【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

文字の大きさ
56 / 424
第五章 陰の日

5-2 行為の後

しおりを挟む
 


*****



 食欲を誘うような、いい匂いがする……。

 リュセルは闇の底に沈んでいた意識をようやく覚醒させると、唾をごくりと飲み込んだ。ともかく、腹が減っていた。部屋の外からする香ばしい匂いを嗅ぎつけ、盛大な音をたてて腹が鳴る。

「ぅ……今は、夜? それとも昼、か?」

 起き上がろうとした時、ようやく、自分の今の体勢に気づき、顔を引きつらせた。

 横向きで裸のまま、後ろから抱き込まれていたのだ。背中に当たる感触から、相手も裸である事がわかる。顔は見えないが、いや、見なくとも、自分の身にからみついた長いその胡桃色の髪で、それが、兄、レオンハルトである事もわかった。

(一体、あれからどれ位たったんだろう)

 ため息をつくと、ぼんやりと考える。体のあちこちが痛いし、全体的にひどくだるい。

 それに……

「腹が減った……」

 ものすごく、空腹だったのである。

 そして、何故か、部屋の外からは食欲を誘ういい匂いが……。

 リュセルは、自分の体にきつく巻きついたレオンハルトの腕を、渾身の力でどけ、寝台の上に片手をついて、力の入らない体を無理矢理起き上がらせた。そして、体にかかっていたシーツが肩から落ちるのを目の端に入れると、隣で眠るレオンハルトを見つめた。

 どこか艶かしさを感じさせる様に、ドキリとする。

 そして、そんな兄の顔の前で片手を振るが、まったく起きる気配がない。人の気配に敏感なレオンハルトではありえない事である。

 その腕に抱かれている間、ずっと金色に輝いていた瞳は固く閉じられていたが、安らかな表情をしているので大丈夫だろう。

 ほっと息を吐いたリュセルは、そのまま寝台の下に落ちていた上着を身に着けようとして、動きを止める。見るも無残に、引き裂かれていたのだ。

「……」

 無言で、仕方なく、同じように寝台の下に落ちていたレオンハルトの上着を羽織り、下衣をのろのろと身に着ける。

 そうして、寝台を降りようとして、そのままそこに倒れ込んだ。ずっと酷使されていた体が、悲鳴をあげていた。

「腰が……」

 痛い。

 リュセルは涙目になりながらも、寝室の扉へと這い蹲って進んだ。寝室を出ると、壁に寄りかかりって立ち上がり、そのまま、壁伝いに部屋の扉へと、ものすごくゆっくりと進む。その時、暗い室内に気づき、今が夜だという事もわかった。

 少しの距離を歩くのに、かなり息を切らせながら、たどり着いた扉の鍵を開け、扉を開く。

「リュセル!」

 驚いたような、印象深い声が聞こえた。

「ジュリナ殿」

 リュセルが喘ぎ過ぎてひどくしゃがれた声に眉をしかめた瞬間、ジュリナは部屋の中に入ると素早く扉を閉めた。

「大丈夫か!?」

 真剣な声に、リュセルは力なく笑うと言った。

「大丈夫そうに見えるか?」

「いや、見えない」

 きっぱりとそう言い切ったジュリナに対し、「なら聞くな」と突っ込みをいれる。

 その後、ジュリナはフラフラしているリュセルに肩を貸すと、部屋の中央のソファに座らせて、持って来ていたワゴンに乗っていた食事をテーブルの上に並べ始めた。

 食べ物を目にした途端、目をギラギラとさせ始めたリュセルに食べるように促す。

 ガツガツガツガツ

 普段の王子らしい優雅な所作はどこへやら。貪るように食事をとるリュセルをジュリナは観察した。

 月の美貌の中に憔悴が混じっているのがよくわかる。

 泣き過ぎたのか、目は腫れているし、銀の髪は乱れきっている。その上、着ている服は、何故かレオンハルトの服だ。

 彼の身に何が起こったのかと聞くのは、愚問というものだった。

「?」

 わずかに開いた襟から覗くものが気になって、ジュリナはリュセルの襟をわずかに引っ張った。

(すごいね、これは……)

 食事に集中し過ぎて、自分が嘆息したのにも気づかないリュセルに対し、ジュリナは同情する。襟を引っ張って覗いた白い首筋、そこに残されていたのは、無数の歯形だった。ひどいものには内出血しているものや、出血した痕のようなものもある。

 ジュリナは、とりあえず、リュセルの襟を元に戻してやり、彼の食事が終わるのを待つ事にした。話はそれからでもできる。一体、レオンハルトは、どうして、気を変えてリュセルを抱いたのか……。しかも、見るからに、かなり乱暴にしたようだ。







「発情期?」

 食事の後、陰の日の説明を受けたリュセルは、眉をしかめた。

「簡単に言えばな」

 説明をしたジュリナは、そう言って小さく頷く

(猫かよ)

 リュセルは心の中でそう突っ込みを入れると、デザートのタルトを手づかみで食べる。レオンハルトが見たら、目くじらを立てて叱責してきそうだ。

 そして、ふと、ある事に気づいた。

「じゃあ、あの匂いも……」

「なんだ?」

「レオンから、甘い、不思議な香りがしたのだが」

 現在はまったく香らないので、あれは夢だったのかと思っていたのだ。

「ああ。陰の日を迎えた女神の子供が発する、特有の芳香の事だね。甘い香りで獲物を引き寄せて、逃さないようにするのさ」

 にやりと笑って言ったジュリナに、リュセルは顔を引きつらせた。

「お前がこの部屋を訪れたのは、陰の日を病気と勘違いして、レオンハルトが心配になったからなのだとしても……。あいつ、お前を欲望の捌け口にするつもりはないとか、なんとか、格好いい事をしゃあしゃあと言っていたんだぞ」

