【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】番外編Ⅴ 逆さ鏡の伝説

月城はな

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月姫

1-1 伝説の始まり

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「ジャジャジャ、ジャアア~~ンッ!」

 ディエラ国、第一王女の私室にて。

 ディエラ国の穏やかな空気を裂くような大声を上げて、この部屋の主であり自分の未来の義姉であるジュリナが、何やら大きめな物体(?)にかけてあった深紅の布を取るのをリュセルはぼんやりと眺めていた。

「……これは?」

 目の前に現れたのは、リュセルの美青年ぶりがすべて見渡せる大きな姿見。

「聞いて驚け、これは”逆鏡(ぎゃくかがみ)”という魔法の鏡、……らしい」

「逆鏡? なんだそれは?」

 目の前の、大きいが古ぼけた感が否めない鏡をジロジロと見ながら、リュセルは不審そうにそう言った。

「なんでも、この逆鏡には不可思議な力が宿っているらしく、この世界とは別の世界の光景を知る事が出来るという話だ」

「この世界とは、別の……って、まさか、俺が元いた異世界の事か!?」

 この世界に馴染みきってしまい、向こうの世界に未練など少しもなくなってきてはいる。でも、それでも、気にならないといえば嘘になる。

 リュセルの驚きの声を聞いたジュリナは、朱金色の髪を揺らして首を傾げた。

「さあな」

「って、オイッ」

 ジュリナの答えに軽くコケながらつっこみを入れると、ジュリナはため息をついた。

「仕方ないだろうが。知らないものは、知らないのだから。これが作られたのは、今から三千年も昔の話だ。当時の鏡主鏡鍵が何かしらのアクシデントがきっかけでこれを作ってしまったらしいな。昨日、宝物庫の奥にあった隠し部屋から見つけたのさ」

「なんでそんな所にいたんだ。あなたは……」

 疲れたようなリュセルの言葉に、ジュリナはニヤニヤ笑いながらその問いを無視した。

「そして、この逆鏡についての説明書がこれだ」

 ジュリナが勇ましく前髪を払いながらリュセルの前に掲げたのは、古ぼけた一枚の紙。


 ”この鏡の名は、逆鏡
 この鏡で知る事が出来るは、この世界とは別の世界
 決して、使ってはいけない
 決して、覗いてはいけない
 この逆鏡を発見した、我らの子孫よ
 願わくば、この鏡を壊してくれ
 数千年も経てば、この鏡の力も弱まるだろう
 どうかよろしく頼む

 神歴6995年
 リンスロット・レイデューク・ディエラ”


「リンスロットというのは、三千年前の鏡主の名だ。ムフフフフフ、ワクワクするだろう?」

「しない。……というより、ここに使用するなって書いてあるじゃないか! こ、これは、危険な代物に違いないぞ、ジュリナ殿!」

 そう言いながら、リュセルは近くにあった椅子を持ち上げた。

「!? ちょちょちょ、ちょっと待て、リュセル! この馬鹿、何する気だい!?」

「書いてある通りに壊すのさ。きっと、この鏡は呪われている!」

 幽霊や呪いなど怪談めいたものが苦手なリュセルの強行を見たジュリナは、慌ててそれを阻む為に動く。

「じょ、冗談じゃないよ! こんなに素晴らしい細工の鏡を壊すなんて、この私が許さない! いい子だからその椅子を放すんだよ、リュセル。ほらほら、よしよしよし」

「あなたこそ、いい加減、妙なものに手を出して俺を巻き込むのは、止めにしてくれ!」

 女性とはいえ宝主としての体力と力強さを持つジュリナにあっさりと力負けしたリュセルは、持っていた椅子を取り上げられてしまう。

「まあ~、それは否定しないがねぇ。ところでレオンハルトの奴は、今日はどうしたんだい?」

 リュセルの持っていた椅子をクルクルと指先で回しながらそう言うジュリナを見ながら、リュセルは改めて宝主の馬鹿力を痛感する。

(レオンといいローウェンといい、宝主の体力は無制限かい)

「ん~? どうしたんだい、坊や」

 件の鏡を背にして顔を引きつらせているリュセルの顔を下から覗きこみながら、ジュリナはニヤリと笑った。

「どうしたもこうしたも、その椅子を下してくれ。頼むから」

「ははん、情けない子だねぇ」

 ジュリナが椅子を下ろすのを見届けて、リュセルはやっと息をついた。

「カイルーズが何か聞きたい事があるらしく、朝訪ねて来たから、レオンはそれの応対をしているはずだ。たぶん、仕事の話だろう。去年のデータがどうとか言っていたしな」

「ふうん、国王補佐の仕事から手を引いたとはいえ、去年まではあいつがやっていた事だからねえ。まあ、頼られても仕方ないじゃないか。放って置かれたからって、そう不貞腐れるなよ」

