夜薔薇《ナイト・ローズ》~闇夜に咲く薔薇のように

椎名 将也

文字の大きさ
30 / 100
第2章 究極の鎧

10 新しい契約

しおりを挟む
 アトロポスが地下訓練場で魔力制御の訓練をしている頃、同じ建物の二階にあるギルドマスター室でアイザックは驚愕の表情を浮かべていた。
「それは本当か、姐御?」
「あんたに嘘をついてどうするの? 間違いなくローズちゃんの鎧は国宝級の性能よ」
 報告された側と違い、報告した側であるクロトーは応接卓に置かれたカップを手に取り、優雅な仕草で口につけた。

「それにしても、二百五十倍の速度強化と筋力強化なんて、聞いたこともない……」
「それだけじゃないわ。明後日にはあのドゥリンが鍛えたブルー・ダイヤモンド製の剣がローズちゃんの物になる」
 クロトーの告げた言葉の重要性に、アイザックは一瞬で気づいた。

「世界最高峰の武器と防具を手に入れた者を、止めるすべなどないぞ」
「それに加えて、ローズちゃん本人は稀少な闇属性よ。それもこの数日でその才能が開花し、魔力が急激に増大しているわ」
 六属性中最強と呼ばれる闇属性は、本来悪魔が有する最強の魔法属性だった。その威力と脅威は他の魔力属性の比ではなかった。

「もし、ローズが暴走したら、姐御なら止められるか?」
「魔力を制御ができていない今のローズちゃんならね……。でも、あたしはあの娘の動きをることどころか、気配さえの感じることができなかった。あの娘が自在に覇気を操れるようになったら、あたしでは無理ね……」
 ムズンガルド大陸最強と呼ばれる魔道士の言葉に、アイザックは絶望の表情を浮かべた。

 アイザック自身も剣士クラスSの冒険者だった。現役を引退したとは言え、そこらの剣士に引けを取るつもりはなかった。そして、このザルーエク支部には焔星イェンシーの二つ名を持つ槍士クラスSSのレオンハルトもいる。だが、二人が協力したとしても、目の前に座る美しいエルフには敵わないのだ。
 そのエルフを超える剣士が現れるなど、アイザックは想像さえもしていなかった。

「ローズちゃんは素直ないい娘よ。目上の者には礼を尽くしてくれるし、相手には優しさを持って接してくれる。彼女が冒険者ギルドやレウルキア王国に敵対するなんて、まずあり得ないわ」
「だが、人は変わる」
 アイザックの言葉に同意するように、クロトーも頷いた。

「彼女が我を忘れるとしたら、その要因は一つよ。愛する者を傷つけられるか、殺されたときね」
 アトロポスが話してくれたことを思い出しながら、クロトーが告げた。最愛のアルティシアを殺されたと思ったアトロポスは、たった一人で近衛騎士団が囲むアルティシアの御首みしるしを奪おうとしたのだった。

「あたしがローズちゃんの力を利用するとしたら、彼女の愛する者を殺して、自分の敵をその犯人に仕立て上げるわ」
 もし、シルヴァレートやアルティシアを殺されたら、アトロポスは絶対にその仇を取ろうとするに違いとクロトーは考えた。

「だが、ローズが大切に思う者たちすべてを、常に俺たちが護ることなんてことは不可能だ」
「もちろん、そんなことをあんたに頼むつもりはないわ。だから、次善の手だけど、あたしができるだけローズちゃんの近くにいるようにする。彼女が暴走しそうになったら、命を賭けてでも彼女を止めてみせる」
 美しい顔に壮絶な決意を浮かべながら、クロトーが告げた。

「姐御……」
「ローズちゃんの鎧に魔法付与をしたのもあたしなら、ドゥリンを紹介してブルー・ダイヤモンドの剣を作らせたのもあたしだからね。その責任くらいは取るわよ」
「分かった……。よろしく頼む」
 アイザックがクロトーに頭を下げた。アイザックは彼女の真意を理解した。万一の時、アトロポスを止めることは、クロトーの言葉どおり命がけとなるに違いなかった。

