【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】番外編Ⅲ 運命の人

月城はな

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ユリエの憂鬱

5-1 小姓のお仕事

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  こうして始まったユリエのカイルーズの側近代行の初仕事は、なんと次の日からだった。

「どうぞ」

 渋々第二王子の執務室の扉をノックすると、中から返事があり、入室を促される。

「失礼致します」

 入室の挨拶をして扉を開けたユリエは、室内の惨状を目にし、愕然とした。

「な、ななな何、これは……」

 三国の中でも最も大きく栄えているアシェイラ国、その王位継承者の執務室は、足の踏み場がない程に書類に埋もれていたのだ。

「ちょっと、何なのよ。この状態は! あんた、今まで何やってた訳!?」

 そう怒鳴ってカイルーズを見たユリエは、相手が呆気にとられているのに気づく。

「……?」

 いぶかしげに眉をひそめた瞬間

「ぶ~~はっ、似合う! 似合いすぎるよ、君~~~~!その、小姓の衣装!」

「なっ! だってこれは、あなたが仕事をする時に着るようにってよこしたんでしょう!?」

 そう、昨日クマ吉が持ってきた荷物の包みの中身は、この小姓の衣装一式とこれを絶対に着るようにというカイルーズのメモだったのだ。真赤になってカイルーズを睨み見るユリエの着る衣装、実はリュセル付きの小姓であるティルなど、小姓の少年達が着ている制服なのである。

 紺色のシャツにくすんだ水色の下衣。その上から膝まである長衣を身につけて、腰に紺色の帯を締める。働きやすいようにと、いつものように二つに分けたおさげ髪ではなく、背後で黒髪を一本に束ねたユリエの姿は、どこからどう見ても小姓の少年だ。

「いや~~、まさか、そこまでその衣装がハマるなんて予想外だよ」

 笑い過ぎで、ぜえぜえと息を切らすカイルーズを睨みながらも、ユリエは書類の海を泳ぐようにしてカイルーズのいる執務机に近づいた。

「私が小姓の衣装が似合おうと似合うまいと、これからの仕事には一切関係ないわ。いい? 三日よ」

「はい?」

 三本の指を自分の前に掲げたユリエに、カイルーズはのん気に首を傾げる。

「三日の内に、この書類の山をどうにかするわよ」

「本気?」

「あなたねえ、この状態でどうやって執務を続けるつもり!? ともかく、私が仕分けをするから、仕分けの済んだものから目を通してちょうだい」

 そして、その瞬間から、ユリエは書類整理の鬼と化したのだった。



(すごいな)

 ユリエの三日で書類整理完了宣言から数刻後、カイルーズの執務机には、きちんと仕分けされた書類がわかりやすく並べられていた。

 期限の迫っているものから順に並べられたそれらに目を通し、印を押していく。そんなカイルーズの目の端では、せかせかとよく動く小さな体が、右へ左へと何度も行き来している。

 ユリエは執務室の端から端までに縦横無尽に広がった書類の内容と期限を確認すると、それを仕分けし、束にして、紐でくくり、空の本棚に収納していた。そして、執務机の書類が少なくなると同時に、本棚収納した書類の束を机の上に持って行き、回収した処理済みの書類は、その書類が必要な場所ごとに分けて、お手伝いにきてくれていたクマ吉に届けさせるのだ。

 その、慣れた手つきで書類を分け、部屋を片付けるユリエの手の早い事。まさに神業である。






 そうして、三日の間というもの、他国の客人であるにも関わらず、ユリエはサンジェイラにいた時同様に働いた。……いや、働かされた。

 一刻も早く、この大量書類を片づけない事には、アシェイラ来国目的である、ツバキの縁談をまとめるという肝心の使命が果たせない。何せカイルーズは、初日にツバキと会って以来、面会にも行かないのだ。
 まあ、ツバキはツバキで、アシェイラという大きな国の王宮を満喫している様子なので、婚約者が会いに来ない事など気にもしていないようだったが。

(まさか、ツバキでは不満だとでもいうの!?)

 書類の片づけを続けながらも、ユリエはそんな事を考える。

(おのれ、私と違って、才色兼備と謳われるツバキのどこが気に入らないっていうのよ!)

 ギラギラとした目で大人しく執務の席についている件の王子を睨みつけていると、それに気づいたカイルーズが、目を通していた書類から目を上げた。

 険悪な表情で自分を睨むユリエに、カイルーズはにっこりと笑いかける。

「ねえ、聞いてびっくりしちゃったんだけれど、君って二十五歳なんだって?」

「ええ」

 一体、急に何を言い出すのか、カイルーズは持っていた羽ペンを置くと、机の上に両肘をついて小首を傾げた。

「兄上よりも年上なんてさ~、全っ然見えないけど……。僕より五つも年上って事だよね」

「そ、そうよ」

「ならさ~、その態度って、大人げないんじゃない?」

 ピキッ

 カイルーズの台詞を聞いたユリエの額に亀裂が入った。頭にくる程に正論である。そう。確か、カイルーズ王子は二十歳。

(五歳年下って事は、私が二十歳の時は十五歳、私が十五歳の時は奴は十歳、私が五歳の時にようやくこの世に生まれ出たって事よね)

 カイルーズの言葉を聞いた途端、顔を伏せてブツブツと呟いていたユリエは、ふと顔を上げると、会心の笑みを浮かべた。

(!?)