「なっ!」

 瞬間、顔を真赤にして、銀色の眉をつり上げたリュセルににじり寄りながら、ジュリナは均整のとれた素晴らしい体躯をした目の前の青年を鏡へと追い詰める。

「寂しくなって私の所にきたって訳かい? まったく甘えん坊だねぇ、お前は」

 そう言いながら、ジュリナは無遠慮にリュセルの腰を撫で回しまくる。その手の動きを感じていたリュセルは、当然のごとくもがいた。

「仕方ないねぇ。レオンハルトの代わりが務まるかはわからないけれど、頑張るよ」

 って、何を~~~~っ!?

「腰を撫でさするな! 尻を揉むなあああああ~っ」

 本気なのか冗談なのか分からない手つきで、リュセルを攻める気満々の、狩人の目をしたジュリナに追いつめられて、後ろにあった鏡に背がぶつかる。

「うふふん。そう嫌がられると萌える……いやいや、燃えるねぇ…………ん?なんだ、こりゃ」

「へ?」

 ノリノリでリュセルの着ている宮廷衣を乱しまくっていたジュリナは、逆鏡に映る自分の姿に違和感を覚えて眉をひそめた。

 背の中程まで広がる朱金の髪。苛烈さを秘めた深紅の瞳。その特徴は変わらない。自分の姿だ。しかし、目の前にいる自分は、あきらかに本来の自分と違っていた。

「う~ん。男になっても、私は本当に凛々しいねぇ」

「って、何のん気な事いってるんだ!」

 リュセルの目の前のジュリナ本体は女性の姿をしているが、鏡に映り込んだ姿は男性の姿をしていたのだ。

「私だけではないよ、よく見て御覧」

 面白がるようなジュリナの声に指摘され、恐る恐る振り返ったリュセルの目に映ったのは、銀髪の美姫。

「ぎゃああああ~~っ!」

 常識を超えた事態にリュセルが叫んだ瞬間

「!?」

 寄りかかっていた鏡の向こう側に体が落ちかけた。

「っ!? リュセル!」

 慌てたようなジュリナの声を最後に、リュセルの意識は沈んだのだった。







 ガツンッ

「ぐえっ」

「イタタタタタ……何なんだよ、一体。オイ、リュセル、大丈夫かい? なんかすごい音したけど」

 床に頭をぶつけたと思われるリュセルの体を組み敷いた形で見下ろしたジュリナは、驚きに目を見開く。

 そこにいたのは、月の女神の寵児の二つ名を戴き、世の女性達を虜にしてきた超絶に凛々しい美男子ではなくなっていた。

「マジ?」

 レオンハルトよりも長い、それこそ膝まであるような髪が、まるで銀の川を作っているかのように床に広がっている。

 意識がない為閉じられているが、瞳の色は、おそらく銀。白磁の肌は柔らかく、その体は女性特有の悩ましげな曲線を描く。胸元にも、女性の証でもある頂が存在していた。形はいいが、自分やティアラのように豊満ではない。かといって、小さくもない。手に馴染むちょうどいい大きさである。

「って、違うだろ~が!」

 リュセルの胸元を凝視していたジュリナは、そう自分に突っ込みを入れた。

 月の光のように可憐な美女。

 今現在のリュセルの姿は、まさにその通りである。この美貌一つで、世の男共を骨抜きにしてしまうだろう。

「う~~ん。しかし、本気で美人だねぇ」

 同じ可憐な美貌を所有するティアラとは別のイメージの可憐さだ。

 その身を飾るのも、先程まで彼が着ていた王子の略装、宮廷衣ではなく、薄い青色のドレス。露出は少ないが、きちんと昨今の流行を取り入れつつ、月の美貌に合うようにデザインされたもののようだった。同色のチョーカーとリボン型のカチューシャといい、コーディネートも完璧だ。これを選んだ人間は、よっぽど趣味が良いと言える。

