228 / 424
第十二章 月華の乙女
3-2 カイルーズの餞別
しおりを挟む「…………という訳ですので、明日からしばらく留守に致します。父上」
ジュリナ、セフィがそれぞれ帰った後、開かれた恒例の家族での晩餐にて、レオンハルトは父王とカイルーズに例の絵画の事を隠しつつ、神殿内部に上がる為、少しの間城を留守にする事を告げた。
カラン……
瞬間、ジェイドが持っていたスプーンがテーブルの上に落ちる。
「そ、そんな……ついこの間まで、リュセルは病気だったんだよ!? パパとも面会謝絶で全然会えなくてさ! ようやく、こうして顔を見る事が出来るようになったのに」
そう叫ぶと、食後のデザートの柚子シャーベットを食べていたリュセルに駆け寄り、息子の頭を抱え込んで頬ずりする。
「パパは反対だよ! レオン、リュセルはしばらくの間、パパと遊ぶんだから!」
スリスリスリスリ
「このシャーベット、さわやかな後味でうまいぞ、カイルーズ」
「え? ほんと? 少しちょうだい」
カイルーズは自分が食べていたシャーベットは白桃だった為、リュセルの方に顔を突き出して口を開ける。
「ほれ」
リュセルはスプーンに少しとった柚子シャーベットを、あ~んっと口を開けた、カイルーズの口の中に入れた。
「あ、ほんとだ。おいしいね。リュセルも僕の食べる?」
「ああ」
カイルーズの誘いに応じて、リュセルも次兄の方にあ~んっと口を開いて顔を寄せる。パクッと食べると、途端に甘い白桃の味が口内に広がった。
「こっちも甘くてうまいな」
「でしょでしょ?」
和やかに互いのデザートを食べさせ合う息子達に対し、ジェイドはリュセルにしがみついたまま呟く。
「……………………パパの事は、放置プレイ?」
「ご心配をおかけした上、再び城を離れる事になる事は申し訳なく思いますが、これはどうしても外せぬ用件なのです」
ただ一人、長兄のレオンハルトのみが、食後の紅茶を優雅に口にしながら、父王にそう話しかけていた。
「あ、ああ、うん。何? そんなに大事な用なの? 神殿内部に潜入しなくちゃならない程?」
息子二人に相手にされない為、シュンとしながら自分の席に戻ったジェイドは、レオンハルトに顔を向けてそう尋ねる。
「ええ」
簡潔な一番上の息子の言葉を聞き、ジェイドは渋々ながらも了解の意を返す。
「分かった。二人とも気をつけるんだよ」
元より、レオンハルトとリュセルの父親であると同時に、アシェイラの国王であるジェイドに剣主剣鍵としての役割を優先させる彼らを止める権限はない。
だが、実際は、女神の子供としての用件ではなかったのではあるが、レオンハルトはジェイドのその誤解を解く事はしなかった。
「はい、父上。行って参ります」
「行ってきます」
レオンハルトとリュセルが父王にそう出立の挨拶をするのを聞きながら、カイルーズは白桃のシャーベット、その最後の一口を口にしながら言った。
「アシェイラ神殿か。ある意味、邪気浄化の任務より大変かもね。あんな閉鎖的な場所に入り込むなんてさ~。いくら信仰の対象となっている女神の息子だといっても、正体隠して入り込むんでしょ?」
「まあね」
兄の返事に、テーブルに肘をついたまま口から出したスプーンを振ったカイルーズは、片目を瞑って警告した。
「気をつけた方がいいよ~。あそこって、表向きは女神の信仰者たる聖者の集まりだけど、裏では何か色々といわくめいたものもあるらしいから」
誰に聞いたのかは知らないが、神殿の内部事情を知っている様子のカイルーズに、同じようにそれらの事を把握しているレオンハルトは、弟の忠告に小さく頷く事で答えた。
「肝に銘じておこう」
「……?」
表面的な神殿の事情しか知らないリュセルには、兄二人が話す内容を把握する事は出来なかった。…………が。
「リュセル~、気をつけて行くんだよ~~。行き先が王都内だから、あまり心配はないと思うケド、お兄様から離れちゃ駄目だよ。迷子になっちゃうからね~~~~。寂しくなったら、いつでもパパの胸の中に帰っておいで」
再び抱きついてきたジェイドにスリスリと頬ずりされ、リュセルは父王が暑苦しくてしょうがない事だけは把握出来たのだった。
次の日、兄と共に変装眼鏡を装着して馬車に乗り込んだリュセルは、出立前に、次兄、カイルーズに渡された小さな守り袋を不思議そうに眺めていた。
「なんだい? それは」
向かい側に座るレオンハルトがそう尋ねてくるのを聞くと、リュセルはそれをレオンハルトに見せる為に渡す。
「カイルーズから渡されたんだ。護身用に持ってろってさ」
当然の如く、その袋の中身は毒粉である。
ーはい、リュセル。これを護身用に持ってお行きー
ーなんだ? これはー
ー花粉症粉。人体実験ならレイン殿で実験済みだから、襲われそうになったらこれを使うんだよー
ー……?襲われるって、誰にだ?ー
ーあ、そろそろ、毒草達に水をあげる時間だ。じゃあね、リュセル。兄上の傍をなるべく離れるんじゃないよー
(神に仕える神官しかいない神殿で、誰に襲われるっていうんだ? 執務のし過ぎで疲れが溜まってるんじゃないか? カイルーズの奴)
今朝のやりとりを思い出しながら首を傾げるリュセルを無言で見つめながら、レオンハルトは渡された袋を返した。
「カイルーズの言う通り、常にそれを持ち歩いていなさい」
(何故?)
