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民間警護組織「デネボラ」
仕事
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「こちらアル。クライアントを自宅まで送り届けました。」
「了解。お疲れ。◯◯通りの支部に車が停めてあるからそこから戻ってくれ。」
「…承知しました。」
しっかり戻るまでが任務だと言われていても、この瞬間はいつも肩の力が抜ける。
今日も誰も傷つくことなく終わってよかったと。
地獄の訓練を終え、警護に当たるときはヒートでなくても抑制剤を半錠含む、という条件つきでアルは職務につけるようになった。
エレンがそう強いたのはアルが無自覚に相当な匂いを放つせいである。
今ちょうど3回目の任務を終えたところだ。
ボディーガード、とはいえ毎回危険にさらされるわけではない。
政界の偉い人や名高い研究者、資産家…
そんな人たちの周りで常に殺人事件が起こっていたら、大惨事だ。
もちろん全神経を集中させ、周りのわずかな殺気なども感じ取れるように常に気を配っているし、そばにいるクライアントが不快に感じないよう振舞うことも、念頭に置いている。
だから疲れることには疲れるのだ。万一に備えて依頼をしているのに、その万一に対応できなかったら意味がない。
テロ対策や亡命の援護など、必ず命の危険が伴う仕事もあるが、それを任されるのはアルよりずっと職歴の長い先輩たちで。
なにせ15では免許も持てない。免許を取るまでアルたちに任せることができる仕事はかなり限られる。
「おーっ、アル、お疲れさん。今日も何もなくてよかったなぁー。」
伝えられた地点にある車の窓から、ヨルが呑気そうに顔を出した。しかし助手席に座った時、アルは彼の右腕が止血してあることに気がつく。
「…ヨルさん、その傷は?」
「あー、今日はちょっと一悶着あってな。まあ今回の依頼は銃くらい出てくるだろうと踏んでたが、一発だけ防ぎきれなくてな。大したことはない。
一応簡単に縫ったからな。」
…自分で縫ったのか。ほおが引きつるのを抑えることができなかった。
そして銃くらい、という言葉は聞かなかったことにしようとアルは思う。銃規制の徹底されたこの国で撃たれたなんて、シャウラでも滅多に聞かない話だ。
「お前は少し休んでおけ。」
なんともない顔をして運転する彼は、本当に恐ろしい人だ。
どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう、と思う。
ヨルと着替えるタイミングが被ったとき、いつも傷のない部位がないのではないかというくらい古傷まみれの身体に、アルはいつも唖然としてしまうのだ。
「まだ死にたいと思うか?」
休めと言う意味が寝ろと言う意味なのをわかっていながらも寝付けないアルに、ヨルが優しい言葉で問いかけた。
「…いえ。」
「なら、よかった。
…ああ、あと来週の水曜日、ギルバードの補佐についてほしい。
クライアントの警護じゃなくてそれとなく会場に紛れ込んで注意を払ってほしい人物がいるんだ。
多少危険は伴うが、給料も弾んでやる。できるか?」
訓練でそういう類のものがあったことを思い出す。普段無愛想なことは自覚しているアルだが、演技は得意だ。
それより驚いたのは。
「給料、出るんですか?」
「はぁーー?」
アルの発言に、ヨルが素っ頓狂な声を上げた。何かおかしいことを言っただろうかとアルは首を傾げる。
「いや、あんなきつい訓練を受けさせてボランティアで仕事しろなんて言わねーよ!」
果たしてそうだろうか。娼館では二畳の個室と食事が与えられたものの、精神的にも体力的にも酷い苦痛を強いられてきた。
働いているΩ達は常に客やα、βの職員から虐げられ、扱われ方は客引きの猫以下だった。
ただ望んでもいないのに抱かれ、もちろん買われた立場だから給料などない。
デネボラでの訓練が楽なわけでは決してないが、やりがいのある仕事、理解のある優しい人たち、恵まれた環境。どこを取ってもここはあそこよりずっと優しい世界で。
気づけば車は長く無機質な地下通路に入っていた。
ぐねぐねとうねりの激しい道は、いくつも分岐し、1つでも分岐を間違えればデネボラのオフィスには辿り着けない。
所々にある標識の意味をはじめてきた時は全く理解できなかったが、訓練の最後、試験を受ける1週間前になっていきなり大量の暗号を叩き込まれた記憶は苦しい思い出だ。
一応、その暗号を全て読むことができれば迷わないようになっている。
「とりあえず、来週はその任務を任せるから、後で渡す資料に目を通しておけ。」
いつも通り3回の確認ゲートをくぐった後、車を出る時ヨルにそう言われ、アルはこくりと頷いた。
刹那、ヨルのものではない怒声が、すぐ近くで聞こえてきて、心臓が止まりそうになる。
「バカ!こんな雑に縫ったら跡が残るだろーが!!だからついて行くって言ったんだ!!」
…始まった。
「おいおい怪我人だぞ、もうちょい優しくしてくれよ。」
「ケガには触れないようにしてるだろ。」
エレンがぐいぐいと乱暴にヨルを連行し、アルはその後を追って中に入る。
ヨルとエレンは喧嘩するほど仲がいいの典型例で、だいたいいつもこんな感じだから気にならない。
「あー、アル、21時に俺の部屋まで来てくれ。」
「わかりました。」