「でも、一つだけ条件があるわ。三日以上、このザルーエクを離れないという契約を破棄して欲しい。その足かせがあると、ローズちゃんと一緒に行動できないわ」
「当然だ。いつ起こるか分からない危機よりも、目の前の脅威の方が重要だ。たった今を持って、ギルドと姐御の契約は破棄する」
 そう告げると、アイザックは席を立ち、執務机から一枚の羊皮紙を持ってきた。それは、冒険者ギルド・ザルーエク支部のギルドマスターと『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』クロトーとの契約書であった。

「燃やしてくれ」
 契約書をクロトーに手渡すと、アイザックは短く告げた。
「ありがとう、アイザック」
 クロトーは契約書を左手で受け取ると、右の人差し指から小さな炎を出してそれを燃やした。

「これで姐御は自由の身だ。ローズをよろしく頼む」
「分かったわ。もし、ザルーエク支部が重大な事態に巻き込まれたら、できるだけ助けに来てあげるわよ」
「できるだけじゃなく、必ずと言って欲しいんだが……」
 アイザックの言葉に、クロトーは笑いながら告げた。
「できるだけよ。あたしにはローズちゃんの方が大切だからね」

 その時、ノックと同時に一人の男がギルドマスター室に入ってきた。淡青色の髪を肩で切り揃えた美形の青年だった。彼は部屋に足を踏み入れると同時に、驚いた表情を浮かべた。
「あれ、おばあちゃ……ごほん、クロトーさんもいたんだ?」
 クロトーに睨まれると、レオンハルトは慌てて言い直した。

「どうした、レオンハルト? 何の用だ?」
「何の用はひどいな、アイザックさん。せっかく話し相手に来てあげたのに」
 悪びれもせずにそう言うと、レオンハルトは一瞬どちらに座ろうか迷った。
「ここに座りなさい」
 クロトーの言葉に、彼女の隣りに少し距離を置いて・・・・・・・・レオンハルトが腰を下ろした。

「今、地下の訓練場でローズと会ったよ。一生懸命、魔力制御の訓練をしていたね。でも、真っ黒な覇気を全身に纏って、苦労していたよ。あれじゃ、モノにできるまで結構かかりそうだったな」
 笑いながら告げたレオンハルトの言葉に、クロトーがニヤリと笑って訊ねた。
「その覇気はどのくらいだった?」
「そうだね。この間僕を殺しかけた時と比べると、半分くらいだったんじゃないかな?」
「そう。だいぶ制御できるようになったみたいね」
 レオンハルトの話を聞いて、クロトーが楽しそうに言った。

「え? クロトーさん、何言ってるの? 全然、制御できてなかったんだってば……」
「レオンハルト、あんた、クラスSSにもなって、相手の魔力量も感じられないの?」
「え……? 魔力量って?」
 憐れみを浮かべたクロトーの視線に、レオンハルトが驚いて訊ねた。言われてみれば、レオンハルトはアトロポスの魔力量をなかったことに気づいた。

「でも、ローズの魔力量はこの間……」
「そんなことで、よく槍士クラスSSを名乗っているな。クラスSに降格させてやろうか?」
 アイザックの言葉に秘められた意味を、レオンハルトは感じ取った。
「まさか……? つい三日前のことだよ? そんな、馬鹿な……?」
 『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』と呼ばれる魔道士クラスSのクロトー……。
 『雷神アルゲース』の二つ名で知られる剣士クラスSのギルドマスターであるアイザック……。
 この二人の言葉に、偽りなどあろうはずはなかった。

「今のローズちゃんの魔力量は、あたしを超えているわよ」
「そんな、馬鹿な……?」
 驚きのあまり言葉が続かないレオンハルトに、クロトーが告げた。
「そして、ローズちゃんの鎧は速度強化、筋力強化ともに二百五十倍よ。今のあんたじゃ瞬殺されるわね」
「に、二百五十倍……!?」
 驚愕のあまり硬直したレオンハルトに、アイザックがとどめを刺した。

