夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように

椎名 将也

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第1章 運命の女神

10 蒼炎炭鋼石

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 冒険者ギルド・ザルーエク支部の二階にある会議室で、四人の人物が長机を囲んでいた。入口から見て奥側のソファにギルドマスターであるアイザック、魔道士クラスSのクロトーが座り、手前側に槍士クラスSSのレオンハルトと剣士クラスFのアトロポスが腰を下ろしていた。

「で、どうするの、アイザック?」
 長い沈黙を破ったのは、美しい女性の声だった。『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』クロトーである。
「昇格させることは問題ない。問題なのは、どのクラスに昇格させるかだ」
「僕はクラスSだと思うね。持っていたのが愛用の槍じゃないとは言え、槍士クラスSSの僕に死を実感させたんだから……」
 『焔星イェンシー』レオンハルトが両腕を頭の後ろで組みながら言った。

「あたしはクラスAね。潜在的な力はクラスSを凌ぐかも知れないけど、技術が伴っていないどころか、覇気のコントロールさえできていない。いきなりクラスSは荷が重すぎるわ」
「俺も姐御の意見に賛成だ。だが、現実として闇属性を指導できる奴なんていないぞ。姐御ならできそうか?」
 アイザックが左横に座るクロトーの美貌を見据えながら訊ねた。

「無理ね。光属性ならまだしも、闇属性は専門外だしね……。闇属性に関する知見は、ユピテル皇国かゾルヴァラタ神国くらいにしかないんじゃない?」
「あの……、ちょっといいですか?」
 恐る恐るというようにアトロポスが口を挟んだ。
「何だ、ローズ? 希望があるのか?」
「いえ、私はこれからユピテル皇国の首都イシュタールに向かう予定なんです。本来の目的は別なんですが、闇属性に関しても調べるつもりでいました」
 アイザックの質問に対する答えにはなっていなかったが、アトロポスは三人の顔を見渡しながら告げた。

「そうなの? それならちょうどいいじゃない? 闇属性の魔法や詠唱については本人に調べてもらうとして、純粋に剣士としての技量を評価したら?」
「そうだな。それならば、俺は剣士クラスAに昇格させることを押す。姐御とレオンハルトはどうだ?」
 クロトーの意見に頷くと、アイザックが二人を見つめながら訪ねた。

「あたしも剣士クラスAね。レオンハルトは?」
「分かったよ。たしかに技術的に、いきなりクラスSにするのは厳しいね。僕も剣士クラスAでいいよ」
 アイザックとクロトーの意見に押される形で、レオンハルトが賛同した。
「では、全員に一致だな。ローズ」
「はい」
 突然、名前を呼ばれてアトロポスは緊張しながらアイザックの顔を見つめた。

「お前は今この場から、剣士クラスAを名乗れ。受付には話を通しておくから、後で新しいギルド証を発行してもらえ。二つ名の希望はあるか?」
「できれば、昨日つけられた『夜薔薇ナイト・ローズ』をそのまま使いたいです」
 アイザックの言葉に、アトロポスは頷きながら答えた。『夜薔薇ナイト・ローズ』は一番最初にシルヴァレートが呼んだ二つ名だと言っていた。最愛の恋人につけてもらった二つ名を、アトロポスは大切にしたかったのだ。

「剣士クラスAの『夜薔薇ナイト・ローズ』か? 悪くないね」
「ありがとうございます、レオンハルトさん」
 レオンハルトの言葉に、アトロポスは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「あら? あたしにはお礼はないのかしら? あたしがいなければ、あなたはレオンハルトを殺していたのに……」
「あ、すみません。クロトーさんもアイザックさんも、本当にありがとうございました」
 アトロポスは慌てて二人に礼を言うと頭を下げた。

「アイザックと一緒なんてちょっと納得いかないけど、ローズちゃん可愛いから許してあげるわ。もう少し腕を上げたら、あたしのパーティに誘ってあげるわね」
「はい、その時にはよろしくお願いします」
 『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』クロトーが所属するパーティ名をアトロポスは聞きそびれた。それを聞いていたら、アトロポスは自分からパーティへ入れてくれと懇願したことは間違いなかった。
 クロトーは、冒険者クラスSパーティ<星月夜スターリー・ナイト>のリーダーだったのである。クロトーを除く三人のパーティメンバーは現在、アルティシアを護衛してユピテル皇国の首都イシュタールを目指していた。


