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第三章 雄飛
7-14 人繰り(前)
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「アンリさん、なんかスッキリした顔をされてますね」
ちょっとした事件があった六の日の夜から明けた聖の日、街のカフェでマイヤのおごりでルカ、リシャールと昼食をいただいていたのだが、突然妙なことをマイヤが言った。いや、前世的にはよく言われることで、心当たりもありすぎるぐらいあるのだが、それをなぜマイヤが言い出すのか?
「ど、どういうことかな、マイヤさん?」
「いえ、アンリさんがひと仕事おえた、といういい感じの表情をされていましたので、なにか特別なことがあったのかな、と」
「と、特に心当たりはないかな? 最近よく寝られてるし、体調がいいのかも」
「マルコが『夜になってもアンリが全然帰ってこない』って言ってたよ」
ルカがまったく余計なことを言った。
「剣術も魔法も選択してないのに、毎日なにをそんなに疲れているのか、って感じだよね」
リシャールがさらに余計な追い打ちをかけてくれた。
いや、ここんとこ夜も遅かったし、疲れていたのはたしかだけど、それといまの表情は関係ないぞ! 全部がつながっているように誤解される流れを作るのはやめてくれ!
「やはりアンリさんはふつうの学舎の方々とひと味違いますね。おもにクズ度が」
「クズ度ってなに?! 新しい度量衡を作るのやめてよ!」
「マイヤさんって、みょうにアンリに厳しいよね。ぼくらはともかく、他の人とはほとんど話もしないのに」
ルカがうまい感じで話をほかの方向に持って行ってくれた。しかもこんどはマイヤがターゲットだ。ルカ、GJだ。
「申し訳ありませんでした。アンリさんがベアトリーチェ様に恩を売りつつ近づこうとされているのが腹立たしくて」
マイヤが殊勝に頭を下げてみせるが、それと同時に方向を再修正しやがった。しかも、反論すると余計に話がややこしくなる方向だ。クソっ、将棋なら「参りました」をしなければならない形勢だぞ。
ルカとリシャールは、ぼくとマイヤの非生産的な言い合いにあきれたのか、勝手に二人で話しはじめている。
「でも、正直言って本当に悔しいのです。自分でアンリさんにお願いしたのに、いざアンリさんがベアトリーチェ様を簡単に元気にさせてしまうと、自分にそれができなかったことが残念で」
マイヤがぼくにだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「ぼくはきっかけを作っただけで、元気にさせたのはベアトリーチェ自身の前向きな気持ちだよ」
「そうですね。前向きな方ですから……ニヘヘ」
なんだ? 最後に会話の流れにまったく乗ってない妙な笑いがなかったか?
視線をたどると、ルカとリシャールが楽しそうに話している。たまにリシャールがルカの額をつついたり、ルカがリシャールの腕をつかんだりしてる。ほんとうに仲いいな、こいつら。
その上で改めてマイヤを見ると、口元を緩めながら二人を見ている。その視線もどことなくネトッとして邪悪だ。
「心の栄養剤って、これのことか?」
やはりマイヤにしか聞こえないくらいの声で水を向けてみた。
「なんのことでしょう?」
「まさか頭の中であの二人の服を脱がしたりしてないだろうな?」
「脱がすもなにも、最初から裸です」
いるんだ、この世界にも、腐った人って。やべえな。これからの距離感を考え直さなきゃ。ジルにも追加情報として渡しておいた方がいいかな。
「いま歴史を動かそうとしたってことは、これまでは、むこうしばらく大陸で大きな動きはなかったってこと?」
応接でエマニュエルがボーッとしていたので、ぼくは何気なく水を向けてみた。
「そうだね。その時その時で少しずつ違ったけど、流れはだいたい同じかな。ギエルダニアの後継者争いが決着すると、あそこが女王国にチョッカイを出し始める。でも、これはギエルダニアがドルニエと関係を強めていたからで、それはドルニエと女王国の関係が悪化していたからだ。いまはそんな感じじゃないね。何があったかは知らないけど」
五年前の小細工は、それなりに効いていた、ということか。
「でも、それだとぼくの記憶はあまり役に立たなくなっちゃうよね。早々に戦力外通告する?」
「いやいや、それだけのために引き込んだわけじゃないから! 調薬士としても有能だそうだし、きみほど歴史を見てきた人なんていないんだから、ご意見番としていてくれよ!」
「調薬士といってもね……経験が長いだけで、自信が多少あるのは毒くらいだよ?」
物騒だなおい。
「その自信のある毒だけど、使い道とかは考えてるのかな?」
「うーん、使い道はあったんだけど、きみに止められちゃったしね。きみが使いたければ、提供するよ?」
そうだった。
「売っちゃってもいいんだけど、いまそんなにお金に困ってないんだろ?」
「まあね」
少なくとも、裏の商売に踏み込んでまで資金が必要な状況にはない。それはそれで覚悟が必要だし、商売の素人が安易に踏みこんでいい領域じゃない。。
「売れそうなのが手元にあるとか?」
「毒ってけっこう、はやりすたりがあるんだよね。どれが高く売れるかはそのとき次第かな。いちおう、どんな要望にも応えられるとは思うんだけど」
「ど、毒のはやりってなに?」
「とにかく早く確実にっていう毒に需要が高い時期があるかと思えば、殺すんじゃなくて対象の身体機能や精神を確実に侵していくやり方に人気が出たり、効果はそこそこでもあとに影響が残らないものが求められたりね」
「……需要とか人気とか、毒もいろいろなんだね」
積極的に使う気はないんだけど、毒を使うのがベストであるときに使うのをためらってはいけない。使い方のコツを含め、いずれもっと詳しい話をきいてみよう。場数は踏んでるだろうしね。
ちょっとした事件があった六の日の夜から明けた聖の日、街のカフェでマイヤのおごりでルカ、リシャールと昼食をいただいていたのだが、突然妙なことをマイヤが言った。いや、前世的にはよく言われることで、心当たりもありすぎるぐらいあるのだが、それをなぜマイヤが言い出すのか?
