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ヘッドフォン
しおりを挟む私は……死んだはずだった。
広い空に駆け出して
落ちたはずだった。
逆さまの世界も
ちゃんと覚えてるっていうのに。
なのに、どうしたことだろう。
私は見渡す限り
漆喰のような白さの空間に
閉じ込められている。
そしてその中央には机…。
私は吸い寄せられるように
そこへと歩み寄ると
机の上には
ヘッドフォンが置かれていた。
長く伸びたコードは
たったひとつの窓から
外へと投げ出されている。
その時、
ザー…ザー…
というノイズと共に
かすかな男性の声がした。
「誰……?」
何かに導かれるように
椅子に腰掛けると
私はヘッドフォンを
耳に当てた。
鳥の声に混じって
こどもたちの笑い声。
さらさらと木の葉のこすれる音。
なんだろう
この懐かしい感じ。
そして、聴こえた。
「花音…」
「え……パパ……?」
「花音、あれ、これ聴こえてるのか?」
あー、あー、テステステス
なんて、向こうでパパがおどけてる。
私の目からは
川が決壊したような涙が
溢れ出した。
私が大好きなパパは1年前に夜中の
土砂崩れに巻き込まれて亡くなった。
私を助けて、亡くなった。
1度目の土砂崩れの時
土砂に足が埋もれて
動けなくなった私は
真っ暗な中で恐くて不安で
「助けて、パパ、助けてっ」
そう、何度も口にした。
その声に気付いたパパは
私の足の土砂を
手で掻き出して
助け出してくれたのに
その直後に起きた、
二度目の土砂崩れで
私の目の前から
忽然と姿を消した…。
私は…
優しいパパが大好きだったのに
私がパパを死なせてしまったんだ。
1年経った今も
パパの死から立ち直れずに
私は今日、自ら
生命を絶とうと
高層ビルの屋上に侵入し
空を蹴ったのだった。
「パパ……」
もう一度、声が聴きたいと思ってた。
今、ヘッドフォンの向こうから聴こえる
「花音?」
パパが私を呼ぶ声。
「パパ……ッ」
「えーと、久しぶり」
一方的に聴こえてくる声は
やっぱり、優しい。
「僕は、元気にやってるよ」
死んだのに、元気、なんて
少しだけおかしくて、顔が綻んだ。
ふいに、パパの声が落ち込んで、曇る。
「花音、神様から聞いたよ」
ドキッと胸が脈を打った。
「僕が花音を助けた事で、君がとても苦しんでいるって」
悲しそうに、響くパパの声。
「僕は花音を助けたかったんだよ」
パパは言う。
相変わらずの優しい声で。
「あの時、僕に助けを求めてくれてありがとう」
死なせてしまったのに…
私はパパの生命を
無駄にしてしまったのに…
声にならない想い。
懺悔
悲しみ
寂しさ
後悔
苦しさ
痛み
全てが弾け飛ぶ。
ありがとう
そう、パパが言ってくれた。
パパは笑う。
「僕はね、今幸せなんだよ」
パパは声を上げて笑う。
「僕がとてもいい死を迎えたから神様から、ママや花音が天寿を全うするまで、思い出の中で暮らしなさいって、想い出の空間をね、もらったんだ、だから僕はちっとも寂しくないよ」
その声は、目を細めて
本当に幸せそうに
優しく私の頭を撫でるパパの声だ。
「おいで、花音」
突然、そう言われて、
え、っと息を飲んだけれど
パパの声の後ろで
「はーーーーい!」
元気な声がした。
「だあれ?」
「未来の花音だよ、何か喋ってごらん」
パパがそう言うと
ガサガサとノイズ音がして
裏返るような女の子の声が聴こえる。
「もしもし、あたしー?」
私が小さい頃の声だ。
「ねー、未来のあたし、がんばってね!」
なみだが
とめどなく
溢れる。
小さな頃の自分の
無垢な激励が
凍り付いていた、
心の奥に沁み込んでいく。
そしてパパは言った。
「花音、生きておいで」
「生きてほしい」
「僕の死を無駄にしないで」
パパの願いは
いつだってひとつだったんだ。
土砂崩れに巻き込まれた時も
今だって……
「生きて欲しい」
大切な人の願いは
叶えずに諦めたらダメだ。
ザー、ザー
いつの間にか
またノイズだけが鳴り響く。
零れ続ける涙を拭って
「私は……生きる」
私は、立ち上がり、前を向いた。
たった一つの窓から
やわらかな光が広がって
私を包み込む。
目が覚めると
そこは私が空を蹴った、
高層ビルの屋上だった。
一歩踏み出した先には
死線がはっきりと見える。
あと一歩だよ
悪魔が囁く。
あと一歩で
お父さんと会えるよ。
悪魔が笑う。
「生きておいで」
パパの言葉を
強く噛み締めた私は
きびすを返して
ビルの中へと続く
扉を開けた。
パパ、見守っていてね
私、生きてみる。
パパのいない世界を
きっと生きてみせるよ。
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