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ユリエの憂鬱
5-2 カイエのお見舞い
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「それで、どうしてこうなる訳?」
数日前にひったくり犯を追って駆け回ったアシェイラ王都の街中を歩きながら、ユリエはげっそりとしながらそう言った。
たくさんの人々が行き交う相変わらず賑やかな様子の街だが、そんな様子も目に入らぬ程、ユリエは正に今、この時の状態に辟易していた。
「だって、この前のような事があったのを知っている以上、君一人で街を歩かせる訳にはいかないからね」
にっこりと隣で笑ったさわやか系好青年(見た目)に対し、ユリエはため息交じりに言い返す。
「でも、カイルーズ王子、何もあなたがついてくる事はないじゃない。誰か道案内の人を貸していただければ、それでよかったのよ」
もう何を言っても無駄だと思いつつも、城で着ていた宮廷衣から目立たない衣装に着替えた(最初に出会った時に着ていたような衣装だ)カイルーズをユリエは横目で見上げる。
「まあまあ、いいじゃない。僕じゃ不満な訳?」
「ええ」
きっぱりと遠慮なくスパッと斬ってくれたユリエに、カイルーズは笑った。
「あはははっ、やっぱり面白いよ、君。ついて来て正解!」
「ああああなた、まさか、面白そうだからついて来たの!?」
驚きに目を大きく見開くユリエに向かい、こちらもきっぱりと頷いてみせた。
「まあね」
「…………呆れた。私に構ってる暇があるんなら、ツバキに面会に行きなさいよ、この唐変木!」
もう、他国の王子だろうが妹の婚約者(候補)だろうが、関係ない。何せ出会い方が最悪だったのだ。今更何を取り繕ったって遅い。まるでレインを相手にしているような、遠慮のない接し方をカイルーズに対してしている事にユリエは内心苦々しく思う。
「僕が唐変木かどうかは置いといてさ~」
「ちょっ、勝手に置かないでよ!」
大切な話題を変えられ、慌てて言い返すユリエの姿を見ながら、カイルーズは両手を広げた。
「どうして街でまで小姓の衣装な訳?」
そう、現在もユリエは、カイルーズから数日前に渡された小姓の衣装を着ていたのだった。
「え? だって、着てみたら結構動きやすいし、着心地もいいから、私、アシェイラではこれで過ごそうかと思ってるんだけれど」
少女から少年に見た目が変化したユリエの姿は、こうしてカイルーズと歩く姿は、仲の良い兄弟のようだ。どっちが弟かといえば、言うまでもない……。
「君さ~、それって女としてどうな訳? おしゃれとか興味ないの?」
よく他の人からも言われるカイルーズの言葉を無視して歩いていたユリエは、ようやくそれに気づいた。歩きやすいのだ。人通りの多い街道。しかも、生粋のサンジェイラ育ちであるユリエにとって、アシェイラの街のような人ごみは初めてなのにも関わらず、一度も人とぶつかる事なくスムーズに歩けている。
(……この人)
その仕草がさりげない為、まったく気付かなかったが、カイルーズが女性であるユリエを庇いながら先導していた。
なんとなくカイルーズという王子の内面が、少しだけだがわかったような気がする。
彼は、不器用なのだ。
何でもそつなくこなし、女性の扱いも完璧だったレオンハルトと違い、カイルーズはこの不器用な性質から誤解を受ける事も多かったはずだ。
「どうしたの?」
苦労する事なく何でも出来る、器用そうな雰囲気だから、それに気づく者は少ないだろう。不思議そうに首を傾げるカイルーズに、ユリエは小さく首を振って、「何でもない」と答えた。
(少し見直したわ)
内心そう思いながら、ユリエは小さく笑ったのだった。
辿り着いたアシェイラ国王位継承者の側近、カイエ・ケイフォスタンの自宅は、城の近くにある閑静な邸宅地にあった。
王都に住まう名門貴族の豪邸が建ち並ぶ邸の中の一つ、落ち着いた佇まいの邸の門をくぐると、ユリエとカイルーズは迎えに出た使用人の案内に従って、邸内の応接室に通された。
「しょぼい家に住んでるんだな。あいつ」
「あなたねぇ、アシェイラ城と一緒にするんじゃないわよ! この邸は十分豪邸の域に達してるわ。ちょ、ちょちょっと、それは私の紅茶よ! 何、勝手に飲んでるのよ!」
「ゲップ」
「ゲップ、じゃないわよ! あああ~、全部飲んだわね」
