死にたがりの悪役令嬢

わたちょ

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悪役令嬢の弟は家族が嫌い

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悪役令嬢の弟は家族が嫌い
 お茶の香りと甘いお菓子の匂いが漂う。ついつい手を伸ばしなるほどのいい匂いの中少女たちは涙目だった顔を歓喜で赤く染める。
「本当ですか。トレーフルブラン様」
「もうセラフィード様はお怒りではないのですね」
「ええ、そうよ。私が話をしましたら分かってくださいまして。たださやか様の事は妹のように思っているので少しばかり大目に見てやってほしいとも言われましたけど」
「妹ですか」
「ええ。ほら、セラフィード様はさやか様がこの学園に初めていらしたときからお世話をしてあげていたでしょう。何もわからなかった彼女に色々教えてあげていたものだからそういった愛着がわいたのでしょうね。
 セラフィード様は兄妹に憧れていたところがありますから。私に弟がいるのも羨ましいといつも言っておられましたので」
「まあ、そうでしたの」
「そう云えばセラフィード様はトレーフルブラン様の弟君とも仲がよろしいですものね」
「ええ。ですからさやか様のことは兄弟が仲睦まじくしているものとして見守ることにしましょう」
「トレーフルブラン様がそう云うのでしたら」
「では、お話はここまでにしてお茶をいただきましょう。今日のお茶会はセラフィード様がお詫びに用意してくださったのですよ。
「まあ」
 嬉しそうな少女たちの声が響く。手を伸ばし食べ始める姿を見て柔らかな笑みの下ため息を吐いた。
 ふっと吐き出した息が自分で思っていたよりも大きなものになってしまった。彼方此方で婚約者思いで物分りのいいお嬢様を演じるのにも疲れてきた。
 そろそろこの仮面を外したいのだがまだ一か月もたっていない。破滅の日までは後五か月。周りに分かりやすく悪意を気付かせ始めるにはまだ少し早い。早くともあと一か月。出来れば二か月は、少し長すぎるかしら。でもそれぐらい欲しい所。
 セラフィード様との仲もまだ愛し愛される恋人同士だと思わせておくように……これが一番難しいのだけど、まあ何とかなるでしょう。
出会ってからもう九年もの付き合い。あの人の事ならよく分かる。行動を予測し動くのもたやすい。
 そこまで考えて思考が止まってしまった。
 もう九年もの付き合いになるのだとセラフィードとの今までをつい振り返ってしまう。
 七歳の頃に出会い婚約。まだ幼い頃は何かある度にトレーフル凄い偉いねと褒めてくれていたのに十になる頃にはそれもなくなり、いつの間にか愛称でも呼ばれなくなっていた。遊びにおいでになる日が少なくなり私が行っても喜んでもらえないように。
 今思えば随分と前から婚約者としての関係には罅が入っていたのだ。周りや自分の事に一杯一杯でその事が見えていなかった。
 それでもセラフィード様の事なら何だってわかる。ずっと傍で見続けてきたのだから。
 ならあの人は。あの人は私の事を何処まで分かってくれているのだろう。
 そんな疑問が沸き上がってきて私は頭を振った。
 馬鹿馬鹿しいことだ。そんな事を考えるなど。それより今はどうやってさやかやセラフィードに復讐をしていくか考えなければ。さやかの方はこのままでもいい。前に流した噂も効いているし、合間合間に様子を見て噂を少しずつ足していけばさやかの周りからはさらに人がいなくなっていく。
 セラフィードや他の攻略対象キャラたちがそんな彼女を庇い傍に寄り添うようにはなるだろうが、それが余計にさやかの評判を悪くしていく。そそのかさなくとも彼女に何かやろうとするものは後を絶たなくなるだろう。
 問題はセラフィードだが……。何度も考えたのだけど人を使うのはやはりやめておいた方がいいか。私がやっているのは言ってしまえばただの自傷行為。私が死にたいが為にしていることにあまり多くの人を巻き込むのは好きじゃない。
 さやかはまだ一般人。手を出しても最後にすべて私が企てた事。みんなは私の掌の上で踊らされて使われていただけにすぎなかったという事にしてしまえば罪に問われないが、王子に手を出したとなればたとえ使われただけでも罪に問われる。庇いきれない。
 人を使うのは庇いきれる範囲だけ。
 それ以外は全部自分一人で。
 セラフィードに対しては三か月後ぐらいから徐々に始める予定だが計画は綿密に立てておかなければ。一人でやるとなればできることにも限りがあるし。命は取らない範囲でだけどできる限り大きなダメージになるようなこと。……ちょっと難しい。
ああ、それから取り巻きの方々ともそろそろ距離を置き始める準備をしておかないと。これも本格的には三か月ぐらいからだけど不自然にならないようにしておかなければ。
 色々考えることがあって悪役令嬢も楽じゃないわね。
 糖分が欲しいかも。体型維持のためにも糖分は控えたいのだけど考えることが多いとどうしても……。召使に頼もうかしら。柔らかなシフォンケーキとか食べたい気分だわ。甘いクリームをたっぷりに季節のジャムをのせて何て太ってしまいそうだけど。でも今日はそんな気分。
 早速頼みましょうと言いたい所なのだけど……どうも外が騒がしくなってきているよう。召使たちの困った声も聞こえてくる。
 ばたん!!
