【宝の鍵~金の王子と銀の王子~】番外編Ⅲ 運命の人

月城はな

文字の大きさ
16 / 26
ユリエの憂鬱

6-2 恋煩い

しおりを挟む
 カイエの言い分は置いとくとして、当のカイルーズはどうかというと……。


 最近、彼は変だった。

 執務室で仕事をしながらも、気がつくと、その小さな姿を目で追ってしまっていたのである。あんなに最悪な出会い方をしたというのに、何故かはわからない。まあ、一緒にいると楽しいし、面白いのは事実だが。

 でも、小さな手が書類をめくる仕草から
 その、めまぐるしく表情の変わる小さな顔から
 その、背中で揺れる柔らかそうな黒髪から

 目が逸らせない。

 平凡な容姿であるはずなのに、一つ一つのパーツが可愛らしいく思えてならない。うっとりと、その姿に魅入ってしまっているカイルーズの姿は一目瞭然だった。

 彼は……、カイルーズは、恋をしていた。

 カイエに見抜かれる程、それはあからさまなものだったのだ。





「じゃあ、私はもう行くわね。原稿を仕上げないといけないから」

 様子のおかしいカイエを心配しながらも、引き継ぎを終えたユリエは、執務室を出て行った。そんなユリエを見送ったカイルーズが再び執務椅子に腰かけるのを見ながら、カイエは勢い良く言った。

「殿下!」

「うわっ、びっくりした!? な、何?」

 急に大声を上げて自分に詰め寄り、どアップになったカイエに対し、カイルーズは驚く。

「単刀直入に聞きます」

「うん?」

「ユリエに惚れましたね?」

 本当に単刀直入に聞いてきたカイエの顔を見つめたまま、カイルーズは次の瞬間、きっぱりと頷いた。

「うん」

 その、相変わらずな軽い答えを聞き、カイエは軽くこける。

「うん。……って殿下、あなたの婚約者は、彼女の妹姫でしょうが!」

「だって、しょうがないじゃん。好きになっちゃったもんはさ~」

 それはその通りなのだが、カイエはあまりの事に頭痛がしてきた。風邪がぶり返しそうだ。

「ねぇ、どうしたらいいのかなあ?」

 まるで人事のようにのんびりとした口調で呟く主に、カイエは言った。

「何をのん気な……って、殿下?」

 のん気なカイルーズを叱責しようとしたカイエは、彼の表情を見て、その言葉を呑み込んだ。

「僕はツバキ姫を王妃としなくてはいけないのだから、この想いは隠し通さなきゃだよねぇ」

 この青年は、いつの間にこんな瞳をするようになったのか。

「殿下」

 一介の臣下に過ぎないカイエには、それ以上何も言う事は出来なかった。






 一方のユリエは、自分に用意された部屋に引っ込むと同時に、備え付けの机に向かい、大きく伸びをしていた。

「あー、これでようやく、原稿の方に意識を向けられるわ」

 黒猫ノンちゃんシリーズの画集のイラストの仕事を依頼されていたのだが、まったく手つかずの状態だったのだ。まさか、他国にきてまで側近の仕事をするとは思っていなかった。予想外の時間の浪費だったような気がする。しかし、ある意味では無駄ではなかったといえよう。

 カイルーズ・アシェイラ。

 彼の人となりと能力を、間近で見る事が出来た。

 初対面が最悪だった為、最初はなんて奴だと、こんなのが、妹の夫となり、自分からすれば義弟になるのかと思うと、寒気がする程だったが、側近代行として傍にいた数日間で感じた。

(あの人は、きっといい王様になるわ)

 カイルーズ本人の能力としては、非常に高いものがある。

  高い知識、仕事をこなすスピード、咄嗟の判断力、人員をまとめる統率力。すべてにおいて大変優秀だ。しかも、その能力はおそらく、産まれ持ったものではない。自分なりに学んで得た形跡のようなものが見受けられるのだ。なんでも完璧にこなす天才肌のレオンハルトと違い、彼は秀才型であるのだろう。その高い能力は、努力という対価を支払ってようやく得たもののはず。

 ユリエはそこに、好感を感じずにはいられなかった。

「後は、ツバキと良い関係を築いてくれれば、言う事ないわ」

 肩の荷が一つ降りたような気がして、机の上に広げた真白なイラスト用紙に、ユリエは下絵を入れ始めた。

 そして、その後、数刻程で一気に数枚のイラストを仕上げると、ユリエは不意に立ち上がる。

「う~ん。ここの背景は、どうしても咲き乱れる花々にしたいわねぇ」

 確か、この城には有名な花園があったはずだ。

 (行くしかない!)

