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リク編
私の値段~第一話ウリ
しおりを挟む「お前、何やってんの」
「は?誰あんた」
「知ってんだろ馬鹿」
「や、やめろよ、離せ」
「帰るぞ」
本当は知ってた。
ずっとこいつが好きだった。
知らないふりをして欲しかった。
汚れた手が……繋がれた。
繋がれた手が……熱かった。
【私の値段~ウリ】
手首の痣。
茶色いカサブタを消すように
私はカッターで赤い線を引いた。
プツプツと血が湧く。
ガサガサになった手首には
生きる事を実感させるように
痛みが走った。
「なに、やってんだろ私」
ネットで知り合った、
にゃんとカエルと一緒に
練炭で自殺未遂をしたのは
半年前の事だ。
薄れゆく意識の中
ああ、生きたい。
そう思ったのは確か。
三人で生きようと
約束したのも確かだった。
でも
私は自傷を繰り返す。
満たされないものがあり過ぎて
何が原因なのかも
もうわからなかった。
「由紀!」
母親が私を呼んだ。
頭痛が走る。
「……なに」
蚊の鳴くような声で返す。
出来れば聞こえて欲しくなかった。
「勉強した?」
「…うん」
「宿題は?」
「うん」
「ご飯食べなさい」
「……いらない」
「食べなさい」
「……はい」
仕方なく食卓につくと
母の鬱憤が爆発する。
「お兄ちゃんはあんなに出来るのに、どうして由紀は勉強出来ないのかなあ?」
「ごめん…なさい」
「ごめんなさいじゃなくてね、お母さんが聞きたいのはどうしてかってことを由紀自身が考えた結果を聞きたいの」
いつもの事だ。
デフォルトの回答。
お母さんが答えて欲しい解答。
「私の出来が…悪いからだよ」
「じゃあ、どう変えるの?」
変わらない毎日…。
つまらない
しぬほどつまらない毎日。
ねえ、お母さん知ってる?
私、学校でいじめられてんだよ。
知らないでしょ?
お母さん
出来が悪いなんて思いたくないよ
否定してよ。
由紀は
出来の悪い子なんかじゃ
ないでしょって
何馬鹿なこと言ってるのって
頬叩いて、抱き締めてよ。
声にならない本音を飲み込んだ。
学校へ、向かう。
立地がよく学校まで
歩いて五分。
うちの玄関を出ると
すぐに学校の校門が見える…
たった五分の通学路が苦痛だった。
毎日、地獄へ通う痛みは
リストカットの痛みより
とてつもなく大きい。
あるはずの位置になかった机は
1番後ろにポツンと置かれていた。
ゴミ箱の中身が
机の中には入っている。
誰がかんで
捨てたのかわからない
まるまったティッシュ。
おにぎりの残り。
蓋が開かれたジュースのせいで
机の中はぐっしょりだ。
「だいじょーぶぅー?」
「なんでこんなに汚れたんだ」
「由紀自体ゴミみたいなものだから」
「手伝ってあげよ」
そう言って頭に投げつけられる、
無数の古びた雑巾。
我慢も出来ないような臭いが
鼻をついた。
あー……死にたい。
そんな事を思った、矢先
「お前らさー…!」
男子の声がしたかと思うと
バシャンバシャンっ
水を跳ねっ返したような
音と共に水しぶきがかかった。
俯いていた視線をあげれば
私を取り囲むいじめっ子たちは
びしょびしょ、まるで濡れ鼠だ。
視線のもっと向こうには
クラスメートの海 響斗が
バケツをもって笑っていた。
「な、なにすんの!!」
リーダーの鹿島が言うと
海は飄々と笑ってこう言ってのけた。
「おめーらの心が汚ねえから洗ってやったんだよ」
「はあ?なにそれ!」
「は?何?ごめん馬鹿も付属だった?日本語わかんない?オマエ、ココロ、キタナイ、Understand?」
鹿島たちが何を言おうが
全く気に止める様子もない海は
朝からパンを頬張って
やっぱりケラケラと笑った。
海は二年前
いじめが始まった頃から
度々、助けてくれる。
でも、言葉を交わしたことは
一度も、なかった。
サッカー部で
キラキラした汗を流す海
友達と肩叩き合って
楽しそうに笑う海
授業中当てられると
