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ユリエの憂鬱
6-1 贈り物選びとカイエの復帰
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カイエの見舞いに行ってから、ユリエの要求に従い、何度かツバキと対面したカイルーズは、表面的には紳士的で友好的にふるまっていたが、退屈でならなかった。大人しい性質で女らしく美しいツバキは、夫に従順な妻になるだろう。しかし、王妃となるからには、それだけでは駄目な事はカイルーズもよく理解していた。
(彼女では駄目だ)
王妃としての資質に欠けると、言い訳のように考えるが、自分がそんな風に考えるようになったのは、彼女の姉姫の存在が大きい。あれ以降も、カイエが復帰するまでと言って、側近の仕事を肩代わりしてもらっているが、カイルーズの意識が変化してきている事に気づく者はいなかった。本人以外は……。カイエがいたら、すぐに気づいてくれただろうが。
彼は、現在不在の弟の代わり、面白いおもちゃとして、ユリエを傍に置きたいのではなくなっていたのだ。
いつからか、ユリエの姿を傍で見たいが為、彼女を困らせるような事を言ったり、したりして、仕事をさぼり、必然的に溜まった自分の仕事を手伝わせる事を口実に彼女を呼びつけていた。
そんな、ある日。
「どうです? この見事な生地の数々。どれも二つとない一級品ですよ」
ジェイドの命令で城に上がったのは、デコレート商会アシェイラ本店の店主であり、レオンハルト直属の騎士、ユージンの実父である商人、ユージフ・デコレートだ。父の命令で呼び出されたカイルーズは、彼がテーブル一杯に広げた布地の数々をぼんやりと見つめていた。
父いわく
「お姫様が出席するんだから、今度の舞踏会はすごく華やかなものになるね! カイル、お前は婚約者として、舞踏会に出席する為のドレスをプレゼントしてあげなさい。いいねっ!」
……という事らしい。
ルンルン気分でそう言っていたジェイドの指示に従い、デコレート商会の者と対面したまではいいが……。
華やかで美しい、色とりどりの布地が並べられているのは分かるが、男の自分に一体どうしろと言うのだ。
「どれでもいいからさ~。十七~十八歳位の年齢の、黒髪の女性に似合うような生地でドレスを作ってよ」
「へ……? は、はあ、左様ですか」
前に第三王子であるリュセル王子の贈り物選びもお手伝いをさせていただいたユージフではあるが、同じ兄弟なのにこの熱の差は何だろう思ってしまった。
顔を直視出来ない程美しかった銀の王子は、贈り物選びにかなり真剣だった。特に、最後に選んでいた、背の高い胡桃色の長髪美人への贈り物(そのようにしか聞いていない)には、かなりの時間を有したものだ。
おそらく、その美人がリュセル王子の本命なのだろうと思ったが、口の堅いユージフは、婚約者のいる彼の事を思い、それをずっと黙っていた。(その美人が彼の実兄、レオンハルトである事も知らずに)
確か、目の前のカイルーズ王子が選んでいるのは、婚約者に贈るドレスの生地のはずでは? ユージフは内心首を傾げながらも、デコレート商会が誇る最高級の布地の中から一つを選んだ。それは、金や銀の刺繍がため息が出る程美しい、薄い青色の色彩のものだった。
「で、では、これなどどうですか? 最近入荷してきたのですが、間違いなく姫君に相応しい一品ですよ。この生地の色といったら……」
「じゃ、それにして」
布地について語ろうとしたユージフは、話の途中で生地を決められてしまい、軽くこけた。
「は、はあ。では、この生地で最高級のドレスを作らさせていただきます」
「うん、頑張ってね」
か、軽い。
ユージフの無敵営業スマイルが崩れそうになった瞬間だった。
「で……では、私はこれで」
王族って言っても、人それぞれなんだな~。とか考えながら、広げた布地をユージフは片づけ始める。そんな相手をなんとなく見ていたカイルーズだったが、片づけられている布地の中に見つけたそれに目を止めた。
「…………」
無言のまま、それを手に取り、広げてみる。それは、ローズピンクに映える百合の花の刺繍が可憐な、美しい布地だった。
「カイルーズ殿下、さすがお目が高いです! そちらの品は、かの有名な芸術一族、ケイフォスタン一族の中でも、特に刺繍の技術に秀でた女性達が、一年の歳月を賭して仕上げた品なのですよ」
「へ~。……似合いそうだな。名前にもこの花が入っている事だし」
ボソリとカイルーズが洩らした言葉を聞き逃す事なく、ユージフは言った。
「では、先程の生地は止めて、こちらになさいますか?」
「なんで? さっきので作ってよ。黒髪黒瞳の、スレンダーな体型の女の子に似合うドレスを」
「へ? では、こちらは?」
「こっちは別口」
そう言って、気に入ったのか、しげしげとそのピンク色の生地を見つめているカイルーズをポカンとした表情で見つめながら、ユージフはまた勘違いをした。
(ま、まさか。リュセル王子殿下のように、カイルーズ王子殿下にも、婚約者とは別の本命が!?)
