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第一章 輪廻
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「セイリオス、輪廻という言葉を知っていますか?」
予約した宿屋『銀狐の旅荘』の二階にある部屋に入ると、アストレアは寝台の横にある長椅子に腰を下ろしながらセイリオスに訊ねた。
「輪廻? いや、初めて聞く言葉だ」
大剣と荷物を置き、革鎧を脱いで寛いだ姿になると、セイリオスは寝台に腰掛けながら答えた。この部屋には寝台が一つしかなく、セイリオスは長椅子で寝ることになると思ったが、野宿よりはマシだと思い直した。
「人は死に、別の人間として再び生まれ変わります。それを永遠に続けるというのが、輪廻という考え方です」
「ずいぶんと都合がいい考えだな。人は死んだら土に還る。それが自然の摂理だ」
現実主義者のセイリオスは、アストレアの言葉を笑いながら聞き流した。毎日が命がけである冒険者には、輪廻などと言う甘い考え方はなかった。死んだらそれっきりだ。
「善人も悪人も、死んだら魂が浄化され、すべての記憶を失って生まれ変わります。その期間は様々で、数年のこともあれば、千年を超える場合もあります」
思いもよらない強い口調でアストレアが告げた。その真剣さに驚いて、セイリオスはアストレアの顔を見つめた。
(部屋に入ってもフードを外さないって、どういうことだ?)
アストレアは紺色のフードを目深にかぶったままの姿だった。
「私は、今のあなたとは初対面です。しかし、あなたの前世は私に近しい者であったことは間違いありません」
「俺の前世だって? 何を言っているんだ? 俺は俺、誰かの生まれ変わりなんかじゃないぞ」
セイリオスはアストレアの視線を真っ直ぐに受け止めながら言った。ここにいるのは二十六年間鍛え上げて剣士クラスSになった自分であると、セイリオスは自信を持って告げることが出来た。
「すぐに信じて頂けないと言うことは、十分に理解しています。セイリオス、アストレアという名前に聞き覚えはありませんか?」
セイリオスの態度に理解を示しながら、アストレアは微笑みを浮かべて訊ねた。
「アストレアって……。こう言ってはなんだが、あんたの名前を聞いたときにずいぶんと大層な名前だと思ったよ。このゾルヴァラタ神国を建国した女神と同じ名前なんて」
ゾルヴァラタ神国の建国神話については、国民の誰もが知っていた。約千年前にゾルヴァラタ神国は一柱の女神が造ったと伝えられていた。
かつて、ゾルヴァラタ神国のある一帯は多くの魔物を従える悪魔が支配していたという。強力な魔力を持つ悪魔たちに、人間は奴隷のような生活を余儀なくされていた。悪魔は人々に恐怖と畏怖と絶望とを植え付け、絶対者として君臨をしていたと伝えられていた。
その暗黒の歴史を覆し、悪魔を駆逐して人々を解放した女神の御名こそが、アストレアであった。
ゾルヴァラタ神国の国民はアストレアを主神として崇め、我が子にその名をつける者など誰一人としていなかったのだ。
ゾルヴァラタ神国に生まれ育ったセイリオスが、アストレアの名前を聞いたときに恐れ多いと感じたことは当然の感情であった。
「女神アストレアですか? 実際は大したことないのですがね」
自嘲気味に告げたアストレアの言葉に、セイリオスは驚いて言った。
「おいおい。俺はゾルヴァラタ教の信者じゃないが、さすがにその台詞は不味いと思うぞ。教会が知ったら、女神アストレアに対する不敬罪で捕まるぞ」
「千年も経つと、単なるエルフが伝説の女神に祭り上げられてしまうのですか。困ったものです」
そう告げると、アストレアは紺色のフードを外した。
「あ、あんた……その耳は……!」
腰まで真っ直ぐに伸ばした銀髪の両脇から、形の良い尖った耳が姿を現した。その耳を見た途端、セイリオスは言葉を失って硬直した。
「私がそのアストレアです。女神ではなく、エルフですのでお間違いなく……」
美しい美貌に柔和な笑みを浮かべると、アストレアは金色の瞳で真っ直ぐにセイリオスを見つめた。
「エルフって……あんたが……。いや、あなたが……アストレア……様?」
驚愕と恐慌のあまり黒瞳を大きく見開いて、セイリオスがアストレアの美貌を見つめた。
「別に様なんて必要ありませんよ。今まで通り、アストレアと呼んでください」
「し、しかし……」
微笑みながら平然と告げるアストレアに対して、セイリオスはまだ衝撃から立ち直ることは出来なかった。千年前の伝説の女神が目の前にいるのだから、それも当然であった。
「セイリオス、落ち着いて聞いてください。もう一度言います。あなたの前世は、私と近しい者であったことは間違いありません。あなたの魂の輝きが、その証拠です」
「俺の魂の……輝き?」
呆然と告げたセイリオスの言葉に、アストレアは大きく頷いた。
「はい。私には分かります。たぶん、あなたの前世は私の母の伴侶だった方……私の父だと思います」
「俺が……アストレア様の父親? そんな馬鹿な……」
「私の父は千二百年以上前に亡くなっています。しかし、ある国では私の父の名はいまだに語り継がれています」
父親に対する尊敬と愛情を金色の瞳に映しながら、アストレアが告げた。
「私の父の名は、イシュタール。ユピテル皇国建国の英雄であり、初代ユピテル皇国皇帝です」
「イシュタールって……あの勇者イシュタール?」
次々と明かされる衝撃の事実に、セイリオスは愕然とした。
「はい。セイリオス、あなたはそのイシュタールの生まれ変わりです」
「俺が、イシュタールの……?」
「そうです。それが、私があなたに会いに来た理由です」
神秘的なほどの美貌に微笑みを浮かべると、アストレアは愛おしそうな眼差しでセイリオスを見つめた。
予約した宿屋『銀狐の旅荘』の二階にある部屋に入ると、アストレアは寝台の横にある長椅子に腰を下ろしながらセイリオスに訊ねた。
「輪廻? いや、初めて聞く言葉だ」
大剣と荷物を置き、革鎧を脱いで寛いだ姿になると、セイリオスは寝台に腰掛けながら答えた。この部屋には寝台が一つしかなく、セイリオスは長椅子で寝ることになると思ったが、野宿よりはマシだと思い直した。
「人は死に、別の人間として再び生まれ変わります。それを永遠に続けるというのが、輪廻という考え方です」
「ずいぶんと都合がいい考えだな。人は死んだら土に還る。それが自然の摂理だ」
現実主義者のセイリオスは、アストレアの言葉を笑いながら聞き流した。毎日が命がけである冒険者には、輪廻などと言う甘い考え方はなかった。死んだらそれっきりだ。
「善人も悪人も、死んだら魂が浄化され、すべての記憶を失って生まれ変わります。その期間は様々で、数年のこともあれば、千年を超える場合もあります」
思いもよらない強い口調でアストレアが告げた。その真剣さに驚いて、セイリオスはアストレアの顔を見つめた。
(部屋に入ってもフードを外さないって、どういうことだ?)
