239 / 424
第十二章 月華の乙女
8-2 兄のいない夜
しおりを挟む件の黒猫対談会。
リュセルの願望を叶える機会が巡ってきたのは、自室に戻った三人が、本日の報告と明日からの打ち合わせをしていた時だった。
「それでは俺は、その二人の身辺調査と接触を図ればいいんだな」
例の月華の乙女保持者の容疑のかかった二人の神官の姿絵を見ながら、リュセルは小さく頷く。二人とも、これといった特徴のない地味な容姿の青年だ。黒髪黒瞳。
(ジュリナ殿の言っていた特徴、そのままだな)
でも、一体どっちなのだろうか。どちらが絵を持っているのか。
「ここに二人の個人データがありますので、目を通して下さいね」
家族の情報や、過去の経歴の記載された資料を渡される。
(例の個人データの載った資料ね)
ふむふむ
それを、流し読みしていた時だった。
コンコン
小さなノックの音が響いたのは……。
「!?」
「……!」
別に悪い事をしていた訳ではないのに、リュセルとセフィの体がビクリと大きく同時に震える。
「…………」
ガタッ
ただ一人、冷静なレオンハルトが無言のまま扉の方へと近づき、応答した。
「はい」
「あ、すみません。夜遅くに……。レオニュージョ・クマキチ神官宛に速達が届いています」
「速達?」
予想外の言葉を聞き、眉をひそめたレオンハルトは扉を開け、手紙の配達当番の神官から手紙を受け取る。
「速達って、どこからだ?」
「王宮からのようだ」
神殿に潜入中のレオンハルトの事を慮ってか、王家の紋入りではないが、確かにその筆跡はカイルーズのものであった。
「…………リュセル、私は一度城に戻るよ」
手紙を黙読していたレオンハルトは、不意にそう言ってリュセルを驚かせた。
「は!? な、何かあったのか?」
「騎士団の方で少し問題が生じたらしい。私でないと事態の収拾がつかないと書かれている」
騎士団で?
「あそこはレオンの信望者の集まりみたいな所だからな。カイルーズには荷が重いのは仕方ないかもな」
何せ騎士団のトップ、総帥のフェイラン自体がレオンハルトの強力な信望者なのだ。
「明日の朝には戻れると思うが、いい子にしているんだよ」
「へいへい」
いつもの子供扱いの台詞に、リュセルは辟易しながらも適当に返事を返す。
「では、アルターコート神官、リュセルを頼むよ」
「はい、剣主様もお気をつけて」
セフィもにっこり笑ってそう答える。
そうして、部屋を出て別れる前に、いつものように口づけを交わそうと顔を寄せてきたレオンハルトに対し、リュセルは慌てて言った。
「レオン、ここでそれはなしのはずだぞ」
「そうだったね」
弟の肩を押さえて、目を閉じかけていたレオンハルトは、表情を変えぬまま、体を離す。
離れていった体の熱が少し寂しい。まだここに来てたった一日足らずしか経っていないのに……。
(もう欲求不満になってしまいそうだ)
遠ざかって行く広い背中を見送りながら、リュセルはため息をついた。
「では、私はそろそろ……」
休む為に自室に戻ろうと立ち上がりかけたセフィは、自分の神官服の袖を掴むリュセルに気づき、首を傾げる。
「剣鍵様?」
「セフィ殿、わかっているか!? これは、チャンスだ!」
チャンス…………? 一体、何の????