 腕を組んで、向かいに座る、あきらかにこの数日、無理をさせられてヨレヨレなリュセルを、じっとジュリナは見た。

「レオンがそんな事を」

 感動したようにそう言ったリュセルは、三日前にこの部屋を訪れた時の事を思い出した。

「確かに、最初帰れとか、どうとか……しきりに俺を遠ざけてたな。……ああ、そうだ。確か、途中で、何故か逆鱗に触れたんだ」

「逆鱗?」

「口づけ(キス)した後、だったかな?」

 リュセルの言葉を聞いたジュリナは、さーっと青ざめた。リュセルに分からなくとも、ジュリナには分かる。レオンハルトは、リュセルの中に残った娼婦の口づけを、敏感に感じ取ったのだ。

(すまない、リュセル)

 つまり、リュセルの、この現状の元々の原因は、自分にあるという事でありまして……。
 前回の件といい、また、己の半身によけいな痕を残した事をレオンハルトが知ったら、自分達は全面戦争に突入するだろう。

(とりあえず、リュセルには悪いが黙っておこう)

 そう心に誓う、身勝手なジュリナだった。

 一方、ジュリナがそんな誓いを立てているとは思いもしていないリュセルは、考えを巡らしていた。自分と同じ位の間食事をしていない兄が気になっていたのだ。

(起こすべきか?)

 リュセルが、そんな事を考えているのを感じ取ったのか、ジュリナは言った。

「レオンハルトは、しばらく起きないから、そのままにしておけ。陰の日が去ると、強制的に眠りに入るんだ。心配しなくとも、明日には目覚めるよ」

「そうか」

 そう答えながら満腹になったリュセルは、眠気に襲われていた。

「俺も、もう少し休む」

 そう言って立ち上がったリュセルを見上げ、ジュリナは頷いた。

「戻るか?」

 元の部屋。つまり、レオンハルトのいない部屋へ。

「いや、ここで休む」

 そう呟いて、ふらつきながらも寝室へと消えていったリュセルを見送ったジュリナは、苦笑した。


 そしてリュセルは、寝室に戻ると、レオンハルトの服を着たままベッドの上へと乗り上げ、眠るレオンハルトの顔を見つめる。

(病気でなくてよかった)

 そう思いながら、そっと兄の口元に自分の唇を寄せ、軽く口づけたのだった。



 そして、その後、深く眠っていたレオンハルトが目覚めたのは、次の日の昼頃になってからだ。

 リュセルの、最悪な状態の目覚めとは逆に、実にすっきりとしたさわやかな目覚めである。隣で眠る弟の姿を認めると、レオンハルトは首を傾げた。

(何故、こいつは私の服を着ているんだ?)

 そう思いながらも、弟の首から覗く、無数の歯形の痕を見つめ、軽い自己嫌悪に陥る。無残につけられた情痕は、自分がつけたものだ。最も愛しい己が半身に、こんな痕を残すなどと、レオンハルトはその時の自分の行為を悔やむ。

 しかし、それと同時にどこか満足している自分がいるのが、始末に終えない。



 ようやく、手に入れた。



 昏い悦びに支配されるのを止められないのだ。

「薬をつけてやらねばな」

 仄暗い悦びを胸の奥に隠し、ため息をついたレオンハルトは、裸のまま寝台から降りて、寝室のクローゼットから略式の宮廷服を出し、それを素早く着込む。
 いつもの、まったく隙のない、聖人のような雰囲気の青年になると、今度は眠るリュセルを夜着に着替えさせる事にした。

 行為の後、愛し合った残滓はすべて拭き去っておいたのだが、首の歯型や胸元、内股、手首など、そこかしこに散った、花びらのような鬱血の後までは消す事は出来なかった。レオンハルトはそれを無表情に見ながらも、弟から自分の服を脱がせて、クローゼットに入っていた備え付けの夜着に着替えさせてやった。そして、常備していた傷薬を自分の荷物の中から出し、出血の後が見られるリュセルの白い首筋の歯型の傷に、それを丁寧に塗りつける。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。 続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』 かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、 転生した高校時代を経て、無事に大学生になった―― 恋人である藤崎颯斗と共に。 だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。 「付き合ってるけど、誰にも言っていない」 その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。 モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、 そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。 甘えたくても甘えられない―― そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。 過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。 今度こそ、言葉にする。 「好きだよ」って、ちゃんと。

【3/11書籍発売】麗しの大公閣下は今日も憂鬱です。

天城
BL
【第12回BL大賞 奨励賞頂きました!ありがとうございます!!3/11に発売になります、よろしくお願いします!】 さえないサラリーマンだったオジサンは、家柄・財力・才能と類い稀なる美貌も持ち合わせた大公閣下ルシェール・ド・ヴォリスに転生した。 英雄の華々しい生活に突然放り込まれて中の人は毎日憂鬱だった。腐男子だった彼は知っている。 この世界、Dom/Subユニバースってやつだよね……。 「さあ気に入ったsubを娶れ」 「パートナーはいいぞ」 とDomの親兄弟から散々言われ、交友関係も護衛騎士もメイド含む屋敷内の使用人全てがSubで構成されたヴォリス家。 待って待って情報量が多い。現実に疲れたおっさんを転生後まで追い込まないでくれ。 平凡が一番だし、優しく気立のいいsubのお嫁さんもらって隠居したいんだよ。

転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。

星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。 前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。 だが図書室の記録が冤罪を覆す。 そしてレイは知る。 聖女ディーンの本当の名はアキラ。 同じ日本から来た存在だった。 帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。 秘密を共有した二人は、友達になる。 人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。

【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!

黒木  鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。

処理中です...