【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第五章 陰の日

5-3 兄の想いと弟の覚悟

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 最後の仕上げとして、眠るリュセルに軽い口づけを落とすと、レオンハルトは立ち上がった。

「さて」

 琥珀の瞳を鋭くして、レオンハルトは部屋を出た。向かう先は、ジュリナの部屋である。







 ダンッ


 ものすごい音を立てて、自分の顔の横の壁にめり込んだレオンハルトの右拳を横目で見ると、ジュリナはさすがに引きつった顔になった。

「お、落ち着け、レオンハルト」

 眠っていたはずのレオンハルトが、いきなり自分の部屋に入ってきたかと思ったら、壁に縫い付けられたジュリナである。

「よくも、リュセルに、女の……しかも、娼婦の痕をつけてくれたな、ジュリナ」

 ばれてるし

(おかしい。リュセル本人ですら知らないはずの事実を、いくら変な気を感じ取ったからといって、ここまで特定できるはずがない)

「な……何の事だい?」

 とりあえず、しらばっくれてみた。

「緑茶、桜餅、娼館、街の散策、お前達と添い寝、ユージンと剣の稽古、食い倒れツアー、ティアラ姫と中庭での昼食、ルカ姫ルイ姫ルナ姫との歓談」

 ジュリナの深紅の瞳を、熱のまったくこもらない瞳で貫いたレオンハルトは、自分と離れていた、この数日の弟の動向を細かく口にした。

「唇への口づけへの禁忌を知る、お前とティアラ姫は、まず、ありえない。ユージンやお前の三つ子の妹姫も論外だ。だとしたら、きな臭いのが娼館だろう。娼婦と予想をつけるのが当然だ」

 淡々とそう告げるレオンハルトにジュリナは顔を強張らせた。

「どうしてわかったんだい?」

 知らないはずのリュセルの数日の行動を。しかも、こんなにも細かく。

「本人に聞いた」

「はあ!?」

 レオンハルトの答えに、ジュリナは目を見開いた。

 リュセルの性格から、自分の行動を、逐一、実兄に報告するような事はしないはずだ。

「本当か?」

「…………」

 無言のレオンハルトの顔に、嘘の気配はまったくない。

 しかし、矜持(プライド)の高いあの若者が……と考えながら、ジュリナはある考えに至った。口の重い者の口を割らせるには、話さずにはいられない状況に追い込むしかないのである。

「まさか、お前、行為の最中に聞き出したのか!?」

 つまり、リュセルを抱いている最中に。

「……ああ」

 小さく頷いたレオンハルトの答えを聞き、ジュリナは何ともいえないような表情になった。

「お前…………、鬼だな。いや、わかっていた事だが、つくづく実感したよ。さすが、鬼畜王の称号を欲しいままにしている男だ」

 遠慮の欠片もないジュリナの言葉に眉をしかめると、レオンハルトは部屋の中を物色した。そして、女性らしさのかけらもない部屋の中、一等地に飾られた一枚の絵に目を止めると、ジュリナから手を離しツカツカとその絵に近づいた。
 絵の右下に小さく、”ダイン・ケイフォスタン”とサインの入った風景画である。チラリとジュリナに目を向け、レオンハルトは次の瞬間、その絵を壁から外した。

「な、なななな何するんだ!? やっと、コネと財力、権力、そして、私の美貌を駆使して手に入れた、かの巨匠、ダイン・ケイフォスタンの風景画を!?」

「これは、今回と前回の慰謝料としてもらっておこう。父上へのディエラ土産にちょうどいい」

 幼なじみの無情な言葉を聞いたジュリナは、次の瞬間、目をむいた。

「な、なななななななななっ、なんだってええええ!?」

「安いものだろう? しかし、三度目はないと思え」

 レオンハルトはそう言うと、非常に情けない顔をしたジュリナを見つめる。

 金色に変化さえしていないが、怒りをにじませた、幼なじみの琥珀の瞳の鋭さに、ジュリナは何も言わずに気に入りの絵を差し出したのだった。

 レオンハルトは、無感動な目で、世界的に有名で価値のある絵を無造作に右腕に抱え、来た時と同じく唐突に部屋を出て行った。

「ぬおおおおお~~~ダイン~~~~ッ!」

 彼の背後で、嘆きの大声が上がる。

 ジュリナはしばらく、ショックのあまり立ち直れなかったという……



 ジュリナに手痛い報復をした後、レオンハルトはリュセルの眠る部屋へと戻った。眠っているかと思われた弟は、目を覚ましていたのだ。

「起きたのか」

 抑揚のない声で言ったレオンハルトに、着替えさせられた夜着姿のまま、ソファに腰掛けていたリュセルは、銀の瞳に兄の美貌を映し出すと答えた。

「それは、こっちの台詞だ」

 憮然とした声を聞いたレオンハルトは苦笑した。

「怒らないのか?」

 典雅なる美貌に、後悔の残る微笑みを浮かべてそう言ったレオンハルトに対し、リュセルは無表情のまま立ち上がると近寄った。

「怒る……だと?」

 眉を寄せたリュセルの夜着から覗く白い首筋に、レオンハルトはそっと触れる。弟がビクリと体を震わせたのを指越しに感じた。

「無理をさせた」

 その言葉を聞いたリュセルは、元々鋭い目を更に鋭くすると、レオンハルトを睨みつけた。

「ああ、怒っているさ」

「…………」

「お前がまたしても、まったく説明をしなかったという事実にな!」

 リュセルはそう怒鳴ると、目の前の兄の胸倉を掴んだ。

「陰の日の事、何故教えなかった?」

「お前を、私の欲望の捌け口の道具にしたくなかった」

 冷静な声でそう告げたレオンハルトに、そんな兄とは対照的な、熱のこもった熱い声で、リュセルは言った。

「しろっ! 俺はお前になら、何をされたって構わない。すべてを許してやるっ」

 部屋中に響き渡る程、大声でそう怒鳴ったリュセルの一大告白に、レオンハルトは驚きのあまり、しばらく呆然とした。


 ああ、なんという……なんという事だろう。

 どうしてこんなにも……


「愛しいのか」


 感極まったような声で囁き、レオンハルトは目の前の弟の体を抱きしめた。僅かにしか身長が違わぬ為、抱き合うと、リュセルの顔は自分の顔の横に来る事になる。密接に感じる吐息までもが愛しいと感じる自分は、もう末期かもしれない。

