今を春べと咲くや此の花 ~ 咲耶演武伝 ~

椎名 将也

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第1章 神社幻影隊

6.武神

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 神々しさと荒々しさを混在させる光輝が、人の輪郭を取り始めた。だが、直視できないほどの光の螺旋に包まれ、実体があるのかどうかさえも分からなかった。
 しかし、咲希はその光り輝く者の御名みなを知っていた。こそは、咲希がこの場に来て欲しいと切実に願い、助けを求めた者に違いなかった。

建御雷神タケミカヅチ……さま……」
 魅惑的な淡紅色の唇から、無意識にその御名が漏れた。咲希の声に応えるかのように、光輝がゆっくりと振り向いた。
『私を呼んだのはお前か、咲耶・・?』
 咲希の脳裏に、圧倒的な精神波ちからが響き渡った。その膨大なエネルギーは、夜叉ヤクシャさえも遥かに上回っていた。

「あたしの名前は、咲希……です。咲耶と生命をいつにする者です……」
 光輝が眩しすぎて、建御雷神の顔は見えなかった。咲希はその神々しい光から目を守るように、右手を掲げながら告げた。
『ほう……。咲耶がお前の中にいるのか? あの跳ね返りめが……。堂々と禁忌を侵しおって……』
 建御雷神の言葉に、咲希はビクンと体を震わした。かつて咲耶が告げた言葉を思い出したのだ。

『他の神々の耳に入ったら、厳しい処罰の対象だと思え。特に三貴神に知られたら、記憶を消されるくらいでは済まぬ。恐らく、二人とも魂を消滅させられるほどの重罪じゃ……』

「そ、それは……」
 美しい貌を蒼白に変えながら、咲希が言葉を濁した。その様子をしばらく見つめると、建御雷神がフッと頬を綻ばせた。
『まあ、その話は後にするとしよう。それよりも、珍しい者がおるな、夜叉ヤクシャよ……』
 咲希から視線を外すと、建御雷神が真っ直ぐに夜叉の顔を見据えた。

『建御雷神か……? 何故なにゆえ、お前がここに来た……? 呼んではおらぬぞ……』
 突然の建御雷神の登場に、夜叉ヤクシャが興味深そうな笑みを浮かべながら告げた。だが、その言葉の中に緊張と焦燥が隠れていることに咲希は気づいた。
(夜叉は建御雷神を恐れている……?)

『<咲耶刀>を使っても今の私・・・では無手の素戔嗚スサノオや建御雷神には勝てぬ……』

(確か咲耶はそう言っていたわ……。咲耶は夜叉ヤクシャと引き分けた。つまり、建御雷神は夜叉よりも遥かに強い……?)
 眩い光輝に包まれて顔さえも分からない建御雷神と夜叉を見比べながら、咲希はホッと胸を撫で下ろした。建御雷神がいれば、夜叉に殺される心配はないと思ったのだ。

『本来であればお前を滅するよい機会だが、今回だけは見逃してやろう。勝手にお前を滅すると、私が咲耶の恨みを買うのでな……』
 その言葉から、咲耶と夜叉のしがらみを建御雷神が知っていることに咲希は気づいた。逆に言えば、それは咲耶が瓊瓊杵尊ニニギのみことの敵討ちをまだ諦めていない証拠でもあった。

『我に向かって大言を吐くものよ、建御雷神……。だが、我とても今ここでお前と雌雄を決すのは得策ではない。お前を呼び出したその娘に免じて、今日のところは大人しく戻るとしよう……』
 そう告げると、夜叉ヤクシャは赤光を放つ真紅の瞳で真っ直ぐに咲希を見据えた。魂さえ震撼させる圧倒的な恐怖に、咲希は全身をビクンッと震撼させて硬直した。

『神守咲希だったな……? 木花咲耶が目覚めたら、いつでも会いに来いと伝えておけ……』
 そう告げると、夜叉ヤクシャの全身が漆黒の闇に包まれていった。その闇が徐々に濃密さを失っていき、霧散するように消失した。その様子を咲希は茫然としながら、ただ立ち竦んで見送った。

