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第一章 出発(たびだち)

4-3  作戦会議(後)

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「で、アンドレッティだがの、第一夫人とその娘が死んだとなれば、まずは第二夫人が怪しいと思うじゃろ?」

「まあ、ふつうに考えればそうですね」

「じゃが、事件のすぐあとに第二夫人ミリアとその娘セレスは領地のはなれの屋敷に自ら謹慎したんじゃ。喪に服すためと、身に覚えのない疑いをかけられることに耐えられそうにないというのが理由じゃ。王家の呼び出しにも応じておらん」

「すると、正妻とその嫡子の座がほしいための凶行ではないということ?」

「もともとマリアもミリアも男児は産めておらんから、正妻や嫡子の座はさほど意味はないじゃろうな。それに、ふたりの関係がうまくいっておったのはわしも知っとる」

「では、だれが第一夫人とその娘を邪魔にしたのか、でありますな?」

「ふたりを排除すればただちににだれかが利益を得る、という状況でなかったことはたしかじゃな。どちらにも男児が生まれておらん以上、アンドレッティ公爵家の嫁送り込み競争はまだ終わってはおらん。しかし、側室の数に制限があるわけでなし、わざわざ第一夫人を亡き者にする意味はないわい」

 そのとき、シルドラの目が異様に光った。その表情は、いままで見たことのない触れれば切れそうな雰囲気をまとっており、すこしだけ口元がほころんでいる気がした。最近彼女のダメなところばかり見ているだけに、違和感がすごい。

「ひとりだけ、いや、ひとつだけ意味のある家があるでありますよ」

「あっ!」

 おくればせながら、ぼくの頭にもひらめいた。娘を送りこめばそれでおしまい、の競争の中で、そのままの状態では送りこめない家がひとつだけある。
 シルドラがぼくをみて、目でうながす。ひょっとして試しているのか?

「第一夫人マリアの実家だ」

「たしかジェンティーレ伯爵家でありましたな。第一夫人を出している以上、さらに娘を送りこむことは不文律を破ることになるでありますよ」

「恐ろしいやつらじゃな、おまえさんら。まだ具体的な動きはだれも見せておらんで、そこまでは考えんかったが、理屈は通るわい。それに、ジェンティーレ伯爵家はごく最近代替わりしとる。当主だったジュリオが身体をこわして、弟のシルベストレに家督をゆずって引退したんじゃ。シルベストレの上のふたりの娘は結婚しとるが、三女ヘラは十七歳、まだ嫁にいっとらん」

「これはその家督相続も含めて調べる必要があるね」

「それだけひろがりが大きくなれば、むしろ調べるのはラクでありますよ。ボロを出すヤツもふえるであります」

「こちらの期限は三週間だね。ぼくの魔法の訓練が終わる二週間後にその段階の情報を整理しよう。いけそう、シルドラ?」

「余裕でありますよ。ただし、やり方はまかせてほしいであります」

「というと?」

「ほんとに聞きたいでありますか? あまりおすすめしないでありますが」

「あ、やっぱりいい。まかせるから好きにして」



「おまえさんら、この話をリュミエラの嬢ちゃんにするつもりかの? ずいぶんと堪えるじゃろうが……」

「リュミエラのためにやっていることですよ。でなければ、こんなめんどうくさい話にだれが首を突っこみますか」

「じゃがの……」

「ぼくたちは、リュミエラが望みを果たすために、よけいな考えをさしはさまずに全力で協力することを約束しました。そして、リュミエラはすべてをかけて望みを果たします。それだけですよ」

「わかったわかった。もうなにも言わんよ」

「そうしてください。すべて終わったらあらためて話しますよ」

「ここまでくると、ぎゃくにこれ以上かかわらん方がいいような気もしてきたんじゃが、まあええ。じっくり聞かせてもらうとするわい」

 大きなため息をつきながらそう言ったジルは、ふと表情を戻した。

「ときに、リュミエラの嬢ちゃんはいまなにをしとるんじゃ? そこのシルドラの嬢ちゃんの家に寝泊まりしとるようなことを言うとったが、いまはおらんのじゃろ? 死んだことになっとる娘が、あまり出歩かんほうがええぞ」

「いまはぼくの師匠が鍛えてます。ちなみに、リュミエラはどのくらい戦えるのか、ジルは知ってます?」

「そばで観察したことはないがの、基本的には娘の剣術の域は出とらんかった気がするの。ただ、アンドレッティも武の家柄じゃて、娘といえども基礎から鍛えておったはずじゃ。あそこの騎士団にも腕利きはおるでな。学舎に入ってからは知らん」

「魔法は?」

「感じる魔力は悪くなかったがの。本格的に学んだことはないはずじゃ」

「うーん、どうなって帰ってくるかな。ちょっと楽しみだね」

「わたしのカンでは、そこそこ使えるようになって帰ってきそうでありますよ。みた限りでは、動きは悪くないであります」

「おまえさんの師匠、と今言ったの? そもそもおまえさんは、どうやって魔法を身につけたんじゃ? おもだった領地貴族の魔法使いはだいたい頭にはいっとるが、おまえさんのところにそんな腕利きがおったか? おまけにそいつは魔法だけでなく剣も鍛えておるのか? そんなヤツがおれば、噂にくらい聞いたことがあると思うんじゃが」

「それもまたいずれ、ということで。そろそろ失礼しますよ」

「ん、そうか? 馬車で送らせるかの?」

「いえ、それも変でしょう。伯爵家の屋敷に寄っていきますよ」

「それもそうじゃな。気をつけて帰るがええ。聞きたいことがあったら、また森の小屋に来てかまわんぞ」

「ありがとうございます」

「あ、シルドラの嬢ちゃんはいつ来てもかまわんぞ? なんだったら泊まっていってもええ」

「ごめんこうむるでありますよ! すこし見直していたところでありましたが、全部台無しであります!」 



 ジルの屋敷を出てシルドラともわかれ、伯爵家の屋敷に立ち寄った。カトリーヌ姉様はとても喜んでくれて、延々とお茶につきあわされた。夕食まで出されそうになったので、なんとかごまかして屋敷を出た。

 こういう時間は楽しい。でも、あまりそういう時間が続きすぎると苦しい。もうすでにぼくは壊れた側の人間なのかな?

……あたりまえか。ふつうの八歳児が奴隷を買ったり人を殺す決断をしたりするはずがない。
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