【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】本編 元平凡女性のイケメン王子は執着心強めな兄に溺愛される

月城はな

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第十二章 月華の乙女

9-1 闇の子供

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 是非、是非、セリクス神官長主催の黒猫対談会に参加し~た~~いぃ~~~~ッ!

 セフィとパジャマ対談が出来ただけでも、本当なら奇跡的で喜ぶべき事なのに……。人間、欲が出るものである。

「でも、明日には剣主様もお戻りになる事ですし、難しいのではないでしょうか。一応、お話だけはしておきますが……。セリクス神官長も明日はお忙しいでしょうから、望みは薄いでしょうねぇ」

 リュセルの要望を聞いたセフィは、そう言って困ったような顔をした。

「明日? 何かあるのか?」

「明日、セリクス大神官様が、このアシェイラ支部を訪問されるご予定なのですよ」

 そういえば……、今日、ルークが大騒ぎしていたような。

「セリクス神官長の祖父に当たる人なんだろう? どんな方なんだ?」

 リュセルの問いに、セフィは一瞬間を置いて答える。

「…………立派な方です」

 今の微妙な間はなんだ???? リュセルは顔を引きつらせながらそう考えた。

「ああ、話が楽し過ぎて、時間がかなり経ってしまったようですね。明日も朝が早いですので、本日はもう休みましょうか」

 リュセルの戸惑いを感じ取ったのか取っていないのかわからない、いつもの微笑みを浮かべたまま、セフィは腰をかけていた寝台に横になろうとする。レオンハルトが昨夜使用していた寝台である。今夜は不在の為、借りる事になったのだ。

「そうだな」

 明日の朝も、辛い祈りの儀がある。早く休んで体力を回復させなければ。

「おやすみ、セフィ殿」

 そう言って、リュセルは燭台の火を消す。

「お休みなさいませ、剣鍵様……………………ッてな、ななななな、何してんですか!?」

 ふうっとため息をついて横になろうとしたセフィは、自分の隣に滑り込んできたリュセルに気づき、度肝を抜かれて即座に起き上がる。

「ご自分の寝台でお休み下さい!(泣)」

 焦り泣きをするセフィに、その隣でゴソゴソとしていたリュセルは不満そうな顔をする。そんな彼の手には、携帯用レオン人形がしっかりと握りしめられていた。

「昨夜もそうだったんだが、一人寝だと寂しくてな。よく眠れんのだ。いいじゃないか、男同士なんだし」

 この、天然王子が!

 セフィのこめかみがピクピクと震える。

「嫌です、駄目です、勘弁して下さい! あなたがこちらの寝台を使うのでしたら、私が移ります!」

 そんなセフィの悲鳴にもめげず、リュセルは彼を逃すまいとホールドした。

「ふふ、逃がさないよ、子猫ちゃん」

 まるで、寝台の中での睦言を思わせるような、優しい甘やかな声。

「何が子猫ちゃんですか!? こんなところ、剣主様に気づかれたら、私はこの世から抹消されてしまいますッ」

「あははははははは、大袈裟な」

 全っ然、大袈裟じゃないです!

 涙をにじませるセフィを逃さぬよう彼を壁面の方に押し寄せながら、リュセルは寝る体勢に入る。

「ほら、もう寝た方がいいぞ。明日も月華の乙女の捜索をしなければならないのだからな」

 それにしても、一体どこにあるのだろう?

(いっその事、灰になって無くなってくれた方が俺の為なんだがな)

 セフィの体温を身近に感じ、レオン人形(携帯用)から兄の気配を感じ、絶好のおやすみ条件がそろったリュセルはうつらうつらしながらそう思った。

 グレン・ケイフォスタンの絵画のファンであるジュリナが聞いたら、激怒しそうな内容だ。



 そして、しばらく後……。


 (つ、疲れた)

「くーーくーーーー」

 健やかな寝息を立てて携帯用レオン人形を抱いたリュセルが眠りに就いたのを確認すると同時に、セフィはその横でガックリと項垂れた。
 眠りに就く先程まで、くだらない話の相手をさせられていたセフィは、ついつい紫電の瞳を見開き、己の本性を晒してしまう。

(なんだ、こいつはッ……! 今、自分がどんな立場にいるのか分かっていないんじゃないのか!?)