そう考えながら、ユージフは真剣な表情で頷いた。
「わかりました、カイルーズ王子殿下。この事は、私の胸に秘めておきます」
「なんで?」
「なんでって……」
軽い。軽過ぎる、この王子。
そんなユージフの内心の混乱など気にする事なく、カイルーズは先程の婚約者のドレスと違い、今度は色々と注文をつけ始めた。
「背が低くて、華奢な子……じゃなく、女性だから、レースやビーズをあしらった可憐なデザインなのがいいな」
「あ、はい」
唖然としながらも、お客様の注文を聞き逃さない為、ユージフは慌ててそれをメモし始める。
「でも、年齢を意識した大人っぽさも取り入れてね」
「お幾つなのですか? その方は」
「二十五」
その言葉をメモにとっていたユージフに目を向け、カイルーズは言った。
「ねえ、布地の他にアクセサリー類とか持って来てる?」
「はい」
ドレスの生地選びとの事だったので、それに合うアクセサリーも一応持って来てはいた。カイルーズの婚約者の贈り物ドレスへの興味の薄さから、今回持って来たものは無駄だと思われていたので、お見せ出来る機会が出来て嬉しい限りである。
「たぶん、ドレスだけ贈っても、アクセサリーや髪飾りも持っていないだろうからね」
「は?」
「ううん、こっちの話だよ。いいから見せて」
そうしてその後、ユージフはデコレート商会が誇るアクセサリーや髪飾りの数々を、カイルーズの目前に並べ、彼が贈り物を選ぶのを見守ったのだった。
*****
カイルーズとユリエの状態の事を知っていたカイエは、様々な薬、様々な健康療法を試し、根性で仕事復帰を予定よりも早く果たす事に成功した。
それは、舞踏会を五日後に控えた日の事であった。
「長らく休んでしまい、申し訳ありませんでした。殿下」
王位継承者の執務室で、深々と頭を下げた自分の側近に、カイルーズはにっこりと笑いかけた。
「気にしなくていいよ。体調はもういいの?」
「ええ、おかげさまで」
自分がいなくてもすっきりと片付いている様子の執務室を眺め、カイエがほっと胸を撫で下ろしていると、部屋をノックする音が響いた。
「どうぞ」
カイルーズが返事を返すと同時に、静かに部屋の扉が開かれる。
「カイエ兄さん!」
「ユリエ」
相変わらず、何故か小姓姿をしている従妹に向かい、カイエは優しく微笑みかけた。
「もういいの?」
「ああ。心配かけて悪かったね。ユリエには私の仕事の肩代わりまでさせてしまって、本当にすまなかった」
「大変だったのよ。特に、この人の世話がね!」
ビシッと、カイルーズを指さしてそう宣言したユリエに同意し、カイエは何度も頷く。
「そうそう。そこが一番大変なんですよ」
「ちょっと二人とも、喧嘩売ってる訳?」
こめかみをヒクつかせてそう呟くカイルーズを無視して、ユリエは言った。
「でもよかった、これで私は解放されるわ。この人から!」
またしても、ビシッとカイルーズを指差したユリエに対し、カイエもまた、うんうんと頷いた。
「苦労をかけましたね、ユリエ」
従兄妹同士の、そんな会話を不機嫌そうに聞いているカイルーズを無視して、ユリエは今まで自分が代行としてやっていた側近の仕事の引き継ぎにかかる。
てきぱきと、自分が休んでいた間の仕事を引き継ぐユリエの話を聞きながら、カイエは見てしまった。
(っ!?)
