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第一章 出発(たびだち)
4-4 刃の上の日常(前)
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ここ十日ほど、淡々と毎日を送っている。
朝食前に剣の訓練をしているが、午前はまじめに授業を受ける。昼食の後は魔法学の授業がある二の日と四の日以外は即図書館へ……向かいつつマッテオの追尾を消してジルのところへ。魔法学の授業のある日も、終了後は同じ。夕食までひたすら魔法の指導を受ける。
ジルの指導は魔法のイメージ作りにほとんどの時間を費やしている。精霊の力を介して発動する属性魔法に関しては、ぼくは基本中の基本をタニアから学んでいるだけだ。精霊がなにをできるのか、それにどのくらいの魔力を必要とするのか、それをどのようにイメージするのか、を繰り返したたきこまれている。ぼくは詠唱を必要としないけど、イメージを正確に精霊に伝えられなければなにもできないからね。
「マッテオがおまえさんに魔法を撃ってきたときのことじゃが、あやつが無詠唱で撃てるとは思わん。せいぜい無声詠唱ができるくらいじゃな。。それも、おまえさんが魔力の動きを感じなかったとすれば、その場では精霊に命令を伝えとらん。教室に入ったときには詠唱を完了させておったのではないかな」
「そうすると、実際にやり合うときには発動速度ではぼくに分がある、と思っていいんですか?」
「そういうことになるの。じゃから、相手の魔法の発動を阻害すること、相手が撃ってくる魔法を先読みして反対属性の魔法をうまく使うことに集中するとええ。そうすれば、おぬしが魔法の発動を物理攻撃にうまくつなげれば優位に立てるじゃろ。間違っても相手を魔法で削ろうなどと欲張らんことじゃ」
「先読み、といわれてもなかなかむずかしいです。詠唱を聞けばわかりますが、もし無声詠唱で来られるとマズいのでは?」
「どの属性の精霊が動いているかを感じられれば、来る魔法の属性はわかる。もしあやつが無声詠唱を使えても、おまえさんが精霊の声を聞ければ教えてくれるじゃろ。つねに精霊の声に耳をかたむけることじゃ」
「ハードル高いですよ……」
「はーどる、とはなんのことかわからんが、おまえさんはせっかく精霊に愛されておるのじゃ。精霊の力をうまく借りることをおぼえるんじゃな」
こんな感じで毎日ジルはぼくを鍛えてくれている。夕食のころには、もうヘトヘトだ。時間になるとマルコと食堂にむかうが、たまにマルコがぼくに話しかけているのに気づかないときがある。
「アンリ、最近疲れてない?」
「あ、わかる? 最近疲れがとれなくてさ、いくら寝てもダメなんだ」
「まえ、おじいさまがそんなことを言ってたよ。アンリもそうなのかな」
そんなことを言いながらテーブルにつくと、ほどなくリシャールとルカがやってきてぼくたちの前にすわる。昼も夜も、最近はこの四人でひとつのテーブルにすわることが多い。なかよし四人組という感じである。
「アンリ、明日の昼食時間、なにか予定はある?」
四人ともそろそろ完食、というタイミングでルカがきいてきた。
「特にないよ。どうせこの四人で食べることになるんじゃないの?」
「あのね、ベアトリーチェが相談があるんだって。ぼくにアンリを連れてきてくれって、今日図書館で会ったときに頼まれた」
「べつにいいけど、なんで直接言わないんだろ? 魔法学の授業が終わったあとなら、そのまま話せるじゃん?」
「アンリは最近の自分の様子、わかってないよね。先週も、昨日も、授業が終わったら怖い顔してさっさと出て行っちゃったよ? あれじゃ、ベアトリーチェも声をかけられなかったんじゃないかな」
おっと、素人さんの八歳児にも気づかれるくらい余裕がなかったってことだ。これは反省。明日から気をつけよう。
「なんだよアンリ、デートでもあったのかよ?」
マルコが茶化してくる。ホントに無意味な茶々だ。目の前にいるイケメンくんがいるかぎり、そんなことは不可能だろう。ベアトリーチェを除いたクラスの女子全員、ほかのクラスの女子の大半がリシャールの取り巻きだ。
「誰とデートするんだ? リシャールに紹介してもらうしかないぞ?」
「ちぇっ、そうなんだよな。リシャール、一人くらいぼくに譲ってくれよ」
「ぼくに言われても困るよ。連れていってくれるならうれしいけどさ」
リシャールはげんなりとした顔でそう言った。うん、「持てる者」はいつもそう言うんだよね。圧倒的多数の「持たざる者」の気持ちなどなにもわかってくれない。
「でも、ベアトリーチェの相談ってなんだろうね」
「ぼくとアンリが相手だから、魔法学の授業についてじゃないかな」
「ルカはアンリが来たら用済みとか……」
マルコがいらんことを言う。引きこもり体質のルカには、そういうことを言っちゃいかんよ。
「それはひどいな……」
ほら、ルカも少しだけ心配しちゃってるじゃないか。ぼくは無言でマルコの頭にチョップを食らわせておいた。
八歳児が寝静まった夜の時間は、シルドラが報告にやってくる。
「ようやく話が聞けたでありますよ」
以前シルドラが接触した冒険者は、問題なく終わった護衛任務を一度いっしょにこなしただけで、マッテオがどのような戦い方をするかなど、ぼくが知りたい情報はもたらしてくれなかった。そこでシルドラが、ほかに彼と組んで、戦闘をともなう任務をこなしたことのある冒険者を探してくることになった。これが難航した。
ギルドの記録からマッテオが過去にどのような任務を誰とこなしたか、ということは比較的簡単にわかった。もちろん、ここにはギルドが秘すべき情報がいとも簡単にわかるという問題があるが、ここはおいておくことにする。だが、カルターノにおいて接触ができそうな相手はいなかった。隣国のアッピアから流れてきていた二名を除いて、全員がその後死亡していたのだ。
ふつうならどうにもならないところだが、シルドラはタニアに土下座して、ゲートを使ってアッピアに行く許可をもらってくれた。ちなみに、ぼくも以前タニアといっしょに使ったことがあるルートだ。ことが終わったあと、三日ほどのブートキャンプと引き替えだったらしい。さすがに今回は申し訳ないので、一日好きなものを好きなだけ食べさせる、という約束で強引に納得してもらった。それでもシルドラの口からはプラズマみたいなものが漏れていたが……。
朝食前に剣の訓練をしているが、午前はまじめに授業を受ける。昼食の後は魔法学の授業がある二の日と四の日以外は即図書館へ……向かいつつマッテオの追尾を消してジルのところへ。魔法学の授業のある日も、終了後は同じ。夕食までひたすら魔法の指導を受ける。
ジルの指導は魔法のイメージ作りにほとんどの時間を費やしている。精霊の力を介して発動する属性魔法に関しては、ぼくは基本中の基本をタニアから学んでいるだけだ。精霊がなにをできるのか、それにどのくらいの魔力を必要とするのか、それをどのようにイメージするのか、を繰り返したたきこまれている。ぼくは詠唱を必要としないけど、イメージを正確に精霊に伝えられなければなにもできないからね。
「マッテオがおまえさんに魔法を撃ってきたときのことじゃが、あやつが無詠唱で撃てるとは思わん。せいぜい無声詠唱ができるくらいじゃな。。それも、おまえさんが魔力の動きを感じなかったとすれば、その場では精霊に命令を伝えとらん。教室に入ったときには詠唱を完了させておったのではないかな」
「そうすると、実際にやり合うときには発動速度ではぼくに分がある、と思っていいんですか?」
「そういうことになるの。じゃから、相手の魔法の発動を阻害すること、相手が撃ってくる魔法を先読みして反対属性の魔法をうまく使うことに集中するとええ。そうすれば、おぬしが魔法の発動を物理攻撃にうまくつなげれば優位に立てるじゃろ。間違っても相手を魔法で削ろうなどと欲張らんことじゃ」
「先読み、といわれてもなかなかむずかしいです。詠唱を聞けばわかりますが、もし無声詠唱で来られるとマズいのでは?」
「どの属性の精霊が動いているかを感じられれば、来る魔法の属性はわかる。もしあやつが無声詠唱を使えても、おまえさんが精霊の声を聞ければ教えてくれるじゃろ。つねに精霊の声に耳をかたむけることじゃ」
「ハードル高いですよ……」
