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第3章 火焔の女王
8.もう一人の自分
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桐生将成の機嫌は最悪だった。
最近、恋人である神守咲希とデートをするどころか、ろくに会ってさえもいなかったのだ。電話は時々あったが、それもほとんど用件だけだった。その上、咲希は自分に何の相談もなく、マンションを購入して宝治玉藻と二人で引っ越してしまった。
(咲希の奴、いったいどうしたって言うんだ? いくら気が合うからと言って、彼氏を放っておいて女友達とべったりだなんて……)
その上、宝治玉藻はただの女友達ではなかった。SA係数一万を超える三大妖魔の一人、九尾狐なのだ。咲希は初対面で九尾狐に殺されかけたはずだった。
(やはり、色葉さんの言うとおり、咲希は九尾狐に操られているのか……?)
先々週の末、将成は色葉から最優先指令のメールを受けた。そこには、二人を監視して、咲希が玉藻に操られているかどうかを見極めるように書かれていた。最初はそれを笑い飛ばそうとしていた将成だが、この二週間の咲希の態度を見ていてだんだんと不安が大きくなっていった。
一号館の近くにある桜広場のベンチに一人で腰掛けていると、やや赤みがかった黒髪をボブヘアにした女性が近づいてきた。将成がサークルに勧誘した小鳥遊愛華だった。
「将成先輩、こんなところで何やってるんですか?」
卵形の小さな顔の中でクリクリとよく動く大きな瞳が、真っ直ぐに将成を見つめてきた。
「いや……、突然、授業が休講になっちゃって、暇を持て余してるんだ。小鳥遊さんこそ、どうしたんだい?」
「愛華でいいですよ。あたしも、休講になって暇なんです。サークル室にでも行こうと歩いていたら、将成先輩が一人でいるのが見えたんで……」
ニッコリと笑顔を浮かべながら、愛華が言った。
「そうか……。愛華……ちゃんは、何学部だっけ?」
「いやだッ! 忘れちゃったんですか? 将成先輩と同じ経済学部ですよ」
プウッと頬を膨らませながら、愛華が将成を睨んだ。
「そうだったっけ? ごめん……。じゃあ、もしかしたら、休講になったのって、国祭経済論……?」
「そうです! 将成先輩も取ってたなんて、知りませんでした!」
嬉しそうに両手を胸の前に組み合わせながら、愛華が告げた。その腕の先にある豊かな胸に、将成は思わず視線を這わせた。
「あの授業は単位が取りやすいって聞いたからね……」
「あたしも、そう聞いて取ったんですよ。それより、この後は予定あるんですか?」
愛華が将成の左隣に座りながら訊ねてきた。パーソナルスペースが狭いのか、肩が触れ合う距離だった。将成は思わずドキリとしながら答えた。
「一応、五限目があるんだけど、必修じゃないからどうしようかと……」
「ラッキーッ! じゃあ、あたしと遊びに行きませんか?」
将成の左腕に腕を絡ませながら、愛華が告げた。大きな膨らみの感触が、二の腕に押しつけられた。
「そうだな……。どっか、食事にでも行くか……?」
(EかFくらいかな? この子、絶対に咲希よりも胸があるよな……?)
咲希が聞いたら激怒しそうなことを考えながら、将成が告げた。
「嬉しいッ! あたし、将成先輩と二人で出かけるのが夢だったんですッ!」
魅力的な笑顔を浮かべると、愛華が将成に抱きつくように豊かな胸を押しつけてきた。
(これって、やっぱりGはあるよな……? いや、たまには後輩に食事くらい奢ってやらないと……。咲希の奴も、俺に会おうとしないし……。 決して、Gカップは関係ないぞッ!)
無理矢理自分を正当化すると、将成は笑顔を浮かべながら愛華の顔を見つめた。
ヒルトップの二階にあるカフェテラスで、小鳥遊愛華は飲み終えたアイスティのグラスを乱暴にテーブルに置いた。せっかく来たのに、四限目の国祭経済論が休講だったのだ。今日に限って、聖光学院公式アプリを確認しなかった自分が腹立たしかった。休講と分かっていたら、わざわざ一時間以上もかけて大学までやってくる必要などなかったのだ。
(まったく……。誰か教えてくれてもよかったじゃない! こんなことなら、バイトのシフト断るんじゃなかったわ!)
自宅のあるJR大久保駅近くのファミリーレストランで、フロアスタッフのバイトをしていた方がマシだったと愛華は後悔した。時給千百円なので、五時間も働けば五千五百円になったはずだった。
「あれッ……?」
イライラを解消するように視線を移すと、正面に見える桜広場のベンチに同じサークルの桐生将成の姿を見つけた。
(ラッキーッ! 将成先輩だ! 咲希もいないみたいだし、声をかけるチャンスだわッ!)
憧れの将成が一人でベンチに座っていることを見て取ると、愛華は急いで席を立とうとした。
「……!」
その時に、一人の女性が将成に近づいて何か話しかけた。その女性は、愛華がよく知っている女性だった。
「どういうこと……?」
愛華は思わず、自分の目を疑った。そこにいたのは、紛れもなく愛華自身だったのだ。それも、ソフトベージュのPOLOネックにアコーディオン・プリーツスカートというコーディネートまで、今日の愛華とまったく同じだった。
(何で、あたしがあそこにいるの?)