先ほど言っていた資料の件だろう。その言葉に頷くと、アルは空気を読んで2人から離れたのだった。
「了解。お疲れ。◯◯通りの支部に車が停めてあるからそこから戻ってくれ。」
「…承知しました。」
しっかり戻るまでが任務だと言われていても、この瞬間はいつも肩の力が抜ける。
今日も誰も傷つくことなく終わってよかったと。
地獄の訓練を終え、警護に当たるときはヒートでなくても抑制剤を半錠含む、という条件つきでアルは職務につけるようになった。
エレンがそう強いたのはアルが無自覚に相当な匂いを放つせいである。
今ちょうど3回目の任務を終えたところだ。
ボディーガード、とはいえ毎回危険にさらされるわけではない。
政界の偉い人や名高い研究者、資産家…
そんな人たちの周りで常に殺人事件が起こっていたら、大惨事だ。
もちろん全神経を集中させ、周りのわずかな殺気なども感じ取れるように常に気を配っているし、そばにいるクライアントが不快に感じないよう振舞うことも、念頭に置いている。
だから疲れることには疲れるのだ。万一に備えて依頼をしているのに、その万一に対応できなかったら意味がない。
テロ対策や亡命の援護など、必ず命の危険が伴う仕事もあるが、それを任されるのはアルよりずっと職歴の長い先輩たちで。
なにせ15では免許も持てない。免許を取るまでアルたちに任せることができる仕事はかなり限られる。
「おーっ、アル、お疲れさん。今日も何もなくてよかったなぁー。」
伝えられた地点にある車の窓から、ヨルが呑気そうに顔を出した。しかし助手席に座った時、アルは彼の右腕が止血してあることに気がつく。
「…ヨルさん、その傷は?」
「あー、今日はちょっと一悶着あってな。まあ今回の依頼は銃くらい出てくるだろうと踏んでたが、一発だけ防ぎきれなくてな。大したことはない。
一応簡単に縫ったからな。」
…自分で縫ったのか。ほおが引きつるのを抑えることができなかった。
そして銃くらい、という言葉は聞かなかったことにしようとアルは思う。銃規制の徹底されたこの国で撃たれたなんて、シャウラでも滅多に聞かない話だ。
「お前は少し休んでおけ。」
なんともない顔をして運転する彼は、本当に恐ろしい人だ。
どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう、と思う。
ヨルと着替えるタイミングが被ったとき、いつも傷のない部位がないのではないかというくらい古傷まみれの身体に、アルはいつも唖然としてしまうのだ。
「まだ死にたいと思うか?」
休めと言う意味が寝ろと言う意味なのをわかっていながらも寝付けないアルに、ヨルが優しい言葉で問いかけた。
「…いえ。」
「なら、よかった。
…ああ、あと来週の水曜日、ギルバードの補佐についてほしい。
クライアントの警護じゃなくてそれとなく会場に紛れ込んで注意を払ってほしい人物がいるんだ。
多少危険は伴うが、給料も弾んでやる。できるか?」
訓練でそういう類のものがあったことを思い出す。普段無愛想なことは自覚しているアルだが、演技は得意だ。
それより驚いたのは。
「給料、出るんですか?」
「はぁーー?」
アルの発言に、ヨルが素っ頓狂な声を上げた。何かおかしいことを言っただろうかとアルは首を傾げる。
「いや、あんなきつい訓練を受けさせてボランティアで仕事しろなんて言わねーよ!」
果たしてそうだろうか。娼館では二畳の個室と食事が与えられたものの、精神的にも体力的にも酷い苦痛を強いられてきた。
働いているΩ達は常に客やα、βの職員から虐げられ、扱われ方は客引きの猫以下だった。
ただ望んでもいないのに抱かれ、もちろん買われた立場だから給料などない。
デネボラでの訓練が楽なわけでは決してないが、やりがいのある仕事、理解のある優しい人たち、恵まれた環境。どこを取ってもここはあそこよりずっと優しい世界で。
気づけば車は長く無機質な地下通路に入っていた。
ぐねぐねとうねりの激しい道は、いくつも分岐し、1つでも分岐を間違えればデネボラのオフィスには辿り着けない。
所々にある標識の意味をはじめてきた時は全く理解できなかったが、訓練の最後、試験を受ける1週間前になっていきなり大量の暗号を叩き込まれた記憶は苦しい思い出だ。
一応、その暗号を全て読むことができれば迷わないようになっている。
「とりあえず、来週はその任務を任せるから、後で渡す資料に目を通しておけ。」
いつも通り3回の確認ゲートをくぐった後、車を出る時ヨルにそう言われ、アルはこくりと頷いた。
刹那、ヨルのものではない怒声が、すぐ近くで聞こえてきて、心臓が止まりそうになる。
「バカ!こんな雑に縫ったら跡が残るだろーが!!だからついて行くって言ったんだ!!」
…始まった。
「おいおい怪我人だぞ、もうちょい優しくしてくれよ。」
「ケガには触れないようにしてるだろ。」
エレンがぐいぐいと乱暴にヨルを連行し、アルはその後を追って中に入る。
ヨルとエレンは喧嘩するほど仲がいいの典型例で、だいたいいつもこんな感じだから気にならない。
「あー、アル、21時に俺の部屋まで来てくれ。」
「わかりました。」
先ほど言っていた資料の件だろう。その言葉に頷くと、アルは空気を読んで2人から離れたのだった。
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