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第二章 陽だまり

Interlude 3  ローリエ・シャバネル(前)

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 ぼくはローリエ・シャバネル。年齢は九歳で、ギエルダニア帝国騎士養成学校の二回生だ。父のアレックス・シャバネル伯爵と母シェリルの長男、ということになっている。、姉がふたりいて、長女のヘレン姉さんは去年結婚して家を出ており、次女のサンドラ姉さんは騎士養成学校の二学年上にいる。



 長男ということになっている、といったのは、実はぼくはシャバネル伯爵の三女であり、その事実を外に対して隠しているからだ。父上と母上はとても仲がよく、ぼくの目から見ても互いをとても大事にしている。そんな両親だが、家督を継ぐ男児には恵まれなかった。三人目のぼくが女として生まれたとき、父上はぼくを男として育てることを決めた。貴族にとって、跡取りの存在はそれほどに重要な問題だったのだ。

 その事実を知らされたのは、ぼくが五歳になったときだ。幼かったぼくは、正直いって涙を流しながらぼくに頭を下げて詫びる父上のほんとうの気持ちはわからなかった。だけど、父上が好きだったし尊敬もしていたぼくは、父上の願いどおり自分が男として生きることを受けいれた。以来、ぼくは男として生きてきたし、家のごく一部の人たち以外は、ぼくを男だと思っている。



 幸いと言っていいのだろうか、ぼくは文においても武においても、十分以上の才に恵まれていた。そのため、父上はぼくを高等学院に入れて行政官の道を歩ませるか、騎士養成学校で騎士をめざさせるのか、最後まで迷うことになった。

 はじめは父上も、ぼくが女であることを考えて、就学期間が短い高等学院に進ませるつもりでいたらしい。しかし、ぼくの剣の才能を見た周囲が強く騎士養成学校への進学を勧め、父もそれにあらがえなかった。武の才能が出世に直結するギエルダニアで、ぼくぐらいの剣の才能を持つ子供を騎士にしない、ということは、逆に周囲の不審を招くのだ。そしてその頃のぼくは、すでにそういう世の中の機微を感じることが出来るようになっており、騎士をめざすことを自分から父上に申し出た。



 騎士養成学校に入学したぼくは、成績においては他を寄せつけない存在となったが、同時に不真面目な生徒という評判も得てしまった。でも、それはしょうがない。自分が女であることを隠すために実技系の授業への出席は最小限にしたし、実技だけに不真面目でも不自然なので、講義もサボりがちにしたのだ。サンドラにはその不真面目さをよく叱られたが、本当のことをいうわけにもいかなかった。



 騎士養成学校に入学して一年半が過ぎたころ、隣国のドルニエから王立学舎騎士課程の代表の生徒五人が、学校間の交流の目的でぼくらの学校にやってきた。ギエルダニアとドルニエの親密な関係の象徴としておこなわれる行事らしい。

 もちろんぼくはまだ二回生の子供であり、行事に参加することもなく遠くから異国の学生たちを見ていたが、代表の五人の補助としてきている五人の中の、ひときわ小さな子供がみょうに目を引いた。どう見ても存在が浮いているのに、不自然なほど堂々としていてそこにいることに違和感がない。



 夜にこっそりその子に会いに行ってみたのだが、どこを探しても見つからなかった。翌日にきっかけを見つけてカマをかけてみると慌てていたが、子供らしいふるまいはそれくらいだった。そもそも見知らぬ土地で初日に一人で外出する一回生とはなんなのか。

 もう一度外出を捕捉したときに、今度は剣の勝負を仕掛けてみたのだが、自分が勝つと思っていた勝負をうまくかわされたあげくに、お菓子を死ぬほどごちそうさせられた。このアンリという少年と一緒にいると、まったく自分のペースが作れない。

 そこに、リエラさんという女性が現れた。冒険者だということだが、荒っぽいところをぜんぜん感じさせない、本当にきれいな人だ。アンリの知りあいだということだけど、なぜ八歳の伯爵家の子息が冒険者とそんなに親しくなるのか、意味が少しわからないところだ。でも、リエラさんはきれいなだけではなく話も上手で、ぼくはいつの間にかリラックスして話しこんでしまっていた。

「ところでローリエ、少しマジメな相談があるんだ」

 アンリがその話を切り出したのは、そんな感じでぼくがリラックスしきっていた瞬間だった。タイミングがちがえば、決してぼくはその話を受けなかっただろう。



 交流行事に参加しているうちの学校の生徒の中に、第三皇子であるアウグスト様がいる。だれかの仕掛けで、行事の一環である遠征先でほかの参加者もろとも殺してしまうという計画だそうだ。それをぼくに、事前に食い止めろという。バカじゃないだろうか?

 でも、結局ぼくはアンリに乗せられてしまった。アンリの話は生臭い話と夢のような話が交錯し、最後は「また交流行事が行われるといいな」という子供らしい気持ちがぶつかってきた。そこまででアンリという子供に関心を持ってしまっていたぼくは、これでやられた。自分の気持ちが、次の機会に代表になってドルニエに行きたい、なのか、ドルニエに行ってこのアンリという少年と再会したい、なのかもわからなくなってしまった。



「お待たせしました、リエラさん」

 翌日の一の日の朝、その日の授業をすべてすっぽかして、ぼくは昨日のカフェに向かった。リエラさんは、昨日と同じ笑顔でぼくを迎えてくれる。自分が女の子だと自覚させられる笑顔だ。こんなふうに笑える人になりたい。

「大変なことをお願いしちゃってごめんなさい。今日はわたくしの仲間がもうひとり来ます。くわしい話はそれから……来たようです」

 店の入り口のほうを見ると、これまたとんでもなくきれいな女性がこちらにやってきた。ただ、リエラさんが生身の人間の存在感を強く感じさせるのに対して、この人は、そこにいるのになにか実在感の薄い、不思議な雰囲気を持っている。

「お待たせしたであります。ローリエさんでありますね? アメリというであります。よろしくであります」

 無表情に見えた顔が急に人なつこい笑顔に変わった。でも、変わった話し方をする人だな。

「アメリさんは、襲撃に加わる冒険者にまぎれこんでいます。とんでもなく強い人ですから、」

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