記憶喪失の僕は、初めて会ったはずの大学の先輩が気になってたまりません!

沈丁花

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夜のお迎えと予想外のデート③

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ドアを開けた北瀬に先に入るよう促され、お邪魔しますと言いながら玄関に足を踏み入れる。

しかし、入ってすぐ礼人はその場で足を止め固まってしまった。

__すごい。先輩のにおいがする…。

周りの空気全てが微かに北瀬の香りを纏っていて、過剰なほどにここが彼の領域であることを意識させてくる。

同時に落ち着いていた心臓がまた甘く疼き、存在を主張し始めた。

「どうかしましたか?」

自らも中に入りドアを閉めたあと、北瀬が不思議そうに尋ねてくる。

「…その、においが…。」

「…すみません。何か匂いますか?」

素直に答えれば、北瀬は僅かに眉を顰め近くにある消臭スプレーに手を伸ばした。

「あの、違います!先輩のにおいがするので、抱きしめられてるみたいだって思って…って、何言ってるんでしょう、僕…。」

誤解を生む表現をしてしまったことに気が付き慌てて言い直したものの、今度は余計なことまで言ってしまい両手で口を塞ぐ。

本当に、自分は何を言っているのだろう。

もともと会話がそこまで得意な方ではないが、北瀬を前にすると特にひどい。

北瀬は今どんな表情をしているのだろうと、気になるが怖くて見ることができずに俯いていると、ふわりと頭上から手が振ってきた。

「えっ…?」

北瀬の予想外の行動に驚き、礼人は素っ頓狂な声を漏らし顔を上げる。

見上げた先で、優しく細められたシトリンの瞳が揺れていた。

「緊張しますね。」

そのまま端正な唇が綺麗に綻び、柔らかな声で紡がれる。

愛おしい、と言わんばかりの彼の声音や視線に、礼人はきゅっと胸が締め付けられるような心地を覚えた。

「先輩も、緊張しますか?」

全く緊張しているようには見えず、思わず礼人が問い返せば、北瀬は少し考えるようにした後で照れたように笑った。

「ええ。自分の家に春崎君がいるだなんて、変な気を起こしそうです。」

「変な気…?」

意味がわからずに礼人は首を傾げる。

変な気とはなんだろうか。全く検討がつかない。

「…いえ。今ので無くなりました。」

「えっ?」

「寒いですから中に入りましょう。こちらへ。」

疑問は解かれないまま、頭の上に置かれた北瀬の手が離れていく。

もう少しだけこのままでいたい、と言いたい言葉を呑み込んで、礼人は中の方へと進む彼の背中を追いかけた。

そして追いかけている途中、一つ心に引っ掛かりを覚えた。

そういえば、礼人は誰かに触れられることがあまり得意ではないのに、北瀬に触れられた時だけはいつだって全く不快感を覚えない。

そればかりか、手が繋がれた時も、優しく頭に手を置かれた時も、もっと長い時間触れていてほしいと望んでしまう。

__好きな人になら触られたいって思うものなのかな?

考えてもそれ以上の答えが出ることはなく、礼人は勧められた座布団の上に座り、机の上に並べられたBlu-rayのパッケージを呆然と眺め始めた。
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