「くーーくーーくーーーーーー」

「くーーくーーじゃ、ないだろうが」

 寝息すらものん気な、立場的には敵対し、真逆の位置にいる敵の息子の顔を、呆れたように見下ろす。

「平和なものだな。お前も、お前の半身も」

 あまりにものん気過ぎて、気が抜ける。そう呟くと同時に怒りが込み上げてきた。

「我らが父神の復活の時は、すぐそこまで迫っているというのに」

 凛々しく整った、月の美貌。

 それに惹かれたように、その銀糸の髪に触れようと手を伸ばした。

「…………」

 しかし、触れる直前で手を止める。

 月の神聖さを映し出したかのような、美しい流れ。創世の女神、レイデュークと同じもの。リュセルは伸ばす気はないようだが、この髪を伸ばせば、それは素晴らしく美しい流れが出来る事だろう。

 ギシッ

 わずかに軋む音を寝台が上げた。

 セフィはリュセルの方に身を寄せ、上体を落とすと、彼に覆いかぶさるようにして、その唇に指でそっと触れた。

「…………」

 柔らかな、しっとりとした、その感触。

 このまま触れてしまいたい本能と、触れてはいけないと思う理性の間で葛藤する。この唇に口づけて、貪って、この体を隅から隅まで味わいたい。そう思う心は、我らが父神の影響なのか?リュセルを想うこの気持ちは、自分のものではないのだろうか? そう思うと、なんだか悲しかった。

(馬鹿な話だ)

 そんな事、考える事自体間違っている。自分が考えるべき事は、父神たるスノーデュークをこの世界から永遠に葬る事のみ。


 生き残る為に。

 生きる為に、神を殺すのだ。


「必ず葬ってやる。お前も……、お前の弟神も」


 暗い呟きと共に、リュセルの首に手をかけた。

 今、彼を殺せば、きっとすべてが終わる。

 女神は死に、女神に執着する弟神も、絶望と共に消滅するだろう。彼は、愛する姉神がいないとこの世界に存在すら出来ぬのだ。

 レイデュークとスノーデューク。

 美しく気高かった姉弟神、世界の父母。

 彼らの、互いへの依存と執着、愛憎が悲劇を生んだ。

 悲劇など、もう起こさせない。

 起こさせてはいけない。

(そう……。もう、誰も)

 目の端に浮かぶのは、邪神に殺され、犠牲になった人々の姿。

「犠牲になど、させはしない」

 そのまま、リュセルの顔に顔を寄せる。眠る女神の息子の唇に、触れそうで触れない位置。そこで止まると、セフィは己の中の邪気が膨れ上がりそうになるのを感じ、目を固く閉じる。

 どんなに手を伸ばしても、届かぬもの。

 闇に染まった身が、触れてはならぬもの。

 だが、触れてはならぬ、届かぬものだからこそ、憧れやまぬのだ。

 セフィは上体を起し、顔を上げると、苦しそうに目を細めた。

「いつか……、再び光の世界に戻ってみせる。必ず…………」


 それは、ずっとセフィランが抱いている、祈りにも似た願いだった。




 