 剣士クラスBの昇格試験は、第二回戦が延期になった。もちろん、アトロポスの特別昇格のためだった。責任を感じたアトロポスは、ギルドマスターであるアイザックに謝罪をした。クロトーとレオンハルトは先に退出していた。
 アトロポスの謝罪を受けて、アイザックは頷きながら彼女に命じたのだった。
「来週に延期したクラスB昇格試験の試験官は、お前がやれ。決勝戦を勝ち抜いた優勝者とお前が戦って、そいつがクラスBに相応しい力があるかを判断しろ」

「そんな? 私、昇格試験に出たのさえ初めてなんですよ? 試験官なんてできるはずありません!」
「さっきの会議でも言われたと思うが、本来のお前の力は剣士クラスSだ。クラスAに留めたのは、技術と経験が足りないからだ。今回の受験者には、レオンハルトとお前以外に一人、実力者がいる」
 左前に座っているアイザックが、アトロポスの黒曜石の瞳を真っ直ぐに見つめながら告げた。

「あの金属鎧メタルーマーの人ですか?」
「ほう。さすがだな。名前はローガンと言う。本名かどうかは知らんが、あの戦い方はおそらく元騎士だ。お前のような変則的トリッキーな動きではなく、きちんと剣技を学んだ者の戦い方だ。ローガンと戦うことは、お前にとってもいい勉強になる」
(変則的って……。私も元騎士なんだけど……)
 アイザックの言葉に納得はいかなかったが、言っていることは間違いなさそうだった。

「分かりました。その代わり、私からも一つお願いがあります」
「お願いか……。お前のお願いを聞くのは怖いな」
 アイザックは、レオンハルトの本気を見たいと言ったアトロポスの言葉を思い出しながら言った。
「この街は鍛冶が盛んな街だと聞きました。さっきのレオンハルトさんとの模擬戦で革鎧を斬り裂かれちゃったので、新しい鎧を買いたいんです。お勧めの武具店を紹介してもらえませんか?」
 アトロポスのお願いがまともだったことに胸を撫で下ろすと、アイザックが笑いながら言った。

「武具店なら、このギルドを出て大通りを西に十タルほど歩くと、『銀狼の爪』という店がある。俺の名前を出せば安くしてくれると思うが……。一着だけなら特別にギルドで買ってやってもいいぞ」
「ホントですか?」
 アトロポスは目を輝かせながら訊ねた。

「剣士クラスAの昇格祝いと、クラスB昇格試験の試験官としての報酬を兼ねてな。店主のベイルートには、請求をギルドに廻せと言っておけ」
「ありがとうございます! では、早速行ってきますね」
 そう告げると、アトロポスは嬉しそうに席を立った。
「ああ、気をつけて行ってこい。それと、延期したクラスB昇格試験は七日後の朝の六つ鐘に始めるから忘れるなよ」

「はい、分かりました。魔法が付与された鎧って、憧れだったんです! では、行ってきます!」
 そう告げると、アトロポスは嬉しそうに走ってギルドマスター室から出て行った。
「魔法付与の鎧だと? お、おい、ローズ……ちょっと待て!」
 だが、ギルドマスター室の扉は閉められており、アトロポスの姿は消えていた。

「魔法付与の鎧って、白金貨数千枚はするんじゃ……?」
 ギルドマスター室の中には、頭を抱えながら応接ソファで考え込むアイザックの姿が残されていた。


 待ち合わせをしていたギルドの食堂でシルヴァレートと合流すると、アトロポスは食事をしながら剣士クラスAの昇格と、その祝いとしてギルドから鎧を買ってもらえることを報告した。
「クラスFから一気にクラスAか? まあ、あの覇気を見たらクラスSに昇格しても不思議じゃなかったが……。取りあえず、おめでとう、ローズ」
「ありがとう、シルヴァ」
 シルヴァレートが掲げたエールの杯に、アトロポスはキティの果汁が入った杯をカチンと重ねた。

「午後は忙しくなるな。食事を終えたらローズのギルド証を更新して、鍛治士に剣を発注し、最後に鎧を買いに行くか。それにしても、よく魔法付与の鎧を買ってくれることになったな。ここのギルマスって、ずいぶんと太っ腹なんだな」
「そうね、鎧を買ってくれるって言い出したのもアイザックさんの方からだったしね。ちなみに、魔法付与の鎧って、いくらくらいするの?」
 昼のお勧めセットを頬張りながら、アトロポスが訊ねた。

