため、腕からするりと服を抜くことはできない。

コートとカーディガンはハサミで切られ完全に剥がされたが、シャツのボタンは一つ一つ焦らす様にゆっくりと外されていき、それに従って2つの薄ピンクの突起が顔を出す。

華奢な白い身体に映えるその桃色の小さな膨らみに、男たちの視線は釘付けで、彼らがゴクリと息を飲むのがわかった。

抵抗はしない。今更見る人が少し増えたからといって、アルにはもうどうでもよくて。

「綺麗な色だな。その生意気な瞳とは正反対の、穢れを知らないピンク色だ。」

赤毛の男はアルのその突起をざらついた舌でねっとりと舐め、今度は青い髪の男がもう片方の突起をじゅるりと下品な音を立てながら吸った。

…気持ち悪い。

嫌悪感に、どうにかなりそうだった。何度も仕事として施されたことのある行為なのに、今は気持ち悪くてたまらない。

ズボンの上から萎えた性器をやわやわと揉まれても、ただ気持ち悪いだけで反応することはなくて。

彼の残り香がその男たちの汗の匂いで塗り替えられていく。

アルは羞恥ではなく、自ら遠ざけた彼の香りが消えていくことが苦しくて、2つの瞳から涙をこぼした。

「おっ、泣いてる。やっぱ恥ずかしいのか?かわいいじゃん。」

「生意気そうな瞳に涙なんて、最高にそそるねぇー。」

どうやら彼らは涙の意味を勘違いしているらしい。それならそれで構わないが。

やがてアルの腹部を這うように舐め回す舌が、徐々に下へと下がっていった。

「なあ、こいつつまんなくね?」

「いや、こういうのを鳴かすのが萌えるんだって。」

抵抗を示すこともなく、かといって愛撫に対し反応を示すこともないアルに、彼らは少しずつ声を荒げていく。

「とりあえず穴を晒そうぜ。」

「いいね。」

抵抗したわけでもないのにやけに乱暴に下半身を裸に剥かれ、一旦足の拘束が解かれたかと思うと、今度は赤子のおむつ替えの様な角度で足を開かれ、両足を宙に固定された。

晒された全く湿り気のない後孔を、4人はにやにやと舐める様に見つめた。

…さすがに屈辱だ。こんな体勢を取らされて、娼館でもこんなことをやる人は限られていたのに。

アルは何も言えない唇を悔しさに強く噛み締めた。

「あっ、ちょっと悔しそう。いいねえ。こういうの。俺好き。」

けたけたと笑う声もやけに残酷に響いて。

「ほら、咥えろ。」

青い髪の男が、欲情した雄の声とともにかちゃかちゃとベルトをくつろげると、そそり立つ自らのモノをアルの口元へと押し付けた。

濃厚な雄の臭いが鼻をつき、流石に嫌だと顔をそらすが、それは無駄な抵抗で。

あ、吐く…

そのモノが口元に当たった時吐き気がこみ上げてきて、これは本当に吐くやつだとわかった頃にはすでに激しい嘔吐を繰り返していた。

吐瀉物が男の昂りを濡らす。

どんなに深く息を吸い込んでもひどい胸焼けが収まらず、生理的に漏れた涙が頬を伝った。

苦しい。

ごほごほと咳き込むと、目の前の男は興醒めしたようにまだ落ち着いていないアルを抱え、外に放り出した。激しい拒絶に熱を帯びた身体は、冷たい雪に埋もれ濡らされていく。

下半身が剥き出しのままに放り出されたから、アルはかろうじて纏っていた長めのシャツの合わせを閉じ、ボタンを止めて腿までを隠した。

せめてコートくらい、返して欲しかった。薄手のシャツではこの気温には耐えられない。バッグも結局返されていない。

「あー、なんかめんどくせー。」

「おえ、きたねー」

「俺も冷めたわ。」

ため息交じりの声が中から聞こえる。

やがて咳も胸焼けも落ち着いてきて、頭がぼうっとした。

このまま凍死するのも悪くない。アルはそう思い、目を閉じようとするが、突然近づいてきた気配に、小さな頃培った勘が警告を鳴らした。

さっと立ち上がり目の前を見ると、そこにいたのは、顔だけみれば優しそうながっしりとした体型の男で。

「いい反応だ。お前、うちで働くか?」

ニカッと笑った彼のうなじには歯型がついており、ごく稀にいる、αと番ったΩであることがみてとれる。そしてにこにこと優しそうに笑う表情の裏から、裏社会の人間の気配がした。

…ここまできてそんな社会に関わるなんて、ごめんだと思う。シャウラに入ったらとっとと命を絶つつもりなのに。

「…結構で「やめたくなったらやめていいから自殺する気がなくなるまでは働け。」

彼はアルの言葉を途中で遮り、強くそういった。アルは驚いて目を見張る。なぜそんなことがわかるのだろう。

「わかるさ。お前が死のうとしてることくらい。昔の俺と同じ目だ。死にたい、じゃなくて死ななきゃ、っていう目。

Ωには生きにくい世界。死のうと思って死ぬことなんてない。俺と一緒に来い。」

その言葉を聞いて、さらに驚く。自分は生きたかったのかと、そんなことにさえ言われるまでは気づかなかった。ただ、それでも裏社会で手を血に染めるような生き方はしたくない。

「大丈夫、俺たちの仕事はお前の思ってるようなもんじゃない。

人を守る仕事だ。それなら意味だって見いだせるだろ?」

伸ばされた手に、アルはためらいがちに触れた。怖くない、温かな手。それでも、すぐに引っ込めてしまう。

だって自分に守る仕事なんて、できるわけがない。

「俺は、αの首を絞め、殺そうとしました。それで極刑にかけられたんです。

本当は、生きていてはいけない。」

男はじっとアルを見た。怒っている風ではないし、罪人を軽蔑してるふうでもない。ただ、観察している風に。

「…理由は?」

「そんなこと、答えてどうするんです?」

理由なんて関係ない。ただ罪が残るだけだ。

そう思ったから、アルは彼に問い返す。しかし彼はアルの引っ込められた手を取り、強く握った。

どうして。

「そうだ。理由は関係ない。でも、それを言い訳にしないから、お前がもう2度とそうしないことはわかる。

それに、誰かを傷つけて死ぬなんて無責任な話だな。誰かを傷つけた罪は、誰かを守ることで償え。」

…反省している証。そうかもしれない。それに確かに、死んだから償える、というわけではないのかもしれない。

「…向いていなかったら、辞めさせてください。」

「そういうことは、働いてみてからいうことだ。

…お前、名前と年齢は?」

「…名前はアル。15歳。」

アランからもらった名を使っていいのか悩んだが、もう2度と会うこともないのなら、まあいいかとその名を答えた。

「じゃあアル、来い。」

彼は自らが纏っていたコートをアルに着せ、そしてアルを車に乗せた。

車に揺られながら、男がここにいた理由について聞いてみた。どうやらアトライアの方で依頼があった帰りらしい。拠点はシャウラにあるようだ。

車がアトライアからシャウラへと抜けるゲートを通過していく。ここを通れば、きっともうアランとは2度と会えないだろうと、少し寂しい気持ちになった。

…それでいい。アルは結局この先も生きるだろう。彼もまた、生きて、幸せになってほしい。

この無機質なゲートは夢と現実の境目なのだろうと、アルにはそんな気がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...