「はーどる、とはなんのことかわからんが、おまえさんはせっかく精霊に愛されておるのじゃ。精霊の力をうまく借りることをおぼえるんじゃな」
こんな感じで毎日ジルはぼくを鍛えてくれている。夕食のころには、もうヘトヘトだ。時間になるとマルコと食堂にむかうが、たまにマルコがぼくに話しかけているのに気づかないときがある。
「アンリ、最近疲れてない?」
「あ、わかる? 最近疲れがとれなくてさ、いくら寝てもダメなんだ」
「まえ、おじいさまがそんなことを言ってたよ。アンリもそうなのかな」
そんなことを言いながらテーブルにつくと、ほどなくリシャールとルカがやってきてぼくたちの前にすわる。昼も夜も、最近はこの四人でひとつのテーブルにすわることが多い。なかよし四人組という感じである。
「アンリ、明日の昼食時間、なにか予定はある?」
四人ともそろそろ完食、というタイミングでルカがきいてきた。
「特にないよ。どうせこの四人で食べることになるんじゃないの?」
「あのね、ベアトリーチェが相談があるんだって。ぼくにアンリを連れてきてくれって、今日図書館で会ったときに頼まれた」
「べつにいいけど、なんで直接言わないんだろ? 魔法学の授業が終わったあとなら、そのまま話せるじゃん?」
「アンリは最近の自分の様子、わかってないよね。先週も、昨日も、授業が終わったら怖い顔してさっさと出て行っちゃったよ? あれじゃ、ベアトリーチェも声をかけられなかったんじゃないかな」
おっと、素人さんの八歳児にも気づかれるくらい余裕がなかったってことだ。これは反省。明日から気をつけよう。
「なんだよアンリ、デートでもあったのかよ?」
マルコが茶化してくる。ホントに無意味な茶々だ。目の前にいるイケメンくんがいるかぎり、そんなことは不可能だろう。ベアトリーチェを除いたクラスの女子全員、ほかのクラスの女子の大半がリシャールの取り巻きだ。
「誰とデートするんだ? リシャールに紹介してもらうしかないぞ?」
「ちぇっ、そうなんだよな。リシャール、一人くらいぼくに譲ってくれよ」
「ぼくに言われても困るよ。連れていってくれるならうれしいけどさ」
リシャールはげんなりとした顔でそう言った。うん、「持てる者」はいつもそう言うんだよね。圧倒的多数の「持たざる者」の気持ちなどなにもわかってくれない。
「でも、ベアトリーチェの相談ってなんだろうね」
「ぼくとアンリが相手だから、魔法学の授業についてじゃないかな」
「ルカはアンリが来たら用済みとか……」
マルコがいらんことを言う。引きこもり体質のルカには、そういうことを言っちゃいかんよ。
「それはひどいな……」
ほら、ルカも少しだけ心配しちゃってるじゃないか。ぼくは無言でマルコの頭にチョップを食らわせておいた。
八歳児が寝静まった夜の時間は、シルドラが報告にやってくる。
「ようやく話が聞けたでありますよ」
以前シルドラが接触した冒険者は、問題なく終わった護衛任務を一度いっしょにこなしただけで、マッテオがどのような戦い方をするかなど、ぼくが知りたい情報はもたらしてくれなかった。そこでシルドラが、ほかに彼と組んで、戦闘をともなう任務をこなしたことのある冒険者を探してくることになった。これが難航した。
ギルドの記録からマッテオが過去にどのような任務を誰とこなしたか、ということは比較的簡単にわかった。もちろん、ここにはギルドが秘すべき情報がいとも簡単にわかるという問題があるが、ここはおいておくことにする。だが、カルターノにおいて接触ができそうな相手はいなかった。隣国のアッピアから流れてきていた二名を除いて、全員がその後死亡していたのだ。
ふつうならどうにもならないところだが、シルドラはタニアに土下座して、ゲートを使ってアッピアに行く許可をもらってくれた。ちなみに、ぼくも以前タニアといっしょに使ったことがあるルートだ。ことが終わったあと、三日ほどのブートキャンプと引き替えだったらしい。さすがに今回は申し訳ないので、一日好きなものを好きなだけ食べさせる、という約束で強引に納得してもらった。それでもシルドラの口からはプラズマみたいなものが漏れていたが……。
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