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第一章 出発(たびだち)

2-6  教官(後)

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「要するに、マッテオなにがしの身元がいっさいわからないのであります。書類上も、マッテオなにがしがこの学舎の正規の教官であることは、間違いないであります。でも、マッテオなにがしのその前の経歴がいっさいたどれないのでありますよ」

 場所をカルターナ中心部の公園に移して続きを話す。学舎からはシルドラの転移魔法で出た。しかし、気に入ってるのかな、「マッテオなにがし」……。

「正確に言えば、この学舎の教官になる前、マッテオなにがしは冒険者でありましたが、冒険者などわたしでもなれるくらいでありますから、身元不明者も同然であります。その前がわからないのであります」

 ちょっと一点突っこみたいところはあったが、それはいまは我慢だ。

「それはそんなに不思議なことなのかな?」

「ただわからないのであれば、あたりまえのことであります。ただ、マッテオなにがしと組んでいた冒険者を見つけて話を聞くと、マッテオなにがしは冒険者になる前、ある小さな商家の息子であったと言っていたそうであります。その商家でありますが、五年ほど前に火事で焼け、店をやっていた老夫婦が焼死したそうであります」

「それで冒険者になったのか。それと、『マッテオなにがし』はもういいから」

「そうでありますか……。それで、その商家があったところの近所で話を聞いたでありますが、たしかにマッテオぐらいの年頃の息子はいたそうであります」

「それじゃ、そのとおりなんじゃないの?」

「ですが、その息子の小さいころを知っている人間がほとんどいないのでありますよ。その老夫婦を昔から知っている人間も、そこに話が及ぶと歯切れが悪くなるのであります」

 シルドラさん、あなたベテラン刑事ですか? この短時間でこの情報量とか、どんだけだよ。ただ、あまりにすごすぎて、まっとうなやり方で話を聞いているのかどうかが不安になってくるけど。

 マッテオの経歴、その前に実の父との二人旅、とかいうのがあれば、松本〇張大先生のかの名作にそっくりな話だな。ひょっとしてその火事が、事故でなく事件だったとしたら、ほんとうにきな臭くなってくる。いずれにしても、シリル・マッテオという男が、「好奇心が強いだけのまじめな教官」である可能性はかなり低そうだ。



「マッテオがなにを狙って学舎の教官をやっているか、はともかく、まっとうではない、壊れたヤツではありそうだね」

 壊れた人間、というのは、ぼくのターゲットでもある。いまのところ、ぼくはマッテオにあまりよい感情を持ってはいないが、好き嫌いと使えるかどうかはわけて考える必要がある。

「どうするであります? とりあえずは観察だけにしておくでありますか?」

 問題は、ぼくが彼を自分のために使えるかどうか、ということだ。彼は、ぼくを何かのために利用しようとしている。そこだけを見れば、互いを利用し合うという関係は成立するように見える。だけど、ぼくと彼の利害が一致するという未来が、今のところ見えてこない。

「うーん、やめておこう」

「理由をきいてもいいでありますか?」

 シルドラは、こちらを探るような鋭い目でぼくを見る。こういう目もする人なんだな。その身にまとう雰囲気も、心なしか切れ味を増している。

「こちらがどう出ようと、マッテオはぼくへの疑いを解かないし、ぼくを探り続けるよ。そして、ぼくは彼がうさんくさい人間で、壊れた人間でもあることを知ってる。ぼくを探っていることも知ってる。今はそれで充分じゃないかな。彼を調べるためにこれ以上時間をムダにする必要もないと思う」

「時間のムダ、というのは同感であります。わたしはあの男をさっさと消滅させてもいいと思うでありますが、アンリ様に任せるであります」

「うん、実はぼくもそれでいいとは思い始めてるんだ。直感だけど、マッテオの壊れ方は、きっとぼくとはかみ合わない。だけど、今のぼくの力だと、あの男を始末しきれるかどうか自信がない」

「わたしがやってもいいでありますよ?」

「それはだめ。シルドラはぼくのパートナーであって、部下でもボディガードでもないんだから、ぼくがやらなきゃいけないことを、かわりにやってもらうのはスジが違うよ」

 ぼくの言葉に、シルドラはにっこりと笑った。

「なかなか、かっこいいことを言ってくれるでありますな。でも、弱いうちはおとなしく守られておくのも、英雄さまのフトコロの深さでありますよ?」

「なるべく早く、守られる必要がないようにするよ」

「期待しているであります」



「ところで、せっかく外にいるでありますので、なので冒険者登録を済ませておくのもいいと思うでありますよ。学舎以外でアンリ様が力を付けるとすれば、やはり実戦がいちばんの近道でありますからな。」