自分に出された紅茶だけでなくユリエの分まで飲み干したたカイルーズは、深くソファに沈み込むと、隣で空のカップを覗きこんでいるユリエに言った。
「……で、いつまで待たせるんだ。あいつは」
「ここに通されて少ししか経ってないじゃない。ちょ……、ちょちょちょっと、やめて、私のマフィンを~~! あなた、自分のを食べなさいよ! 馬鹿っ」
紅茶だけでなくユリエに用意されたマフィンにまで手を伸ばしてきたカイルーズに、悲鳴を上げながら彼女は反撃に出た。
「こうなったら、こっちだって負けないわ!」
カイルーズの前のテーブルに置かれたマフィンを掴み取ると、ユリエはそれを一気に飲み込んだ。
「お、お前、僕のだぞ、それは!」
「ふぐふぐっ……もごもご…………ぐっ~~!」
一気食いした為、喉を詰まらせて苦しみ始めたユリエの様子を見たカイルーズは慌てた。
「お前、あんな一気食いなんてするから、喉を詰まらせるんだよ! え~っと、飲み物飲み物、げっ! 紅茶が両方共、空っぽじゃないか!」
自分で両方共飲み干したくせにそう怒鳴ると、カイルーズは傍にあった花瓶から花を取り出し、中の水をユリエに無理矢理飲ませた。
「~~~~っごほ、げほげほっ!」
「とりあえず、これで我慢するんだ!」
そんな、花瓶の水を無理矢理カイルーズがユリエに飲ませているという場に、唖然としたような声が響いた。
「殿下……何をなさっているのですか?」
自分の生涯を賭して仕えるべき主が、いたいけな少年を虐待している。応接室に入室した病み上がりなカイエの目に映ったのは、そんな光景だったのだ。
「ああ、カイエ。風邪はもういいのかい?」
にっこりと笑いかけてくるカイルーズに引きつった笑みを返すと、夜着に上着を羽織っただけという、病人スタイルのまま、カイエは軽く頭を下げた。
「ええ、何とか熱は下がりました。すみません、このような見苦しい姿で」
「気を使う事はないよ、仕事も全快するまで休んでおいで」
「ありがとうございます。……あの、それで、先程から気になっていたのですが、そちらの少年は?」
「あ~、これ?」
カイルーズの隣りで倒れたままピクリとも動かない十三~十五歳位の年齢の小姓衣装の男の子(カイエの目から見た限り)に目を向けたカイエは、柔らかい声でその少年に話しかけた。
「え~っと、君、城勤めの小姓ですよね? 大丈夫ですか?」
カイルーズの供でついて来たんだろうと予測をつけたカイエの目の前で、少年の投げ出された小さな手がピクリと動いた。
「大丈夫じゃないわよ~~! 私を殺す気!? この、馬鹿王子っ」
ユリエは一気に蘇ると、「あははははっ」と、どこまでもさわやかに笑っているカイルーズの胸倉を掴んで揺さぶった。
「……………………ユリエ?」
自分の主人の胸倉を掴んでいる無礼な少年。子供の頃に数度会っただけなので一瞬分からなかったが、その顔は……。
名を呼ばれたユリエは、カイエの方に向けると、驚きに目を見張った。
「カイエ兄さん」
「やっぱり、ユリエか!? はははっ、まったく変わってないな、お前は」
子供の頃からまったく変わっていない二十五歳って、一体。
ユリエは掴んでいたカイルーズを突き飛ばすと、懐かしい従兄の腕の中に飛び込んだ。
「お久しぶり、カイエ兄さん!」
「ツバキ姫について来ている事は知っていたが、こんな所で会おうとは……。会えて嬉しいよ、ユリエ」
従兄妹同士仲が良いのか、二人は再会の抱擁を交わしあう。その様子をカイルーズは横目に見ながら、何故だか苛々とした。カイエに甘えたような視線を向けるユリエが気に入らない。
「…………」
カイルーズは無言で立ち上がると、ユリエの後ろ襟を掴み、猫の首裏を掴み上げるかのように引っ張り上げた。
「!?」
驚きに目を見開いたカイエの目の前で、ユリエの小さな体はカイルーズによって引き離される。
「っ! ちょっと、苦しいわよ、離して! 離しなさいったらーっ」
ユリエの抗議の声を受けて、カイルーズはあっさりとその手を離すが、その様子を見ていたカイエは眉をしかめた。
「………………私が休んでいる間に何があったのですか?」
ユリエがこのアシェイラ王都に入国してから、確か、まだ数日しか経っていないはずである。それにしては……
(近い)
カイルーズとユリエの距離が近過ぎるのである。
カイルーズからすれば、将来縁戚になるであろう婚約者(候補)の姉姫なのだから、距離が近くなるのは、本来ならいい事なのだろうが。
(肝心のツバキ姫とはどうなのでしょうか?)
