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本編 第一章

ボーイ・ミーツ・ガールは森の中

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 頬を撫でる冷たい風、伝う水滴の感触に僕は、意識をようやく取り戻し目を覚ました。

「あっ!やっと起きた!」
「よかった…!ねえ君、大丈夫?!」
「えっと、あの…?」
 覗き込む女の子二人の存在に、僕は訳が解らないと、その場を見回した。
 よく見てみるとそこは、どこかの森か林の中のようだ。僕を覗き込むのはひとりは、どこかで見たことがあるような髪の長い黒髪の女の子。もう一人は、女性と言うにふさわしい外見をしてはいるが、日本人ではない、ブルーの瞳に染めたとは思えない髪質だが綺麗なブラウンの色をしたショートボブの髪型をした、いかにも異世界ですね解ります!と言ったようなRPGでよく見るような服装をした子が僕を介抱してくれていたようだった。
「ここ、は…?一体・・・っれ、零はっ?!」
 ずきん、と鈍い痛みが頭の一部から走る。どこかを打ったのかもしれない。
 ぐらりと、一瞬目が回る時みたいに視界がぐるぐるしたせいで起き上がろうとしても無理に起き上がれず、困惑する。
 そこに、見覚えのあるような髪の長い女の子が、僕に抱き着いてきた。
「ハジメ!ハジメ!よかった!!」
「えっ誰っ」
 ぐずぐず泣きながら、女の子は言う。
「れ、零、だよ、ボク、こっちではこんな感じになっちゃうの、ううっ、ハジメ、起きてよかった・・・っ」
 うわぁん、と泣きじゃくる彼女は確かに、先ほどまで一緒だったはずの零の面影をしていた。鎖も確かにつけてるままだしね。ただし、12才ちょいぐらいの成長した顔立ちをしているし、あの、胸、うん、ささやかな胸だけど、当たってます。
「心配、かけたな…」
 そう言いながら零の頭を撫でてやる。うっすらと、首の周りが赤く擦れて痛々しい痕を残していたけれど、彼女にとっては自分のその傷よりも、僕の心配してくれたのだと思うと、すまなさが込み上げてくる。
 ぽんぽん、と軽く頭をたたいて、撫でて、の繰り返しをするたびに彼女はますます泣きはらしていた。
 そんな彼女をよく見てみると、今いる場所ではどうやら、零は少し成長した姿でないと存在することができないのか、見た目が中学生ぐらいの姿に見えた。十代には違いないけれど、小学生というよりかは中学生ぐらいの印象を持っている。それでも、昨日の午後から共にいた身としては複雑と言っていい状況だ。
 その隣では、やれやれとため息をついた女性が腰を落ち着かせていた。
「君達、ここで倒れてるんだもん、びっくりしたよ~。夜魔よまの森でなんて、危なすぎ。」
「……?あの、ここは、一体」
 おそらく彼女は、この場所が危険な場所なのだと教えてくれているのだろう。
 意図して来た訳ではないし、一応ここに引きずり込まれた身としては、場所を選ぶ選択肢などあるはずもない。だからといって、初対面の、説明を出来る間柄でもないから、彼女にどう説明するかも考えてしまう。
 僕が黙り込んでしまっているのを見て、彼女は何かを察したのか、ふむと僕と零をまじまじと見ては、試案にふけっているように見えた。
 へえ、とか、ああそうか…とか、呟きながら僕の体をチェックしながらうーん、と唸って何か考える。
「君、どっちにしてもこのままって訳にいかないから、森出よう。っていうか、うちまでおいでよ。」
「はあ、助かります…」