はきはき答えられる海
私の思い描いていた高校生。
海はその生き写しのような存在だった。
私には、到底手が届かない。
教室に居場所のない私は
大きな空を見たくなって
屋上のアスファルトに
仰向けに横になった。
見渡す限りの青空に
ぽ、ぽ、と白い雲が浮かぶ。
雲はすっと
ゆるいソフトクリームみたいに
溶けていった。
「あー…あんな風に消えてぇ」
死に足を踏み入れた、
あの恐怖を
知ってるくせに…
まだこんな事を考えてる自分が
心底、嫌いだった。
わざと男みたいな口調で喋るのは
母親と上手くいっていないことも
いじめの事も平気だと思い込みたいから。
本当は、弱いのに。
じんわりと、涙が滲む
その時だ。スマホが鳴った。
出会い系アプリの通知だ。
「今夜、泊まる場所提供します」
メッセージ欄にはそう書いてある。
「最寄りまで来てくれますか」
そう返信してみると
すぐに「いいですよ、場所を教えて下さい」
そう、返されるメッセージ。
「最寄りは」
そう打ちながら
スマホに反射して見えたのは
薄ら笑った自分の姿。
「由紀、お前汚いよ…」
私はスマホの中の自分に
そう声をかけて、
学校を抜け出し、
客の元へ向かった。
援助してもらうようになってから
二年が経つ。
つまりイジメが始まった頃からだ。
体を提供する代わりに
泊まる場所を提供してもらう。
これは利害の一致だ。
現に、女子高生の身体は
よく、求めてもらえる。
初めの一年は
泊まる場所の提供だけで
お小遣いは断っていたけれど
「いくら?」
そう聞いてくるオヤジがいて
面白そうだから
「私に値段をつけてよ」
そう言ってみたら
びっくりするくらいの金額をくれた。
私の値段。
母にないがしろにされ
いじめられてる私の値段。
それが、
こんなにも高額だと思える事に
ちょっとした優越感を抱いてからは
もう、なし崩しだった。
「私の値段」はその時々で
面白いくらい様相を変えた。
時には10万
時には1万
結局、私を必要とする大人の
懐事情なんだと思う。
でも、それでも
私は「私の値段」に依存し、
煙草を手放せない大人のように
中毒になっていった。
私は、完全に汚れる代わりに
存在意義を得ていたんだろう。
「…りくちゃん?」
待ち合わせ場所につくと
ふとっちょの男が
汗を拭きながら声をかけてきた。
父親くらいの年に見える。
いい人そうなのに
女子高生、買うんだ。
なんて…
残念に思いながら私は
「こんにちは、今日はありがとう」
精一杯の作り笑いを向ける。
「制服、かわいいね、すぐ、いい?」
「いいよ」
鼻息を荒くした太っちょ父さんに
私は、エスコートされる、はずだった。
はずだったのに
太っちょ父さんに引かれる手。
その反対側の手首が
誰かに掴まれ
くんっと、後方に引っ張られた。
条件反射で
突然引かれた手の方に視線が向いて
私は、驚いて言葉をなくした。
「……お前、何やってんの」
少し上がった息。
額に浮く汗。
眉間にたっぷり皺を寄せた、
それは、海だった。
どうして、
どうして?
今頃、まだ部活のはず。
バレた。
オヤジといるとこ
バレた。
どう、思われただろう。
怖かった。
苦し紛れの嘘をはく。
「は?何、誰あんた」
海は、そんな事告げて
ああそうですかなんて
引き下がるような男じゃないこと
わかってるくせに。
「知ってんだろ馬鹿」
そう言って
オヤジを睨みつけ
海は私の手をしっかり握る。
心臓が、止まるかと思った。
「や、やめろよ、離せ」
「帰るぞ」
海は私の言葉など
全く聞き入れず、
「俺の女なんだから、手離せよ」
そう、太っちょ父さんを
震え上がらせ
私の手を引いて歩き出す。
本当は知ってた。
海 響斗。
ずっと海が好きだった。
だから、
知らないふりをして欲しかった。
私の、汚れた手が……繋がれた。
繋がれた手が……熱かった。
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