夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように

椎名 将也

文字の大きさ
13 / 100
第1章 運命の女神

3 漆黒の外套

しおりを挟む
「ところで、冒険者ギルドに行く前に、姫様がどこにいるのか教えて」
 話が一段落したことを察すると、アトロポスは本題に入った。本当は昨夜話してもらう予定だったのだが、酔い潰れて聞けなかったのだ。
「アルティシアか……。ユピテル皇国に向かっているはずだ」
 シルヴァレートは周囲の気配を窺うと急に声をひそめ、真剣な表情を浮かべながら告げた。その様子は、まるで敵対する者がいるかのようにも見えた。

「ユピテル皇国……やっぱりね。でも、何でユピテル皇国なの?」
 シルヴァレートの父親であるアンドロゴラスの政変クーデターで、前国王の第一王女であるアルティシアは粛正の対象となった。本来であればアルカディア王やカトリーナ王妃と一緒に処刑されるはずだった。
 それをアトロポスとの約束によってシルヴァレートが秘かに国外へ逃がしてくれたのだ。だが、その逃亡先にユピテル皇国を選んだ理由がアトロポスには分からなかった。

「俺は十六歳から十八歳までの三年間、ユピテル皇国のシュテルネン学園に留学していた。そこでの友人には、ユピテル皇国第三皇子であるヴァザラートがいる。国同士は関係ない、俺個人の親友だ。アルティシアは彼の元へ送った」
「ユピテル皇国の第三皇子?」
 ユピテル皇国はレウルキア王国を遥かに凌ぐムズンガルド大陸随一の大国だ。そこの皇室ならば、いかにアンドロゴラス王と言えども簡単に手出しはできないはずだった。

「ヴァザラートはユピテル皇国の首都イシュタールにいる。そこまでの護衛は冒険者に依頼した。レウルーラ宮殿の者を使うわけにはいかないからな」
「冒険者? でも、冒険者って荒くれ者アウトローの集団なんでしょ? 大丈夫なの?」
 先ほどシルヴァレートは冒険者のことをそう批評した。その冒険者に大切なアルティシアを託したという彼の判断が、アトロポスには信じられなかった。

「冒険者すべてがそうだとは限らない。今回の依頼はレウルキア王国の冒険者の中でも、指折りの実力を持つパーティに指名依頼をした」
「指名依頼?」
「普通の依頼は、冒険者がギルドの掲示板に貼り出された依頼を選ぶ。だが、指名依頼はその逆で、依頼主が冒険者パーティを指名するんだ」
 シルヴァレートは簡単に冒険者への依頼方法を説明した。王族の彼が冒険者のシステムにも詳しいことに、アトロポスは驚いた。

「今回依頼をしたのは、<星月夜スターリー・ナイト>という冒険者ランクSパーティだ。リーダーはムズンガルド大陸最強と呼ばれている魔道士だが、実際にアルティシアを護衛してユピテル皇国に向かっているのは、ウォルフという剣士クラスAの男だ」
「ウォルフ?」
「知っているのか?」
 思わず叫んだアトロポスに、シルヴァレートが驚きの表情を浮かべた。

「会ったことはないわ。でも、私が昨日買った黒革のコートは、ウォルフという人が売った物らしいの」
 そう告げると、アトロポスは寝室のクローゼットに掛けてあるフード付きのコートを持ってきてシルヴァレートに渡した。

「……! ローズ、こんな高価なコートを着ていたのか?」
 黒革のコートを手にした途端、シルヴァレートが驚愕してアトロポスを見つめた。
「高価って?」
「このコート、二種類も魔法付与がされているぞ! 重量軽減魔法とサイズ調整魔法だ。それだけじゃない! この革……水龍か? 四大龍の鞣し革を使い、二種類の魔法付与がされたコートなんて、俺でも初めて見た!」
 興奮を抑えきれない口調で、シルヴァレートが言った。

「古着屋のお婆さんが水龍の革からできているらしいって言っていたけど、お婆さん自身も信じてなかったわ」
「よくこんなコートを買えたな。滅多に見ることさえ叶わない代物だぞ!」
「そ、そんなに凄いの……?」
 シルヴァレートの興奮に圧倒され、アトロポスはやや引き気味に訊ねた。