「しっかし、この状況……」

 名残を惜しみながらも、意識を失くして横たわる銀髪の美姫の上から身を起こすと、ジュリナは後ろの鏡に映り込む自分を見た。

 案の定、朱金の髪の美青年が見返してくる。

 一応、胸と下肢を確認するが……。

「どう見ても、男だし」

 男になっても凛々しくたくましげな自分の姿に内心満足しつつも、ジュリナは逆鏡に触れる。

 固く冷たい鏡の感触が伝わった。

 コンコンッ

 軽く叩くが何も起こらない。

「戻れない、……か」

 おそらく、この逆鏡をくぐり抜けた所為で性別が逆な世界になってしまったのだろう。三千年前の鏡主が残した説明書の内容を考えると、そうとしか考えられない。

「それとも、ここは別な世界なのか?」

 考えれば考える程、意味が分からなくなる。性別が入れ替わったのは、自分達だけなのだろうか? ジュリナが床にあぐらをかいて考え込んでいると、部屋をノックする音が響いた。

「どうぞ~」

 生返事を返した次の瞬間、扉が開くのが伝わる。

「兄上、リュセナ姫がいらしてると聞いたのですが…………え? リュセナ姫!? 一体、どうしたというのです!?」

 倒れた銀の姫を見て慌てて駆けつけてきた者を見たジュリナは、絶句するしかなかった。

「リュセナ姫、大丈夫ですか!? リュセナ姫!」

 そう叫んで慌てて自分達の元に駆けつけたその少年は、床に倒れ、眠り姫のように昏々と眠る銀の姫の体を抱き起こした。

 抱き起こした事で、彼女の華奢な肩の感覚をリアルに感じてしまったのか、少年はうっすらと頬を赤く染め、同時に困惑したような視線をジュリナに寄こす。

「兄上。リュセナ姫は、一体どうしてしまったのですか? ……兄上?」

 呆然と自分を凝視するジュリナに、彼は首を傾げる。

「も、もしかして、ティ……ティアかい?」

 恐る恐るそう尋ねるが。

「? もしかしなくても、ティアンですよ、兄上。兄上の唯一の半身であり弟です。大丈夫ですか? 兄上。……ジュリウス?」

「ティアン? ジュ……ジュリウス!?」

 自分の名と酷似してはいるが、違う男名で呼ばれたジュリナは目を白黒させる。

(ご丁寧に名前まで男名に変換されてるのかい)

 自分の名がジュリウス。つまりは

 ジュリナ=ジュリウス

 という事か。……では目の前の、男にしておくのがもったいないような可憐な美少年は

(ティア!?)

 ティアラ=ティアン

 頬にかかる朱金色の短い巻き毛が彼の可憐さを引き立たせているようだ。その緑色の瞳は優しく澄み渡り、肌は雪のように白い。髪は短いし、背も高い。その上、ティアラの特徴の一つだった豊かな胸元は跡形もなくなくなり、見事に凹凸がなくなっていた。それでも、この少年がティアラである事は、間違えようもない事実である事をその気配が語っている。

「兄上?」

 心配そうに寄せられる、朱金色の眉。

「……い……いや、リュセ……ルじゃなくて、リュセナは…………」

 純真な緑色の瞳に見つめられながら、ジュリナはしどろもどろに話す。

 リュセル=リュセナ

 リュセルの名前変換は、何とも安直であった。

「あっ! そうそう、何もない所で足をすべらせて倒れて、床に頭をぶつけてしまったのさ。ほ、ほら、瘤があるだろう?」

 喉がカラカラに渇いて仕方無かったが、ジュリナはなんとかリュセル気絶の理由をでっちあげてティアンに告げる。

「ああ、本当ですね。可哀そうに……。でも、いつまでもこんな床に横たわらせておく訳にいきません。兄上、寝台をお借りしてもいいですか?」

「ああ、オーケーバッチリ! 問題なしっ」

 目を泳がせながらもキランと目を光らせてウィンクした兄を見て、ティアンは首を傾げながらもリュセルの体を横抱きに抱き上げた。
 そのまま寝室へと移動すると、そこに設置されているジュリナの寝台に、リュセルの柔らかな体をゆっくりと下ろす。

「僕は瘤を冷やす為に氷嚢を取ってきますので、リュセナ姫の事お願いします」

「ああ」

 早足で部屋を出ていくティアンを見送った後、ジュリナはうっとりと呟いた。

「ティアは、男になっても超絶に可憐で愛らしいよ」

 あの豊かな胸のふくらみが消え失せてしまっているのが残念であるが。

 そんな、男になった自分の半身の愛らしさにうっとりとしていたジュリナの傍では、眠る銀髪の美姫の意識が浮上しつつあった。
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