「ど、どういうことかな、マイヤさん?」
「いえ、アンリさんがひと仕事おえた、といういい感じの表情をされていましたので、なにか特別なことがあったのかな、と」
「と、特に心当たりはないかな? 最近よく寝られてるし、体調がいいのかも」
「マルコが『夜になってもアンリが全然帰ってこない』って言ってたよ」
ルカがまったく余計なことを言った。
「剣術も魔法も選択してないのに、毎日なにをそんなに疲れているのか、って感じだよね」
リシャールがさらに余計な追い打ちをかけてくれた。
いや、ここんとこ夜も遅かったし、疲れていたのはたしかだけど、それといまの表情は関係ないぞ! 全部がつながっているように誤解される流れを作るのはやめてくれ!
「やはりアンリさんはふつうの学舎の方々とひと味違いますね。おもにクズ度が」
「クズ度ってなに?! 新しい度量衡を作るのやめてよ!」
「マイヤさんって、みょうにアンリに厳しいよね。ぼくらはともかく、他の人とはほとんど話もしないのに」
ルカがうまい感じで話をほかの方向に持って行ってくれた。しかもこんどはマイヤがターゲットだ。ルカ、GJだ。
「申し訳ありませんでした。アンリさんがベアトリーチェ様に恩を売りつつ近づこうとされているのが腹立たしくて」
マイヤが殊勝に頭を下げてみせるが、それと同時に方向を再修正しやがった。しかも、反論すると余計に話がややこしくなる方向だ。クソっ、将棋なら「参りました」をしなければならない形勢だぞ。
ルカとリシャールは、ぼくとマイヤの非生産的な言い合いにあきれたのか、勝手に二人で話しはじめている。
「でも、正直言って本当に悔しいのです。自分でアンリさんにお願いしたのに、いざアンリさんがベアトリーチェ様を簡単に元気にさせてしまうと、自分にそれができなかったことが残念で」
マイヤがぼくにだけ聞こえる声で話しかけてきた。
「ぼくはきっかけを作っただけで、元気にさせたのはベアトリーチェ自身の前向きな気持ちだよ」
「そうですね。前向きな方ですから……ニヘヘ」
なんだ? 最後に会話の流れにまったく乗ってない妙な笑いがなかったか?
視線をたどると、ルカとリシャールが楽しそうに話している。たまにリシャールがルカの額をつついたり、ルカがリシャールの腕をつかんだりしてる。ほんとうに仲いいな、こいつら。
その上で改めてマイヤを見ると、口元を緩めながら二人を見ている。その視線もどことなくネトッとして邪悪だ。
「心の栄養剤って、これのことか?」
やはりマイヤにしか聞こえないくらいの声で水を向けてみた。
「なんのことでしょう?」
「まさか頭の中であの二人の服を脱がしたりしてないだろうな?」
「脱がすもなにも、最初から裸です」
いるんだ、この世界にも、腐った人って。やべえな。これからの距離感を考え直さなきゃ。ジルにも追加情報として渡しておいた方がいいかな。
「いま歴史を動かそうとしたってことは、これまでは、むこうしばらく大陸で大きな動きはなかったってこと?」
応接でエマニュエルがボーッとしていたので、ぼくは何気なく水を向けてみた。
「そうだね。その時その時で少しずつ違ったけど、流れはだいたい同じかな。ギエルダニアの後継者争いが決着すると、あそこが女王国にチョッカイを出し始める。でも、これはギエルダニアがドルニエと関係を強めていたからで、それはドルニエと女王国の関係が悪化していたからだ。いまはそんな感じじゃないね。何があったかは知らないけど」
五年前の小細工は、それなりに効いていた、ということか。
「でも、それだとぼくの記憶はあまり役に立たなくなっちゃうよね。早々に戦力外通告する?」
「いやいや、それだけのために引き込んだわけじゃないから! 調薬士としても有能だそうだし、きみほど歴史を見てきた人なんていないんだから、ご意見番としていてくれよ!」
「調薬士といってもね……経験が長いだけで、自信が多少あるのは毒くらいだよ?」
物騒だなおい。
「その自信のある毒だけど、使い道とかは考えてるのかな?」
「うーん、使い道はあったんだけど、きみに止められちゃったしね。きみが使いたければ、提供するよ?」
そうだった。
「売っちゃってもいいんだけど、いまそんなにお金に困ってないんだろ?」
「まあね」
少なくとも、裏の商売に踏み込んでまで資金が必要な状況にはない。それはそれで覚悟が必要だし、商売の素人が安易に踏みこんでいい領域じゃない。。
「売れそうなのが手元にあるとか?」
「毒ってけっこう、はやりすたりがあるんだよね。どれが高く売れるかはそのとき次第かな。いちおう、どんな要望にも応えられるとは思うんだけど」
「ど、毒のはやりってなに?」
「とにかく早く確実にっていう毒に需要が高い時期があるかと思えば、殺すんじゃなくて対象の身体機能や精神を確実に侵していくやり方に人気が出たり、効果はそこそこでもあとに影響が残らないものが求められたりね」
「……需要とか人気とか、毒もいろいろなんだね」
積極的に使う気はないんだけど、毒を使うのがベストであるときに使うのをためらってはいけない。使い方のコツを含め、いずれもっと詳しい話をきいてみよう。場数は踏んでるだろうしね。
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