『さて、話をする前に、この者を浄化してやろう……』
 そう告げると、建御雷神は土下座しながら震えている澤村彰人あきとに向かって、右手を軽く振った。澤村の周囲に光の乱舞が舞い上がった。次の瞬間、澤村はグッタリと脱力して、土下座をしている姿勢のまま意識を失った。

「な……何を……?」
 驚愕に眼をみはる咲希に、建御雷神が平然と答えた。
『心配はいらぬ。この者に巣くっていた夜叉の妖気を浄化しただけだ。気づく頃には、普通に戻っていよう。ついでに夜叉や我らの記憶も消しておいたから安心するがよい』
 建御雷神の説明に、咲希は驚きのあまり言葉を失った。

(咲耶は妖気を浄化するのに、<咲耶刀>や竹刀で相手に神気を叩き込んでいた。そして、記憶は消すのではなく祝詞で上書きをしていた……。それを建御雷神は右手を軽く振っただけで同時に行ったなんて……)
 建御雷神の力が咲耶を遥かに上回っていることを、咲希は実感させられた。

『ところで、咲希と申したな? 何故、お前の中に咲耶がいる?』
「そ、それは……」
 守護神が守護する人間の中に入ることは、神々の間で禁忌タブーとされていると咲耶は告げていた。そのため、建御雷神に正直に話すことを恐れて咲希は口をつぐんだ。

『……! その魂の色……。そういうことか……』
 咲耶の心まで見通すような眼差しを向けると、建御雷神は納得したかのように頷いた。一瞬のうちに、咲希が咲耶の生まれ変わりであることを見抜いたのだ。
(全部……バレた……?)
 建御雷神の態度に、咲希はすべてが見抜かれたことに気づいた。そして、どのような罰を受けるのか、緊張しながら身構えた。

『一つだけ警告をしておいてやろう……。そのままの状態を続けておれば、数年で咲耶はお前と同化するぞ……』
「同化……?」
(同調でなく、同化……? 何が違うの?)

『守護神が中にいる時間が長ければ長いほど神気が増大し、やがて守護神と同調する』
 咲耶はそう告げていたはずだ。そして、二人の人格や記憶が混ざり合って、一つになると言っていたのだ。

「同化とは、何なんですか……?」
 咲耶の言葉と矛盾を感じて、咲希が建御雷神に訊ねた。
『咲耶の記憶や能力が、お前に移されることだ。つまり、咲耶という神格は完全に消滅して、お前に融合される』
「そんなッ……!」
 建御雷神の言葉に、咲希は驚愕した。咲耶が勘違いしていたのか、それともすべてを知った上で嘘をついていたのか……?

(咲耶は知っていたんだ。その上で、あたしを安心させるために嘘をついたんだ……)
 咲希には咲耶の考えが手に取るように分かった。そして、赤塚公園で咲耶が告げた言葉の意味を理解した。

『最後の相手としてはいささか物足りぬが、妖魔との戦いの仕方を教えるにはちょうど良いかも知れぬ。よく見ておれ、咲希……』

(あれは、瓊瓊杵尊の敵討ちを……夜叉ヤクシャを倒すことを、あたしに託そうとしたんだ……)
 そう考えれば、今までの咲耶の言動すべてに辻褄が合った。自分の消滅を前にして、咲耶は最後に咲希が生きる世界を知りたかったのだ。だからこそ、自らの感覚で直接この世界を感じ取ろうとしたのだ。

(そして、恐らく……。咲耶があたしに同化することが、木花咲耶としての輪廻転生を完成させることになるんだッ! あたしにすべての力を譲って、いつか女神として昇天できるようにと、咲耶は考えていたんだッ!)