「レオン」

 リュセルはレオンハルトの背中に腕を回すと、しっかりとその体を抱き返した。兄の胡桃色の髪が柔らかく指に絡む。

 そうして隙間ない程密着した体に、リュセルは大きな安心感を覚えたのだった。



*****



「一件落着。やれやれだな……」


 その日の夜、レオンハルトとリュセルが元の部屋に戻ったのを知ると、ティアラと共にやって来たジュリナが、そう言って、両手を広げた。そして、部屋の隅に置かれたジェイド王への土産の絵をチラリと見ると、大きなため息をつく。

 我が物顔でソファに座ったジュリナと、その隣で微笑んでいるティアラに紅茶を入れて、レオンハルトは二人にカップを渡した。

「……」

 無言で、お前がそれを言うか? と責めるような目線を送ったレオンハルトを無視すると、ジュリナはリュセルに向き直った。

「体の調子はどうだい? 化け物みたいなこいつの体力に付き合わされたんじゃ、大変だったろう? 腰はもう痛くないのかい?」

 ジュリナの無神経な言葉に、リュセルは飲んでいた紅茶を噴出した。

(こ、この女は……)

 婚約者の前で、何を言うか!?

 リュセルの非難の眼差しを軽く受け流すと、ジュリナは笑った。

「そんなに睨むんじゃないよ。半身同士の仲がいいって事は、いい事なんだぞ。ねぇ、ティア」

「ええ、お姉様」

 そう言い合って、肩を寄せ合うジュリナとティアラを見つめたリュセルは、小さくため息をついた。

 二人の背後(バック)に、牡丹と薔薇の花が見えたようだった。

「陰の日は、半身同士の親睦を深める機会でもあるような気もするしね。お前達の愛が深まったのなら、良かったじゃないか」

「あ、愛って……」

 ジュリナの言葉を聞き、疲れたようにリュセルが呟くと、彼女はティアラの朱金の髪を優しくなでながら言った。

「半身との相性や仲が悪いと、同化率が悪くなって任務に影響するからねぇ……。そういえば、あいつらは最近ちゃんとやっているのかな?」

「あいつら?」

 リュセルの疑問に、弟の隣で優雅に紅茶を飲んでいたレオンハルトは言った。

「アルティスとローウェンの事か」

 レオンハルトはそこで言葉を切ると、リュセルに簡潔に説明した。

「玉主と玉鍵の事だ」

 つまり、もう一組の女神の子供。

「あいつら、仲が悪いなんてもんじゃないからねぇ。一言でいうなら、……険悪」

 ジュリナが苦笑しながらそう言うと、リュセルは言った。

「半身同士で、険悪な仲なのか?」

 そんなのって、アリ?

「珍しい事だが、前例がない事じゃないよ。よく言うじゃないか、可愛さあまって憎さ100倍って」

 どこか的外れなジュリナの言葉にリュセルは眉をしかめた。

「なんか、違うような気がするが」

「まあ、任務は順調にこなしているようだし、仲が悪いのを除けば、問題はない2人だよ。あれでどうして同化が出来るのかが、甚だ疑問だけどね」

 玉主と玉鍵コンビも、なかなか濃い人達のようである。

「あいつら、どっちかが陰の日になったらどうするんだろうね」

 あははははは、と、まさに、人事のように笑ったジュリナにレオンハルトはため息をつく。

「笑い事か」

 陰の日

 いつか、自分にも来るのだろうか。リュセルはそう考えると、軽くぞっとした。出来れば、なるべく来ないで欲しいものである。

 異世界で育った影響で、リュセルはしばらく”陰の日”を迎える事はないだろうと、レオンハルトが言っていたが……

(しばらくって、どれ位だろう)

 一生来ないで欲しいのだが、無理だろうか?

 そう考えながらもリュセルは、いつそんな日が来ても、レオンハルトが傍にいる限り、それを乗り越える自信があった。

 リュセルは、目の前で優しく微笑むティアラが、前に言った言葉を思い出す。

 ーそれだけ愛している人を、わたくし達は生まれ落ちたその瞬間から得ているのです。それって、とても素敵な事ではありませんか?ー

 あの時の言葉が、再び胸にしみるようだった。

「ティアラ姫、あなたは俺にはもったいない位、素敵な人です」

 いきなりそんな事を言って、ティアラの手を握ったリュセルを見たレオンハルトとジュリナは唖然とし、ティアラは婚約者の動向にきょとんとした後、にっこりと笑った。

「リュセル様も、私にはもったいない位、素敵な方ですわ」

 それにほんわかとした気分になりながら、リュセルは、まだ見ぬ玉主と玉鍵にも、この偉大な女性の言葉を聞かせてやりたいと思う。

 手を握り合う、自分とティアラの姿を複雑な表情で見つめるジュリナとレオンハルト。その視線を受けとめつつ、リュセルは考える。

(それにしても、どんな人達なんだろうか)

 玉主と玉鍵

 リュセルがその内の一人と出会うのは、そう遠い未来の事ではないという事実を、この場にいる誰もが知る由もなかったのである。

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