見間違いかと思って目を擦って見直したが、将成の隣にいるのは間違いなく愛華自身だった。
(ドッペルゲンガー……?)
昔読んだホラー小説を愛華は思い出した。自分と同じもう一人の自分に出会うと、生命力を吸い取られて死んでしまうという話だった。愛華は両手で自分の体を抱きしめると、恐怖にブルッと震えた。
(こんなの、何かの間違いよ……。あたしが二人いるはずない……)
だが、何度見ても、それは愛華自身に間違いなかった。
そして、もう一人の愛華は将成と腕を組みながら、多摩モノレールの聖光学院大学前駅に向かって歩き出した。
(だめ……将成先輩! それ、あたしじゃないわ! ドッペルゲンガーよッ! 一緒に行っちゃだめッ……!)
そのことを伝えたくても、愛華は恐怖のあまり声が出ず、足が震えて動けなかった。
小さくなっていく二人の後ろ姿を、愛華は茫然としながら蒼白な表情で見送っていた。
「咲耶……さまは、今起きていらっしゃいますの……?」
周囲を見渡し、声を潜めながら玉藻が訊ねてきた。
「どうだろ……? 静かだから、寝てるかな……?」
咲耶から何も反応がないことを確認しながら、咲希が答えた。どうやら、玉藻は本気で咲耶を恐れているようだった。
「そうですか……。昨日は本当に寿命が縮みましたわ。あんな恐ろしい思いをしたのは、何百年ぶりだったでしょうか……?」
「そうだったんだ……。でも、あたしだって辛かったんだからね。あんなこと、絶対にやめてよね……」
カアッと顔を赤らめながら、咲希が恥ずかしそうに玉藻を見つめた。あれほど壮絶な焦らし責めを受けたことなど、咲希は生まれて初めてだった。
「それは本当に悪かったと反省しておりますわ。二度としませんので、許してください……」
長い黒髪を揺らしながら、玉藻が頭を下げた。その様子をジト目で見つめながら、咲希がアイスミルクティのグラスを手に取って一口飲んだ。四限目の最中ということもあり、ヒルトップの二階にあるカフェテリアには学生の姿もまばらだった。
「でも、咲耶って本気になると玉藻よりも強かったんだ……? 普段はへっぽこ女神にしか見えないのにね……」
「へっぽこ……ですか? でも、あの神気は私の倍以上はありましたわ。夜叉と引き分けたというのも、納得しましたわ……」
咲希の言葉に苦笑いを浮かべながら、玉藻が告げた。その言葉に、自分の守護神が予想以上の実力を持っていることを咲希は誇らしく思った。
「ところで、玉藻って本当に週に一、二回は神気が必要なの?」
「そうですわね……。正確言うと、十日に一度くらいでしょうか? 昨日、美味しい神気をたくさんいただいたので、あと十日くらいは平気ですわ」
ニヤリと笑みを浮かべながら、玉藻が意味ありげに咲希の顔を見つめた。その視線の意味を察して、咲希がカアッと顔を赤らめた。
昂ぶった状態の神気は濃密なため、回復が早いと言われたことを思い出したのだ。
「ふ、普通の状態で神気を渡すことって、できないの? 例えば、手を繋いで神気を渡すとか……」
神気を渡す度に絶頂させられたら堪らないと思って、咲希が赤面しながら訊ねた。
「できなくもないですが、凄く効率が悪いですわ。あのやり方でいただく神気を一とすれば、その十倍から二十倍の神気が必要になります。そんなことをしたら、咲希だけでなく咲耶さまからも大量の神気をいただかなければならなくなってしましますわ」
美しい貌に困惑を浮かべながら、玉藻が説明した。
「そ、そうなんだ……。困ったわね……」
さすが淫魔だけあると、玉藻の美貌を見つめながら咲希は思った。どうやら、相手を性的に興奮させた状態にしてから精気を吸い取るのが最も効率的なようだった。
「まあ、咲希も気持ちよくなれるのですから、協力をお願いしますわ」
「そ、それは……」
カアッと真っ赤に顔を染めて、咲希は言葉を失った。慌てて話題を変えようと周囲を見渡すと、南側のカフェテラスに見知った顔を見つけた。
「あれ……? あそこにいるのって、小鳥遊さんじゃない?」
「そうみたいですね。何をされているのでしょうか?」
咲希の視線を追って、玉藻が後ろを振り返った。そこには茫然と立ち竦んでいる小鳥遊愛華の姿があった。
「なんか、様子が変ね……。声をかけてみようか……?」
そう告げると、咲希は玉藻を連れてカフェテラスへと向かった。
「どうしたの、小鳥遊さん……?」
咲希の声に、愛華がビクンッと体を震わせた。そして、咲希に気づくと、蒼白な表情でいきなり両肩を掴んできた。
「ち、ちょっと……」
「サッキーッ! 大変なのッ! あたしが将成先輩を連れてっちゃったッ!」
驚く咲希の両肩を掴んだまま、愛華が意味不明な言葉を叫んだ。
「落ち着いて……。小鳥遊さんが将成を連れて行ったって、どういうこと……?」
「だから、あたしが将成先輩を連れて行ったのよッ!」
「とにかく、座って話しませんか……?」
興奮して捲し立てる愛華を、玉藻が宥めるように言った。玉藻の言葉に頷いて、咲希が愛華をテーブル席に座らせた。そして、彼女の前に玉藻と並んで腰掛けると、咲希は落ち着いた口調で話しかけた。
「順を追って説明してくれる? 将成がどうしたの?」
「あそこのベンチに、将成先輩が一人で座っていたのよ。だから、あたしは声をかけようと思って、席を立ったの……」
愛華の説明に、咲希はムッとした。
(なんで将成が一人でいると声をかけるのよ?)
「それで、どうされたのですか?」
咲希の心を読んだように、玉藻が微笑を浮かべながら愛華に訊ねた。
「そしたら、女が一人現れて、将成先輩に話しかけたの……」
「女が……?」
咲希の機嫌が一気に悪化した。だが、愛華はそれに気づく余裕もなく、早口で話を続けた。
「その女があたしだったのよッ! 着ていた服も、あたしと同じだったのッ!」
「え……? 小鳥遊さんだったって……? どういうこと……?」
愛華の言葉が理解できずに、咲希が怪訝な表情で訊ねた。
「あたしがもう一人現れたのよッ! あれはきっと、ドッペルゲンガーよッ!」
「ドッペルゲンガー……?」
咲希は思わず隣にいる玉藻の顔を見つめた。玉藻は真剣な表情で咲希を見つめ返すと、愛華に訊ねた。
「本当に、もう一人の小鳥遊さんが現れたのですか?」
「だから、そう言ってるじゃないッ! ドッペルゲンガーを見た人間は、近いうちに死んじゃうのよッ!」
愛華が蒼白な表情のまま、興奮して叫んだ。周囲にいた学生たちが、何事かと愛華に視線を集中させた。
「とにかく、落ち着いて……」
「咲希、ちょっと……」
愛華を宥めようとした咲希の腕を、玉藻が掴んだ。
「何、玉藻……?」
「ちょっと、あちらへ……」
玉藻が腕を掴んだまま席を立ち、咲希をカフェテラスから連れ出した。
「どうしたの、玉藻……。小鳥遊さんを落ち着かせないと……」
「迦美羅が現れたのかも知れません」
真剣な表情で告げる玉藻の言葉に、咲希は黒曜石の瞳を大きく見開いて訊ねた。
「迦美羅……?」
「はい……。迦美羅は百の顔を持つと言われる女吸血鬼です。もしかしたら、小鳥遊さんの姿で将成さんに近づいてきたのかも知れません」
玉藻の予想が正しければ、一刻を争う緊急事態だった。咲希は真剣な表情を浮かべると、スマートフォンを取り出しながら玉藻に告げた。
「将成に連絡してみるわ!」
玉藻が頷くのを見て、咲希はスマホの通話アイコンをスライドさせた。だが、スピーカーから聞こえてきたのは事務的な女性の声だった。
「おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないためかかりません……」
「玉藻、小鳥遊さんに将成がどこに向かったか、確認するわよ!」
「はい……!」
咲希と玉藻はガラスの扉を開いて、飛び込むように再びカフェテラスに入った。そして、愛華のいる席に駆け寄ると、咲希が両手をテーブルについて叫んだ。
「小鳥遊さん、将成はどっちに向かったの?」
「もう一人のあたしと腕を組みながら、モノレールの駅の方へ行ったわ。
愛華の言葉に、玉藻が冷静な口調で訊ねた。
「何分くらい前でしょうか?」
「ほんの数分前よ……。たぶん、十分も経ってないわ」
玉藻が咲希の顔を見つめた。その視線に頷くと、咲希が愛華に告げた。
「あたしたちは将成を追いかけるわ。後で連絡するから、小鳥遊さんはこのまま家に帰った方がいいと思う。大丈夫よ、ドッペルゲンガーなんかじゃないから……」
「でも、あれは確かに……」
愛華の不安を払拭するように、玉藻が微笑を浮かべながら言った。
「私に心当たりがありますわ。その方は変装の名人ですの。恐らく、私たちを揶揄おうとして、あなたに変装したのだと思いますわ。驚かせて、申し訳ありません」
「へ、変装って……。だって、服まで同じだった……」
「たぶん、似たような服を着ていただけですわ。近くで見れば、違う服だと思いますわ」
「そ、そうなのかな……?」
「遠目には同じように見えただけですわ。ドッペルゲンガーなんかではありませんので、安心してください」
見る者を魅了する笑顔でそう告げると、玉藻が左手を愛華の右肩に置いた。その瞬間、愛華は体の力が抜けたように、ふらふらと椅子に腰掛けた。
「玉藻……?」
愛華の様子から、玉藻が彼女に何かしたことに咲希は気づいた。だが、玉藻は何も言わずに、咲希に頷いた。
「小鳥遊さん、私たちは将成さんの後を追いますので、これで失礼します。落ち着いたら、ご自宅にお戻りになってください」
「う、うん……」
愛華が力なく玉藻に頷きながら答えた。
「咲希、行きましょう……」
「うん……。小鳥遊さん、後で連絡するね」
そう告げると、玉藻の後を追って咲希はカフェテラスから出て行った。そして、入口のガラス扉を閉めると、咲希が玉藻の顔を見つめて訊ねた。
「小鳥遊さんに何をしたの?」
「興奮していましたので、少し精気を抜いただけですわ」
ニッコリと微笑みを浮かべながら、玉藻が告げた。
「精気を抜いたって……。大丈夫なの?」
「しばらくの間は放心状態になりますが、二、三十分もすれば元に戻ります。その間に、少しは落ち着くと思いますわ」
平然と告げた玉藻の顔を、呆れた表情で咲希が見つめた。
「まあ、今回は緊急措置だから仕方ないけど、あんまりそういうことはしないでね……」
「分かっておりますわ。それよりも、将成さんを捜す手がかりはあるのですか?」