セフィの頭の中は、?マークでいっぱいになる。
「鬼(レオン)の居ぬ間に、今夜は大いにノンちゃんについて語り明かそうじゃないか!」
「えええええ~~~~!?」
セフィの驚きの声を聞いたリュセルは、不満そうな顔になる。
「なんだ? 嫌なのか?」
「い、嫌というのではありませんが~」
厳格な兄のいない間に、羽を伸ばす気満々なリュセルに、巻き込まれたセフィは困ってしまう。
「今夜はこのまま泊まって行け。いいな」
女性が聞いたらクラクラしてしまうような甘い声での命令に、セフィは逆らいきれなかったのだった。
そうして、始まったのが
「そうですねぇ、私が一番好きな巻は……やはり、第五巻の”黒猫ノンちゃんと失くした手紙”でしょうか。必ず戻ると言い残し、旅立った恋人を待ち続けるノンちゃんの姉、茶犬のルイーズ。しかし、その恋人は旅先で重い病にかかり、病死していた。病の床で必死に書かれた手紙。それは、ルイーズへの愛を綴った手紙、最後の恋文(ラブレター)。諸々の事情で紛失してしまったその手紙を探し出し、ルイーズに届ける話です」
セフィのその話を聞いたリュセルは、興奮気味に頷く。
「俺も、あの話は本当に素晴らしいと思う。ルイーズの切ない恋心と、死んだ恋人、黒犬のジャクソンの手紙が本当に泣けるんだ。それを探し出して、ボロボロになりながらも、大好きな姉の為に必死に届けようとするノンちゃんの姿……本当に涙が止まらない話だよな。素晴らしい!」
既に湯浴みを終え、夜着姿になった二人は、寝台に並んで座りながら、熱く語り合っていた。
「剣鍵様こそ、好きな巻はどれなのですか?」
セフィの問いに、リュセルは両腕を組んで悩みこむ。
「俺? 俺か……? どの巻も素晴らしいからな。う~~~~~~ん」
「そうですよねぇ。私は他にも、六巻の”黒猫ノンちゃんの素敵な誕生日”も好きですよ。ほのぼのしていて癒されます」
セフィの言葉に、再びリュセルは頷く。
「なかなかいい線をつくな、セフィ殿は。俺はやはり、十六巻から最新の十八巻にかけたノンちゃんとノンちゃんの実兄、闇の魔王たるラグドールとの確執と、ノンちゃんの出生の秘密を描いた話かな」
リュセルの返答を聞いたセフィは、納得したように何度も頷く。
「十六巻”黒猫ノンちゃんと闇の魔王”、十七巻”黒猫ノンちゃんと忘れ得ぬ記憶”、十八巻”黒猫ノンちゃんの秘密の扉”。多分、次回作では、とうとうラグドールとの決着が描かれるんじゃないでしょうかね」
次回作の十九巻の話をしているセフィに、リュセルも同じように思っていた為、嬉しく思う。
「セフィ殿もそう思うか。実は、俺もそうだと思うんだ。ノンちゃんと同じ、失われた古の王国の王子だった黒猫のラグドール。奴の本当の目的が明かされるような気がする。俺はそんなに悪い奴だとは思えないのだがな。敵対しつつも、何気によくノンちゃんを助けてるし」
「そうですね。まだ、ラグドールの正体の明かされていない、初登場時の十二巻でも助けてますしね」
セフィの同意する言葉を聞き、リュセルは目をキラキラさせる。
「”黒猫ノンちゃんと空の街”。あれも、いい話だよなぁ」
「その話は、セリクス神官長が好きな巻なのですよ」
ライサンも相当コアなノンちゃんマニアという事か。
5
あなたにおすすめの小説
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜
隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。
目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。
同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります!
俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ!
重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ)
注意:
残酷な描写あり
表紙は力不足な自作イラスト
誤字脱字が多いです!
お気に入り・感想ありがとうございます。
皆さんありがとうございました!
BLランキング1位(2021/8/1 20:02)
HOTランキング15位(2021/8/1 20:02)
他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00)
ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。
いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
【3/11書籍発売】麗しの大公閣下は今日も憂鬱です。
天城
BL
【第12回BL大賞 奨励賞頂きました!ありがとうございます!!3/11に発売になります、よろしくお願いします!】
さえないサラリーマンだったオジサンは、家柄・財力・才能と類い稀なる美貌も持ち合わせた大公閣下ルシェール・ド・ヴォリスに転生した。
英雄の華々しい生活に突然放り込まれて中の人は毎日憂鬱だった。腐男子だった彼は知っている。
この世界、Dom/Subユニバースってやつだよね……。
「さあ気に入ったsubを娶れ」
「パートナーはいいぞ」
とDomの親兄弟から散々言われ、交友関係も護衛騎士もメイド含む屋敷内の使用人全てがSubで構成されたヴォリス家。
待って待って情報量が多い。現実に疲れたおっさんを転生後まで追い込まないでくれ。
平凡が一番だし、優しく気立のいいsubのお嫁さんもらって隠居したいんだよ。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる