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第二章 陽だまり
5-4 王者(八歳)vs人殺し(八歳)
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「どうしたものかな?」
「どうしたものでありますかな?」
「どうしたのですか?」
似たようなセリフだが、一人だけ言っていることがまったく違う。
リシャールとの勝負の日が近づいてきている。彼は忘れてくれるどころか、寮の部屋に「あと○日」という日めくりまで作って自分を奮い立たせている。食事のときも毎日必ず一度は話題に出す。フェリペ兄様の日程も押さえてある。それが、次の聖の日だ。ちなみに今日はその前の聖の日。七日後である。
勝負を挑まれたときは、「身体が動かない」とか言って逃げたわけだが、もちろん身体は動く。それに、総合的な戦闘能力は学舎に入った後も上がっていると思う。だが、リシャールとの勝負はどうにもマズい。
「まともにやれば、アンリ様がふつうに勝つでありますが……」
「それではいけないのですか?」
「いや、勝ったらおかしいでしょ? 剣術を選択してなくて、人前で剣を振るのを見せたこともないヤツが、学年はおろか、三回生くらいまで含めても敵なしのリシャールに勝っちゃったら、学舎中が大騒ぎになっちゃうよ」
「おまけに勝負は両手剣でありますからな。アンリ様はここしばらく、ラクをするために両手剣をまったく使っていなかったでありますから、腕は明らかに錆びついているでありますよ」
「結果と効率を重視したと言ってくれないかな!? 絶対に両手剣を使うよりも合理的な選択だったと思うよ?」
「最近の冒険者としての任務でも、同じことが言えるでありますか? 短剣である必要は全くなかったでありますよ?」
「う……それはそうだけど」
「負けてみせることはできないのですか?」
「リシャールが思った以上に強いんだよ。フェリペ兄様相手にあれだけ粘れるとは思ってなかった」
「アンリ様の腕が鈍っていることを計算に入れると、不自然に見えないような負け方をすることができるかどうか、微妙なところでありますな」
「いっそのこと、三年後くらいに言ってくれてたら、そんなに苦労しなくてもふつうに負けてたんだけどなぁ。フェリペ兄様もよけいなこと言うから……」
「フェリペ様もアンリ様を困らせたかったのでは? 学舎時代の記憶しかありませんが、フェリペ様はわたくしたちの学年にも聞こえてくるくらいの有名な方でした。おそらく、お父様が『アンリ様がいちばん才能がある』とおっしゃったのは、フェリペ様の数少ない屈辱だったのではないかと」
「なるほど、それは十分にありえるでありますな」
「フェリペ兄様……大人げないですよぉ」
「わたしでよろしければ、いつでもお相手させていただきますよ」
結局、困ったときのセバスチャン頼みだ。とにかく、両手剣を使う感覚だけでももとに戻さなきゃならない。
「おまえさんがそんなに困っとるのを見るのも、そうないことじゃの。まあ、せいぜい苦労することじゃな」
ジルもなんとも楽しそうに突き放してくれる。完全に他人ごとだ。
セバスチャンの剣は、ほんとうに美しい。同じ武器を持って構えると、それが前よりもよくわかる。力が抜けてムダのない構え、動かない剣先、こちらのどんな動きも見逃さない目線。向き合っているだけで、自分の構えの悪いところがわかってくるような気がする
「まいります」
ほとんど予備動作なしに剣先がこちらに直線的に飛び込んでくる。反射的にそれを右に払うが、その払われた剣がなめらかな動きで円を描いてふたたびぼくに襲いかかる。あわてて防ぎにかかるがそこでぼくの足が止まる。そしてまな板の鯉だ。とにかく防御のカンを戻さないとマズい。強引に距離をとろうとするが、セバスチャンはそれを許さない。そして数合ののち、ぼくの喉のところに剣が突きつけられた。
「悪くはありませんが、少し動きがわかりやすいですな。もう少しいろいろな形を試してみましょう」
一週間、とにかくセバスチャンに打ちこみ、打ちこまれ、できるだけ多くのパターンを頭に入れることを心がけた。ひとつの動きに続く動きのイメージを増やすことで、対応の幅を広げた。
そして七日後の聖の日、ぼくはリシャールと向かい合う。
「勝負あったとぼくが認めるか、降参をすれば終わりだ。いいね?」
フェリペ兄様の確認にリシャールとぼくがうなずく。一度剣を軽く打ち合わせてから距離をとって構え、兄様の合図を待つ。剣は刃を潰してあるが、まともに入ればケガは避けられない。
横で見ているのはイネスとマルコ、ルカ、そしてなぜかベアトリーチェとマイヤがいる。なんで増えてるんだよ!?
「はじめ!」
顔の前で剣を構えたリシャールが、鋭く踏みこんでぼくの顔のあたりに切り込んでくる。受け止めさせて動きが止まったところから力でぼくの姿勢を崩すのが狙いだろう。そして、ぼくの今日の課題は、狙いを外すことだ。
襲いかかる剣の軌道を見て、剣のなるべく先の方にむかって自分の剣をぶち当てる。なるべく根元に近いほうを当てるように心がけた。激しく剣がぶつかり、ぼくとリシャールは互いに距離をとる。今度は全力で突き込んできた。少し低い姿勢から、走ってくる剣の先端にむかって切り上げる。ふたたびふたつの剣がぶつかり合い、はじけた。
今度はリシャールが少し大きめに距離をとろうとするが、二回のぶつかり合いですこし計算が狂ったのか、わずかにスキが出る。そこを小さな突きで牽制すると、ぎこちなくそれを払ってさらに距離をとった。少し呼吸が大きい。
やはり、リシャールの剣術とぼくの剣術では、すでに質が違っている。彼の剣は相手に降伏を迫る王者の剣だ。ぼくのは、小さくてもダメージを与え続けて相手を死に至らせようという人殺しの剣だ。
リシャールが息を吸いこむ瞬間を狙って剣を横持ちに踏みこむ。狙いはリシャールの剣で、思い切り自分の剣を当てる。もう一度ふたつの剣がはじける。そのままぼくはがら空きの頭にむかって剣を振り下ろす。リシャールははじけた剣をそのまま回しこんでぼくの胴を狙う。ぼくは動きを少しだけ大きめにしたから、リシャールは間に合うはずだ。たのむよ、フェリペ兄様!
「そこまで!」
ぼくは振りかぶったままで、リシャールは横なぎに入る姿勢で止まった。なんとか引き分けで決着できるんじゃないかな。
「引き分け!」
次の瞬間、リシャールの手から剣が落ちた。両の掌を見つめてぼう然としている。ギリギリを重ねすぎたぼくも続いてしりもちをつく。それなりに神経は削られていた。
「どうしたものでありますかな?」
「どうしたのですか?」
似たようなセリフだが、一人だけ言っていることがまったく違う。
リシャールとの勝負の日が近づいてきている。彼は忘れてくれるどころか、寮の部屋に「あと○日」という日めくりまで作って自分を奮い立たせている。食事のときも毎日必ず一度は話題に出す。フェリペ兄様の日程も押さえてある。それが、次の聖の日だ。ちなみに今日はその前の聖の日。七日後である。
勝負を挑まれたときは、「身体が動かない」とか言って逃げたわけだが、もちろん身体は動く。それに、総合的な戦闘能力は学舎に入った後も上がっていると思う。だが、リシャールとの勝負はどうにもマズい。
「まともにやれば、アンリ様がふつうに勝つでありますが……」
「それではいけないのですか?」
「いや、勝ったらおかしいでしょ? 剣術を選択してなくて、人前で剣を振るのを見せたこともないヤツが、学年はおろか、三回生くらいまで含めても敵なしのリシャールに勝っちゃったら、学舎中が大騒ぎになっちゃうよ」
「おまけに勝負は両手剣でありますからな。アンリ様はここしばらく、ラクをするために両手剣をまったく使っていなかったでありますから、腕は明らかに錆びついているでありますよ」
「結果と効率を重視したと言ってくれないかな!? 絶対に両手剣を使うよりも合理的な選択だったと思うよ?」
「最近の冒険者としての任務でも、同じことが言えるでありますか? 短剣である必要は全くなかったでありますよ?」
「う……それはそうだけど」
「負けてみせることはできないのですか?」
「リシャールが思った以上に強いんだよ。フェリペ兄様相手にあれだけ粘れるとは思ってなかった」
「アンリ様の腕が鈍っていることを計算に入れると、不自然に見えないような負け方をすることができるかどうか、微妙なところでありますな」
「いっそのこと、三年後くらいに言ってくれてたら、そんなに苦労しなくてもふつうに負けてたんだけどなぁ。フェリペ兄様もよけいなこと言うから……」
「フェリペ様もアンリ様を困らせたかったのでは? 学舎時代の記憶しかありませんが、フェリペ様はわたくしたちの学年にも聞こえてくるくらいの有名な方でした。おそらく、お父様が『アンリ様がいちばん才能がある』とおっしゃったのは、フェリペ様の数少ない屈辱だったのではないかと」
