HEAVEN'S GIFT

幸介~アルファポリス版~

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部屋は密室空間。



ドアノブに


引っ掛けられたタオル


その輪の中に入った私の顔


今、まさに


世の中の波に呑み込まれ



私は自死を選ぶ寸前であった。




乱雑な部屋を


片付ける気力もなかった。



遺書は殴り書き。


【ごめんなさい、疲れました】






別にいじめを受けていたわけではない。


だけど私は会社へ行くことが苦痛だった。


休憩時間


笑い合う同僚の輪に


入れない自分が嫌いだった。



別に家族内でもめていたわけでもない。


だけど私は家族になりきれなかった。



小さい頃からずっと


兄弟の中で私は


劣等生の様な気がしてた。





別に友達がいなかったわけじゃない。


彼氏がいなかったわけでもない。



だけど、私はずっと…孤独だった。



涙も、出ない。



「さよなら、つまんない毎日」




足の力を抜こうとした、その時だった。



バタンッ



私の傍らにあった本棚から


1冊のノートが落ちたようだ。



「あんなノート…あった、っけ」



そのノートはスローモーションのように


バラバラと物凄い音を立て


風のない密室で独りでに捲られた。





「ワたシハ 神でス」



タイプライターで打ち込むような


カタカタという音。


一文字一文字


白紙のノートに浮かび上がる文字。




「苦しミ、哀シみ、孤独、絶望……」



写し出される私の心模様



死を目の前にしても


泣けなかった私の目に涙が浮かぶ。




「ヨく、分かラなイけれド、孤独デ」


「よく、分かラナいケレど、人と上手クいかなイ」


「自分ノ当然は、受け入レてもらえナい」


「人なの二」


「同じ人ナノにどうしテか私だケが宇宙人二感ジる」


打ち出される文字に


促されるように


涙は滔々と溢れ出し



「生きにくくて、しかたないんです……」



気がつけば私は


本音を呟いていた。



いじめにあっていたわけではないけれど


ずっと、苦しみはあった。



ごく当たり前のことを


話しているだけなのに


周りが凍りつく瞬間が


耐え難い苦痛になっていた。



家族とも、友達とも、彼氏ともそう。



良かれと思っていう言葉で


何故か傷ついたと言わせてしまう。




同じ空間にいながら


私は異空間に閉じ込められたような


息苦しさを覚えてた。





ああ、そっか


私は意味無く


死にたかったんじゃない




その事に気付けた私に



ノートの中の神様は文字を記す。




「自ら死ヲ選べバ、地獄行キ」


「今よリずっト苦痛」


「今度こソ終わリノない世界」


「永遠ノ苦痛ガ待っテイる」




生きにくくて


行き場を無くして


今から逃げたくて


死を選ぼうとした




「逃げ場があるノハ、今、あなタが生きル世界だけ」



神様のその言葉が胸を打った。



「あなたガずっト行きタくて行けなかッタ場所へ行っテごらン」



その言葉が打ち出されると


ノートから無数の光が生まれ


水に絵の具を溶かすように


ノートはじんわりと


私の脳裏に残影を残しながら


空気に溶けて消えてしまった。




「ずっと行きたくて、行けなかった…場所…」




残された私はハッとして


首にひっかけたタオルを外し



保険証を片手に



「神経科」の扉を開いた。




数回の通院と


いくつかの検査の末



下された診断は



「アスペルガー症候群」



脳の回路の問題で引き起こる


発達障害のひとつだった。




もちろん、ショックもある


でも


今まで生きにくかったのは


自分のせいじゃない



病気のせいだったんだ



そう思えたら


気持ちがとても楽になる。



診断を終え、


病院の自動ドアをくぐって外へ出た日の


とてつもなく真っ青な空は



今まで見た、


どんな世界より美しかった。















「救えたようだね」


神様は言った。


「ありがとうございます…神様の存在を勝手に使ってしまってごめんなさい」


「いいのだよ、過去のあなたは、救われたのだから」



神様は、私に笑いかける。




私は未来のあの子だった。



未来の私はあの日



あそこで人生を終えた。



生きることに耐えられず


死を選び…今は


終わることの無い地獄にいる身だ。



身体が


引き裂かれても


串刺されても


焼かれても


死ぬ事が出来ない。





私は気付いたんだ。



現世での死は、一度限り。


やり直しはきかない。



何度も後悔した。


生きていればよかった。


苦しくても生きにくくても


人生を全うすればよかった。



地獄から見上げる天国は


とても、とても


穏やかだから。


後悔しながら朝も晩もない地獄で


苦痛を受け続けていた私に


ある時、神様が言ったのだ。



「今のあなたの処遇は変えられない。けれども、過去のあなたの未来は変えられるかもしれない。やってみるか?」




私は神様の許しを得て


過去の自分にコンタクトをとったのだ。








「神様、過去の私は生きていけますよね」



「ああ、きっとね」


「よかった」


神様の優しい声に


僅かながら癒されて



私はまた、暗い地獄への扉を開く。



私は、罪を償わなければならない。


自らの命を、終わらせてしまった罪を。




だから


あなたは「生きてね」




微笑んだその時


地獄の扉は……私を呑み込み


そして、閉ざされた。




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