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悪役令嬢を見つめる者
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何だと思った。
案外コイツも賢い所があるんじゃないかと感心した。その事に気付いているとは。そうか。だからこんなに愚かになってしまったのかとも思った。
「そうだな。確かにトレーフルブランはお前を愛してなんていない」
セラフィードの目がほらと云うように細められた。それから悔しげにゆがめられる。
「だが王としてのお前なら愛している」
なっと奴が息を飲む。何を言っているんだと俺を見る。理解できないという顔をしている。
「やはり地位が欲しいんじゃないか。さっき言っていたことは何だったんだ。アイツを守りたいだけか」
「違う。あの女は王妃の地位が欲しいんじゃない。ただ王としてのお前を愛しているんだ」
奴がますます分からんという顔をする。そうだろうと思う。俺だって気付いた時はなんなんだこいつはと思ってしまった。そして別のことに気付き憐れみに変わった。
「何を言って……」
「アイツはお前を善き王にしたいと思っている。善き王となるお前を愛している。
いいか、セラフィード。
トレーフルブランはお前の事をこの国の王としかみていないんだ」
青い目が見開いた。何をと言おうとしてセラフィードの顔が歪む。俺が何を言いたいのか分かったのだろう。
「そんな、なんなんだよそれは! そりゃあ俺は確かに王さ! 産れた時からこの国の王になることが決まっていたよ! いつかは王になる! だけど、だけど俺は王である前に俺なんだよ! 何で、なんで!」
信じたくないというように首を振るセラフィード哀れだと思った。可哀想だとも。酷い奴だとトレーフルブランの事を思う。だがコイツにはアイツを責める権利はなかった。
「セラフィード。一つ言っておく。あの女を責めるな。お前にその権利はない」
「なんで」
セラフィードの目には憎しみが宿っていた。どうしてという悲しいほどに激しい憎しみが。
「あの女は歪んでいる。俺にはそれがどうしてか分からないがお前ならわかるはずだ」
「はぁ? そんなのわかるわけ」
「いいや。分かるはずだ。
なぜならお前だけだからだ。あの女の価値の中に深く組み込まれ例え王としての姿だけだとしても愛されているのはお前だけだからだ」
トレーフルブランの今までの言動を思い出す。
いつだって完璧な令嬢。王妃として立っていたトレーフルブラン。
その姿は国を守ろうとしているようにも見えたが違う。そうではない。あの女はどこまでも王であるセラフィードを守ろうとしていた。セラフィードを善い王にして傍で支え続けようとしていた。そうする事がおのれの全てだというように。
それは王妃としてのプライドとかではない。また違うもの。
「あの女はお前に依存しているんだ。
王であるお前を支え続ける者であること。それがあの女の存在理由になっている。それは何でだ。そこまで依存されておいてその理由が分かりませんなんて言えると思うな。
お前とあの女。
二人の記憶のどこかに必ず理由がある筈だ。お前がアイツに何かをしたんだろう」
「いぞん……」
初めて聞いた言葉のようにセラフィードは繰り返した。それが何なのか分からないというようにもう一度呟いて、それから……あっと呟く。みるみるうちにその顔が蒼白になりそんな馬鹿なと声が出る。そんなと何度も口にする。
それは後悔しているようでもあった。
「分かったか。セラフィード」
問いかければ愕然とした目が見あげてくる。分からないと言いたげに首が振られるがそうでないことは誰よりも本人が知っていて……。
「お前にあの女を責める権利はない。お前はもっとちゃんとあの女を見ていてやるべきだった。婚約者なのだろう。ならば目を離すべきではなかった。反らすんじゃなくて見てやるべきだったんだ。
何時から歪んでいたのかは知らんがそうなる前に止めてやるべきだった。正しい道を教えてやるべきだった」
「無理だ……。だってあいつは最初から」
「そうか。なら歪んだアイツの心を治してやるべきだった。もう少しお前の方から寄り添ってやっていればあの女だって何か変わったんじゃないか」
セラフィードが押し黙る。
「覚えておけ。
手を差し出した者には責任が発生するんだ。幼くても変わらない。誰かを背負う責任だ。
それが果たせないなら手を差し出すべきじゃなかったんだ」
項垂れたセラフィードは茫然と床に座り込んだ。
ああと言葉を漏らす。
その姿から目をそらし、今度は立ち尽くしている三人へと目を向ける。真っ先に目についたのはブランリッシュだ。奴は譫言のように姉上は最低で……姉上は最低で……と繰り返していた。自分の信じていたトレーフルブラン像が壊れ、それを必死に直しているのだろう。
滑稽でまた哀れだとも思った。
似たもの兄弟めとも思う。
この男のまたそうだ。形は違えどもトレーフルブランと同じ。彼女に依存していたのだ。彼女がすべて悪かった事にして自分自身を守っていた。
「ブランリッシュ」
名を呼べばうつろな瞳が俺を見た。
「お前は何でそんなにあの女が悪いと思うんだ。」
「それはだって。だって姉上が! 姉上がかあ……」
最後までちゃんと言葉にはならない。姉上が悪いから、姉上が悪くって、だって姉上が盗るから……、姉上が繰り返されるのにため息が出る。これを如何にかするには時間がかかるだろう。今回だけで済みそうにはない。
取り敢えず今はとブランリッシュから目を離し残りの二人を見る。
目線を下にさげている彼らは俺に聞かれる前にそれぞれがアイツがと答える。
「お前らもか」
自然とそう言ってしまっていた。
「お前ら三人程度は違えどみんな同じか。アイツが悪いことにして自分を守っている。ああ、それはセラフィード、お前も同じだったな」
びっくりとセラフィードの肩が跳ねる。泣きそうな目が俺を見た。
「全部アイツが悪いことにして自分を正当化している。だが違う。お前らが愚かなのはあの女のせいじゃない。お前らが努力をすることを怠ったからだ。お前らは嫌になったんだろう。どんどんどん開いていくあの女との差が。
あの女は幼い頃から努力して様々な分野で優秀な成績を収めてきた。その姿を見ていたお前らだって最初は努力していたんだろう。それでも開いていくばかりの差を見るのが嫌になった。
次第に俺たちができないんじゃない。アイツがおかしいんだって思うようになっていたんだ。そしていつの頃からかアイツは最低な奴なんだって思うようになった。
アイツは勉強はできても人としては最低な奴で俺らはあんなやつになりたくないんだ。だからやらないんだって、そうやって自分に言い聞かせてきたんだろう。最後にはアイツは最低な奴だから俺たちは何も悪くないんだ。アイツが悪い。俺たちは正しいんだ。間違ってなんかいない。だからあいつにだって勝てる。何時かアイツを陥れることだってできる。何をしても悪くない。悪いのはアイツなんだからて、だから今日の事もしでかしたんだろう」
四人は言い返そうとさえしなかった。
「セラフィード。お前ならもうわかるんじゃないか。何故アイツがそんなに努力をしたのか
呆然としたまま噛み締める唇。他の三人も見回して続ける。
「間違えるなよ。
お前らはただ努力を怠っただけだ。あの女は何もしていない。お前らが努力し続けるあの女から逃げただけだ。悪いのはあの女じゃなくてお前ら自身なんだ。今のお前たちは何一つ正しくなんかない。本当にあの女に勝ちたちと思うなら努力しろ。
そしてもしあの女の傍に立ちたいと思うならあの女を自分と同じところまで引きずりおろそうとするな。あの女の傍までお前が登れ。張ってでも血を吐いてでも登れ。登り切れなくともそれでも努力したんだ、これからし続けるんだとそういう気持ちで立って。
それができずに逃げ出した奴が立てると思うなよ」
四人は何も返さなかった。ただ下を見つめる。茫然とした目は苦しげにゆがめられていて……。その中でもやはりブランリッシュだけは姉上が姉上がと呟き続けていた。
もう良いぞと告げても四人は部屋から暫く出ていかなかった。数分経てから生気のないゾンビのようななりででていく。それを見送って何拍かおいてから俺は奴らが出ていた扉を開ける
「次はお前の番だ。トレーフルブラン」
誰の姿も見えない廊下に向けて呟く。
「……気付いていましたの」
ふわりと魔法が解けて扉の傍にトレーフルブランの姿が現れる。
「ああ。最初からな。入って来い」
言えばトレーフルブランは素直に部屋の中に入ってくる。その顔はでていたアイツらと同じように生気がなかった。
「なんで、……なんであんなことしましたの」
ぼそりと問いかけられるのは主語のない言葉。
「したかったからした。そこに何の理由もない」
「な、そん「お前は何をしたかったんだ」
言葉を遮って問いかける。トレーフルブランは口を閉ざした。服の裾を掴む手は震えていた。
「私は……」
か細い声が聞こえてきたがその先はない。
「あの男が憎かったか」
「それとも弟への罪悪感か」
「疲れたか」
最後の質問にだけ肩が震えた。
そうか疲れたのかと思った。だけどやはりそれだけじゃない。他のだって反応を見せなかっただけで含まれていたはずだ。
「なんであの時躊躇った」
トレーフルブランは答えない。噛み締めた唇から血がにじむ。それは悔しんでいるからか、それともホッとしてしまったからなのか。
死にたかったのかと聞こうとしてやめた。答えは明白だった。
でなければあんなことはしない。
トレーフルブランの思い通りに進んでいれば今頃こいつは牢屋の中。数日後には処刑されることになる所だった。罪状は王子殺人未遂。
俺が止めに入るちょっと前、セラフィードが経っていた真上にはシャンデリアがあった。そのシャンデリアには細工がされていてコイツが魔法を使えば簡単に落ちるようになっていた。
最初は殺すのかと思った。だけどこいつの姿に違う事に気付く。
殺しはしない。気付かれない程度に魔法で衝撃を和らげ重傷を負わせるだけ。その行為はあの男への怒りの表れでもあり、そして死にたいとトレーフルブランが望んでいるからだと分かった。でないとこんな舞台まで用意したりはしない。
今までの不思議な動きもすべてこの為だったのかとおおまかには納得した。
だから止めなかった。それが望みならそうしたらいいと思った。それで救われると思ったんだろう。トレーフルブランと彼女に心の中で呼びかけていた。
だがトレーフルブランは最後の最後で躊躇った。
その顔に死への恐怖はなかった。生を惜しむ気持ちもなかった。
なら何故あの時躊躇ったのか。それが分からない。ただ彼奴の思惑から舞台が外れてしまったことは分かった。だから止めに入った。望まれていないと知りながらあの場でトレーフルブランを助けた。
これが正しいかなんてわからない。全てはこれからどうなるかだ。それでもコイツの用意した救いがこいつを救えなかったから、俺は俺の方法でこいつを救ってみることにした。
今、目の前にいるトレーフルブランはまるで迷子の子供のようだ。どうしたらいいのかその目が答えを探しているのに誰にも聞くことはしない。
もう一度だけ問いかける。
「お前は何がしたかった。」
トレーフルブランは答えなかった。
「気のせいか。トレーフルブラン。俺にはお前が……」
先生が言いました。私は……、ふっと笑ってしまいました。その笑みが何のために出たものかなんてわかりません。私は何で笑ってしまったのでしょう。己にでしょうか先生をでしょうか。それとも……私を笑ってしまったのでしょうか。
分かりません。
だから私は考えるのをやめます。考えても意味がないことだからです。代わりに私は先生に向けて笑います。
「そんな訳ないじゃないですか」
案外コイツも賢い所があるんじゃないかと感心した。その事に気付いているとは。そうか。だからこんなに愚かになってしまったのかとも思った。
「そうだな。確かにトレーフルブランはお前を愛してなんていない」
セラフィードの目がほらと云うように細められた。それから悔しげにゆがめられる。
「だが王としてのお前なら愛している」
なっと奴が息を飲む。何を言っているんだと俺を見る。理解できないという顔をしている。
「やはり地位が欲しいんじゃないか。さっき言っていたことは何だったんだ。アイツを守りたいだけか」
「違う。あの女は王妃の地位が欲しいんじゃない。ただ王としてのお前を愛しているんだ」
奴がますます分からんという顔をする。そうだろうと思う。俺だって気付いた時はなんなんだこいつはと思ってしまった。そして別のことに気付き憐れみに変わった。
「何を言って……」
「アイツはお前を善き王にしたいと思っている。善き王となるお前を愛している。
いいか、セラフィード。
トレーフルブランはお前の事をこの国の王としかみていないんだ」
青い目が見開いた。何をと言おうとしてセラフィードの顔が歪む。俺が何を言いたいのか分かったのだろう。
「そんな、なんなんだよそれは! そりゃあ俺は確かに王さ! 産れた時からこの国の王になることが決まっていたよ! いつかは王になる! だけど、だけど俺は王である前に俺なんだよ! 何で、なんで!」
信じたくないというように首を振るセラフィード哀れだと思った。可哀想だとも。酷い奴だとトレーフルブランの事を思う。だがコイツにはアイツを責める権利はなかった。
「セラフィード。一つ言っておく。あの女を責めるな。お前にその権利はない」
「なんで」
セラフィードの目には憎しみが宿っていた。どうしてという悲しいほどに激しい憎しみが。
「あの女は歪んでいる。俺にはそれがどうしてか分からないがお前ならわかるはずだ」
「はぁ? そんなのわかるわけ」
「いいや。分かるはずだ。
なぜならお前だけだからだ。あの女の価値の中に深く組み込まれ例え王としての姿だけだとしても愛されているのはお前だけだからだ」
トレーフルブランの今までの言動を思い出す。
いつだって完璧な令嬢。王妃として立っていたトレーフルブラン。
その姿は国を守ろうとしているようにも見えたが違う。そうではない。あの女はどこまでも王であるセラフィードを守ろうとしていた。セラフィードを善い王にして傍で支え続けようとしていた。そうする事がおのれの全てだというように。
それは王妃としてのプライドとかではない。また違うもの。
「あの女はお前に依存しているんだ。
王であるお前を支え続ける者であること。それがあの女の存在理由になっている。それは何でだ。そこまで依存されておいてその理由が分かりませんなんて言えると思うな。
お前とあの女。
二人の記憶のどこかに必ず理由がある筈だ。お前がアイツに何かをしたんだろう」
「いぞん……」
初めて聞いた言葉のようにセラフィードは繰り返した。それが何なのか分からないというようにもう一度呟いて、それから……あっと呟く。みるみるうちにその顔が蒼白になりそんな馬鹿なと声が出る。そんなと何度も口にする。
それは後悔しているようでもあった。
「分かったか。セラフィード」
問いかければ愕然とした目が見あげてくる。分からないと言いたげに首が振られるがそうでないことは誰よりも本人が知っていて……。
「お前にあの女を責める権利はない。お前はもっとちゃんとあの女を見ていてやるべきだった。婚約者なのだろう。ならば目を離すべきではなかった。反らすんじゃなくて見てやるべきだったんだ。
何時から歪んでいたのかは知らんがそうなる前に止めてやるべきだった。正しい道を教えてやるべきだった」
「無理だ……。だってあいつは最初から」
「そうか。なら歪んだアイツの心を治してやるべきだった。もう少しお前の方から寄り添ってやっていればあの女だって何か変わったんじゃないか」
セラフィードが押し黙る。
「覚えておけ。
手を差し出した者には責任が発生するんだ。幼くても変わらない。誰かを背負う責任だ。
それが果たせないなら手を差し出すべきじゃなかったんだ」
項垂れたセラフィードは茫然と床に座り込んだ。
ああと言葉を漏らす。
その姿から目をそらし、今度は立ち尽くしている三人へと目を向ける。真っ先に目についたのはブランリッシュだ。奴は譫言のように姉上は最低で……姉上は最低で……と繰り返していた。自分の信じていたトレーフルブラン像が壊れ、それを必死に直しているのだろう。
滑稽でまた哀れだとも思った。
似たもの兄弟めとも思う。
この男のまたそうだ。形は違えどもトレーフルブランと同じ。彼女に依存していたのだ。彼女がすべて悪かった事にして自分自身を守っていた。
「ブランリッシュ」
名を呼べばうつろな瞳が俺を見た。
「お前は何でそんなにあの女が悪いと思うんだ。」
「それはだって。だって姉上が! 姉上がかあ……」
最後までちゃんと言葉にはならない。姉上が悪いから、姉上が悪くって、だって姉上が盗るから……、姉上が繰り返されるのにため息が出る。これを如何にかするには時間がかかるだろう。今回だけで済みそうにはない。
取り敢えず今はとブランリッシュから目を離し残りの二人を見る。
目線を下にさげている彼らは俺に聞かれる前にそれぞれがアイツがと答える。
「お前らもか」
自然とそう言ってしまっていた。
「お前ら三人程度は違えどみんな同じか。アイツが悪いことにして自分を守っている。ああ、それはセラフィード、お前も同じだったな」
びっくりとセラフィードの肩が跳ねる。泣きそうな目が俺を見た。
「全部アイツが悪いことにして自分を正当化している。だが違う。お前らが愚かなのはあの女のせいじゃない。お前らが努力をすることを怠ったからだ。お前らは嫌になったんだろう。どんどんどん開いていくあの女との差が。
あの女は幼い頃から努力して様々な分野で優秀な成績を収めてきた。その姿を見ていたお前らだって最初は努力していたんだろう。それでも開いていくばかりの差を見るのが嫌になった。
次第に俺たちができないんじゃない。アイツがおかしいんだって思うようになっていたんだ。そしていつの頃からかアイツは最低な奴なんだって思うようになった。
アイツは勉強はできても人としては最低な奴で俺らはあんなやつになりたくないんだ。だからやらないんだって、そうやって自分に言い聞かせてきたんだろう。最後にはアイツは最低な奴だから俺たちは何も悪くないんだ。アイツが悪い。俺たちは正しいんだ。間違ってなんかいない。だからあいつにだって勝てる。何時かアイツを陥れることだってできる。何をしても悪くない。悪いのはアイツなんだからて、だから今日の事もしでかしたんだろう」
四人は言い返そうとさえしなかった。
「セラフィード。お前ならもうわかるんじゃないか。何故アイツがそんなに努力をしたのか
呆然としたまま噛み締める唇。他の三人も見回して続ける。
「間違えるなよ。
お前らはただ努力を怠っただけだ。あの女は何もしていない。お前らが努力し続けるあの女から逃げただけだ。悪いのはあの女じゃなくてお前ら自身なんだ。今のお前たちは何一つ正しくなんかない。本当にあの女に勝ちたちと思うなら努力しろ。
そしてもしあの女の傍に立ちたいと思うならあの女を自分と同じところまで引きずりおろそうとするな。あの女の傍までお前が登れ。張ってでも血を吐いてでも登れ。登り切れなくともそれでも努力したんだ、これからし続けるんだとそういう気持ちで立って。
それができずに逃げ出した奴が立てると思うなよ」
四人は何も返さなかった。ただ下を見つめる。茫然とした目は苦しげにゆがめられていて……。その中でもやはりブランリッシュだけは姉上が姉上がと呟き続けていた。
もう良いぞと告げても四人は部屋から暫く出ていかなかった。数分経てから生気のないゾンビのようななりででていく。それを見送って何拍かおいてから俺は奴らが出ていた扉を開ける
「次はお前の番だ。トレーフルブラン」
誰の姿も見えない廊下に向けて呟く。
「……気付いていましたの」
ふわりと魔法が解けて扉の傍にトレーフルブランの姿が現れる。
「ああ。最初からな。入って来い」
言えばトレーフルブランは素直に部屋の中に入ってくる。その顔はでていたアイツらと同じように生気がなかった。
「なんで、……なんであんなことしましたの」
ぼそりと問いかけられるのは主語のない言葉。
「したかったからした。そこに何の理由もない」
「な、そん「お前は何をしたかったんだ」
言葉を遮って問いかける。トレーフルブランは口を閉ざした。服の裾を掴む手は震えていた。
「私は……」
か細い声が聞こえてきたがその先はない。
「あの男が憎かったか」
「それとも弟への罪悪感か」
「疲れたか」
最後の質問にだけ肩が震えた。
そうか疲れたのかと思った。だけどやはりそれだけじゃない。他のだって反応を見せなかっただけで含まれていたはずだ。
「なんであの時躊躇った」
トレーフルブランは答えない。噛み締めた唇から血がにじむ。それは悔しんでいるからか、それともホッとしてしまったからなのか。
死にたかったのかと聞こうとしてやめた。答えは明白だった。
でなければあんなことはしない。
トレーフルブランの思い通りに進んでいれば今頃こいつは牢屋の中。数日後には処刑されることになる所だった。罪状は王子殺人未遂。
俺が止めに入るちょっと前、セラフィードが経っていた真上にはシャンデリアがあった。そのシャンデリアには細工がされていてコイツが魔法を使えば簡単に落ちるようになっていた。
最初は殺すのかと思った。だけどこいつの姿に違う事に気付く。
殺しはしない。気付かれない程度に魔法で衝撃を和らげ重傷を負わせるだけ。その行為はあの男への怒りの表れでもあり、そして死にたいとトレーフルブランが望んでいるからだと分かった。でないとこんな舞台まで用意したりはしない。
今までの不思議な動きもすべてこの為だったのかとおおまかには納得した。
だから止めなかった。それが望みならそうしたらいいと思った。それで救われると思ったんだろう。トレーフルブランと彼女に心の中で呼びかけていた。
だがトレーフルブランは最後の最後で躊躇った。
その顔に死への恐怖はなかった。生を惜しむ気持ちもなかった。
なら何故あの時躊躇ったのか。それが分からない。ただ彼奴の思惑から舞台が外れてしまったことは分かった。だから止めに入った。望まれていないと知りながらあの場でトレーフルブランを助けた。
これが正しいかなんてわからない。全てはこれからどうなるかだ。それでもコイツの用意した救いがこいつを救えなかったから、俺は俺の方法でこいつを救ってみることにした。
今、目の前にいるトレーフルブランはまるで迷子の子供のようだ。どうしたらいいのかその目が答えを探しているのに誰にも聞くことはしない。
もう一度だけ問いかける。
「お前は何がしたかった。」
トレーフルブランは答えなかった。
「気のせいか。トレーフルブラン。俺にはお前が……」
先生が言いました。私は……、ふっと笑ってしまいました。その笑みが何のために出たものかなんてわかりません。私は何で笑ってしまったのでしょう。己にでしょうか先生をでしょうか。それとも……私を笑ってしまったのでしょうか。
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