「おそらく、お前の感じたローズの覇気は、彼女の魔力量の十分の一にも満たないものだろう」
「た、たしかにローズは、『限界近くまで抑えているつもり』だと言っていたけど……。信じられない……」
 アトロポスの言葉が本当であれば、彼女の魔力量はクロトーとアイザックが言うとおりであった。先日の魔力量の数倍……いや、数十倍に相当することが確実だった。

「レオンハルト、今の話はこの三人だけの秘密だ。絶対に他言するな」
 アイザックが真剣な眼差しでレオンハルトを見据えながら、厳しく告げた。
「分かったよ、アイザックさん。それにしても、そんなことになっていたなんて……驚いたな」
 疲れ切ったようにソファに体を預けると、レオンハルトは大きく息を吐いた。

「そこで、お前に頼みがある。ちょうど、お前を呼びに行かせるところだった」
「ローズのことは分かったけど、僕に頼みって何?」
 嫌な予感が頭をよぎり、レオンハルトは怪訝そうにアイザックの顔を見つめた。
「姐御の契約を解除した。理由は分かるな? ローズの側にいて、万一の時に備えてもらうためだ」
「万一ね。大丈夫だと思うよ、ローズなら……」
 アイザックの危惧を読み取り、レオンハルトが微笑みながら告げた。

「俺もそう信じたい。だが、ギルドの責任者として、放置できる問題じゃない。そこで、お前には姐御の後任になって欲しい」
「おばあ……クロトーさんの後任って? もしかして、あの契約を僕に押しつけるの?」
 すぐ左横にクロトーがいることに気づき、レオンハルトが慌てて言い直しながら訊ねた。

「そうだ。槍士クラスSSのお前にしか、姐御の後を任せられる奴がいない」
「ま、待ってよ、アイザックさん! クロトーさんの代わりなんて、僕には荷が重すぎるよ!」
 レオンハルトが身を乗り出して叫んだ。もちろん、本音は著しく行動を制限されることを嫌ってのことだった。
(三日以内にザルーエク支部に戻れる距離にしか移動を許されないなんて、冗談じゃないよ!)

「もちろん、タダでとは言わない。月に白金貨二十枚を出そう」
 アイザックの言葉に、クロトーは笑いを噛み殺した。彼女が契約の対価として得ていたのは、月に白金貨百枚の報酬の他に、『銀狼の爪』を初めとする十数店舗との魔法付与契約だった。よって、毎月クロトーの懐に入ってくる金額は、白金貨五百枚を優に超えていたのである。
 そして、ギルドの報酬である白金貨百枚はなくなるが、その代わりに行動の自由を保証され、魔法付与による四百枚以上の収入もそのままだった。何故なら、クロトー以外に高レベルの魔法付与ができる魔道士など、ザルーエク支部にはいないからだ。

「月に白金貨二十枚……。クロトーさん、そんなにもらっていたんだ?」
 白金貨二十枚と言えば、一般的な庶民が半年は暮らせる金額だ。それを毎月何もせずに得られることに、レオンハルトの心は動いた。
「でも、行動が著しく制限されるしな。アイザックさん、もう一声……」
「分かった。白金貨二十五枚に増やしてやる。これで手を打て」
「分かったよ。あとで契約書を交わしてね」

 クロトーはアイザックの眼を見て気づいた。アイザックは初めから、クロトーの四分の一の金額でレオンハルトを使おうとしていたのだ。
(まだまだね、アイザック……。交渉って言うのは、こうやるのよ)
「あら、アイザック。あたしよりも高い金額でレオンハルトを雇うの? 『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』も舐められたものね」

「え……。い、いや、姐御……。それは……」
 レオンハルトの前でクロトーの契約料を言えるはずもなく、アイザックは困ったように言葉に詰まった。
「魔法付与の依頼も最近少ないのよねぇ。どこかに新しいお店でもないかしら?」
「わ、分かった。どこか一軒探しておく」
 アイザックはクロトーの思惑に気づいたが、この場ではそれ以外の返事ができなかった。

 『妖艶なる殺戮ウィッチ・マダー』の前では、レオンハルトは当然のこと、老練なギルドマスターでさえ、まるで子供扱いであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...