なんとなく

荒俣凡三郎

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8月

弱輩ものの声明

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 ライブハウスのように四角く区切られた空間に何千という人たちが所狭しと表示されていた。その中でもステージに当たる舞台へと僕の姿は映し出されていた。

「この世界は冷徹だ。誰も助けてくれないし、目の前で人が死んでもおまえらはなんとも思わない。最低のクズだ」

 そうじゃない、優しい人もいる、あなたは親がいなかったから、矢次囃子に猫なで声で再生されそうな声がステージの下方向から津波のように押し寄せる。

「黙れ!!」

 ぎゅっと拳を握りしめ、覆って飲み込もうとするような声の波を押し返すべく声を張り上げた。

「おまえらはみんなクズだ。今世界でどれだけの人が死んでいるのか知ってるか、どれだけの人がいじめで命を落としているか知っているのか」

 ヘッドセットの向こうの出来事のはずなのに、体が増えるのを感じた。

「彼らを殺したのはお前らだ。この世界は冷徹で平気で人を見殺しにする」

 そうじゃない、信じて、この世界には尊いものがある、素晴らしいものがある、温かい思いやりがある、あなたはそれに触れてこなかったから、この世界は生きるに相応しい素敵なもので溢れてるーー

「馬鹿らしい」

 苦い草でも食べているような気がした。

「お前らは自分に都合がいいことだけを口にして、悦に浸っている嘘つきだ。自分を騙し、相手を欺し、非情さの権化として存在している」

 そうじゃない、私たちはあなたの味方よーー次々あがる声に私の体は反応し、好感度の受信機がそれをデジタルの世界で身振り手振りとして映し出した。

「興味本位で集まって、違うということ自体が非情なんだ。誰が私を助けにくる。違うという言葉自体が傷つけることをあなたたちは知らない」

 あなたは変よーー

「変な人には冷徹なんだ。こちら側のことはあなたたちにはわからない。そして同時に、あなたたちの言う“良い人”が私を殺したんだ」

 殺してなんかいない、どうしようもなかった、助けたいと思ったーー

「・・・それが否定だと気づかない。気づかないことこそが、非情なんだ」

 さよなら、そう言い残して私はシートのボタンを押して機械の電源を切った。それを見越したように、シート脇のサイドテーブルに湯気の立つコーヒーが置かれた。

「お疲れ様」
「・・・うん、疲れた」

 コーヒーを置いたのは旦那だ。薄い銀縁の丸眼鏡をかけた線の細い男だ。首からかけた縦ストライプのエプロンは仕事の途中であることを示している。

「無理して続けなくていいのに。君は助かっただろ?」
「そうね。あなたが現れて渡した救われた。世界は非情じゃないんだって知ることができた」
「だったらもうそんなに頑張らなくてもいいんじゃないのか?」
 淹れてもらったコーヒーを啜りながら首を小さく左右へ振った。
「もっともっと友達がほしいんだ。みんなで仲良くしたいんだ。僕は世の中から外れている。だからこそ、こちらの声をみんなに言いたいんだ」

 いじめなんてものじゃなかった。そんな名前のつくような経験を私はさせてもらえなかった。私は、この経験を犠牲だなんて思いたくない。良かったと言える日まで発信し続けたい。

 ふと、頭に以前思い浮かんだ思考が思い出される。
「それにね」
「うん?」
「そうしろ、と神様に言われている気がする。だから僕は伝えたいと思う」
「そっか」

 柔らかい笑みが僕を迎えてくれた。
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