再開したのは、先生でした。

Rei

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過去

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——先生と出会ったのは11年前。

高校1年生の春。


あの時、初めて出会った瞬間、一目惚れした私はずっと先生に想いを寄せていた。
努力の甲斐あってか、1番仲のいい生徒にはなれた。
……だけど、

『——俺、転勤することになったんだ』

それを最後に私が高校3年生になったばかりの桜が綺麗に咲いていた9年前の春、学校から彼はいなくなった。

それから私は何人かと恋をしたりしたけど、結局どれも最終的にうまくいかなかった。
先生のことは時間が解決してくれて、好きだった気持ちはいつの間にかいい思い出へと変わっていき、たまにふとした時にそんなこともあったなあと思い出す程度だった。

——でも、だからって……
またこうして再会する日が来るなんて思ってもみなかった。


「——じゃあな。」


結局あの後家まで送ってくれた先生。
大丈夫です、と断ったけどまたおんなじことあったらどーすんの?と、家まで送ってくれた。
一緒に乗った電車内も、家までの道のりを歩いている時も、2人の間で特にたいした会話はなかった。
気まずいような、懐かしいような、恥ずかしいような、やけに複雑な気持ちだった。

今の仕事とか環境とか、何してるのかも知らない。
連絡先ももちろん知らない。

じゃあな、と言って背中を向けた先生を見たら、なんだかもう本当に2度と会えない気がした。
さっきまでは2度と会わないんだろうとぼんやり思っていたのに、一度会ってしまうと、せっかく会えたのに、なんて気持ちが湧いてきてしまうのは何で?

「……待って……っ」

気づいたら、先生を呼び止めていた。
去りかけた真っ黒なスーツを着た背中はそんな私の声に止まって、もう一度振り返った。

……その時まるで私が私じゃないみたいだ、と頭の片隅で思った。

「あの……っ」
「……ん?」

呼び止めたのはいいものの、なかなか言葉が出ない。

「……いや、その……」

「何?」

ただ、結局やっぱり視線を合わすことはできなくて。

「……おやすみなさい」

なんとか絞り出したそんな声はあまりにも小さくて、彼に届いただろうかと不安にすらなった。


「おやすみ」

彼はそう言って、私からもう一度背中を向けて歩き出した。
どうして呼び止めたりしたのか、本当にこれで良かったのか、なんて色んな感情が入り混じった心の中はモヤモヤして仕方なかった。

そんな黒いスーツの後ろ姿を見送ってから、私も家に入った。


その日からびっくりするくらい頭のど真ん中に先生しかいなくて、あの日呼び止めてサヨナラしたことに後悔して、連絡先すら聞かなかったことにも後悔した。

「……あっ」

それから数日後、いつものようにモヤモヤしていた時それはひらめいた。

……そう、連絡先。
連絡先を知る方法はひとつだけある。

そもそもの繋がりを辿れば、晃の存在にたどり着いた。
晃なら絶対に知ってるはず。

「……」

と、そこまで考えてやっぱりやめた。

そんなストーカーみたいなことしてどうするんだ、と。
まさかの再会をして、こんなにもモヤモヤしているのは私だけで、先生はなんにも思ってないはず。
そう思ったら晃に連絡先なんてなおさら聞く勇気もなかった。

先生と「おやすみ」を交わしたあの夜から数日。
取り巻く日常は良くも悪くもたいした変化もなく、先生と会ったのは幻だったのかとさえ感じ始める程、先生と再会する前と何も変わらない日々を繰り返していた。

ただ、少しだけ違うといえば、ずっと膜で覆われているかのように言葉にならない感情が心の中に住みついていた事だった。


「あっ!いたいた、佐伯!」

今日も膨大な量の仕事を終わらせ、さあ帰ろうと両腕を上にあげ、一日中パソコンと向き合い固まった体を伸ばした時だった。
そんな、私を呼ぶ晃の声が耳を貫いた。

「……ん?どうしたの?」

最近、晃を見るとふと脳裏に先生の存在が過る事がある。

なんとなくそんな気持ちになるのがしんどくて、この気持ちが落ち着くまではほんの少しだけ晃とは仕事以外では距離を置こうかな、なんて事も一瞬考えたけれど、
やっぱり晃は大事な同僚であり友達だからそんな事はできないな、なんて晃を見る度にぼんやり頭の隅っこで考えたりもするようになった。

「あのさー、今日夜……ってかこれから暇?」
「え?今日?」

珍しいと思った。
晃がこうして誘ってくるのは滅多になかったからだ。
晃は人柄が良いから、晃から誘うというよりもいつも誘われているタイプ。

上司、同僚、部下、全ての人からの信頼が厚い晃は自分から誘う暇もないくらい、人気者だったりもする。
この間の先生と再会した飲み会だって、誘ってくれたあれはかなりレアな話だ。

「そう、今日俺んちでパーティーという名の飲み会すんだけど佐伯も来ない?」

相変わらずのニカッという人懐っこい笑みを浮かべていう晃。
その笑顔を向けられて、NOと言える人がいるのなら教えて欲しい。

「もしあれだったら片桐も誘っていーし!」

片桐、というのは萌のこと。

「あー……」

ただ、もう帰る気満々だった私は突然のそんな誘いに驚き、戸惑う。
どうしようかと、迷っていると

「えっいーじゃん!明日ちょーど休みだしさ!私行きたーい!」

いつから聞いていたのか、どこからか突如現れた萌がパアッと目を輝かせながらそんな事を言う。
そんな萌に「よし、決定!」と、彼女のテンションに釣られたのかやけにノリノリの様子の晃。

「えっ……」

ちょっと待って、なんて言っても聞いてもらえないのはもう分かっていた。なんといっても、こうなってしまった萌を止められる人はいない。
結局流されるがままに、断ることも許されず私も参加になってしまった。

「じゃあ、カバン持ってくるからお前らも用意しとけよ。すぐ行くぞ!」

そう言って乗り気で荷物を取りに行った晃に、はーい!と元気よく返事をする萌。
私はそんな2人のテンションにまだついていけず、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「晃んちって会社からすぐなんだね!」


もうすっかり日も暮れ、少し下がった気温を肌で感じながら会社を出て歩く私達。
他愛のない話をしながら歩いて、5分程が経った頃だろうか。もうすぐで俺ん家!と言った晃に萌がそう口を開いた。

「まあなー、俺あんまり通勤に時間かけたくないんだよな」
「え、分かる!あー私も会社の近くに引っ越そうかなあ」

そんな2人の話を聞きながら足を進めていると、ふと晃が足を止めた。

「ついたよ、ここー」
「……えっ」

ここ、と言われ見上げた先には大きくて綺麗なマンション。
確か、多分だけど、このマンションってここら付近では1位2位を争うくらい豪華なんじゃ……。

「……晃ってお金持ち?」

目の前に広がるマンションのあまりの大きさにびっくりして聞くと、ちげーよ!と晃は苦笑いしていた。




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