調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~

鶯埜 餡

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1.少女のハンドクリーム

謎解き②

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 翌朝、すっきりと目を覚ましたドーラは朝食までに時間があるようだったので、大公邸の中庭を少し散歩してみることにした。
 部屋の外に出ると、クルトとルッツが寝ずの番をしていたらしく、少し眠そうな顔で挨拶をしてくれた。

「おはようさん」
 ドーラはその声に笑顔を見せた。
「おはようございます。今までこの部屋の護衛をしてくださって、ありがとうございます」
 彼女の言葉に大丈夫だよ、と首を横に振ったクルト。

「それより、今からどこに行くんだ?」
 ルッツは朝食前の時間にどこに行くのだろうかと訪ねてきた。
 特別隠すことでもなかったので、中庭まで散歩しに行きたいんです、と答えると、じゃあ、俺が案内するよ、と彼は言ってくれ、ドーラは素直にお願いした。

 大公邸の中庭はやはり食事同様、エルスオング大公邸とは違うものだった。
 エルスオング大公邸は温暖な気候のため、色とりどりの花が植えられていたが、ここは寒冷地帯のためか、大きな花を持つ植物は植えられておらず、どちらかといえば、中庭でさえ有効活用しようとしているのがよく分かった。

 数十分の散策の後、朝食の時間になったので、屋敷の中へ戻った。
 今日も昨日と同じく、部屋に朝食が運ばれていて、メイドたちがかいがいしく世話をしてくれた。


 そして、朝食後、調香師の正装である白衣を羽織ったドーラは、ルッツとクルトに保温箱を持ってもらい、調香室へ向かった。
 すでに調香室にはゲオルグ、フリードリヒ、ディアーナ、院長、そしてテレーゼが揃っていた。
 保温箱を運んできてくれた二人にお礼を言って、五人の前に立った。

「おはようございます」
 ドーラが頭を下げると、全員が軽く頭を下げた。
「まず、昨日、アロマクラフト作製していただいた件ですが、ヒアリングは実施いたしません。というのも、それを聞くまでの事だったんです」

 ドーラがそう宣言すると、驚くフリードリヒ。対照的にゲオルグは相変わらず無表情のままだった。

「今回、私がここに来ている理由はすでにご存じだと思います。
 テレーゼ・アイゼル=ワード大公殿下の両てのひらがここにいらっしゃるファーメナ調香師が作製されたハンドオイルを使用したのち、炎症を引き起こしているという事案です」

 彼女の言葉に堅く口を縛るテレーゼ。それを見てしまったドーラは、申し訳ないと思いつつも、言葉を続けることにした。

「一つお伺いしたいのですが、ファーメナ調香師。あなたは嗅覚に何らかの障害を持っていらっしゃるのではありませんか?」

 最初に切り込んだのは、事の発端となったゲオルグの障害。テレーゼが手を握りしめるのが見え、やはり彼女からゲオルグを信じたい、という思いが強く感じられた。
 しかし、そんな彼女の願いとは反対に頷くゲオルグ。
 それにはテレーゼだけではなく、院長も驚いていた。その一方で、フリードリヒとディアーナの二人はとうとうその時が来てしまったか、という表情をしていた。

「――――やはりそうでしたか」

 そうドーラは言って、持ってきた鞄の中から取り出したのは昨日、『利き香』で使った三番目のオー・ド・トワレの瓶。それをゲオルグの前に差し出した。

「これは昨日の『利き香』の試験の時、三番目に出したオー・ド・トワレ――――もどきです」

 ドーラの言葉に、今までの無表情が嘘のように目を見開くゲオルグ。

「ええ、そうです。最初にも言いましたが、これは私が作ったものです。ファーメナ調香師のハンドオイルをまねて作ったラベンダーとローズマリー、レモングラスのブレンドオイルをアルコールに溶かした香水もどきなのです」

 そう種明かしをすると、隣でフリードリヒがなるほど、だからあのハンドオイルと似ている匂いだったんだね、と呟くのが聞こえた。

 一方、当のゲオルグは呆然としていた。
 それもそのはずだろう。自分が作ったものだと思い込んだ彼は、他の精油を付け加えて解答していたのだから。


 そんな様子のゲオルグをドーラは置いておくことにした。
 なぜなら、それだけでは今回の混入事件の真相にたどり着けないから。

 一拍置いたのち、今度はフリードリヒの隣にいる少女を見た。

「――――アイゼルワーレ嬢、ファーメナ調香師の処方箋レシピを持ってきていただけませんか?」

 ドーラの言葉にかすれた声ではい、と頷き、事務机から紙の束を持ってきたディアーナ。その中からテレーゼのハンドオイルの処方箋を確認したのち、そのまま院長へ渡した。彼はその処方箋を見て首を傾げた。

「――――ここにブレンドする精油の一つとして『アンジェリカ』が記載されています」

 彼女の言葉にますますどういうことだ、と疑問の目で見る院長。その次に昨日、確認したあの台帳の該当ページを開いて渡した。
 その部分を呼んだ院長の顔つきが、驚愕の色に染まった。ついでとばかりに、二つの小瓶を彼に渡した。片方は容量の四分の三程度、減ったもの、もう片方は全くの手が付けられていないもの、だった。

 小瓶を渡された院長は片方ずつ蓋を開けて、匂いを嗅いだ。二つとも嗅ぎ終わった時には、手が震えていた。
 そして、おそるおそるドーラが作製したオー・ド・トワレもどきの匂いも嗅ぐと、絶望したような表情になっていた。


「――――院長はお気づきになられましたでしょう。これが手荒れの原因だと」


 ドーラは非常に冷静に、冷酷に告げた。


「私の知り合いの調香師からの証言もありました。ファーメナ調香師がアイゼルワーレ嬢にもチェックなしに、調香させていると。
 だから、私の中ではここに来る前にはすでにあなたが嗅覚を患っていると、考えておりました。

 そして、殿下の手荒れの正体。はっきり言わせていただくと、ここに来るまでは、まだ不確定でしたが、実は私も数日間、ハンドオイルを腕に塗り続けました」

 最後の一文を言いながら上腕部をおさえたドーラに、全員の注目が集まる。

「しかし、私には殿下と同じような肌荒れは起こりませんでした。その原因を考えた時、二つのことが考えられました。
 一つ目は、純粋に体質の違い――――私が敏感な肌ではなかった、という可能性。まあ、これでも説明がつきそうな気はしたのですが、私も一応、何でも屋の調香師。ハンドクリーム作りからアロママッサージまですべて行います。
 その時に、どうしても失敗してしまうことがあるんですよね。

 ええ、うっかり精油が肌についてしまうこともあるんですよ。

 酷いものだと数週間、赤みが引きません。

 なので、私が敏感肌の持ち主ではなかった、という可能性は限りなく低いんです」

 そこまで言い切って、ひと呼吸を入れた。もう誰も異を唱える者はいなかった。この場にいる全員が、ドーラの言葉に耳を傾けていた。


「なので、もう片方の可能性を考えました。

 ――――――――ええ、その害をなした精油の名前は、アンジェリカ・ルート・・・。そして、手荒れの直接の原因は塗った直後に、直接患部を日に当てたこと。

 ちょうど潜入捜査を控えていた時だったので、普段は手袋をしているはずの殿下は脱いでいた、とおっしゃっていました。それが直接の原因、です」
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