記憶喪失の僕は、初めて会ったはずの大学の先輩が気になってたまりません!

沈丁花

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明日の君が笑顔なら ⑨

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何かを奪われそうで怖い。けれど、怖気付くのと同じくらい惹きつけられる。

「…どう、なりますか…?」

身体を蝕むような熱さをどう冷ませばいいのだろう。分からなくて次を乞うように問い返せば、目の前の瞳がはっきりと熱に揺れた。

でも、こんなにも熱っぽい瞳で礼人を見つめるのに、北瀬は何かを堪えるように唇を歪めたまま何もしてこない。そのことが礼人を余計に混乱させてくる。

だって、礼人にはこの先どうすればいいのかが分からない。

「りとさん、おしえてくださっ…!?」

耐えきれずもう一度訪ねた途端、今度は目にも止まらぬ速さで掻き抱かれた。

彼の胸板に顔が触れたかと思うと、そのまま背中に腕を回され、奪うように強く締め付けられる。

今北瀬は何を考えているのだろうか。何も言われないから分からない。

「りとさ… 「何も知らない君に、この先を教えていいのか分からない。嫌がられてしまうのではないかと考えると、このまま堪えるの最善の策だと思わされる。」

後頭部に手を添えられ、端正な唇が耳のすぐそばまで近づけられて。ぞっとするような低い声が、不安げに囁いた。

「…嫌がる…?」

「うん。すごく良くないことを考えているから。」

「良くないこと…?どんなことですか?」

決まり悪そうに“良くないこと”、と言われても、北瀬がそんなに良くないことを考えるようには思えない。

「…大人の恋人同士がすること。」

「恋人がすることなら、僕と先輩もできます。教えてください。」

自分と北瀬だって恋人だ。それなのにどうして良くないなんて言うのだろう。

当然のように礼人が言い切ると、北瀬はゆっくりと熱を吐き出すように長い長いため息をついた。

それから礼人の身体を離し、礼人の両肩に手を置いてじっと向き直る。

「嫌になったら絶対言うこと。約束できる?」

小さな子に言い聞かせるような声音だ。

じっと礼人の瞳を見つめて、お願いのように訴えてくる。

「恋人がすることなのに、どうして嫌がるんですか…?」

「どうしても。」

芯を帯びた声ではっきりと言い切った後、“約束できる?”、ともう一度尋ねられた。

頷かないと先には進めないのだと悟り頷けば、北瀬はやっと安心したように口元に笑みを浮かべる。

「でも、朝からすることじゃないから、続きは夜にしよう。映画でも観ようか。」

「えっ、でも… 」

このまま何もしないでいて、自分は耐えられるのだろうか。知らない何かが身体を、内側から壊してしまいそうなくらいに疼かせているのに。

不安になり北瀬の瞳を覗けば、宥めるように頭を撫でられる。

「しばらくしたら落ち着くから。」

そのまま柔らかに抱きしめられ、しばらくとんとんと優しく背中を叩かれた。

彼の言うとおり、そうしているうちに熱は治まって。

そして、その後初めて、礼人は眠らずに北瀬と映画を観ることができたのだった。
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