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第三章 雄飛
7-29 取引(後)
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ぼくはペドロにボルダンの街の状況を伝え、いずれスラムから暴動が発生してボルダンが無秩序状態になると思われること、その裏に女王国がいるはずだということを説明した。
「別にボルダンがどうなろうとそれ自体は興味ないんですが、女王国にはなるべくおとなしくしていてほしいんですよ。なので、もうちょっと状況が差し迫ってきたら、暴動が起きる前にスラムをきれいにしちゃいたいんです」
「スラムをなくす、ということかな?」
「それじゃ治安はさらに悪化しますよ。スラムは必要です。女王国の息のかかったスラムが不要だというだけです」
「それでは、掃除がすんだらどうするつもりだい?」
「そこがご相談です。手伝いますから、掃除をやってもらえませんかね? できればそのあと、スラムを締めてもらえるとありがたいんです」
「その話をなぜぼくらに? 自慢じゃないが、うちのジュゼッペはあまり評判がいいとは言えないと思うんだけどね」
「評判がいいところにこんな話は持って行けませんよ。ただ、あなたみたいな人が出てきたのは予想外でしたけど」
「どういうことかな?」
「金を払えばほんとうになんでもやる人かと。それで、今日は様子見のつもりだったんですよ。ここまで話すつもりはありませんでした」
「まさにその通りじゃないかい?」
「いえ、たぶんジュゼッペさんという人は、それよりひどいんじゃないでしょうか。金を払おうが何しようがやりたいことしかやらないんじゃないかな、と思います。契約を守るという意識もないかもしれませんね。それを『金を払えば仕事はやる』という評判に落ち着けてるのがあなたです」
「それで?」
どうやら、ぼくのジュゼッペに対する値踏みは的外れではないようだ。でなければ、この期に及んでジュゼッペに話も通さないのはおかしい。少なくとも、詫びを受けいれるかどうかは、リーダーであるはずのジュゼッペが判断すべきことだ。
「ぼくの考えが正しいとして、あなたはジュゼッペさんを頭にして冒険者を続けることに限界を感じているんじゃないですか? だから、ぱっと見はおいしいけど、実はあまりうまみのない今回のような仕事を受けた。ジュゼッペさんに女性をあてがっておいて、たまに暴れさせればうまくおさまる」
「その通りだけど気をつけた方がいいよ。そこのテルマはジュゼッペにぞっこんだからね」
気がつくとペドロのうしろに控える女性から強烈な殺気が立ち上っている。ぼくは慌てて彼女に向かってぺこりと頭を下げた。殺気が少し落ちつく。ヤバいヤバい。
「あなたがいれば、スラムの黒幕はある意味理想的な仕事です。ジュゼッペさんとその……そこのテルマさんのような方が睨みをきかせる下で、あなたが実務を取り仕切ればいいんですから」
「そんな簡単にはいかないよ。素人がすぐになんとかなる世界じゃない。きみはスラムをなめてないかい?」
「あなたなら基本を覚えればすぐです。必要ならカルターナの裏の顔役を兼ねる商人を紹介できますよ。ぼくらはそんなに役に立ちませんが、怪しげな薬の専門家なら抱えてます」
「わかったわかった。だが、ぼくらにとってもそんなに簡単な決断じゃない。この場は話を聞くだけにさせてもらうよ。もう少し事態が進んだら、具体的な話と一緒に持ってきてくれないか?」
「わかりました」
たしかに、これでこの場で安請け合いするようなら、逆にあぶないよな。すくなくとも、糸はつながったからよしとしよう。だが、今後の連絡をどう確保しようか?
「ペドロ、わたしがここに残る。みんなは一度引き上げるといい」
テルマが初めて口を開いた。連絡役を買って出てくれたようだ。よく響く低めの声だが、あまり感情が感じられない。
ぼくの後ろで、シルドラの雰囲気がまた少し固くなった。警戒してるのか?
「ジュゼッペと離れて大丈夫かい? 十日も離れているときみ、不安定になって暴れるじゃないか」
おい、恐ろしいことを言わないでくれよ。
「ジュゼッペは置いていって。ペドロがいれば問題ないはず。あなたもさっさとBに上がって」
「了解。定期的に連絡は入れるようにしてくれよ? こっちからも知らせとかなきゃいけないことが出るかもしれない」
「大丈夫。そんなことは今まで一度もない。でも連絡は入れる」
「わかったよ。それじゃリアンくん、そういうことでぼくらは一度引き上げる。だが、今回のことで王宮とゴタつくかもしれないから、女王国にはしばらく戻らないと思う。必要ならテルマを通してくれ。それから、宿代はほんとうにまかせていいのかな?」
「おまかせください。それじゃ、これで失礼します」
「楽しみ」
部屋を出ぎわに、テルマが妙なひとことを言った。
「少し見極めが甘かったようです。申し訳ありません。ペドロさんの力を見誤っていました。それに、慰安用の女と考えていた中に、まさかあんな人が紛れているとは……」
「ペドロはたしかにランク以上に強いだろうけど、強すぎはしないよ。問題はテルマだな。彼女はホントにジュゼッペに惚れているんだろうね。こういう場でないと力を感じさせないのかもしれない」
ふとシルドラを見ると、よくない感じの汗をダラダラ流している。そういえば、さっきから雰囲気が固いよな。
「どしたの、シルドラ?」
「アンリ様、わたしは情報収集の旅に出てもいいでありますか?」
「ダメだよ! どうしたのさ?」
「あの女はわたしの姉であります。昔からとことん相性が悪いのであります。ここにはいたくないであります! わたしは旅に出るでありますよ!」
なんですと!?