今一番カイルーズが気にかけなくてはならない相手は、ツバキ姫なはずなのだ。
そう考えていたカイエは、ユリエの後ろ首のあたりを見下ろしているカイルーズの表情を不意に視界に入れてしまい、驚愕に目を見開いた。
「話し出せば長くなるんだけど、聞いてくれる? カイエ兄さん……え? ちょっと、カイエ兄さん!?」
アシェイラ王都に到着してからの苦労の数々を話しだそうとしたユリエは、何故かよろめいてソファの上に倒れ込んだカイエの姿を見て慌てた。
(何故、よりによって自分の婚約者ではなく、その姉姫に…………)
カッと目を見開いて、カイエは今見たもののすべてを忘れてしまいたいと思った。
カイルーズのユリエを見る瞳の中には、そこにまだ熱こそこもっていなかったが、彼女に興味を持ち、惹かれていっているのが明確な色を宿していたのだ。
「なんだか、様子がおかしかったわね。カイエ兄さん」
「そう?」
カイルーズもユリエも、まだ病み上がりで本調子ではないカイエを気遣い、早々に邸を後にしたのだが、彼は帰り際に慌てたように二人に告げた。
すぐに全快して城に戻るから、はやまるな。……と。
一体全体何の事なのか、ユリエにはわからない。
一方のカイルーズは、城への帰途の途中、来た時と同じ道を歩きながら、ぼんやりと横を歩くユリエの首を見下ろしていた。先程ユリエの後ろ襟をつまんだ時に気づいたのだが、本当にその首は細い。触れるのが躊躇われてしまうような細さなのだ。
(ん? 触れるって、なんだ?)
おかしな考えに至ったと、カイルーズは内心首を傾げる。そして、そこで気づいた。
(ああ、僕は、この女性に触れてみたいのか)
そんな風に女性に対して思うのは初めてだ。
「ねえ、十日後に舞踏会を開くのでしょう?」
「ああ……うん、いつもの恒例のやつね。この時ばかりは、出席するもしないも自由な、女神の子供が羨ましくなるよ」
三ヶ月に一度、城で行われる王族主催の舞踏会……とは名ばかりの、有力貴族達との懇親会。有名な王宮楽師達も招かれて、かなり盛大な会なのだ。
「ジェイド王がおっしゃっていたのだけど、私達、特にツバキに、その舞踏会に参加して欲しいそうなのよ。未来の王妃となるカイルーズ王子の婚約者をお披露目したいそうよ」
「……それで?」
ユリエの口からツバキとの婚約の話をされると、先程のカイエの時みたいになんだか苛々とした。
「それまでにツバキと仲良くなって親交を深めて欲しいの。あっ、もちろん、清い交際からよ」
「ふうん、考えとくよ」
「考えとくって、あなたね~!」
気のない返事をしながらそっぽを向いている失礼王子に、ユリエはまたキレかけた。
アシェイラに来てからというもの、ユリエはキレてばかりだ。原因の大半は、隣を歩くこの国の王位継承者なのだから始末が悪い。
「そういえばさ、君こそいない訳?」
「何が?」
いつものように急に話を変えたカイルーズにユリエはうんざりしながらも付き合ってやる。
「国に婚約者とか……、好き合っている相手とかさ」
「そんな能天気なもの、私にはいないわ」
ズバリとそう言いきったユリエに目を向け、カイルーズは顔を引きつらせてしまう。
では、婚約者のいる自分やリュセルって、能天気な人間なのか!?ついついそう考えてしまってるカイルーズに対し、ユリエは続けた。
「お兄様の傍でサンジェイラ国を支えるのが、私の使命よ!」
「……枯れてるねぇ」
「なんですって!?」
ユリエの答えにしみじみと憐れみのこもった言葉を返すカイルーズは、彼女の反論を聞きながらも、何故か心の中では、その言葉に安堵し、喜んでいる自分がいる事に気づいていた。
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