 ユリエは携帯用の画材道具をまとめると、いそいそと部屋を出て、今は亡き王妃、ルリカ妃も愛したという庭園に散歩がてら向かう事にした。



「すごい……」

 城の敷地内にある広大な面積の中庭は、色とりどりの様々な花々が咲き乱れるそれは美しい庭園だった。
 こんな見事な花園、サンジェイラには存在しない。余程腕のいい庭師を雇っているのだろう、手入れも完璧に行われていた。

 創作意欲に火がついたユリエは早速この花々をイラストにしようと、画材道具を広げられる場所を探した。

 その時……。

「いや~ん、もう、レイン様ったら!」

「ふふふ、今夜、君の可愛らしい体の奥にある秘密の扉を開きたいよ」

 なんだ、そのこっぱずかしい台詞は!?

 声のする方に近づくと、繁みの奥で一人の青年が、侍女らしい衣服を着た(半分脱げていたが)少女と逢瀬を楽しんでいた所だった。

「…………レイン」

 ユリエは予測通りの人物との久しぶりの遭遇に、頭を抱えた。

(この阿呆は、こんなに日が高い内から何やってるのよ)

 そこで気づく。そこにいたのは、愚弟と相手の侍女だけではなかったのだ。

 体格が良く、無骨な印象を受ける壮年の騎士。彼は無表情のまま、レイン達から少し離れた場所で、直立不動の姿勢のまま待機していた。

「誰?」

 その騎士は、ユリエの存在に気づくと、軽く会釈をしてきた。

「あ、どうも」

 とりあえず、ユリエもそれに返したのだった。



「こんの、大馬鹿ああああああ!」

 ユリエの庭園中に響き渡るような怒声に、今まで城勤めの侍女といちゃついていたレインは、両耳を咄嗟に押さえ込んだ。

 ちなみに、件の侍女は、ユリエの一睨みで逃げるように立ち去った後だ。

「あんまりでかい声だすなよ~。俺は繊細なんだぞ」

「何が繊細よ、この馬鹿、愚弟!」

 弟であるアルティスとローウェンには愚兄と、姉であるユリエには愚弟と呼ばれるレインは、聞き慣れたその言葉にも平然とした顔でいた。

「傷心の俺になんて事言うんだよ、姉上」

「傷心?」

 一旦喉元まで出かかった説教を呑み込むと、ユリエは眉をしかめた。

「麗しくも美しいあの二人の兄弟が、まさか王都を離れているなんて、誰が予測し得ただろう」

 ふっと、黄昏ながらそう呟く弟をうつろな目で見つめ、ユリエは言った。

「あなた、一体何しにこの国にきた訳?」

「もちろん、姉上とツバキの護衛さ。でも、あの二人に会えると期待していなかったといえば……嘘になる」

 そう言いながら、アンニュイなため息をレインはつく。

「へ~」

 なんか、ユリエはもう、どうでもよくなってきていた。

「そしてあわよくば、美しいであろう、あの体の隅々まで拝見し、堪能出来ればと」

「ふ~ん」

 適当に相槌を打つ姉に気づかないまま、レインは更に言う。

「なのに、いざ来てみたら、俺の傍についてるのは、むさ苦しいおっさん騎士一人って、どういう事よ」

「おっさん騎士って……、何て事言うの、馬鹿! アントニオさんに失礼でしょう!?」

「…………いえ、事実ですから」

 今まで空気のような存在の薄さで姉弟の言い合いを聞いていた、レオンハルトの直属の騎士の一人、アントニオは、静かにそう言った。

「ごめんなさいね。この子、口が悪くて。折角、問題の多いレインの見張り役として、ついていてくれているのに」

「主命ですので」

 言葉はそっけないが、声に暖かな響きのある巨漢の壮年の騎士に、ユリエは好感を持った。

「でも、レオンハルト王子もよくわかってるじゃない。あなたに見張り役をつけるなんて。いい選択だわ」

 背の高いアントニオを首が痛くなる程のけぞって見上げながら、ユリエは感心したように呟いた

「どうせならもっと、見た目に綺麗な女騎士とか、男でも、こう優男系の……、あ、いえ、なんでもありません」

 段々と眦が再び上がってきたユリエに気づくと、レインは言葉を切った。

「まったく、あなたって子は。わかっているの? 今回のアシェイラ国王都訪問の目的は、ツバキの婚約の話を取り決める事なのよ」

「それだけどさ~、姉上も、俺の事ばかり責められないんじゃないか?」

 仁王立ちする姉を芝生の上に座ったまま見上げたレインは、意地の悪い笑みを浮かべた。

「最近、ツバキよりも姉上の方がカイルーズ王子と親しいそうじゃないか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

処理中です...