 警戒するような顔になった青年にゆっくりとユリエは近づくと、座るカイルーズに上から目線で告げる。

「そうよね、私が大人げなかったわ。ごめんなさい」

 台詞だけ聞けば殊勝に謝っているようにしか聞こえないが、不必要なまでに優しい猫撫で声は、年の離れた姉がやんちゃな小さな弟を相手にする時のような口調だった。

「あ……、ああ」

 反射的に頷いたカイルーズにユリエはまとめた書類を渡す。

「よかったわ。ご機嫌が直って……。さあ、これが終わったら、おやつにしましょうね。うふふふ、お腹が空いてご機嫌が悪かったんでしょう?」

「なっ!」

 まさに、子供扱い。カイルーズは、ショックのあまり体を硬直させた。

「僕を何だと思ってるんだ!」

 なんとか我に返り立ち上がったカイルーズを、傲岸不遜な目の前の姫君は鼻で笑ったのだ。

「何って、わがままな子供よ。私の弟にも一人いるわ、あなたみたいな子がね。ああ、今年、八歳になったばかりなんだけれど……」

 八歳の子供と同レベルにされたカイルーズは、その後、無言のまま、溜まった書類を意地で片づけたのだった。



「やれば出来るじゃない」

 すっきり片付いた執務室を見回しながら、ユリエは満足そうに頷いた。

 散々な惨状だった執務室の片づけに大きく貢献したユリエを見返す為、がむしゃらにやった結果だったのだが、あっさりと自分を認められてカイルーズは拍子抜けした。

(変な女)

 最初に彼女が宣言した通り、本当に三日間で滞っていた仕事の大部分を終らせる事が出来たが、カイルーズはつい、そう思ってしまう。

 今まで出会った事がないタイプの女性だ。有能である事は間違いない。そのサポート能力は、カイエに引けをとらない事を、この3日で実感した。

 それに、今は小姓の衣装を着ているから尚更そうなのかもしれないが、あまり彼女から女を感じる事がなかった。気性もどちらかといえばさっぱりしているようだし、女らしい色気もない。小姓の衣装を着ている姿は、まるで少年である。

「がんばったわね、疲れたでしょう?」

 そう言って差し出されたのは、紅茶とクッキーだ。こんな細かい気遣いは、女性らしいのだが……。それにしても、どこまでも年下扱いするのが癇に障る。最初に年下の自分に大人げない態度をとるのはどうかと指摘したからだろうか?ずっとこの調子だ。

「いい加減、僕を年下扱いするのは止めろよ」

 カイルーズの不満そうな声を聞き、ユリエは一瞬きょとんとした。

「あら? 年下扱いなんてしていないわよ」

 その答えに怪訝そうに眉をしかめるカイルーズを見て、ユリエはクスリと笑う。

「子供扱いはしているけれど」

(尚悪い!)

 カイルーズは口元を引きつらせた。

「それはそうと、ここまで片付いたのだから、今日は午後から暇をちょうだい」

 カイルーズの不満など意にも介さずに、自分の望みを口にするユリエは、相当肝が据わっていると言えよう。

「暇? 休みが欲しいのか?」

 カイルーズの不思議そうな問いかけに、ユリエは頷いた。

「ええ、カイエ兄さんのお見舞いに行きたいのよ」

「……………………」

「何よ、その顔」

「……別に」

 不機嫌そうにユリエから顔をそむけながら、カイルーズは胸がムカムカするのを感じていた。何故か、この姫君がカイエの事を気にするのが気に入らなかったのだ。自分に対しては散々なくせに、カイエに対しては慈愛めいた表情を浮かべるのがムカつく。

「別にって、顔してないじゃない。ちょっと、あなた、顔だけはいいんだから、唇とがらせるの止めなさいよ」

「顔だけとはなんだ! 失礼な奴だなっ……、いいか!? よく聞け、この無礼者」

 そう怒鳴りながら、座っていた執務椅子から勢いよく立ちあがったカイルーズは、ダンッと机に両手をついた。

「な……、何よ」

 その迫力にユリエがたじろぐと、カイルーズは大声で主張した。

「僕は、脱いでもすごいんだああああああああっ!」

 力のこもり過ぎたその主張に、ユリエはうつろな目をしたのだった。
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