咲希の言葉に頷くと、玉藻が星々の煌めきを映す黒瞳に真剣な光を浮かべながら訊ねた。
「モノレールを使ったってことは、食事にでも行ったんだと思う……。将成の家は北大塚だし、小鳥遊さんはたしか大久保だったはず……。だとすると、新宿か池袋あたりかな?」
将成の行動範囲を思い出しながら、咲希が告げた。
「新宿や池袋と言っても、人を捜すとしたら広いですよ。他に手がかりはあるのですか?」
「あたしと一緒に行った店を何軒か当たってみるしかないかな……。片っ端から電話をかけて、将成を呼び出すとか……」
そうは言ったものの、将成と付き合ってから一年九ヶ月になるのだ。その間に一緒に行った店が何軒あるのか、咲希も正確に覚えていなかった。
「S.A.P.の鳥みたいなのを飛ばしたらどうですか? 変身している迦美羅からは、微弱かも知れませんが妖気が漏れているはずです。それを探し当てれば、二人の居場所が分かるのではありませんか?」
「なるほど……! 池袋と新宿に絞って、ドローンを飛ばしてもらうのは名案ねッ! 早速、色葉さんにお願いしてみるわ!」
そう告げると咲希は、スマホに色葉のアドレスを表示させて通話アイコンをスライドさせた。
そして、電話に出た色葉に状況を説明し始めた。
「はい、天城です……」
液晶に表示された神守咲希の名前を確認すると、色葉は通話アイコンをスライドさせてスマートフォンを左耳に当てた。そして、会議室に向かおうと席を立ちかけた国城大和に右手を上げて止めた。
『咲希です。今、お時間ありますか?』
咲希の声色は普段より緊張を孕んでいた。色葉は敏感にそれを察すると、大和に眼で合図を送った。大和が頷いて、再び席に着いた。
「これから会議があるから、あまり時間は取れないけど……。どうかしたの?」
色葉の問いかけに、咲希が一蹴の間を作った。そして、短く衝撃的な言葉を告げた。
『迦美羅が現れた可能性があります……』
「何ですってッ! 今、どこにいるのッ!」
夜叉四天王の一人でSA係数一万を超える女吸血鬼が出現したと聞き、色葉は黒茶色の瞳を大きく見開きながら叫んだ。大和が素早く席を立ち、色葉の隣に駆け寄った。色葉は通話をハンズフリーに切り替えた。
『サークルの友人である小鳥遊愛華という女性と瓜二つの女が現れて、将成を連れ去りました。聖光学院大学前駅から多摩モノレールに乗ったようです。たぶん、新宿か池袋に向かったと思います』
「国城だ。新宿か池袋だと考える根拠はあるのか?」
咲希の言葉を聞いて、大和が怪訝な表情を浮かべながら訊ねた。
『将成の家は北大塚です。そして、小鳥遊さんは大久保に住んでいます。二人が食事に行くとしたら、都内に出る可能性が高いと思います。そして、将成がよく行く店は、新宿か池袋が多いんです』
「でも、新宿や池袋だとしても、たった二人の人間を捜すことは不可能よ……」
『ドローンを飛ばしてくれませんか? 玉藻が言うには、人間に化けた迦美羅からは微弱な妖気が漏れているそうです。その位置をドローンで捜し出せませんか?』
色葉の言葉を遮るように、咲希が告げた。
「微弱って、どのくらいなの? 普通の人間と同じSA係数百程度だと、逆に見つからないわよ」
『それは心配ないそうです。微弱と言っても、迦美羅の妖気から見た話で……恐らく、五百くらいはあるそうです』
「漏れ出た妖気だけで、五百だと……」
大和が唖然として言葉を失った。咲希と玉藻を除けば、神社幻影隊最強の色葉でさえ、SA係数は三七五なのだ。
「分かったわ。すぐにドローンを手配する。新宿、池袋の他にも、渋谷や六本木、銀座などの主要な歓楽街にもドローンを出すわ!」
「ありがとうございます! あたしたちはこれから電車で新宿に向かいます。こちらからも連絡しますが、何か分かったら携帯に電話かメールをください!」
「分かったわ、無理しないようにねッ……」
色葉の言葉を聞くと、咲希はスマートフォンの通話を切った。
「とにかく、新宿に向かいましょう。STREET BOB 114はこのまま大学に置いていくわ」
「そうですね。渋滞を考えると、電車で向かった方が早いと思いますわ」
咲希の意見に頷きながら、玉藻が告げた。
二人は多摩モノレールの聖光学院前駅を目指して走り出した。
だが、その行く手に待ち受ける運命を、咲希は想像さえもできなかった。
最近、恋人である神守咲希とデートをするどころか、ろくに会ってさえもいなかったのだ。電話は時々あったが、それもほとんど用件だけだった。その上、咲希は自分に何の相談もなく、マンションを購入して宝治玉藻と二人で引っ越してしまった。
(咲希の奴、いったいどうしたって言うんだ? いくら気が合うからと言って、彼氏を放っておいて女友達とべったりだなんて……)
その上、宝治玉藻はただの女友達ではなかった。SA係数一万を超える三大妖魔の一人、九尾狐なのだ。咲希は初対面で九尾狐に殺されかけたはずだった。
(やはり、色葉さんの言うとおり、咲希は九尾狐に操られているのか……?)