 夜魔の森という場所から、女の子が案内してくれた家まではさほど遠くないようで、歩きで10分ぐらいの所で、広い石造りの建物や木造りの建物がならぶ場所だった。
 どうやらこの場所は、町、というか集落のひとつのようだ。一番目立つ、石造りの建物に迷いもせず入り込むと、宿なのか役所なのかよく解らないような内装が目に浮かんだ。
「ここ、うちの親が経営する冒険ギルドなんだ。二階が宿泊施設にもなってるから、遠慮とかいらないからね。」
 女の子の年齢は、たぶん18ぐらいといった所だろうか。零が彼女と並ぶと、少し幼く見えるからそう思うだけなのかもしれないが、垢ぬけた雰囲気が漂う表情からは、少なくとも この世界でも成人はとうに迎えているはずだ。服装は、前開きのシャツに、腰を布で巻き付けてキュロットのようなズボンを履いている。下はニーソックスのようなものを履き、膝あて、のようなもので膝をカバーして、ショートブーツを履いているスタイルだ。
 前開きのシャツは、紐で縛って閉じられるようになっており、三連穴で紐をクロスにしてとじている。頭にはバンダナをして、さらにゴーグルのようなものを耳にかけているのが彼女の特徴と言える。傍から見れば、RPGにいる女の子としても、ごくごく普通の一般人にも見える、それが僕の第一印象だった。
 そんな子だが、現代の一般女性よりもはるかに力はあるらしく、軽々と僕を背負っている。一般男子が女の子に背負われているってどんな公開処刑ですか!とも思うけれど、頭を怪我しているせいで、満足に立つ事もできないからと、彼女は軽々と僕を背負ってここまで連れてきてくれていた。もちろん、零も一緒だ。
 女の子は、すう、と息を吐くが否や、叫ぶ。
「親父ー!二階の角部屋、使うよー!」 
「ああん?マリカ、何言ってやがる…って、おい、どうしたそいつ」
 二階にいたらしい、彼女の親父さんらしき人が、出入り口付近を見下ろしてきた。
 ぼさぼさのブラウンの髪に、鼻の下から顎にかけて、毛並み一杯の髭。女の子のバンダナの色と同じバンダナをつけている事で、唯一家族かなんかなんだなと解る姿はうわあ…と思うしかない。太っている訳でもないけれど骨太と解る体系は、がっしりとしていて彼がここのリーダーであると言う事を言うに語っている。
 ちょっと、ドワーフぽい人だなあ、なんて思いながら「すいません、お世話になります…」などと僕はこぼした。

 マリカ、と名乗る女の子は、階段を上ってすぐの角部屋の扉を足であけて、僕をベッドに下していった。
「悪いね、こっちの部屋のほうが何かと怪我人の対応はできるからさ。後で、親父に頼んで薬出してもらうから、それまで寝てて。あと、えーと、レイ、ちゃん?その子」
「いえ、助かります」
 僕はひとまず安静にしとけ、というらしく、横になったままで対応する。
 零は相変わらず心配そうにしているけれど、森とか、不安しかない場所でいるよりかは少しはましな顔をしていた。少しホッとしてきたのか、冷静になってきているように見える。瞼を真っ赤にしてすまないと思いながらも、零に、ほら、挨拶、と声をかける。
 その僕の言葉に、零は、ガタガタ震えながら、思いもしない名前を発していった。
「わたし・・・?わた、私・・・ゼロ。ゼロ・ヒダカ・ガヴラス。ガヴラスの娘。レイは、私の、もう一つの名前、」
 ごめんなさい、ごめんなさい、と零は泣きじゃくる。
 零が言った名前に、マリカは、仰天したようで目を見開いていた。

「ガヴラス・・・って、あの、ハリー・ガヴラスの、娘・・・?!」
「…?あの?」
「ちょっと!!!!あんた、知らないの?!ハリー・ガヴラス!」
 なにも知らない僕は、ただきょとんとするしかない。
 なんでも、ハリー・ガヴラスという人は、一部では英雄視している偉人だという。
 今でこそ、彼の名前は下手に外で口出してなならない状態だが、冒険者達にとっては、ヒーローと言っていい存在のようだ。詳しくは言えないけれど、元勇者で、現・勇者の親友だったらしい。
 だった、というのは、ハリーは、とうに亡くなっているからのようだ。ただ、現・勇者は今現在、ハリーをえらく毛嫌いしているらしく、表立って彼の名を口出す輩がいるだけでもかなりまずいらしい。しかも、その勇者、最近では後暗い噂があるようで。魔の道に走っただとか、勇者をやめて魔王になっただとかエトセトラ。
 まあ噂半分に聞いたほうがいい内容なのだろうけれど。
 零も、それは解っているみたいだけど、どうやら以前、うっかり口を滑らせたら誰とも解らない奴ら…しかも女性に半殺しされる羽目になったようだ。それもあって、女性恐怖症とまではいかないけれど、それに近い状態にまでなって、あまり大人の女性にべたべたするのはできないようだった。
 その話を聞いて、僕はようやく納得する。零は、店長と一緒に眠るのは怖くてできなかったのだと。店長は、決して乱暴をする人ではないけれど、そういう過去があった子供が、簡単に大人の女性に触ったり、べたべたしたりなんて、勇気がいる事なのだ。
 しかも、その問題を起こした女はどうやらマリカと年齢が近いらしく、ちょっとマリカが動くだけで、ビクビクしているのだから、相当ストレスになっているだろう。
 僕にシーツをかけるだけの動作でビクビクする零の姿には、マリカもさすがに苦笑いするしかない。
「ご、ごめんなさ・・・」
「いいよ、無理するなって。私も君の負担になるような事はしたくないしね。それに、ガヴラス卿は、私ら冒険者にとってはヒーローなんだ。その娘なんだ、ここにいる間は安全を保障する。」
 ありがとう、と僕が言うと、マリカはどういたしまして、と言って、部屋を後にしていった。
 
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