瞬間、驚愕に目を見開く。
自分の主は……、カイルーズは、書類に目を通すふりをしながらもユリエを見ていたのだ。その瞳には、この前見舞いに来てくれた時にはなかった、熱がある。
パラパラパラ……。
持っていた書類を直立不動の姿勢のまま落としているカイエを見て、驚いたのはユリエだ。
「カ、カイエ兄さん?」
そのまま、ふらりとその場に倒れ込んだカイエに驚き、ユリエは慌てる。
「大丈夫!?」
「どうしたんだ?」
カイルーズも焦ったような声を上げて、自分の側近の傍に膝をついた。
「……ちょ、ちょっと何、その顔」
自分を見るカイエの、この世の終わりのような恐ろしい形相に、さすがのカイルーズも不安になる。
「イエ、ナンデモアリマセン」
カタコトながらもなんとかそう言って、フラリと立ちあがったカイエは、泣きたいような気分だ。
(どどどどど、どうしたら……。私は一体、どうしたら)
病み上がりの身に、この問題はすごくきつかった。
(彼女では駄目だ)
王妃としての資質に欠けると、言い訳のように考えるが、自分がそんな風に考えるようになったのは、彼女の姉姫の存在が大きい。あれ以降も、カイエが復帰するまでと言って、側近の仕事を肩代わりしてもらっているが、カイルーズの意識が変化してきている事に気づく者はいなかった。本人以外は……。カイエがいたら、すぐに気づいてくれただろうが。
彼は、現在不在の弟の代わり、面白いおもちゃとして、ユリエを傍に置きたいのではなくなっていたのだ。
いつからか、ユリエの姿を傍で見たいが為、彼女を困らせるような事を言ったり、したりして、仕事をさぼり、必然的に溜まった自分の仕事を手伝わせる事を口実に彼女を呼びつけていた。
そんな、ある日。
「どうです? この見事な生地の数々。どれも二つとない一級品ですよ」
ジェイドの命令で城に上がったのは、デコレート商会アシェイラ本店の店主であり、レオンハルト直属の騎士、ユージンの実父である商人、ユージフ・デコレートだ。父の命令で呼び出されたカイルーズは、彼がテーブル一杯に広げた布地の数々をぼんやりと見つめていた。
父いわく
「お姫様が出席するんだから、今度の舞踏会はすごく華やかなものになるね! カイル、お前は婚約者として、舞踏会に出席する為のドレスをプレゼントしてあげなさい。いいねっ!」
……という事らしい。
ルンルン気分でそう言っていたジェイドの指示に従い、デコレート商会の者と対面したまではいいが……。
華やかで美しい、色とりどりの布地が並べられているのは分かるが、男の自分に一体どうしろと言うのだ。
「どれでもいいからさ~。十七~十八歳位の年齢の、黒髪の女性に似合うような生地でドレスを作ってよ」
「へ……? は、はあ、左様ですか」
前に第三王子であるリュセル王子の贈り物選びもお手伝いをさせていただいたユージフではあるが、同じ兄弟なのにこの熱の差は何だろう思ってしまった。
顔を直視出来ない程美しかった銀の王子は、贈り物選びにかなり真剣だった。特に、最後に選んでいた、背の高い胡桃色の長髪美人への贈り物(そのようにしか聞いていない)には、かなりの時間を有したものだ。
おそらく、その美人がリュセル王子の本命なのだろうと思ったが、口の堅いユージフは、婚約者のいる彼の事を思い、それをずっと黙っていた。(その美人が彼の実兄、レオンハルトである事も知らずに)
確か、目の前のカイルーズ王子が選んでいるのは、婚約者に贈るドレスの生地のはずでは? ユージフは内心首を傾げながらも、デコレート商会が誇る最高級の布地の中から一つを選んだ。それは、金や銀の刺繍がため息が出る程美しい、薄い青色の色彩のものだった。
「で、では、これなどどうですか? 最近入荷してきたのですが、間違いなく姫君に相応しい一品ですよ。この生地の色といったら……」
「じゃ、それにして」
布地について語ろうとしたユージフは、話の途中で生地を決められてしまい、軽くこけた。
「は、はあ。では、この生地で最高級のドレスを作らさせていただきます」
「うん、頑張ってね」
か、軽い。
ユージフの無敵営業スマイルが崩れそうになった瞬間だった。
「で……では、私はこれで」
王族って言っても、人それぞれなんだな~。とか考えながら、広げた布地をユージフは片づけ始める。そんな相手をなんとなく見ていたカイルーズだったが、片づけられている布地の中に見つけたそれに目を止めた。
「…………」
無言のまま、それを手に取り、広げてみる。それは、ローズピンクに映える百合の花の刺繍が可憐な、美しい布地だった。
「カイルーズ殿下、さすがお目が高いです! そちらの品は、かの有名な芸術一族、ケイフォスタン一族の中でも、特に刺繍の技術に秀でた女性達が、一年の歳月を賭して仕上げた品なのですよ」
「へ~。……似合いそうだな。名前にもこの花が入っている事だし」
ボソリとカイルーズが洩らした言葉を聞き逃す事なく、ユージフは言った。
「では、先程の生地は止めて、こちらになさいますか?」
「なんで? さっきので作ってよ。黒髪黒瞳の、スレンダーな体型の女の子に似合うドレスを」
「へ? では、こちらは?」
「こっちは別口」
そう言って、気に入ったのか、しげしげとそのピンク色の生地を見つめているカイルーズをポカンとした表情で見つめながら、ユージフはまた勘違いをした。
(ま、まさか。リュセル王子殿下のように、カイルーズ王子殿下にも、婚約者とは別の本命が!?)