先々週の末、将成は色葉から最優先指令のメールを受けた。そこには、二人を監視して、咲希が玉藻に操られているかどうかを見極めるように書かれていた。最初はそれを笑い飛ばそうとしていた将成だが、この二週間の咲希の態度を見ていてだんだんと不安が大きくなっていった。
一号館の近くにある桜広場のベンチに一人で腰掛けていると、やや赤みがかった黒髪をボブヘアにした女性が近づいてきた。将成がサークルに勧誘した小鳥遊愛華だった。
「将成先輩、こんなところで何やってるんですか?」
卵形の小さな顔の中でクリクリとよく動く大きな瞳が、真っ直ぐに将成を見つめてきた。
「いや……、突然、授業が休講になっちゃって、暇を持て余してるんだ。小鳥遊さんこそ、どうしたんだい?」
「愛華でいいですよ。あたしも、休講になって暇なんです。サークル室にでも行こうと歩いていたら、将成先輩が一人でいるのが見えたんで……」
ニッコリと笑顔を浮かべながら、愛華が言った。
「そうか……。愛華……ちゃんは、何学部だっけ?」
「いやだッ! 忘れちゃったんですか? 将成先輩と同じ経済学部ですよ」
プウッと頬を膨らませながら、愛華が将成を睨んだ。
「そうだったっけ? ごめん……。じゃあ、もしかしたら、休講になったのって、国祭経済論……?」
「そうです! 将成先輩も取ってたなんて、知りませんでした!」
嬉しそうに両手を胸の前に組み合わせながら、愛華が告げた。その腕の先にある豊かな胸に、将成は思わず視線を這わせた。
「あの授業は単位が取りやすいって聞いたからね……」
「あたしも、そう聞いて取ったんですよ。それより、この後は予定あるんですか?」
愛華が将成の左隣に座りながら訊ねてきた。パーソナルスペースが狭いのか、肩が触れ合う距離だった。将成は思わずドキリとしながら答えた。
「一応、五限目があるんだけど、必修じゃないからどうしようかと……」
「ラッキーッ! じゃあ、あたしと遊びに行きませんか?」
将成の左腕に腕を絡ませながら、愛華が告げた。大きな膨らみの感触が、二の腕に押しつけられた。
「そうだな……。どっか、食事にでも行くか……?」
(EかFくらいかな? この子、絶対に咲希よりも胸があるよな……?)
咲希が聞いたら激怒しそうなことを考えながら、将成が告げた。
「嬉しいッ! あたし、将成先輩と二人で出かけるのが夢だったんですッ!」
魅力的な笑顔を浮かべると、愛華が将成に抱きつくように豊かな胸を押しつけてきた。
(これって、やっぱりGはあるよな……? いや、たまには後輩に食事くらい奢ってやらないと……。咲希の奴も、俺に会おうとしないし……。 決して、Gカップは関係ないぞッ!)
無理矢理自分を正当化すると、将成は笑顔を浮かべながら愛華の顔を見つめた。
ヒルトップの二階にあるカフェテラスで、小鳥遊愛華は飲み終えたアイスティのグラスを乱暴にテーブルに置いた。せっかく来たのに、四限目の国祭経済論が休講だったのだ。今日に限って、聖光学院公式アプリを確認しなかった自分が腹立たしかった。休講と分かっていたら、わざわざ一時間以上もかけて大学までやってくる必要などなかったのだ。
(まったく……。誰か教えてくれてもよかったじゃない! こんなことなら、バイトのシフト断るんじゃなかったわ!)
自宅のあるJR大久保駅近くのファミリーレストランで、フロアスタッフのバイトをしていた方がマシだったと愛華は後悔した。時給千百円なので、五時間も働けば五千五百円になったはずだった。
「あれッ……?」
イライラを解消するように視線を移すと、正面に見える桜広場のベンチに同じサークルの桐生将成の姿を見つけた。
(ラッキーッ! 将成先輩だ! 咲希もいないみたいだし、声をかけるチャンスだわッ!)
憧れの将成が一人でベンチに座っていることを見て取ると、愛華は急いで席を立とうとした。
「……!」
その時に、一人の女性が将成に近づいて何か話しかけた。その女性は、愛華がよく知っている女性だった。
「どういうこと……?」
愛華は思わず、自分の目を疑った。そこにいたのは、紛れもなく愛華自身だったのだ。それも、ソフトベージュのPOLOネックにアコーディオン・プリーツスカートというコーディネートまで、今日の愛華とまったく同じだった。
(何で、あたしがあそこにいるの?)