『色々と腑に落ちたようだな……』
 自らの考えに没頭していた咲希を見守っていた建御雷神が、満足そうな笑みを浮かべた。そして、咲希の道筋を指し示すかのように、荘厳な口調で告げた。
『咲耶に協力するかどうかは、お前次第だ。お前は自分が正しいと考える道を進むがよい』
 そう告げた瞬間、建御雷神の全身が再び閃光に包まれた。

「建御雷神……さまッ……!」
 両腕を顔に掲げて凄まじい光の乱舞を遮りながら、咲希が叫んだ。建御雷神が消え去ろうとしていることに気づいたのだ。
「建御雷神さまッ! もう少し、お話しをッ……!」
 次の瞬間、建御雷神の全身が弾けて、無数の閃光が周囲に降りそそいだ。その神光が消え去った後には、建御雷神は消滅していた。

 しばらくの間、茫然と立ち尽くしていた咲希は、目の前に倒れている将成に気づいて慌てて駆け寄った。そして、将成の両肩を掴むと激しく体を揺さぶった。
「将成ッ……! しっかりして、将成ッ!」
「うッ……咲希……?」
 薄らと眼を開くと、将成が咲希の名を告げながら半身を起こした。

「将成ッ! よかったッ!」
 安心して笑顔を浮かべると、咲希は将成の胸に飛び込んで抱きついた。
「咲希……」
 驚きながらも、将成は咲希の背中に左手を廻して抱きとめた。だが、慌てたように将成はすぐに咲希の体を引き剥がした。

「将成……?」
「いや……何でもない。咲希こそ、怪我はないか?」
 白いブラウスを盛り上げる柔らかい胸を押しつけられ、長い黒髪から放たれる香りに鼻孔を刺激されて、将成は真っ赤になりながら早口で訊ねた。

「大丈夫……ッ!」
 そう告げた瞬間、咲希はハッとして将成から離れた。そして、カアッと真っ赤に顔を染め上げると、慌てて後ろを向いてスカートを確認した。
(よかった……。染みてない……)
 夜叉ヤクシャに対峙した恐怖で、失禁してしまったことを思い出したのだ。立ち竦んでいたため、スカートには染み出ていなかったが、下着と内股は濡れていて異臭を放っていた。

(バレないうちに、コンビニかどこかで新しい下着を買って履き替えないと……)
 十六歳の女子高生が失禁したことを彼氏に知られたら、自殺するしかなかった。咲希は二メートルほど将成から距離を取ると、恥ずかしさに視線を泳がせながら告げた。

「取りあえず、ここから出ましょう。あ、あたし、コンビニに寄る用事を思い出したの……」
「え……? でも、澤村君は……?」
 すぐ側に土下座の姿勢で気を失っている澤村を見つめて、将成が咲希に訊ねた。澤村に当て身を喰らって意識を失い、気づいたらこの状態ありさまなのだ。将成には何が何だか、まったく状況が理解できなかった。

「あ、後で説明するわ……。澤村君なら、もう大丈夫よ。そのまま放っておいても……」
 建御雷神が妖気を浄化し、記憶まで消し去ったことを思い出しながら、咲希が告げた。
「放っておくって……。このまま……?」
 咲希の言葉を不審に思いながら、将成が訊ねた。いつもの咲希であれば、真っ先に澤村の安否を心配するはずだった。

「と、とにかく、あたしは先にコンビニに行ってるね。後で電話するから、改札かどこかで待ち合わせましょう……!」
 そう告げると、咲希は逃げるように将成から走り去っていった。その後ろ姿を見つめながら、将成は茫然として言葉を失っていた。


「大丈夫か、色葉ッ! しっかりしろッ……!」
 BMW Z4の助手席に乗り込むと、色葉のシートベルトを外して大和が彼女の頬を軽く叩いた。
「んッ……ん、あッ……大和……?」
 黒茶色の瞳を見開いた色葉を、大和は思わず抱き寄せた。
「よかったッ! 心配したぞ、色葉ッ……! 怪我はないか?」

「ええ……どうして、ここに……?」
 超絶な精神エネルギーを感じた瞬間、色葉は意識を失った。そして、気がつくと大和が隣にいて、自分を抱き締めてきたのだ。何がどうなっているのか、色葉にはまったく状況が分からなかった。
 だが、自分の身を案じて大和が駆けつけてくれたことだけは理解した。色葉は大和の背中に腕を廻しながら、嬉しそうな微笑を浮かべた。

「膨大なSA係数を計測して、SA測定器メジャーメントが爆発し、ドローンが墜落したんだ。そのことを連絡している間に、お前が悲鳴を上げて突然通話が切れた。何度電話しても出ないから、慌ててタクシーに飛び乗ってきた……」
 そう告げると、大和が力を込めて色葉を抱き締めてきた。まるで、二度と離さないと言っているかのようだった。

