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第三章 雄飛
7-12 「雄」飛(前)
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エマニュエルが合流してしばらくたった聖の日、ぼくはフェリペ兄様に屋敷に来るように言われた。
昼食の時間にあわせて屋敷に行くと、なんとカトリーヌ姉様がいた。しかも、胸には乳飲み子を抱えている。ああ、そういえば先日出産した、という話を聞いたな。
「アンリくん、ひさしぶりね。すっかり男らしくなって見違えたわ」
姉様が極上の笑顔でぼくに話しかけた。ちょっと赤面してしまう。姉コンは治ってない上に、かわいらしい系の美女だった姉様が、もうすっかり大人の女性の色気を身につけている。しかも前世でのぼくの年齢に近づいてきているので、姉であると認識しつつも、どうしても女性としても意識してしまう。ぼくだってお年頃なのだ。
「姉様、お久しぶりです。さらにおきれいになって、ウォルシュ男爵もきっと鼻が高いでしょうね」
「なにを生意気なことを言ってるの。そういうお世辞は、もうちょっと自然に言えるようになってから言うものよ」
ゲンコツで軽くコツンと頭を叩かれた。そんなやりとりがなんとなく嬉しい。姉コンが治る見込みは当分なさそうだ。
ちなみに、第一子はみごとに男の子。ロマンと名付けたらしい。初手から将来の侯爵第一夫人として最高の仕事をやってのけ、その地位を確固たるものにしつつある。出産後しばらくたって落ちついたので、父様たちに孫の顔を見せがてら伯爵領に一度戻るらしい。それを許してくれるあたり、旦那様も優しい人のようだ。姉様が首根っこをつかんでしまっているという可能性もあるが。
「ひょっとして兄様もいっしょに帰るの?」
「ああ、姉様の旅にあわせて休暇をもらった。半分は護衛だな」
「フェリペくんに護衛してもらえるなんて、カルターナ中の女の子から嫉妬の声が上がりそうよね」
「姉様、そろそろフェリペ『くん』は勘弁してください」
兄様が珍しく、ほんとうに情けなさそうな顔で訴えた。
「ちなみにぼくも同行させてもらうことになってね。だから護衛は心配しないでくれたまえ」
後ろから声がかかったが、これは顔を見なくてもわかる。アウグスト殿下だ。来てたのか。
「全権大使の仕事はいいんですか、アウグスト様?」
「仕事なんか、あることのほうが珍しいのさ。まったく問題なしだ」
それ、事実だとしても口にしちゃダメでしょうが。
「イネス姉様のほうは、なにか進展あったんですか」
「おお、喜んでくれ、我が心の弟。ここ最近、たまにわたしが出した手紙に返事が届くようになったのだ」
なんと、そりゃたしかにビックリだ。イネスが手紙を書くところなんて、とても想像できないからな。
「ちなみに、何通出して何通返事が来るんですか?」
「まあ、五通に一通だな。中身は数行だ。だが大丈夫。今回は日程にも余裕を持たせているし、じっくりとイネスさんと話してきたいと思っている。しかも、ウォルシュ男爵令夫人も口添えを約束してくださった。イケる気がするんだよ、わたしは」
本人の前向きな気持ちは評価するが、先は遠いような気がする。がんばれアウグスト様。いちおう応援しているぞ!
一児の母となったカトリーヌ姉様は、大人の女性としての破壊力においてけっこうクるものがあったのだが、実はいまいちばんヤバいのがリュミエラだ。シルドラも見た目は間違いなく美女に分類されるが、その性格の残念さとかっ飛び方から女性と意識しないですんでいる。ローザは見た目は良いのだが、漂う小物感がね……。女騎士でもなくなっちゃったし。
現在リュミエラは二十三歳。カトリーヌ姉様よりもひとつ年上で、姉様を上回るレベルでほぼ完成された女性の魅力をこれでもかというくらいに見せつけてくれている。姉コンの対象が彼女に移りつつあったぼくとしては、非常によろしくない。
貴族社会のまっただ中にいる姉様と違って、化粧は必要最小限で着ているものも動きやすさ重視の冒険者ルック。申し訳ないくらいに質素この上ないのだが、持って生まれた戦闘力は、そんなものではとうてい隠しきれない。
姉様とは対照的なシャープな美貌と完璧なバランスを誇るプロポーション、基本はしっかりしていながら少し天然の入った性格と、その戦闘力の詳細は彼女を買い取ったときから自明であり、近い将来にこうなることはわかりきったものではあったのだ。しかし、いざ現実となってみると、肉体的に思春期まっただ中の十三歳には非常にきつい。彼女がそばに立ったりすると、ほのかに漂ってくる香りだけで頭がボーッとしてくる。
まずいとは思うのだ。まだ基本は学舎の生徒だから、「おれ意識しちゃってるよな」とか自虐的に浸っていればそれですむのだが、卒業して本格的にあれこれ動き始めるとそんなことは言っていられなくなる。思春期の妄想で瞬時の判断が狂ってしまってはシャレではすまない。そしてそんなことを繰り返しでもしたら、まわりにいてくれている人も去ってしまいかねない。たかが性欲といわないでほしい。まさに、この煩悶をどうするかには、ぼくの人生がかかっているのだ。
(いっそタニアがチラッと言っていたように、買ってくるというのも手だよな)
まあ、タニアも別に「買え」と言ったわけではないが、とにかく煩悩を処理する手段があれば、必要以上に彼女を女として意識しなくてすむだろう。
もちろん、買ってくるといっても奴隷ではなく娼婦でなければならない。十三歳の学舎生を普通に受けいれる娼館などあるだろうか? まともな店ではまずムリだ。リュミエラを買うときも最初はハードルが高かったが、ちゃんとした娼館などは門前払いされかねない。正面から行くのは得策ではないだろう。いったいどうしたものだろうか。