見間違いかと思って目を擦って見直したが、将成の隣にいるのは間違いなく愛華自身だった。
(ドッペルゲンガー……?)
昔読んだホラー小説を愛華は思い出した。自分と同じもう一人の自分に出会うと、生命力を吸い取られて死んでしまうという話だった。愛華は両手で自分の体を抱きしめると、恐怖にブルッと震えた。
(こんなの、何かの間違いよ……。あたしが二人いるはずない……)
だが、何度見ても、それは愛華自身に間違いなかった。
そして、もう一人の愛華は将成と腕を組みながら、多摩モノレールの聖光学院大学前駅に向かって歩き出した。
(だめ……将成先輩! それ、あたしじゃないわ! ドッペルゲンガーよッ! 一緒に行っちゃだめッ……!)
そのことを伝えたくても、愛華は恐怖のあまり声が出ず、足が震えて動けなかった。
小さくなっていく二人の後ろ姿を、愛華は茫然としながら蒼白な表情で見送っていた。
「咲耶……さまは、今起きていらっしゃいますの……?」
周囲を見渡し、声を潜めながら玉藻が訊ねてきた。
「どうだろ……? 静かだから、寝てるかな……?」
咲耶から何も反応がないことを確認しながら、咲希が答えた。どうやら、玉藻は本気で咲耶を恐れているようだった。
「そうですか……。昨日は本当に寿命が縮みましたわ。あんな恐ろしい思いをしたのは、何百年ぶりだったでしょうか……?」
「そうだったんだ……。でも、あたしだって辛かったんだからね。あんなこと、絶対にやめてよね……」
カアッと顔を赤らめながら、咲希が恥ずかしそうに玉藻を見つめた。あれほど壮絶な焦らし責めを受けたことなど、咲希は生まれて初めてだった。
「それは本当に悪かったと反省しておりますわ。二度としませんので、許してください……」
長い黒髪を揺らしながら、玉藻が頭を下げた。その様子をジト目で見つめながら、咲希がアイスミルクティのグラスを手に取って一口飲んだ。四限目の最中ということもあり、ヒルトップの二階にあるカフェテリアには学生の姿もまばらだった。
「でも、咲耶って本気になると玉藻よりも強かったんだ……? 普段はへっぽこ女神にしか見えないのにね……」
「へっぽこ……ですか? でも、あの神気は私の倍以上はありましたわ。夜叉と引き分けたというのも、納得しましたわ……」
咲希の言葉に苦笑いを浮かべながら、玉藻が告げた。その言葉に、自分の守護神が予想以上の実力を持っていることを咲希は誇らしく思った。
「ところで、玉藻って本当に週に一、二回は神気が必要なの?」
「そうですわね……。正確言うと、十日に一度くらいでしょうか? 昨日、美味しい神気をたくさんいただいたので、あと十日くらいは平気ですわ」
ニヤリと笑みを浮かべながら、玉藻が意味ありげに咲希の顔を見つめた。その視線の意味を察して、咲希がカアッと顔を赤らめた。
昂ぶった状態の神気は濃密なため、回復が早いと言われたことを思い出したのだ。
「ふ、普通の状態で神気を渡すことって、できないの? 例えば、手を繋いで神気を渡すとか……」
神気を渡す度に絶頂させられたら堪らないと思って、咲希が赤面しながら訊ねた。
「できなくもないですが、凄く効率が悪いですわ。あのやり方でいただく神気を一とすれば、その十倍から二十倍の神気が必要になります。そんなことをしたら、咲希だけでなく咲耶さまからも大量の神気をいただかなければならなくなってしましますわ」
美しい貌に困惑を浮かべながら、玉藻が説明した。
「そ、そうなんだ……。困ったわね……」
さすが淫魔だけあると、玉藻の美貌を見つめながら咲希は思った。どうやら、相手を性的に興奮させた状態にしてから精気を吸い取るのが最も効率的なようだった。
「まあ、咲希も気持ちよくなれるのですから、協力をお願いしますわ」
「そ、それは……」
カアッと真っ赤に顔を染めて、咲希は言葉を失った。慌てて話題を変えようと周囲を見渡すと、南側のカフェテラスに見知った顔を見つけた。
「あれ……? あそこにいるのって、小鳥遊さんじゃない?」
「そうみたいですね。何をされているのでしょうか?」
咲希の視線を追って、玉藻が後ろを振り返った。そこには茫然と立ち竦んでいる小鳥遊愛華の姿があった。
「なんか、様子が変ね……。声をかけてみようか……?」
そう告げると、咲希は玉藻を連れてカフェテラスへと向かった。
「どうしたの、小鳥遊さん……?」
咲希の声に、愛華がビクンッと体を震わせた。そして、咲希に気づくと、蒼白な表情でいきなり両肩を掴んできた。
「ち、ちょっと……」
「サッキーッ! 大変なのッ! あたしが将成先輩を連れてっちゃったッ!」
驚く咲希の両肩を掴んだまま、愛華が意味不明な言葉を叫んだ。
「落ち着いて……。小鳥遊さんが将成を連れて行ったって、どういうこと……?」
「だから、あたしが将成先輩を連れて行ったのよッ!」
「とにかく、座って話しませんか……?」
興奮して捲し立てる愛華を、玉藻が宥めるように言った。玉藻の言葉に頷いて、咲希が愛華をテーブル席に座らせた。そして、彼女の前に玉藻と並んで腰掛けると、咲希は落ち着いた口調で話しかけた。
「順を追って説明してくれる? 将成がどうしたの?」
「あそこのベンチに、将成先輩が一人で座っていたのよ。だから、あたしは声をかけようと思って、席を立ったの……」
愛華の説明に、咲希はムッとした。
(なんで将成が一人でいると声をかけるのよ?)
