記憶喪失の僕は、初めて会ったはずの大学の先輩が気になってたまりません!

沈丁花

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眠たさと泣き声

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とんとん、と弱い力で肩を揺すられて、礼人あやとは今にも机に頭をぶつけかけていた自分に気がつく。

手に握られていたはずのシャープペンシルが一足先に机に寝転んでいて、ノートには力ない赤子が書いたようなひどい文字が書かれていた。

「すみません、また…。」

またやってしまった、と後悔しながら北瀬に懺悔する。付き合いはじめから1ヶ月。北瀬の家にいるといつだって礼人は途轍もなく眠い。

今日も自分からレポートを教えて欲しいと言ったのに、話を聞いている途中で意識を失ってしまったようだ。

「大丈夫ですよ。コーヒーでも淹れますか?」

何も気にしていない様子の北瀬から、ふわりと優しい問いかけが降ってくる。

「あの、でも、…苦いのが苦手で…。」

礼人がしゅんと肩を落とすのを見て、彼はふっと頬を綻ばせた。

折角恋人の家にいるのに常に眠気を帯びてしまう礼人を、北瀬が責めたことは今まで一度もない。

「牛乳と砂糖を入れたらどうでしょう?」

「カフェオレは大好きです!」

「ではそれで。少し待っていてくださいね。」

北瀬が立ち上がり、礼人の頭の上にぽんと手を置いた。

その手の温もりに、自然と身体が傾きつい身を委ねてしまう。

北瀬と触れていると、欠けていたジグゾーパズルのピースがその時だけはまっているような、途方もない安心感に包まれる。

だから、時々思う。もしかしたら彼が礼人の過去に関係しているのかもしれない、と。

__…そんなわけ、ない…。

一瞬よぎった行き過ぎた妄想を、心の中で笑い飛ばす。

そのうちにまたふわふわと意識が遠のいて、一度は抗おうとしたけれど結局吸い込まれるように机に臥してしまった。

「そこで寝ては風邪を引きますよ。」

困ったような、けれど変わらず優しい声が、礼人の鼓膜を揺らす。

このままいたら風邪を引いてしまうと知っている。そもそもここで寝るなんて本当は許されない。

わかっていても、もう身体を動かすことはできなかった。

「せめてベッドに…。」

声とともにふわりと身体が宙に浮き、数秒後背中に柔らかな感触があたる。

同時に北瀬の香りが全身を包み込んだ。

「…もう寝ていますか?」

__…はい、寝てしまいました。

微かに聞こえた問いかけに、心の中で返事をする。

その後で、今度はすすり泣くような小さな声が聞こえてきた。

「…あや…。ごめん、離れられなくて。…ごめんなさい…。」

__だれ?先輩?…泣いてる…。

夢だろうか。…否、彼が泣く理由などないのだから、夢に違いない。

でも、その声が鼓膜を揺らす感覚は妙にリアルだった。

__夢じゃないなら泣かないで…。

祈りながら意識を手放す。

こんなに優しい人が、泣いていいわけがない。




翌日礼人はすっきりとした心地よい朝を迎えた。

まどろみ始めた後の記憶は全て失って、

小さな後悔を、記憶の奥底に握りしめて。
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