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第三章 雄飛

7-15 人繰り(後)

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「アッピアの情報が欲しいよね」

 エマニュエルと話していて考えたことだ。ギエルダニアについては自分の目で見ているから国の感じもわかるし、なにより殿下から多少の最新情報が入ってくる。ラグシャン女王国は、多少情報が古くなりつつあるとはいえ、ローザやヨーゼフからかなり詳しい話がきけている。アッピアだけがぼくらにとって空白地帯なのだ。

 転送ゲートを使えばすぐだろう、と言うことなかれ。アッピアにはタニアの部屋のゲートからしか行けない。タニアの部屋のゲートを使うには、それと引き替えに厳しいブートキャンプが待っている。できれば避けたいのだ。これはシルドラもまったく同意見である。

「ただ行くのも、人手の少なさを考えると金と時間の浪費でありますよ。なにかついでがほしいでありますな」

 そう、ローザとヨーゼフがいるとはいえ、手広く情報収集などをするには決定的に人手が足りないのだ。最低でもツーマンセルで送り出す必要があるから、人数的にまた昔に逆戻りになってしまう。コストが高すぎる。

「冒険者ギルドって、護衛の任務とかはないの?」

「あまりスジのいいのはないでありますな。個人でそんな長い旅をする人は滅多にいないでありますし、しっかりした貴族や大商人は自前の兵隊を抱えているであります」

「バルデさんに相談してみてはどうでしょうか?」

 リュミエラがふと口にした。すげえな、自分を売り飛ばすところだった商人に頼みごとをする、という発想ができるのか。

 ちなみに、ぼくのリュミエラに対する過剰な意識は、荒療治が功を奏してどうにか落ちついている。彼女との距離が近くなっても、どうにか普通にしていられるようになった。そのほかの変化といえば、リュミエラの美貌にさらに艶っぽさが加わったことぐらいか。もはや傾国のレベルだ。

「バルデって、クリストフ・バルデ?」

 エマニュエルがたずねてきた。誰だ、それ?

「そうです。ご存じなのですか?」

 当然ながらリュミエラは知っていた。

「さすがに面識はないよ。でも、商売をしていれば知らない人はいない。商売の流れと波を読ませたらあの人の右に出るものはいないね。もちろん、表でも裏でも」

 ああ、やっぱりけっこう大した人だったのね、あの人。普段はあまり接点がないからいまひとつ実感がなかったよ。

「ふむ……あのさ、もし彼と話がつくなら、ぼくも行かせてくれないかな。少し話がしてみたいんだ。戦力にはならないんだけど、頼むよ」

 エマニュエルを行かせるとしたら、ツーマンセルの片方というわけにはいかない。どうしたものか」

「三人いなくなるのはちょっとキツくないかな?」

「そもそも成立するかどうかもわからないし、話すだけ話してみたらどうだい? もし実際にいくことになったら、そのときにまた考えればいい」

 ビットーリオがまともなことだけを言った。珍しい。だが的を射た指摘だ。

「じゃあ、とりあえず話をしてみようか」



 翌日の夜、ビットーリオとエマニュエルをともなって、バルデをたずねてみた。歓待してくれた彼に話を持ちかけてみると、なんと乗ってきた。

「所用がある、というよりも、護衛のめどが立てばぜひ行きたいところだったのですよ」

「護衛のめどって、バルデならそれなりに兵隊抱えてるでしょう?」

「わたしもそれなりに広く商売をさせていただいてますからね。護衛はいつでも不足気味なのですよ。具体的な商談のない旅にはなかなかまわせないのです」

「ぼくらも二人までしか出せないけど、それでいいのかな?」

「ほんとうはもう少し都合していただければありがたいのですが、あとはなんとかいたします」

 こりゃエマニュエルを入れて二人というわけにはいかないな、やっぱり。

「それはそうと、そちらにいるのはひょっとして、バッターノの次男ですか?」

 向こうから話を振ってきた。

「はじめまして。エマニュエルです。バルデさんに顔を見知っていただいていたとは光栄です」

 エマニュエルは、ソツがないが子供らしくもないあいさつをした。

「評判は聞いてますからね。今日はどうしたのです?」

「彼が、バルデとの話が成立したらいっしょに連れていってほしいと言ってね」

 そう言った瞬間、バルデの目が光った。しかも、邪悪な光りかただ。

「ほほう、ということは、アンリ様の……」

「そう思ってくれてかまわないよ」

「そういうことでしたら、渡りに船というやつですな。こちらからお願いしたいくらいです。このあと、少しお借りしてもよろしいですか?」

「いいけど、内緒話はナシだよ? もちろん、他言はしないけど、自分のまわりの人間がなにをしてるかは知っておきたいからね」

「承知しております。けっしてアンリ様に損はさせませんので」

「だといいけどね」



 ぼくとビットーリオはバルデの店を出ると、ちょっと寂しくなった小腹をうめるために近くの居酒屋に入った。

「やっぱりもうひとりは必要かぁ。ちょっとキツいな」

 ぼくはちびちびとミルクを飲みながらぼやいた。べつにほかに飲むものがないわけではないが、この店の焼き肉盛り合わせにはなぜかあうのだ。酒はもう少し待たないと行けないしね。

「残る人間の火力を考えると、ぼくとヨーゼフで行くしかないね。それでも、なにかあるとすぐ人手不足だね」

「シルドラはこっちにいてもらわなきゃ困るし、リュミエラもできればカルターナにいてほしいね」

「ローザだと火力として数えるのは少し頼りないけど、ヨーゼフだとなにかあった時にそれこそ攻め手がない。おまけにぼくがいないから盾もない」

 ふつうにカルターナでたむろしていたり、ちょっと街の外に盗賊狩りに行ったりしている限りはまったく感じない人手不足が、なにか行動を起こそうとすると急に足かせになる。卒業まで二年、すこし本格的にリクルート活動をすべきだろうか?

「人手が必要なのかな? ぼくを雇わない?」

 ぼくの背中越しにハスキーな声が響いてきた。誰だ? こんなところで顔を合わせる知りあいにこんな声の人間はいないぞ? ダミ声ばかりだ。

 振り向くと、そこにはニッコリと笑っている長身の美少女がいた。
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