アストレアは紺色のフードを目深にかぶったままの姿だった。
「私は、今のあなたとは初対面です。しかし、あなたの前世は私に近しい者であったことは間違いありません」
「俺の前世だって? 何を言っているんだ? 俺は俺、誰かの生まれ変わりなんかじゃないぞ」
セイリオスはアストレアの視線を真っ直ぐに受け止めながら言った。ここにいるのは二十六年間鍛え上げて剣士クラスSになった自分であると、セイリオスは自信を持って告げることが出来た。
「すぐに信じて頂けないと言うことは、十分に理解しています。セイリオス、アストレアという名前に聞き覚えはありませんか?」
セイリオスの態度に理解を示しながら、アストレアは微笑みを浮かべて訊ねた。
「アストレアって……。こう言ってはなんだが、あんたの名前を聞いたときにずいぶんと大層な名前だと思ったよ。このゾルヴァラタ神国を建国した女神と同じ名前なんて」
ゾルヴァラタ神国の建国神話については、国民の誰もが知っていた。約千年前にゾルヴァラタ神国は一柱の女神が造ったと伝えられていた。
かつて、ゾルヴァラタ神国のある一帯は多くの魔物を従える悪魔が支配していたという。強力な魔力を持つ悪魔たちに、人間は奴隷のような生活を余儀なくされていた。悪魔は人々に恐怖と畏怖と絶望とを植え付け、絶対者として君臨をしていたと伝えられていた。
その暗黒の歴史を覆し、悪魔を駆逐して人々を解放した女神の御名こそが、アストレアであった。
ゾルヴァラタ神国の国民はアストレアを主神として崇め、我が子にその名をつける者など誰一人としていなかったのだ。
ゾルヴァラタ神国に生まれ育ったセイリオスが、アストレアの名前を聞いたときに恐れ多いと感じたことは当然の感情であった。
「女神アストレアですか? 実際は大したことないのですがね」
自嘲気味に告げたアストレアの言葉に、セイリオスは驚いて言った。
「おいおい。俺はゾルヴァラタ教の信者じゃないが、さすがにその台詞は不味いと思うぞ。教会が知ったら、女神アストレアに対する不敬罪で捕まるぞ」
「千年も経つと、単なるエルフが伝説の女神に祭り上げられてしまうのですか。困ったものです」
そう告げると、アストレアは紺色のフードを外した。
「あ、あんた……その耳は……!」
腰まで真っ直ぐに伸ばした銀髪の両脇から、形の良い尖った耳が姿を現した。その耳を見た途端、セイリオスは言葉を失って硬直した。
「私がそのアストレアです。女神ではなく、エルフですのでお間違いなく……」
美しい美貌に柔和な笑みを浮かべると、アストレアは金色の瞳で真っ直ぐにセイリオスを見つめた。
「エルフって……あんたが……。いや、あなたが……アストレア……様?」
驚愕と恐慌のあまり黒瞳を大きく見開いて、セイリオスがアストレアの美貌を見つめた。
「別に様なんて必要ありませんよ。今まで通り、アストレアと呼んでください」
「し、しかし……」
微笑みながら平然と告げるアストレアに対して、セイリオスはまだ衝撃から立ち直ることは出来なかった。千年前の伝説の女神が目の前にいるのだから、それも当然であった。
「セイリオス、落ち着いて聞いてください。もう一度言います。あなたの前世は、私と近しい者であったことは間違いありません。あなたの魂の輝きが、その証拠です」
「俺の魂の……輝き?」
呆然と告げたセイリオスの言葉に、アストレアは大きく頷いた。
「はい。私には分かります。たぶん、あなたの前世は私の母の伴侶だった方……私の父だと思います」
「俺が……アストレア様の父親? そんな馬鹿な……」
「私の父は千二百年以上前に亡くなっています。しかし、ある国では私の父の名はいまだに語り継がれています」
父親に対する尊敬と愛情を金色の瞳に映しながら、アストレアが告げた。
「私の父の名は、イシュタール。ユピテル皇国建国の英雄であり、初代ユピテル皇国皇帝です」
「イシュタールって……あの勇者イシュタール?」
次々と明かされる衝撃の事実に、セイリオスは愕然とした。
「はい。セイリオス、あなたはそのイシュタールの生まれ変わりです」
「俺が、イシュタールの……?」
「そうです。それが、私があなたに会いに来た理由です」
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