「別にボルダンがどうなろうとそれ自体は興味ないんですが、女王国にはなるべくおとなしくしていてほしいんですよ。なので、もうちょっと状況が差し迫ってきたら、暴動が起きる前にスラムをきれいにしちゃいたいんです」
「スラムをなくす、ということかな?」
「それじゃ治安はさらに悪化しますよ。スラムは必要です。女王国の息のかかったスラムが不要だというだけです」
「それでは、掃除がすんだらどうするつもりだい?」
「そこがご相談です。手伝いますから、掃除をやってもらえませんかね? できればそのあと、スラムを締めてもらえるとありがたいんです」
「その話をなぜぼくらに? 自慢じゃないが、うちのジュゼッペはあまり評判がいいとは言えないと思うんだけどね」
「評判がいいところにこんな話は持って行けませんよ。ただ、あなたみたいな人が出てきたのは予想外でしたけど」
「どういうことかな?」
「金を払えばほんとうになんでもやる人かと。それで、今日は様子見のつもりだったんですよ。ここまで話すつもりはありませんでした」
「まさにその通りじゃないかい?」
「いえ、たぶんジュゼッペさんという人は、それよりひどいんじゃないでしょうか。金を払おうが何しようがやりたいことしかやらないんじゃないかな、と思います。契約を守るという意識もないかもしれませんね。それを『金を払えば仕事はやる』という評判に落ち着けてるのがあなたです」
「それで?」
どうやら、ぼくのジュゼッペに対する値踏みは的外れではないようだ。でなければ、この期に及んでジュゼッペに話も通さないのはおかしい。少なくとも、詫びを受けいれるかどうかは、リーダーであるはずのジュゼッペが判断すべきことだ。
「ぼくの考えが正しいとして、あなたはジュゼッペさんを頭にして冒険者を続けることに限界を感じているんじゃないですか? だから、ぱっと見はおいしいけど、実はあまりうまみのない今回のような仕事を受けた。ジュゼッペさんに女性をあてがっておいて、たまに暴れさせればうまくおさまる」
「その通りだけど気をつけた方がいいよ。そこのテルマはジュゼッペにぞっこんだからね」
気がつくとペドロのうしろに控える女性から強烈な殺気が立ち上っている。ぼくは慌てて彼女に向かってぺこりと頭を下げた。殺気が少し落ちつく。ヤバいヤバい。
「あなたがいれば、スラムの黒幕はある意味理想的な仕事です。ジュゼッペさんとその……そこのテルマさんのような方が睨みをきかせる下で、あなたが実務を取り仕切ればいいんですから」
「そんな簡単にはいかないよ。素人がすぐになんとかなる世界じゃない。きみはスラムをなめてないかい?」
「あなたなら基本を覚えればすぐです。必要ならカルターナの裏の顔役を兼ねる商人を紹介できますよ。ぼくらはそんなに役に立ちませんが、怪しげな薬の専門家なら抱えてます」
「わかったわかった。だが、ぼくらにとってもそんなに簡単な決断じゃない。この場は話を聞くだけにさせてもらうよ。もう少し事態が進んだら、具体的な話と一緒に持ってきてくれないか?」
「わかりました」
たしかに、これでこの場で安請け合いするようなら、逆にあぶないよな。すくなくとも、糸はつながったからよしとしよう。だが、今後の連絡をどう確保しようか?
「ペドロ、わたしがここに残る。みんなは一度引き上げるといい」
テルマが初めて口を開いた。連絡役を買って出てくれたようだ。よく響く低めの声だが、あまり感情が感じられない。
ぼくの後ろで、シルドラの雰囲気がまた少し固くなった。警戒してるのか?
「ジュゼッペと離れて大丈夫かい? 十日も離れているときみ、不安定になって暴れるじゃないか」
おい、恐ろしいことを言わないでくれよ。
「ジュゼッペは置いていって。ペドロがいれば問題ないはず。あなたもさっさとBに上がって」
「了解。定期的に連絡は入れるようにしてくれよ? こっちからも知らせとかなきゃいけないことが出るかもしれない」
「大丈夫。そんなことは今まで一度もない。でも連絡は入れる」
「わかったよ。それじゃリアンくん、そういうことでぼくらは一度引き上げる。だが、今回のことで王宮とゴタつくかもしれないから、女王国にはしばらく戻らないと思う。必要ならテルマを通してくれ。それから、宿代はほんとうにまかせていいのかな?」
「おまかせください。それじゃ、これで失礼します」
「楽しみ」
部屋を出ぎわに、テルマが妙なひとことを言った。
「少し見極めが甘かったようです。申し訳ありません。ペドロさんの力を見誤っていました。それに、慰安用の女と考えていた中に、まさかあんな人が紛れているとは……」
「ペドロはたしかにランク以上に強いだろうけど、強すぎはしないよ。問題はテルマだな。彼女はホントにジュゼッペに惚れているんだろうね。こういう場でないと力を感じさせないのかもしれない」
ふとシルドラを見ると、よくない感じの汗をダラダラ流している。そういえば、さっきから雰囲気が固いよな。
「どしたの、シルドラ?」
「アンリ様、わたしは情報収集の旅に出てもいいでありますか?」
「ダメだよ! どうしたのさ?」
「あの女はわたしの姉であります。昔からとことん相性が悪いのであります。ここにはいたくないであります! わたしは旅に出るでありますよ!」
なんですと!?
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