「失礼します」
 ノックもなしに開かれる扉。椅子に座りなおしていた私は本を片手に口元に笑みを浮かべて優雅な雰囲気を醸し出す。
「何ですの。騒々しい上に女性の部屋にノックもせず訪れるなどたとえ家族と云えども無礼ですよ。アイレッド家の次期当主ともあろうものがそのような振る舞いでいいとお思いですの」
 部屋に入ってきた人物、私に似た彼はブランリッシュ・アイレッド。学園中等部に通う私の一つ下の弟にしてゲームの攻略対象キャラ。最後には一族路頭に迷う事になるわが家の中で唯一彼だけはアイレッド家の罪を暴くのに協力して助かることになっている。
 そんな弟は姉である私を冷たい目で睨み付ける。
 セラフィードのように迫力があるわけではないが、知的な印象の強い彼に睨み付けられると周りが凍り付いていくようにも感じる。温かみが一つもない目。
「申し訳ありません。姉上。ですがどうしても姉上に確認しておきたいことがありまして」
 声もとげとげしく肉親に対する情と云うものはまるでない。
「なんですの」
 それに痛む胸ももうなくて私は張り付けた笑みを崩すことなく相手をする。
「さやかさんことです」
 その名が出ることだってどうも思わない。
「彼女の良くない噂が学園で出回っているのですが、それが貴方の仕業ではないかと思いましてね。姉上は嫌らしいお方ですから」
「あら、そうなのですの? それは知りませんでしたわ。でも彼女は普段の行いがあまりよくありませんからね。仕方のない所はあるのではなくて?」
「さやかさんはまじめで優しい素晴らしいお方です。よくない噂を立てられるような人ではない」
「確かにさやか様は授業態度はまじめで成績も随分優秀になってきましたが、些か教養と云ったものにかけるのでは。それに常識にも疎いと思いますわ」
「それはさやかさんが別の世界からきているから」
「それにしてももう半年はお立ちになるのよ。そろそろ身につけていただかなければ……。何度もそういう話はしていますが一向に直る気配はありませんし。周りの子たちが疎ましく思うのも仕方ないのでは?」
「ですからあなたが先導して噂をお立てになったと」
 思わず嘲笑してしまいそうになったのを緩く握った手の中で爪を皮膚に突き立てることで抑えた。何処からそういう話になったのか。私は彼女が心配ならその辺をしっかり教えなさいという忠告をこめて言ってやったというのに。
 ゲームでは知的キャラだったはずなのになんなのでしょうか。これ以上言葉を重ねるのも嫌になって私は悪役令嬢らしい笑みを浮かべることにした。
 どう受け取ろうが後は勝手にしてほしい。
 貴方は最低な人ですなどと云ってくるがあら、そうですかで私の方は終わり。もう何を言われようと何も感じない。
 何せこのブランリッシュはまだ幼い頃からこんな感じで私を家族とも思っていなかった。とはいえ、それは他の家族、父や母に対してもそうであの両親が本当は家柄や地位しか愛していないことを敏感に感じ取ってしまったからこうなってしまったのだと思えばあの子に対しても同情する部分はある。それとは別に幼い頃から冷たい目を向けられ続けてきてブランリッシュと話すのは苦手なのだけれど。何を言っても悪意にしか取られないから話すのも諦めてしまった。
 だから言われるがまま全てを聞き流す。何度もさやかの名前が出てくるのも気にしない。そう、へぇ、そうなのと気のない返事。それでも話し続けてしばらく気が済んだのかブランリッシュは踵を返す。
 心の中でほっと息を吐いたのだけど、その足がふっと止まった。なんだと思い見やれば少し驚いた顔のブランリッシュ。その顔がすぐに悪意に歪む。
「あなたも怪我などするのですね。女の癖に剣などするからではないですか。もう少しあなたは可愛らしさと云うものを身につけた方がいいのでは。さやかさんのようにね」
 何を云われたのかすぐには分からなかった。何のこととブランリッシュが見ていた方を見てあっと声を上げそうになる。すんでの所で堪え、すました顔を作る。
「心配どうもありがとう。でも心配してくださらなくとも結構。怪我はちょっとぼんやりとしていて負ったものですから。剣で怪我をすることは私ありませんの。免許皆伝もいただいておりますし。
 それより人の事を心配する前に自分の事を心配したらどうです。例え親しくされている方とは言え年上の女性を人前でさん付けなど……。品位を疑われますわよ。兄弟ですから聞き逃していましたが他ではしないようにね」
「なっ……//。失礼します」
 真っ赤になって出ていたブランリッシュ。……遅れて私も赤くなった。駆けだしたい衝動を抑えてブランリッシュが見ていた棚へ急ぐ。あくまで優雅に足音は立てないように。曽於まで行くと素早い動きで棚の上の物を掴む。それを投げる体制になって……。
 堪えて堪えて堪えて寝室に。
 ベッドが見えて私は思いきりそれを投げつけってやった。ぼすんと云う音がしたがこの程度なら扉の外に控える召使には聞こえなかっただろう。転がった二つの物体。包帯に薬便。
『お前でも泣くのだな』
 屈辱的な声が脳内で再生されて叫びだしそうになる。声に出さないように叫び布団を叩く。嫌なことを思い出してしまったし見られたくないものを見られてしまった。
 叫び暴れたい衝動が体の中を走り回った。
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