「それで、どうされたのですか?」
咲希の心を読んだように、玉藻が微笑を浮かべながら愛華に訊ねた。
「そしたら、女が一人現れて、将成先輩に話しかけたの……」
「女が……?」
咲希の機嫌が一気に悪化した。だが、愛華はそれに気づく余裕もなく、早口で話を続けた。
「その女があたしだったのよッ! 着ていた服も、あたしと同じだったのッ!」
「え……? 小鳥遊さんだったって……? どういうこと……?」
愛華の言葉が理解できずに、咲希が怪訝な表情で訊ねた。
「あたしがもう一人現れたのよッ! あれはきっと、ドッペルゲンガーよッ!」
「ドッペルゲンガー……?」
咲希は思わず隣にいる玉藻の顔を見つめた。玉藻は真剣な表情で咲希を見つめ返すと、愛華に訊ねた。
「本当に、もう一人の小鳥遊さんが現れたのですか?」
「だから、そう言ってるじゃないッ! ドッペルゲンガーを見た人間は、近いうちに死んじゃうのよッ!」
愛華が蒼白な表情のまま、興奮して叫んだ。周囲にいた学生たちが、何事かと愛華に視線を集中させた。
「とにかく、落ち着いて……」
「咲希、ちょっと……」
愛華を宥めようとした咲希の腕を、玉藻が掴んだ。
「何、玉藻……?」
「ちょっと、あちらへ……」
玉藻が腕を掴んだまま席を立ち、咲希をカフェテラスから連れ出した。
「どうしたの、玉藻……。小鳥遊さんを落ち着かせないと……」
「迦美羅が現れたのかも知れません」
真剣な表情で告げる玉藻の言葉に、咲希は黒曜石の瞳を大きく見開いて訊ねた。
「迦美羅……?」
「はい……。迦美羅は百の顔を持つと言われる女吸血鬼です。もしかしたら、小鳥遊さんの姿で将成さんに近づいてきたのかも知れません」
玉藻の予想が正しければ、一刻を争う緊急事態だった。咲希は真剣な表情を浮かべると、スマートフォンを取り出しながら玉藻に告げた。
「将成に連絡してみるわ!」
玉藻が頷くのを見て、咲希はスマホの通話アイコンをスライドさせた。だが、スピーカーから聞こえてきたのは事務的な女性の声だった。
「おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか、電源が入っていないためかかりません……」
「玉藻、小鳥遊さんに将成がどこに向かったか、確認するわよ!」
「はい……!」
咲希と玉藻はガラスの扉を開いて、飛び込むように再びカフェテラスに入った。そして、愛華のいる席に駆け寄ると、咲希が両手をテーブルについて叫んだ。
「小鳥遊さん、将成はどっちに向かったの?」
「もう一人のあたしと腕を組みながら、モノレールの駅の方へ行ったわ。
愛華の言葉に、玉藻が冷静な口調で訊ねた。
「何分くらい前でしょうか?」
「ほんの数分前よ……。たぶん、十分も経ってないわ」
玉藻が咲希の顔を見つめた。その視線に頷くと、咲希が愛華に告げた。
「あたしたちは将成を追いかけるわ。後で連絡するから、小鳥遊さんはこのまま家に帰った方がいいと思う。大丈夫よ、ドッペルゲンガーなんかじゃないから……」
「でも、あれは確かに……」
愛華の不安を払拭するように、玉藻が微笑を浮かべながら言った。
「私に心当たりがありますわ。その方は変装の名人ですの。恐らく、私たちを揶揄おうとして、あなたに変装したのだと思いますわ。驚かせて、申し訳ありません」
「へ、変装って……。だって、服まで同じだった……」
「たぶん、似たような服を着ていただけですわ。近くで見れば、違う服だと思いますわ」
「そ、そうなのかな……?」
「遠目には同じように見えただけですわ。ドッペルゲンガーなんかではありませんので、安心してください」
見る者を魅了する笑顔でそう告げると、玉藻が左手を愛華の右肩に置いた。その瞬間、愛華は体の力が抜けたように、ふらふらと椅子に腰掛けた。
「玉藻……?」
愛華の様子から、玉藻が彼女に何かしたことに咲希は気づいた。だが、玉藻は何も言わずに、咲希に頷いた。
「小鳥遊さん、私たちは将成さんの後を追いますので、これで失礼します。落ち着いたら、ご自宅にお戻りになってください」
「う、うん……」
愛華が力なく玉藻に頷きながら答えた。
「咲希、行きましょう……」
「うん……。小鳥遊さん、後で連絡するね」
そう告げると、玉藻の後を追って咲希はカフェテラスから出て行った。そして、入口のガラス扉を閉めると、咲希が玉藻の顔を見つめて訊ねた。
「小鳥遊さんに何をしたの?」
「興奮していましたので、少し精気を抜いただけですわ」
ニッコリと微笑みを浮かべながら、玉藻が告げた。
「精気を抜いたって……。大丈夫なの?」
「しばらくの間は放心状態になりますが、二、三十分もすれば元に戻ります。その間に、少しは落ち着くと思いますわ」