そう考えながら、ユージフは真剣な表情で頷いた。
「わかりました、カイルーズ王子殿下。この事は、私の胸に秘めておきます」
「なんで?」
「なんでって……」
軽い。軽過ぎる、この王子。
そんなユージフの内心の混乱など気にする事なく、カイルーズは先程の婚約者のドレスと違い、今度は色々と注文をつけ始めた。
「背が低くて、華奢な子……じゃなく、女性だから、レースやビーズをあしらった可憐なデザインなのがいいな」
「あ、はい」
唖然としながらも、お客様の注文を聞き逃さない為、ユージフは慌ててそれをメモし始める。
「でも、年齢を意識した大人っぽさも取り入れてね」
「お幾つなのですか? その方は」
「二十五」
その言葉をメモにとっていたユージフに目を向け、カイルーズは言った。
「ねえ、布地の他にアクセサリー類とか持って来てる?」
「はい」
ドレスの生地選びとの事だったので、それに合うアクセサリーも一応持って来てはいた。カイルーズの婚約者の贈り物ドレスへの興味の薄さから、今回持って来たものは無駄だと思われていたので、お見せ出来る機会が出来て嬉しい限りである。
「たぶん、ドレスだけ贈っても、アクセサリーや髪飾りも持っていないだろうからね」
「は?」
「ううん、こっちの話だよ。いいから見せて」
そうしてその後、ユージフはデコレート商会が誇るアクセサリーや髪飾りの数々を、カイルーズの目前に並べ、彼が贈り物を選ぶのを見守ったのだった。
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カイルーズとユリエの状態の事を知っていたカイエは、様々な薬、様々な健康療法を試し、根性で仕事復帰を予定よりも早く果たす事に成功した。
それは、舞踏会を五日後に控えた日の事であった。
「長らく休んでしまい、申し訳ありませんでした。殿下」
王位継承者の執務室で、深々と頭を下げた自分の側近に、カイルーズはにっこりと笑いかけた。
「気にしなくていいよ。体調はもういいの?」
「ええ、おかげさまで」
自分がいなくてもすっきりと片付いている様子の執務室を眺め、カイエがほっと胸を撫で下ろしていると、部屋をノックする音が響いた。
「どうぞ」
カイルーズが返事を返すと同時に、静かに部屋の扉が開かれる。
「カイエ兄さん!」
「ユリエ」
相変わらず、何故か小姓姿をしている従妹に向かい、カイエは優しく微笑みかけた。
「もういいの?」
「ああ。心配かけて悪かったね。ユリエには私の仕事の肩代わりまでさせてしまって、本当にすまなかった」
「大変だったのよ。特に、この人の世話がね!」
ビシッと、カイルーズを指さしてそう宣言したユリエに同意し、カイエは何度も頷く。
「そうそう。そこが一番大変なんですよ」
「ちょっと二人とも、喧嘩売ってる訳?」
こめかみをヒクつかせてそう呟くカイルーズを無視して、ユリエは言った。
「でもよかった、これで私は解放されるわ。この人から!」
またしても、ビシッとカイルーズを指差したユリエに対し、カイエもまた、うんうんと頷いた。
「苦労をかけましたね、ユリエ」
従兄妹同士の、そんな会話を不機嫌そうに聞いているカイルーズを無視して、ユリエは今まで自分が代行としてやっていた側近の仕事の引き継ぎにかかる。
てきぱきと、自分が休んでいた間の仕事を引き継ぐユリエの話を聞きながら、カイエは見てしまった。
(っ!?)
瞬間、驚愕に目を見開く。
自分の主は……、カイルーズは、書類に目を通すふりをしながらもユリエを見ていたのだ。その瞳には、この前見舞いに来てくれた時にはなかった、熱がある。
パラパラパラ……。
持っていた書類を直立不動の姿勢のまま落としているカイエを見て、驚いたのはユリエだ。
「カ、カイエ兄さん?」
そのまま、ふらりとその場に倒れ込んだカイエに驚き、ユリエは慌てる。
「大丈夫!?」
「どうしたんだ?」
カイルーズも焦ったような声を上げて、自分の側近の傍に膝をついた。
「……ちょ、ちょっと何、その顔」
自分を見るカイエの、この世の終わりのような恐ろしい形相に、さすがのカイルーズも不安になる。
「イエ、ナンデモアリマセン」
カタコトながらもなんとかそう言って、フラリと立ちあがったカイエは、泣きたいような気分だ。
(どどどどど、どうしたら……。私は一体、どうしたら)
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