「付与されている魔法によってピンキリだな。一般的に多い付与は、重量軽減、サイズ調整、耐久アップ、物理耐性アップ、魔法耐性アップあたりかな? 鎧では、付与される魔法はその中で一つか二つが普通だ」
「お勧めの付与は?」
 もぐもぐと口を動かしながら、アトロポスは興味深そうに目を輝かせた。

「ローズなら、速度重視だから重量軽減は絶対だな。ピッタリしたサイズを選べばサイズ調整は不要だし、あとは物理耐性か魔法耐性だな。剣士ってことを考えるなら、物理耐性アップの方がお勧めかな?」
「重量軽減と物理耐性アップね。付与する魔法って選べるの?」
「ああ。普通の鎧を買って、それに好きな付与をするのが一般的だ。元の鎧の値段にもよるが、重量軽減と物理耐性アップを加えるとなると、白金貨一万枚くらいじゃないかな?」
 アトロポスは飲んでいたキティの果汁をゴフッっと噴きだした。

「い、一万枚……って?」
「ホントに魔法付与の鎧を買ってくれるって言ったのか? さすがに俺も白金貨一万枚をポンとは出せないぞ」
「う、うん……たぶん大丈夫な……はず……」
 シルヴァレートにそう言われると、アトロポスは不安になってきた。
(一万枚の鎧を買った後で、やっぱり払えないって言われたら困る。絶対に困るわ)

「あら、ローズちゃんじゃない? 彼氏とお食事? いいわね」
 頭を抱えて悩んでいると、突然右上から美しい声が降ってきた。顔を上げて声の主を確認すると、アトロポスは驚いた。
「クロトーさん? 先ほどはありがとうございました」
 慌てて席を立つと、アトロポスはクロトーに頭を下げた。

「ご一緒してもいいかしら、彼氏さん?」
「どうぞ。俺はシルヴァ、お名前を伺ってもいいですか?」
 さっと席を立ち、洗練された動作で挨拶をしたシルヴァレートに、アトロポスは思わず見蕩れた。
「ありがとう。あたしはクロトー。魔道士クラスSよ。さっき、ローズちゃんとレオンハルトの模擬戦で結界を張ったから覚えてるかしら?」
 見る者を魅了する魔性の微笑みを浮かべながら、クロトーがローズの隣りに腰を下ろした。

「もちろんです。あれほどの素晴らしい結界、初めて眼にしました」
「嬉しいわね、若い子に褒めてもらえるなんて……。ところで、話が聞こえちゃったんだけど、アイザックがローズちゃんに鎧を買ってあげるってホント?」
「はい。剣士クラスAの昇格祝いと、クラスB昇格試験の試験官としての報酬だそうです。でも、魔法付与の鎧の値段を聞いて、ホントに買ってもらえるのか不安になっちゃって……」
 頼りになる姉に相談するような気持ちで、アトロポスがクロトーに言った。

「魔法付与の鎧って、高くても二、三万でしょ? そのくらいでガタガタ言ってきたら、あたしが文句言ってあげるから好きなの買っちゃいなさい」
「二、三万って、白金貨ですよ? ホントに大丈夫でしょうか?」
 あまりに軽く言われて、アトロポスは逆に心配になった。
「あいつ、今でこそギルマスなんてやってるけど、子供の頃はいじめられっ子だったのよ。毎日近所の子に泣かされてたのを、あたしが面倒見てやったの。あたしの言うことには絶対に逆らえないから、安心しなさい」
 ニッコリと笑いながら、クロトーはアイザックのとんでもない秘密をサラリと口にした。

「そうなんですか? 何か、想像つきません」
 面白そうに笑いながら、アトロポスはアイザックの泣いている姿を想像してみた。
「じゃあ、あたしからも何かローズちゃんにお祝いをあげるわね。アイザックが鎧なら、あたしは剣にしようかな?」
「ありがとうございます。でも、シルヴァがお祝いとして剣を作ってくれるんです」
「あら、それはご馳走さま。それなら、あたしはその材料をプレゼントするわ。それならいいでしょ?」
 クロトーはニッコリと微笑みながら、アトロポスとシルヴァレートの顔を交互に見つめた。