 また、夢を見た。



 いつか見た、夢の続き……。

 あれは、いつ見たのだったか。

 とても寂しかったのを覚えている。

 ひどく悲しかったのを覚えている。

 そして、目を覚ました後に見た、レオンハルトの心配そうな顔。

 自分を抱く、暖かく力強い優しい腕。

 その穏やかさ、愛しさにほっとする反面、とても申し訳ない気持ちになった。

 あの子に半身はいない。

 スノーデュークは、己が子に半身を創らなかった。

 その目的に必要なかった為。

 なんて残酷な事をしたのか……。

 そしてリュセルは、また視たのだ。



 翠緑の髪の子供が、泣いている夢を。



「帰りたい……、戻りたい…………ッ」

 そう言いながら、泣きじゃくる。

「お師様……、助けて、お師様…………っ痛いよおお、怖いよおおおおっ」

 紫電の色をした大きな瞳から流れる涙の色は、深紅。

 血の涙だ。

 子供は血の涙を流しながら、こちらにむかって、邪気に汚れた両手を伸ばす。

 まるで、助けを求めるように……。

「帰りたい、戻りたい、……光の世界に」

 人々が幸せに笑う、そこに戻りたい。

 自分は昔、確かにいた。

 そこに在ったのだ。愛しい人達と共に。

 暗黒の闇に落とされる前までは……。

「タ……ス、ケ…………テ」


 ー駄目だよ。いけない子だなー


 這いずりながら光に手を伸ばそうとする子供の手を取り、無理矢理に抱き込む、黒髪の少年。


 ーお前は大切な僕の器。闇の贄。産まれる前からそれは決まっていたんだよ? 今更抗おうとも何も変わりはしないー


 邪気の源、邪鬼の主。邪神・スノーデューク。


 邪神の腕の中で、子供の姿は急激に成長する。

 翠緑の髪、紫電の瞳をした青年の姿に変化すると、そのまま地面にコロリと横たわる。

 痛々しいまでに哀れな、闇の子供。

 これが彼の運命だというのなら、いっその事、産まれて来ぬ方が良かっただろう。

 大きく目を見開き、頬を血の涙で濡らした青年に覆い被さった邪神は、邪悪に微笑んだまま、己が子の唇に口づける。

「ぁ……ッ」

 邪神に口内を犯され、邪気を送り込まれながら、青年の目に一瞬自我が戻る。

 喰らわれながら、声にならぬ絶叫が悲しく響き渡った。

「っ……」

 呼んだ名は、一体誰のものだったのか。







「ッ!?」

 瞬間

 リュセルは一気に覚醒した。

「は……ッ、はぁ、はぁ……」

 荒い息を吐きながら、しばし呆然とする。

(ゆ、夢か)

 あまりの衝撃にしばらく動けなかった。

「…………」

 ノロノロとした動作でようやく身を起こすと、リュセルは顔を両手で覆う。夜着がぐっしょりと汗に濡れて肌に張り付くのが気持ちが悪い。でも、そんな不快感など構っていられない程

「は……っッはぁ……」

 胸が苦しかった。

 痛い、怖い、悲しい、恋しい

 夢の中の子供の意識に同調し、リュセルは涙を流す。

(なんだ、あれは)

 邪神の子供が、邪神に喰らわれる夢。

 あれは、過去に遭った事なのか?

 それとも、これから起こる事なのか?

 苦しい、苦しい、苦しい

 リュセルは胸元を抑えたまま、この痛みが去るのを待った。


 その時


「剣鍵様!」


 切羽詰ったような、そんな声が聞こえて、パタパタと自分に駆け寄ってくる人の気配を感じる。

「どうなさいました!?」

 既に起床し、顔を洗いに洗面室へと行っていたセフィは、様子のおかしなリュセルを察し、慌てて駆け寄って来たのだ。

「剣、鍵様?」

 胸を抑えたまま、目を見開き、涙を流すリュセルの姿に気配で気づき、自分では対処しきれないと察したセフィは、城に戻ったレオンハルトを呼び戻しに行く為、上着のみを引っ掛けて、部屋を出ようと腰を上げかける。

「待てッ」

 しかし、それをリュセルはセフィの手を掴む事で阻止した。

「でも、剣鍵様、そのご様子は……」

 心配そうに曇る顔。硬く閉じられた双眸。白い頬にかかる翠緑の髪。

 何故か、彼に夢の中の子供が重なった。

 だから、その手を引き寄せた。

「!?」

 突然の事にバランスを崩した長身を、腕の中に抱き締める。

「…………」

 セフィは何も言わなかった。無言のまま、リュセルに身を預けている。ただ、その手は両脇に力なく置かれ、抱き返すような真似は決してしなかった。

 まるで、絶対に触れてはならないと思っているかのような、無言の拒絶だったのだ。
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