「痛いわ、大和……」
 文句を言いながらも、全身に大和の確かな愛情を感じて、色葉は倖せそうに微笑んだ。
「わ、悪い……。つい……」
「でも、ありがとう……。好きよ、大和……」
 そう告げると、色葉はその魅惑的な唇を大和の唇に重ねた。そして、自ら舌を挿し込んで、濃厚に口づけを交わした。

「色葉……愛している……」
 ゆっくりと唇を離すと、大和がかつてないほど真剣な眼差しで見つめてきた。お互いの唇を繋ぐ糸が、月明かりを反射してキラリと煌めきを放った。
「今回のことで、よく分かった。俺はどんな時でもお前の側にいて、お前を守りたい……」
「大和……」
 次に大和が口にしようとしている言葉が、色葉には分かった。その言葉をどれほど長い間、待ち続けていたことか……? 色葉は期待に胸を高まらせながら、大和の精悍な顔を見つめた。

「俺はお前とずっと一緒にいたい……。結婚……」
(……ッ!)
 その時、大和の肩越しに長い髪を靡かせながら走り去る少女の後ろ姿が見えた。
「神守咲希よッ! やっぱり、今回の事件に彼女が絡んでいたんだわッ! 追うわよ、大和ッ……!」
 プロポーズを待つ女の顔から、一瞬で神社幻影隊S.A.P.主任宮司リーダーの顔に変わると、色葉は大和の体を押しのけながら叫んだ。

「お、おい……色葉……」
 運転席のドアを開けて飛び出していく色葉を、大和は茫然と見つめた。そして、腹立たしげに助手席のドアを開けると、色葉の後を追って走り出した。
(ちくしょうッ! せっかく人がプロポーズしようとしたのにッ……! 世の中には神も仏もいないのかッ!)

 制服姿で走り去る少女の背中を見つめながら、大和は神を呪った。だが、その神が目の前を走る少女の中で爆睡してるとは、大和には想像もできなかった。


 駅前のコンビニで下着とタオルを買い、トイレを借りて着替えを済ませると咲希はホッと胸を撫で下ろした。そして、ゆったりとした足どりでコンビニを出た瞬間、驚きに足を止めた。
「天城さん……」
 コンビニの入口の前で、天城色葉が待ち伏せをしていたかのように立っていたのだ。その横には、色葉と同じ年くらいの大柄な男が寄り添うように立ちはだかっていた。

「紹介するわ。こちらは、国城大和……あたしと同じ神社幻影隊S.A.P.の一員で、副主任宮司サブリーダーよ」
「国城大和です。よろしく……」
 大きな手で名刺を咲希に渡しながら、大和が笑顔を見せながら告げた。
(何か武道でもやってるのかな? 凄く強そう……)
 質実剛健を絵に描いたような雰囲気の大和に、咲希は好感を得た。

「神守咲希です。よろしくお願いします……」
 長い漆黒の髪を揺らしながら、咲希が大和に頭を下げた。そして、美しく整った色葉の顔を見つめると、小さくため息を付きながら訊ねた。
「それで、こんなところまで何の用ですか?」
 そう言いながらも、色葉たちが夜叉ヤクシャや建御雷神のに気づいて来たことを咲希は分かっていた。

「さっき、『狛江弁財天池特別緑地保全地区』で信じられないほどのSA係数が測定されたわ。最低でも二千以上……もしかしたら、三千以上かも知れない。そして、その測定場所からあなたが出て来た……」
「あたしには関係ありません……。将成と待ち合わせているので、失礼します……」
 色葉の言葉を遮ると、咲希は二人に頭を下げて背を向けた。そして、逃げるように狛江駅に向かって走り出そうとした。

「待ってくれ、神守さんッ! 少しだけでいい、話を聞いてくれッ!」
 大和が咲希の目の前に回り込むと、真剣な表情で告げた。大柄な体格からは想像もつかない素早い動きだった。
(やっぱりこの人、何かやっているわ……。今の動きはたぶん、空手か柔道……)
 大和の足捌きを見て、咲希は彼が一流の武道家であることを見抜いた。