怪訝そうなリュセルの視線が向けられるが、レオンハルトはそれには答えずに、神殿について軽くおさらいする。
「分かっていると思うが、セイントクロス神殿は、本部と三つの支部に分かれている。」
神官・巫女達の聖地である総本部があるのは、創世の女神の眠る神地、セイントクロスの地の入口だ。女神の子供にしか開かれぬセイントクロスの地に赴くには、この神殿本部を通過しないと辿り着く事が出来ない。
そして、各国の王都に散らばっているのが、神殿支部。
アシェイラ支部
ディエラ支部
サンジェイラ支部
この3つだ。
各支部には、神官長や巫女姫と呼ばれる者が一人ずつおり、支部内の聖者達をまとめ上げていた。
「女神の娘のいる国なら巫女姫が、女神の息子のいる国なら神官長が、各支部を仕切っている訳だな」
「ああ」
リュセルの確認の言葉にレオンハルトは頷くと、再び口を開いた。
「セイントクロス神殿アシェイラ支部の現神官長の名は、ライサン・セリクス。三支部の長の中で最も若い、まだ二十七という年齢ながらに神官長を務める男だ」
それを聞いたと同時に、リュセルの脳裏に、ずいぶんと前に……(実際は一年と経っていないのだが、この数か月というもの色々とあった為、もうずいぶん昔のような気がする)…………そう、創世祭の折に行った祝福の儀にて、神殿で自分達を真っ先に出迎えてくれた青年の姿が浮かんだ。
ウエーブを描く、フワフワとした純白の髪が頬にかかる様が印象的だった、穏やかな薄茶色の瞳をした柔らかな雰囲気の青年。
セフィもそうだが、神官は皆が皆、穏やかな空気を発しており、言葉使いも丁寧で、女性よりも女性らしい雰囲気の者が多い。実際、ジュリナなどよりも、セフィの方が仕草が女性らしく思える程だ。
その青年も、確かそうだった。声を荒げる事など知らぬような、穏やかで優しい青年。
ー無事のご帰還、お喜び申し上げます。剣鍵様ー
神殿を代表しての最初の挨拶の折、リュセルの前に両膝をつき、床に両手をついた彼は、深々と頭を下げ、神子に対する正式な礼をとり、両手を祈りの形に組んだのだ。
神官らしい柔らかな物腰だったが、確かに神官長らしい威厳もあの時感じた。
「顔は覚えているね?」
「ああ」
間を開けてのレオンハルトの確認に、リュセルは頷く。
「草食動物のような人だった」
「…………」
変な例え方をする弟に無言になった時、ようやく馬車が目的地に到着したようだった。
「着いたようだね」
レオンハルトの声を聞きながら、リュセルはこれから目にするであろう未知の世界を思い、不謹慎ながら胸が湧くのを止められずにいた。
「お待ちしておりました」
馬車を降りるとすぐに出迎えてくれたセフィは、そのまま兄弟を神殿の裏口から入れ、人目に触れぬ通路を選んで神官達の暮らす寄宿舎の一室に案内する。
「ここが、お二人に用意した部屋です。アシェイラ城の部屋のように大きくありませんが我慢下さい」
「いや、十分だ」
レオンハルトの返答通り、その部屋は一介の神官が暮らすにしてはいい部屋だった。素朴だが、質の良い家具に囲まれた、日当たりのいい部屋。天蓋のない上質な寝台が二つ、部屋の奥に設置されている。
5
あなたにおすすめの小説
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜
隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。
目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。
同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります!
俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ!
重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ)
注意:
残酷な描写あり
表紙は力不足な自作イラスト
誤字脱字が多いです!
お気に入り・感想ありがとうございます。
皆さんありがとうございました!
BLランキング1位(2021/8/1 20:02)
HOTランキング15位(2021/8/1 20:02)
他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00)
ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。
いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
【3/11書籍発売】麗しの大公閣下は今日も憂鬱です。
天城
BL
【第12回BL大賞 奨励賞頂きました!ありがとうございます!!3/11に発売になります、よろしくお願いします!】
さえないサラリーマンだったオジサンは、家柄・財力・才能と類い稀なる美貌も持ち合わせた大公閣下ルシェール・ド・ヴォリスに転生した。
英雄の華々しい生活に突然放り込まれて中の人は毎日憂鬱だった。腐男子だった彼は知っている。
この世界、Dom/Subユニバースってやつだよね……。
「さあ気に入ったsubを娶れ」
「パートナーはいいぞ」
とDomの親兄弟から散々言われ、交友関係も護衛騎士もメイド含む屋敷内の使用人全てがSubで構成されたヴォリス家。
待って待って情報量が多い。現実に疲れたおっさんを転生後まで追い込まないでくれ。
平凡が一番だし、優しく気立のいいsubのお嫁さんもらって隠居したいんだよ。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる