紡ぐ箱

Cadenza

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道は一つにあらず

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崩壊を免れたエリアでタリアはヴァリスの様子を見ていた。
「あれ、しばらく動かないのかな」
怪訝そうにつぶやく。
「あれはエネルギーを貯めている。あと数カ月は動かないよ」
横から声がする。ラウスまで送ってくれた行商人だ。
「なんでわかるんですか?」
「お金はあるかい?このシェイドシフターの動向がわかる道具を使えばいいよ。ただし一点ものだから高くつくよ」
「今お金ないので……というかどこで手に入れたんですかそれ?」
「もちろんアトラス製、ただ出どころ不明でね。昔混ざりものに渡されたうえ、何も知らないから何もわからないのさ」
そっかぁ、と肩をすくめるタリア。
そんなタリアを気にすることなく行商人はこう続ける。
「もし暇なら黄金郷と呼ばれる遠く離れた島に行ってみるといい。いまは盲目の一族が支配してるがそれ以外はこことは全く違う暮らし方をしてるらしいぞ」
黄金郷、それは噂でのみ語られる場所である。
大陸と違い誰とも争わず苦しむこともない理想の地と言われているが、一度足を踏み入れると二度と祖国の土を踏めなくなる噂も立ち込めている。
タリアはそんな話を知らずに二つ返事で行ってみますと返してしまった。
「アトラスの営業ですら嫌がる曰く付きの場所だ、気をつけろよ。港までは案内してやる」
行商人は地図を取り出しある場所を指さした。
そこはIFPと呼ばれラウスとアトラスが常に取り合いをしている港だった。
「ここなら黄金郷まですぐさ。あとはうまくやってくれ、私はこの品々を売らないといけないからね」
「ありがとうございます!」
元気よく返事をした後、船へと消えていった。
そして船内で再び出会う。
「あれ?カイじゃん!?どうしてここに?」
「なんでってこっちのセリフだよ!」
「売り歩いてる人に暇なら黄金郷に行くといいって言うから……」
「黄金郷?エルドレアのどこが黄金郷なんだよ」
「え?」
カイから出る言葉に戸惑うタリア。
カイは説明した。
エルドレアはかつて何もない古い生活様式を保ったただの島国だった。だがとある一族、盲目の一族が移り住むようになってから統治は進み今では平和と引き換えに断絶された孤島として存続していた。
それは使者も例外ではなく、一族が”価値”を決めることで平穏を保っている。
エルドレアの話がほとんど外に漏れず理想郷として語られている事実もまた一族によるものとされている。
「げっ、そんな話があったんだね……でも黄金郷って言われるからにはそれなりの対応はしてもらえるんだよね?」
「あいつらが”価値”を見積もればな。そうでなければこうなる」
そういいながらカイは指で首に線を引く動きをした。
それを察したタリアは青ざめる。
「とりあえず俺と一緒に動いてくれ。そのほうが生還率も上がる」
カイの一言にタリアは了承した。
船は一度動き出せば目的地まで止まることはない。
船は水平線を駆け抜ける。
「海の風って気持ちいい~!」
タリアは甲板に出て全身で海風を浴びる。
その中で脳裏によぎる惨劇。
村人は惨殺され生活の痕跡を生々しく残した光景。
おそらくは抵抗したのであろう武器を持ったものもいた。
彼女はただ”その場にいなかっただけ”でこの惨劇から逃れられた事実を突きつけられていた。
波の音とともに吹く風と共に。


「こんなところに居続けるのは合理に欠けるわ、早くアトラスへ戻らないと」
砂塵吹きすさぶ地で細々と研究を続けていた人物がいた。
かつてアトラスで大規模な実験を行い、また大規模な脱走の責任としてザラトへ送られた研究者───。
RiTosにある設備でシュテルンと人間の融合実験を可能な限り続けている女性───アーデルハイトの姿がそこにはあった。
「完全体まであと少しなのに……」
目まぐるしく変化する波形が映し出されたモニターの目の前で頭を抱えうなっていた。
「そういえばたしか最近このへんの市街地に時渡りが発生したって……きっといいデータを残してくれるに違いないわ」
アーデルハイトは白衣の上にさらにジャケットを着用し、砂塵から身を守るためのマスクを身に着けた。
向かう先は市街地。すたすたと研究室を後にする。
市街地ではすでに噂となっており、どこで何をしているかまで情報が行き届いていた。
アーデルハイトはその情報を頼りに時渡りを探しに向かった。
しばらく探していると小さな研究ができる程度の施設を見つけた。
ドアを躊躇なくノックするアーデルハイト。
ドアの向こうから出てきたのは長い黒髪がヘビのようにうねり目つきもヘビのそれといえる風貌の女性だった。
「見た感じ同業者っぽいけど何か用かな?」
女性は飄々と問いかける。
「───驚いた。まさか時渡りが同業者だったなんて」
「私がここに来る前にも研究区画は存在したからね。で、何の用できたの?」
「実のところはあなたを実験材料として使おうと思ったのだけど、気が変わったわ。よかったら一緒にこっちの実験施設に来ない?といってもここの設備にはおとるけれど」
アーデルハイトは女性に研究の協力を促した。自らがどういった実験を行うかを伝えることはなく。
「ふーん。面白そうじゃん。まずは素性をお互い割ろうか。私はパイソン、今はここで防塵マスクの改良研究をしてる。正直言ってつまらないけど感謝の声があると違うね」
「そう。私はアーデルハイト。かつてアトラスで大規模な実験をしてその責任を取らされて今ここってわけ」
「そうかぁ。じゃ、もうすぐ防塵マスクの改良型の設計図が上がるし君のところにお邪魔させてもらうよ。刺激的な研究を楽しみにしてる」
パイソンの笑みには何か含みを感じさせるような何かがあった。
「きっと満足する内容よ。完璧を生み出すためにやってるのだから」
二人は握手し、そのままアーデルハイトの研究所へと向かっていった。
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