昼食の時間にあわせて屋敷に行くと、なんとカトリーヌ姉様がいた。しかも、胸には乳飲み子を抱えている。ああ、そういえば先日出産した、という話を聞いたな。
「アンリくん、ひさしぶりね。すっかり男らしくなって見違えたわ」
姉様が極上の笑顔でぼくに話しかけた。ちょっと赤面してしまう。姉コンは治ってない上に、かわいらしい系の美女だった姉様が、もうすっかり大人の女性の色気を身につけている。しかも前世でのぼくの年齢に近づいてきているので、姉であると認識しつつも、どうしても女性としても意識してしまう。ぼくだってお年頃なのだ。
「姉様、お久しぶりです。さらにおきれいになって、ウォルシュ男爵もきっと鼻が高いでしょうね」
「なにを生意気なことを言ってるの。そういうお世辞は、もうちょっと自然に言えるようになってから言うものよ」
ゲンコツで軽くコツンと頭を叩かれた。そんなやりとりがなんとなく嬉しい。姉コンが治る見込みは当分なさそうだ。
ちなみに、第一子はみごとに男の子。ロマンと名付けたらしい。初手から将来の侯爵第一夫人として最高の仕事をやってのけ、その地位を確固たるものにしつつある。出産後しばらくたって落ちついたので、父様たちに孫の顔を見せがてら伯爵領に一度戻るらしい。それを許してくれるあたり、旦那様も優しい人のようだ。姉様が首根っこをつかんでしまっているという可能性もあるが。
「ひょっとして兄様もいっしょに帰るの?」
「ああ、姉様の旅にあわせて休暇をもらった。半分は護衛だな」
「フェリペくんに護衛してもらえるなんて、カルターナ中の女の子から嫉妬の声が上がりそうよね」
「姉様、そろそろフェリペ『くん』は勘弁してください」
兄様が珍しく、ほんとうに情けなさそうな顔で訴えた。
「ちなみにぼくも同行させてもらうことになってね。だから護衛は心配しないでくれたまえ」
後ろから声がかかったが、これは顔を見なくてもわかる。アウグスト殿下だ。来てたのか。
「全権大使の仕事はいいんですか、アウグスト様?」
「仕事なんか、あることのほうが珍しいのさ。まったく問題なしだ」
それ、事実だとしても口にしちゃダメでしょうが。
「イネス姉様のほうは、なにか進展あったんですか」
「おお、喜んでくれ、我が心の弟。ここ最近、たまにわたしが出した手紙に返事が届くようになったのだ」
なんと、そりゃたしかにビックリだ。イネスが手紙を書くところなんて、とても想像できないからな。
「ちなみに、何通出して何通返事が来るんですか?」
「まあ、五通に一通だな。中身は数行だ。だが大丈夫。今回は日程にも余裕を持たせているし、じっくりとイネスさんと話してきたいと思っている。しかも、ウォルシュ男爵令夫人も口添えを約束してくださった。イケる気がするんだよ、わたしは」
本人の前向きな気持ちは評価するが、先は遠いような気がする。がんばれアウグスト様。いちおう応援しているぞ!
一児の母となったカトリーヌ姉様は、大人の女性としての破壊力においてけっこうクるものがあったのだが、実はいまいちばんヤバいのがリュミエラだ。シルドラも見た目は間違いなく美女に分類されるが、その性格の残念さとかっ飛び方から女性と意識しないですんでいる。ローザは見た目は良いのだが、漂う小物感がね……。女騎士でもなくなっちゃったし。
現在リュミエラは二十三歳。カトリーヌ姉様よりもひとつ年上で、姉様を上回るレベルでほぼ完成された女性の魅力をこれでもかというくらいに見せつけてくれている。姉コンの対象が彼女に移りつつあったぼくとしては、非常によろしくない。
貴族社会のまっただ中にいる姉様と違って、化粧は必要最小限で着ているものも動きやすさ重視の冒険者ルック。申し訳ないくらいに質素この上ないのだが、持って生まれた戦闘力は、そんなものではとうてい隠しきれない。
姉様とは対照的なシャープな美貌と完璧なバランスを誇るプロポーション、基本はしっかりしていながら少し天然の入った性格と、その戦闘力の詳細は彼女を買い取ったときから自明であり、近い将来にこうなることはわかりきったものではあったのだ。しかし、いざ現実となってみると、肉体的に思春期まっただ中の十三歳には非常にきつい。彼女がそばに立ったりすると、ほのかに漂ってくる香りだけで頭がボーッとしてくる。
まずいとは思うのだ。まだ基本は学舎の生徒だから、「おれ意識しちゃってるよな」とか自虐的に浸っていればそれですむのだが、卒業して本格的にあれこれ動き始めるとそんなことは言っていられなくなる。思春期の妄想で瞬時の判断が狂ってしまってはシャレではすまない。そしてそんなことを繰り返しでもしたら、まわりにいてくれている人も去ってしまいかねない。たかが性欲といわないでほしい。まさに、この煩悶をどうするかには、ぼくの人生がかかっているのだ。
(いっそタニアがチラッと言っていたように、買ってくるというのも手だよな)
まあ、タニアも別に「買え」と言ったわけではないが、とにかく煩悩を処理する手段があれば、必要以上に彼女を女として意識しなくてすむだろう。
もちろん、買ってくるといっても奴隷ではなく娼婦でなければならない。十三歳の学舎生を普通に受けいれる娼館などあるだろうか? まともな店ではまずムリだ。リュミエラを買うときも最初はハードルが高かったが、ちゃんとした娼館などは門前払いされかねない。正面から行くのは得策ではないだろう。いったいどうしたものだろうか。
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