「材料……そこまで考えてませんでした。でも、いいんですか?」
「気にしないで。アイザック一人にいい格好なんてさせないから。そうね、どうせなら蒼炎炭鋼石なんてどうかしら?」
 クロトーの言葉に、今度はシルヴァレートがエールを噴きだした。
「シルヴァ、大丈夫?」
「そ、蒼炎炭鋼石ですって?」
 アトロポスの心配も耳に入らないかのように、シルヴァレートが身を乗り出しながら訊ねた。

「あら、彼氏さんは知っているみたいね。なら、話が早いわ。剣一本分の蒼炎炭鋼石をプレゼントしてあげる。蒼炎炭鋼石を扱える鍛治士に知り合いはいる?」
「はい。剣を依頼するつもりの鍛治士は、鍛治士クラスSですので問題ありませんが……」
「この街で鍛治士クラスSっていうと、ドゥリンかしら? 彼氏さん、ドゥリンに仕事を依頼できるなんて、大したものね。あいつ、生意気に一見いちげんさんお断りだし、気に入らないといくらお金を積んでも絶対に仕事を受けないからね」

「クロトーさん、あなた、いったい……?」
 ドゥリンという鍛治士は、レウルキア王国の指定鍛治士だった。言わば、この国で最も腕のいい最高の鍛治職人だ。そのドゥリンをあいつ呼ばわりすることは、国王でもできない。気分を害されたら、たとえ王族の依頼でも断られることが分かりきっているからだ。
 そのドゥリンを王族以上に良く知り、蒼炎炭鋼石まで贈ってくれるというクロトーに、シルヴァレートは驚きのあまり言葉を失った。

「まあ、ちょっと人より長く生きているから知り合いが多いのよ。ドゥリンのことも、あいつが駆け出しの頃に面倒を見てやったからね。ドゥリンに会ったら、あたしが元気でやってるか聞いてたって伝えてね。それと、使った蒼炎炭鋼石の費用はあたしに請求しろって言っておいて。それじゃあ、ローズちゃん、またね」
「あ、はい。クロトーさん、ありがとうございました」
 慌てて席を立ったアトロポスとシルヴァレートに手を振ると、クロトーはあっという間に食堂から出て行った。

「ローズ、あのクロトーって人、何者なんだ?」
 疲れたようにドサリと椅子に腰掛けると、シルヴァレートが訊ねた。
「私もさっき知り合ったばかりだから、良く知らないわ。でも、なんか格好いいわね」
「ああ……。それはともかく、剣一本分の蒼炎炭鋼石を贈ってくれるなんて、聞いたこともないぞ」
 大きくため息をつくと、シルヴァレートが渇いた喉を潤すように残ったエールを一気に飲み干した。

「蒼炎炭鋼石って何なの?」
「ブルー・ダイヤモンドって知ってるか?」
 アトロポスの質問に、シルヴァレートが質問で答えた。
「聞いたことあるわ。この世で一番硬く、一番美しい宝石だって」
「クラスSSのギルド証はブルー・ダイヤモンドでできているそうだ」
「そう言えば、ミランダさんがそんなことを言っていたわ」
 昨日のギルド証の説明を思い出しながら、アトロポスが答えた。

「蒼炎炭鋼石は、そのブルー・ダイヤモンドの原石だよ。正確には俺も分からないが、剣一本分の蒼炎炭鋼石となると、少なくても白金貨十万枚以上はすると思う」
「じ、十万ッ?」
「最低でもだ。もしかしたら、二、三十万かも知れない。剣の大きさや長さによって使う量が変わるからな」
 王子であるシルヴァレートがあれほど取り乱した理由が、アトロポスにはやっと分かった。

「ギルマスといい、クロトーさんといい、お前とんでもない人たちに気に入られたな」
「そんなこと言われても……」
 アトロポス自身、何であの二人がここまでしてくれるのか、不思議だった。
(闇属性持ちが珍しいからかな?)
「まあ、人に気に入られるのは悪いことじゃない。食事も終わったみたいだし、そろそろ行くか? まずは、ローズのギルド証を更新しよう」
 そう告げると、シルヴァレートは先に席を立ってギルド証で会計をした。アトロポスはシルヴァレートの後について食堂を出ると、ミランダが座っている受付に向かって歩いて行った。
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