調香師・フェオドーラの事件簿 ~香りのパレット~

鶯埜 餡

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3.お日様のハーブティー

最後の戦場

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 明日、五大公国調香師会議が終わる。それが終わればみんなが散り散りになる。その前の晩である今からは打ち上げ会フェアウェルパーティーが開かれる。貴族だけではないので、たいして着飾る必要もなく、普段の夜会と比べてかなり質素なワンピースに身を包んだドーラは少し浮かれた気分で会場に向かった。
「可愛いっ!」
 打ち上げ会場にドーラが入った瞬間、誰かにいきなり抱きつかれた。少し酸欠状態になりつつ声の主を見ると、鮮やかな青い髪の持ち主で、ドーラよりもひと回りくらい上の女性だった。しかし、ドーラに抱きつく行動といい、彼女にかけた言葉遣いといい、かなり少女のような姿をしている。
「あなた、フェオドーラ・ラススヴェーテちゃんよねっ?」
 その女性はどうやらドーラを知っているようで、なにやら興奮ぎみに彼女に尋ねてきた。そうだと頷くと、女性はさらに興奮した。
「会ってみたかったんだよっ! あなた、テレーゼの皮膚炎を治したんだってね?」
 どうやら彼女は例の事件を知っているようだ。女大公の親戚だろうか。
「あっ、私、アイゼル=ワード大公国調香院副院長の妻、カトリーヌ・エルヴェラナよ」
 女性、カトリーヌは笑顔で自己紹介した。その名前をどこかで聞いたことがあるような気がしたが、思い出せないドーラ。しかし、すぐにカトリーヌからその答えを告げられた。

「私も一応、ミュードラ大公国で調香師の資格を取って、今でも、アイゼル=ワード大公国で調香師として働かせてもらってるの。まあ、そんなに腕利きじゃなくて、誇れるのって、五年前、この調香師会議のフレグランスコンテストで優秀賞をいただいたことがあるくらいだけどね?」

 その言葉にドーラはあの・・香水の作製者なのかと気づいた。そう、つい先日、コレンルファ伯爵夫人からもらった香水の。まさかの人物の登場にすごく憧れていた人が実際に現れたときの親近感というか、距離がぐっと縮まった感覚を持ってしまった。
「あなたの作ったフレグランスオイルを嗅がせてもらったけど、かなり腕利きなのねっ? 今まで、全然見たことがない、ううん、感じたことのない雰囲気だったの。だから、その製作者のかたを探してたんだけど、とぉっても可愛いわねぇっ!」
 どうやら、自分のことをフレグランスオイルから知られたようだったが、五年前の優秀賞の受賞者に知られてしまったのはなんだか気恥ずかしくもあった。
「そこまでにしておいてやりなさい、カトリーヌ」
 カトリーヌの興奮はまだ冷めやまないものだったが、一人の男性がカトリーヌとドーラの間に割りこむ。その人はカトリーヌと同年代で、アイゼル=ワード大公国の貴族に特徴的な少し引き締まった体をしていた。
「お嬢さん、いやフェオドーラ・ラススヴェーテ調香師、妻が大変迷惑をかけた」
 どうやら彼はカトリーヌの夫であるアイゼル=ワード大公国調香院副院長のようだ。彼はカトリーヌを引きはがしつつ、ドーラに握手を求める。
「先ほど、調香院長と副院長での審査のときにオブザーバーとして五年前の優秀賞受賞者である妻が参加していたんだが、かなり気にいっていたようでな」
 そう続けられた言葉に恐縮してしまった彼女は恐々ながらもその差し出された手を握る。怖がらせてしまってごめんねと彼は謝りつつ、優しく手を握りかえしてくれた。
「また明日の特別審査会場と授賞式で君と会うのを楽しみにしてるよ」
 打ち上げ会を楽しんでいってね、副院長は笑顔でそう締めくくる。じゃあねと笑ってカトリーヌとともに去った。

 打ち上げ会には当然、フレングス大公国のオルガやリュシルたちも参加していたものの、さすがに場をわきまえているのか、もめ事をおこすようなこともなく、平穏な時間が流れた。ドーラはレリウス男爵やゲオルギーたちとともに食事や余興を楽しんだり、アイゼル=ワード大公国の調香師たちと精油製造場の話で盛り上がったりした。
 食事は五大公国それぞれの特徴的な料理が出され、前に味わったアイゼル=ワード大公国の料理に懐かしさを感じた。
 その晩はこの二日間、どっぷりと疲れたのか、宿に戻った瞬間、少しだけへたり込んでしまったものの、明日帰るための準備をしなくてはならず、結局、ベッドに入ったのは夜が更けてからだった。


 翌朝は昨日とは違い、ドーラが食堂に入ったときにはまだ、ほかの四ヶ国の面々が残っていた。
「よく寝れたみたいだね」
 笑顔で出迎えてくれたエルスオング大公国の調香師たち。はいと笑顔でドーラは返した。
「じゃあ、しっかり食べて、特別審査会場に向かおうか」
 レリウス男爵の意気込みに頷く面々。誰にも負けないという気概がそこには見えた。

 特別審査会場はエルスオング大公邸。
 護衛に固められた馬車に各国五台ずつに分乗し、そこへ向かう。いくら伝統的なこととはいえ、いつもエルスオング大公邸に行くのとはまた違った緊張がある。
「緊張してるわね?」
 同乗したシャルロッタ院長にからかうような口調で尋ねられたドーラはバレちゃいましたかと苦笑した。
「はい。いつもは気軽に行ってますが、こうやって向かうのははじめてなので、やっぱりあそこは本来ならば、私の住む場所せかいとは違うんだなぁって」
 赤裸々に告白すると、私も昔はそうだったわねと院長も懐かしむ。
「私も元はポローシェ侯爵の従妹という身分で大公邸に出入りしていたけど、ひょんなことからマザーグリム家に養女となって調香師になり、大公邸で開かれる特別審査にこうやって馬車で移動するときに自分は特別なんだって恐怖を覚えたものよ。むしろ、それが普通」
 心配することないわと院長は安心させるような口調で語ってくれた。

 調香師会議の会場とエルスオング大公邸の距離は短い。すぐにエルスオング大公邸最後の戦場についた。
「さあ、行きましょう」
 シャルロッタ院長に促され、先に馬車から降りたフェオドーラ。エルスオング大公国の調香師たちが五ヶ国の中で一番はじめにここに到着する。ドーラとシャルロッタ院長は最後の馬車に乗っているため、ほかの調香師たちはそろっているはずだが、その姿は見えず、そのかわりに五大公国の君主、五大公が並んでいる。
「ようこそ、フェオドーラ・ラススヴェーテ調香師。そして、シャルロッタ院長、ご苦労さん」
 横に並んだ五人の中央、開催ホスト国の君主、エルスオング大公がそう二人に声をかけた。ドーラは几帳面に頭を下げ、シャルロッタ院長は全くさと肩をすくめる。いつもならば気兼ねなく話せるドーラだが、ほかの四ヶ国の君主がいるせいか、シャルロッタ院長のように気軽に話せなかったが、大丈夫というように肩をシャルロッタ院長に叩かれた。
「さあ、行こう」
 ドーラたちが降りてからも次々とほかの国の調香師たちがそろう。玄関先で詰まらないよう、屋敷の中に進んだ。五大公の一人、ドーラの下へ以前治療にきた君主、そして、この場へ来る原因となった人物とすれ違うときに視線を感じたが、振りむくことはなかった。
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