 おお、そうだ。転生と言えば冒険者。それに、このテンプレはどうやら実現できそうだし、それならばぜひ早いうちに、と思っていたのだ。

「登録は十二歳から、ときいたけど、大丈夫かな?」

「そうなのでありますか? 知らないであります。大丈夫でありますよ」

……あれえ? タニアはそう言ってたし、それはシルドラがなんとかしてくれる、って言ってたけど、ちょっと理解が違うな。

「とにかく、冒険者ギルドに行くでありますよ。ちょっとここで待っていてほしいであります」

 そういって、シルドラはいきなり姿を消し、数瞬後にまた戻ってきた。さきほどのメイドルックではなくガウン姿だ。そして、なんと耳がとがっている。これはエルフか!? エルフなのか!?

「シルドラって、エルフだったの?」

「えるふ、とは、なんでありますか?」

 そうか、エルフは、あくまで地球で考えるファンタジー世界で地位を確立した種族であって、この世界にはトールキン先生はいないよな、そりゃ。小さいとはいえ、ぼくからまたひとつテンプレが奪われた。

「いい。なんでもない。それより、シルドラは斥候じゃないの? まるで魔法使いみたいなスタイルだけど」

「本職は斥候でありますよ。でも、冒険者として活動するときは、魔法使いでとおしているであります。これでも、魔族に連なるものとして、そこそこの魔法は使えるであります。魔法使いだと、だれかの後ろにいるのがあたりまえでありますので、暗殺対象が油断したりするでありますよ」

 ちょっと、すごく、かなりヤバい話を聞いているのではないだろうか。ああ、そういえばタニアも、暗殺術はぼくより上、とか言ってた。気にするのはやめよう。頭を切り換えなきゃ。そうか、シルドラは魔族なんだ。シルドラは魔族、シルドラは魔族……。

「魔族は、種族として魔法が得意、って考えていいの?」

 よし、現実逃避に成功した。

「まあ、そう考えて間違いないであります。わたしの一族はその中でも魔法の適性が高かったでありますが、わたしはちょっと出来そこないであります」

 シルドラがちょっとシニカルに笑う。あ、違うデッドエンドに向かいそうだ。

「で、でも、タニアはシルドラと相談すればすべて問題ない、って言ってたよ? 実際頼りになるし」

 ほんとうはタニアもそこまでは言っていないが、ウソも方便だ。ここまでのほんの短い時間でも、頼りになるのはまちがいないしね。

「そうでありますか! 光栄であります!」

 ふう、復活してくれた。逆戻りしないうちに、早く冒険者ギルドに連れていってもらわなきゃ。

「うん。だから、早く冒険者ギルドに行こう! 夕食までには、ぼくも学舎に戻らないとまずいだろうし」

「そういえばそうでありますな」


 歩き始めたシルドラだが、すぐに立ち止まった。

「ひとつ言うのを忘れていたことがあるであります。わたしは冒険者ギルドでは、アメリ、という名前で登録しているであります。ギルドの中や、冒険者の前でわたしを呼ぶときは、そちらの名前でよろしくお願いするであります。そして、アンリ様も、偽名を考えておいてほしいであります」

「うーん、急に言われてもな……。偽名ね。まったく違う名前を考えるのもめんどくさいし、間違いやすいから、リアン、でいいや」

 ただひっくり返しただけとか、安直にもほどがあるとは思う。でも、偽名を使うときは、自分でわかりやすくしておかないと、とっさの時にボロが出るからね

「リアン、でありますね? 了解であります。それでは、ギルドに向かうであります」

 ヤバい、心が浮き立ってきた。ぼくは見てくれは八歳のガキンチョだし、中身はともかく、シルドラは超絶美人だ。そのふたりが連れ立って冒険者ギルドに行くとなれば、これはさすがにテンプレが来るだろう。ギルドに入ったぼくらを見る好奇のまなざし。受付に向かう途中で道をさえぎるチンピラ冒険者。一触即発の空気の中、ボクらと冒険者の間に割ってはいるベテラン冒険者……。うう、ワクワクしてきた。

「早く、早く行こうよ!」

 ぼくはほんとうの八歳児のようにはしゃいで、シルドラをせき立てた。
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