「なるほど、それは十分にありえるでありますな」
「フェリペ兄様……大人げないですよぉ」
「わたしでよろしければ、いつでもお相手させていただきますよ」
結局、困ったときのセバスチャン頼みだ。とにかく、両手剣を使う感覚だけでももとに戻さなきゃならない。
「おまえさんがそんなに困っとるのを見るのも、そうないことじゃの。まあ、せいぜい苦労することじゃな」
ジルもなんとも楽しそうに突き放してくれる。完全に他人ごとだ。
セバスチャンの剣は、ほんとうに美しい。同じ武器を持って構えると、それが前よりもよくわかる。力が抜けてムダのない構え、動かない剣先、こちらのどんな動きも見逃さない目線。向き合っているだけで、自分の構えの悪いところがわかってくるような気がする
「まいります」
ほとんど予備動作なしに剣先がこちらに直線的に飛び込んでくる。反射的にそれを右に払うが、その払われた剣がなめらかな動きで円を描いてふたたびぼくに襲いかかる。あわてて防ぎにかかるがそこでぼくの足が止まる。そしてまな板の鯉だ。とにかく防御のカンを戻さないとマズい。強引に距離をとろうとするが、セバスチャンはそれを許さない。そして数合ののち、ぼくの喉のところに剣が突きつけられた。
「悪くはありませんが、少し動きがわかりやすいですな。もう少しいろいろな形を試してみましょう」
一週間、とにかくセバスチャンに打ちこみ、打ちこまれ、できるだけ多くのパターンを頭に入れることを心がけた。ひとつの動きに続く動きのイメージを増やすことで、対応の幅を広げた。
そして七日後の聖の日、ぼくはリシャールと向かい合う。
「勝負あったとぼくが認めるか、降参をすれば終わりだ。いいね?」
フェリペ兄様の確認にリシャールとぼくがうなずく。一度剣を軽く打ち合わせてから距離をとって構え、兄様の合図を待つ。剣は刃を潰してあるが、まともに入ればケガは避けられない。
横で見ているのはイネスとマルコ、ルカ、そしてなぜかベアトリーチェとマイヤがいる。なんで増えてるんだよ!?
「はじめ!」
顔の前で剣を構えたリシャールが、鋭く踏みこんでぼくの顔のあたりに切り込んでくる。受け止めさせて動きが止まったところから力でぼくの姿勢を崩すのが狙いだろう。そして、ぼくの今日の課題は、狙いを外すことだ。
襲いかかる剣の軌道を見て、剣のなるべく先の方にむかって自分の剣をぶち当てる。なるべく根元に近いほうを当てるように心がけた。激しく剣がぶつかり、ぼくとリシャールは互いに距離をとる。今度は全力で突き込んできた。少し低い姿勢から、走ってくる剣の先端にむかって切り上げる。ふたたびふたつの剣がぶつかり合い、はじけた。
今度はリシャールが少し大きめに距離をとろうとするが、二回のぶつかり合いですこし計算が狂ったのか、わずかにスキが出る。そこを小さな突きで牽制すると、ぎこちなくそれを払ってさらに距離をとった。少し呼吸が大きい。
やはり、リシャールの剣術とぼくの剣術では、すでに質が違っている。彼の剣は相手に降伏を迫る王者の剣だ。ぼくのは、小さくてもダメージを与え続けて相手を死に至らせようという人殺しの剣だ。
リシャールが息を吸いこむ瞬間を狙って剣を横持ちに踏みこむ。狙いはリシャールの剣で、思い切り自分の剣を当てる。もう一度ふたつの剣がはじける。そのままぼくはがら空きの頭にむかって剣を振り下ろす。リシャールははじけた剣をそのまま回しこんでぼくの胴を狙う。ぼくは動きを少しだけ大きめにしたから、リシャールは間に合うはずだ。たのむよ、フェリペ兄様!
「そこまで!」
ぼくは振りかぶったままで、リシャールは横なぎに入る姿勢で止まった。なんとか引き分けで決着できるんじゃないかな。
「引き分け!」
次の瞬間、リシャールの手から剣が落ちた。両の掌を見つめてぼう然としている。ギリギリを重ねすぎたぼくも続いてしりもちをつく。それなりに神経は削られていた。
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