「凄いなんてもんじゃないぞ! いくらで買ったんだ? 白金貨千枚くらいか? それとも二千枚くらいか?」
「え……? 白金貨二千枚って……?」
 アトロポスは愕然として呟いた。

「悪かった! そんなに安いはずないよな。新品なら白金貨一万枚は下らない代物だしな。古着でも、白金貨五千枚はするか? よくそんな大金を持っていたな?」
「五千……って?」
 黒革のコートの本当の価値を知り、アトロポスは驚愕した。同時に古着屋のお婆さんが、定価は銀貨三枚のところを半額の銀貨一枚と銅貨五枚で売ってくれたことを思い出した。

(お婆さんはウォルフという冒険者からいくらで買い取ったのかしら? 銀貨三枚以上ってことはあり得ないわよね?)
 逆に言えば、白金貨一万枚のコートをただ同然で売ったウォルフという男が分からなかった。
(冒険者ランクSパーティなら、お金に困っているなんて可能性も低いのかな……?)

「シルヴァ、少し落ち着いて。私がそんな大金持っているはずないでしょ?」
「そ、そうだよな。全財産が銀貨七枚だったもんな」
「悪かったわね。そのコートは、古着屋で銀貨三枚のところを半額にしてもらって買ったのよ」
「え……? 半額って、銀貨一枚と銅貨五枚?」
 アトロポスの言葉に、シルヴァレートは呆然として固まった。

「そんな凄い物だとは知らなかったし、古着屋のお婆さんも気づいてなかったみたいよ」
「そうだったのか。それにしても、砂漠から宝石を拾い上げたようなものだぞ。凄い掘り出し物だったな」
 未だに興奮が醒めやらぬ様子で、シルヴァレートが言った。

「あげるわ」
「え……?」
 アトロポスの言葉の意味が分からずに、シルヴァレートがキョトンとした表情を浮かべた。それを見て、アトロポスは思わず微笑んだ。
(可愛い。シルヴァのこんな顔を見るなんて、初めてね)

「私のお下がりで良かったらあげるわよ、そのコート。気に入ったんでしょ?」
「いや……でも……」
「サイズ調整魔法が掛けられているのならシルヴァが着ても問題ないだろうし、水龍の革からできているとしたら物理耐性や魔法耐性もあるはずだから……」
「それはそうだが……」
(コートに興味はあるけど、高価すぎて受け取れないというわけね?)

「シルヴァ、あなたたち王族は絶対に殺されてはいけない。あなたがどんなに優れた魔道士かは知らないけど、王族の生命は民を護るためにあるの。そして、その王族を護るのが私たち騎士の仕事なの。だから、私の仕事を助けるという意味でも、そのコートはあなたに着ていて欲しい。あなたの生命を護るのに役立つコートだから……」
「ローズ……」
 シルヴァレートが居間のソファから立ち上がり、ゆっくりとアトロポスに近づいてきた。

「シルヴァ……」
「ありがとう、ローズ……」
 そう告げると、シルヴァレートは優しくアトロポスを抱き寄せた。アトロポスは驚きながらも、シルヴァレートのなすがままに身を任せた。心臓の鼓動が激しく脈打ち、アトロポスは赤く染まった顔を上げてシルヴァレートを見つめた。

「だが、一つだけ覚えておいてくれ。王族としてはお前の言う通りかも知れない。だが、その前に俺は一人の男だ。男は愛する女を護るために命を賭けることもある……」
「シルヴァ……」
 シルヴァレートの唇がアトロポスの唇を塞いだ。彼は熱い想いをぶつけるように濃厚に舌を絡めてきた。頭の芯がクラクラとし、全身の力が奪われるような激しい口づけだった。

 長い口づけを終えると、お互いの唇を繋ぐ細い糸が陽光に反射してキラリと光った。
「ローズ、愛している……」
「私も……。愛しているわ、シルヴァ……」
 脚に力が入らずにシルヴァレートの胸に縋り付きながら、アトロポスが潤んだ瞳で告げた。

「ローズ、お前が欲しい……」
 深い愛情を讃えた碧眼でアトロポスを見つめると、シルヴァレートは彼女の体を横抱きに抱き上げた。
「シルヴァ……」
 シルヴァレートの首に両腕を回すと、アトロポスは恥ずかしそうに小さく頷いた。その仕草を確認すると、シルヴァレートはゆっくりと寝室に向かって歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...