平然と告げた玉藻の顔を、呆れた表情で咲希が見つめた。
「まあ、今回は緊急措置だから仕方ないけど、あんまりそういうことはしないでね……」
「分かっておりますわ。それよりも、将成さんを捜す手がかりはあるのですか?」
咲希の言葉に頷くと、玉藻が星々の煌めきを映す黒瞳に真剣な光を浮かべながら訊ねた。
「モノレールを使ったってことは、食事にでも行ったんだと思う……。将成の家は北大塚だし、小鳥遊さんはたしか大久保だったはず……。だとすると、新宿か池袋あたりかな?」
将成の行動範囲を思い出しながら、咲希が告げた。
「新宿や池袋と言っても、人を捜すとしたら広いですよ。他に手がかりはあるのですか?」
「あたしと一緒に行った店を何軒か当たってみるしかないかな……。片っ端から電話をかけて、将成を呼び出すとか……」
そうは言ったものの、将成と付き合ってから一年九ヶ月になるのだ。その間に一緒に行った店が何軒あるのか、咲希も正確に覚えていなかった。
「S.A.P.の鳥みたいなのを飛ばしたらどうですか? 変身している迦美羅からは、微弱かも知れませんが妖気が漏れているはずです。それを探し当てれば、二人の居場所が分かるのではありませんか?」
「なるほど……! 池袋と新宿に絞って、ドローンを飛ばしてもらうのは名案ねッ! 早速、色葉さんにお願いしてみるわ!」
そう告げると咲希は、スマホに色葉のアドレスを表示させて通話アイコンをスライドさせた。
そして、電話に出た色葉に状況を説明し始めた。
「はい、天城です……」
液晶に表示された神守咲希の名前を確認すると、色葉は通話アイコンをスライドさせてスマートフォンを左耳に当てた。そして、会議室に向かおうと席を立ちかけた国城大和に右手を上げて止めた。
『咲希です。今、お時間ありますか?』
咲希の声色は普段より緊張を孕んでいた。色葉は敏感にそれを察すると、大和に眼で合図を送った。大和が頷いて、再び席に着いた。
「これから会議があるから、あまり時間は取れないけど……。どうかしたの?」
色葉の問いかけに、咲希が一蹴の間を作った。そして、短く衝撃的な言葉を告げた。
『迦美羅が現れた可能性があります……』
「何ですってッ! 今、どこにいるのッ!」
夜叉四天王の一人でSA係数一万を超える女吸血鬼が出現したと聞き、色葉は黒茶色の瞳を大きく見開きながら叫んだ。大和が素早く席を立ち、色葉の隣に駆け寄った。色葉は通話をハンズフリーに切り替えた。
『サークルの友人である小鳥遊愛華という女性と瓜二つの女が現れて、将成を連れ去りました。聖光学院大学前駅から多摩モノレールに乗ったようです。たぶん、新宿か池袋に向かったと思います』
「国城だ。新宿か池袋だと考える根拠はあるのか?」
咲希の言葉を聞いて、大和が怪訝な表情を浮かべながら訊ねた。
『将成の家は北大塚です。そして、小鳥遊さんは大久保に住んでいます。二人が食事に行くとしたら、都内に出る可能性が高いと思います。そして、将成がよく行く店は、新宿か池袋が多いんです』
「でも、新宿や池袋だとしても、たった二人の人間を捜すことは不可能よ……」
『ドローンを飛ばしてくれませんか? 玉藻が言うには、人間に化けた迦美羅からは微弱な妖気が漏れているそうです。その位置をドローンで捜し出せませんか?』
色葉の言葉を遮るように、咲希が告げた。
「微弱って、どのくらいなの? 普通の人間と同じSA係数百程度だと、逆に見つからないわよ」
『それは心配ないそうです。微弱と言っても、迦美羅の妖気から見た話で……恐らく、五百くらいはあるそうです』
「漏れ出た妖気だけで、五百だと……」
大和が唖然として言葉を失った。咲希と玉藻を除けば、神社幻影隊最強の色葉でさえ、SA係数は三七五なのだ。
「分かったわ。すぐにドローンを手配する。新宿、池袋の他にも、渋谷や六本木、銀座などの主要な歓楽街にもドローンを出すわ!」
「ありがとうございます! あたしたちはこれから電車で新宿に向かいます。こちらからも連絡しますが、何か分かったら携帯に電話かメールをください!」
「分かったわ、無理しないようにねッ……」
色葉の言葉を聞くと、咲希はスマートフォンの通話を切った。
「とにかく、新宿に向かいましょう。STREET BOB 114はこのまま大学に置いていくわ」
「そうですね。渋滞を考えると、電車で向かった方が早いと思いますわ」
咲希の意見に頷きながら、玉藻が告げた。
二人は多摩モノレールの聖光学院前駅を目指して走り出した。
だが、その行く手に待ち受ける運命を、咲希は想像さえもできなかった。
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