「通してくれませんか? 本当に友人と待ち合わせをしているんです」
「悪い……。では、一つだけ教えてくれ。あのSA係数は誰のものだったんだ? 君のSA係数とはパターンが違っていた……」
「……ッ!」
 大和の言葉に、咲希がピクリと頬を引き攣らせた。
(この人、見かけによらず、凄く優秀だわ。天城さんといい、この国城さんといい、神社幻影隊S.A.P.が神社本庁のエリートっていうのは本当みたい……)

「何を言われているんだか、あたしには分かりません。失礼します……」
 そう告げると、咲希は大和の横をすり抜けて駅に向かって歩き出した。
(中原のことは気の毒だったけど、澤村君も元に戻ったみたいだし、建御雷神が近くにいると知ったからには夜叉ヤクシャも簡単に手を出してこないはず……。それにS.A.P.がいくら優秀だといっても、夜叉みたいなのを相手にできるはずないわ)
 下手に本当のことを言って、色葉や大和を巻き込むわけにはいかなかった。咲希はS.A.P.から距離を置こうと決意した。

「契約金五百万、月々十万でどうかしら……?」
「えッ……?」
 背後から聞こえてきた色葉の言葉に、咲希は足を止めて振り向いた。
「もちろん、まだ学生だから見習いアプレンティスとしての契約だけどね。授業や試験に支障がない範囲で、S.A.P.の仕事を手伝ってくれればいいわ。まあ、アルバイトみたいなものだと考えてくれたらいいわよ」
 美しい貌に微笑を浮かべながら色葉が告げた。

「ご、五百万って……?」
 そこらの大卒新入社員の年収よりも高額な契約金を告げられ、咲希は驚愕に顔を引き攣らせた。十六歳の咲希には、見たこともない金額だった。

(おい……、SA係数九九九以上なら、本来の契約金は一千万以上だぞ……)
(仕方ないでしょ、S.A.P.は財政難なんだから……)
(月々だって、三十万くらいは当然じゃないのか?)
(うるさいわね! 高校生には十分過ぎる金額よ!)
 色葉と大和が眼で会話をしていることに、咲希は気づかなかった。

「どうかしら? S.A.P.うちでアルバイトしてみない? 悪い条件じゃないと思うけど……」
 美しい貌にニッコリと微笑を浮かべながら、色葉が訊ねた。
「か、考えさせて……ください……」
 一瞬のうちに咲希の脳裏に、気になっているブランドの服やバッグが浮かんでは消えていった。咲希は慌てて頭を振ると、再び色葉たちに向かって挨拶をした。

「と、とにかく……今日は失礼します! ま、また、ご連絡しますッ!」
 そう告げると、今度こそ逃げるように咲希は走り出した。その後ろ姿を見つめながら、色葉がニヤリと笑みを浮かべた。
「考えさせてくれって言ったわよ。向こうから連絡もくれるみたいね……」
「はぁあ……。高校生相手に汚い手を使うなよな……」
 大きなため息を付きながら、大和が色葉に文句を言った。

「どんな手を使ってでも、あの娘をS.A.P.に入れてみせるって言ったはずよ。正式契約をしたら残りの契約金は払うし、給料だって上げてあげるわ。それで文句ないでしょ?」
「まったく……。怖い女だよ、お前は……」
 そう告げると、大和は再び大きなため息を付いた。

「その怖い女を抱き締めて、さっきは何を言おうとしたのかしら……?」
「そ、それは……」
 自分がプロポーズをしかけたことを思い出して、大和は言葉に詰まった。その様子を楽しそうに見つめると、色葉が大和の左腕に腕を絡ませた。

「ここからじゃ、家に帰るのは大変でしょ? 今夜はあたしのマンションに泊めてあげるわ。その代わり、さっきの続きをちゃんと言ってね……」
「い、色葉……」
 左腕に感じる豊かな胸の感触を喜びながらも、大和は顔を引き攣らせた。S.A.P.の中だけでなく、プライベートにおいても二人の上下関係は明確になりそうだった。
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