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第三章 雄飛
7-30 テルマとシルドラ(前)
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「要するにシルドラは小さいころから、お姉さんであるテルマさんにきびしく鍛えられてきたと?」
とりあえず家に戻ったぼくらは、応接間でシルドラの告白を聞いていた。彼女には兄がひとり、姉がひとり、弟がひとりいるらしい。いちばん歳が近いのがテルマさんで、一緒にいる時間も長かったらしい。シルドラを一人前にするのは自分の義務だと公言していたそうだ。
どことなくイネスとかぶるところがある。個人的にはシルドラの気持ちもわからないではない。
「い、いいお姉さんじゃない?」
「あの人は、『かまう』と『しごく』の区別も、『かわいがる』と『いたぶる』の区別も,まったくつかない人なのでありますよ」
しょげかえったシルドラがボソボソと小さい声で話す。申し訳ないが、彼女を囲むぼくらは笑いをこらえるのに必死である。
「テルマさんはどのくらい強いのですか?」
麗龍邸であの強者のオーラを目の当たりにしたリュミエラがたずねた。
「ここ二十年ほどはやり合ってないでありますが……物理だけなら、いまはわたしのほうが少し上だと思うであります」
なんだ。シルドラがそこまでビビってるからどれだけかと思った。
「魔法はどのくらいなのでしょう?」
「同じ世代の魔族で最強を争うくらいであります」
「メチャクチャ強かったっ! 魔族最強ってどんだけ?」
「ちなみに、最強候補のもうひとりはマスターであります。物理の差で総合力最強はマスターでありますが」
「世代って、何年くらいをいうのかな?」
「百年くらいであります」
わかってはいたけどタニアもメチャクチャすごかった! しかも百年に一人なんてえげつないレベルだとは……。本気で怒らしちゃ絶対にダメだ。
だが、最強を争う二人が、どちらも人間の社会に居着いているって、どうなの?
「そんなすごい人、会ってみたいな」
ローラが無邪気にコメントした。いや、きみはタニアもテルマも見てないから気楽にそう言うけど,実物見たらそうはいかないぞ?
「なかなか良い家」
「「「「「「「わあっっ!」」」」」」」
振り返るとそこにそのテルマさんが、さきほどと同じ無表情で立っていた。
「シルドラの匂いを追ってきた。この子はすごくいい匂いがする。けど、ちょっと修行が足りない」
依然として無表情だが、匂いをたどるとか、怖さがいろんな意味でシャレにならない。シルドラは真っ青になってガタガタ震えている。
「ど、どうやって入ってきたんですか?」
おそるおそる聞いてみる。いちおうこの家にはシルドラが張ってくれた結界で囲まれている。そう簡単に入ってこられるはずは……。
「ふつうに玄関から。少し不用心だから結界を張っておいた」
とても簡単だったらしい。結界があるという認識もなかったようだ。シルドラのまわりの空気がさらに煤すすけてきた。この人は無自覚で他人にクリティカルなダメージを与えられる人だな、きっと。
「えー、もうだいたいわかってると思うけど、テルマさんです。Aランク冒険者のジュゼッペさんの補佐をされてます。これからしばらく、ぼくらとのあいだの連絡役を務めてくれますので、そのつもりでみんなもよろしく」
今さらだとは思ったが、いちおう一同ににテルマさんを紹介した。
「テルマでいい」
「そ、それで今日はどのような御用で?」
つい卑屈なしゃべり方になってしまった。だって存在感すげえんだもの。
「特に用はない。様子を見に来ただけ」
なんの様子を見に来たというのか? シルドラがまた怯えてるぞ?
「あと今日からわたしもここに住む」
「ちょっと待つでありますよ姉さんっっ!」
たまらずにシルドラが爆発したが、これはムリもないだろう。ぼくもまったく意味がわからない。
「ええと、たしかジュゼッペさんと、たぶんほかに何人かこちらに残ることになっていたと思うんですが、その人たちをみな受けいれるというのは、ぼくらもちょっと」
シルドラへの援護射撃として、いちおうテルマにブレーキをかけてみる。
「予定変更。ジュゼッペはみなと一緒にシュルツクに向かった。心配いらない」
すまんシルドラ、心配いらないんだそうだ。
「迷惑はかけない。シルドラと同じ部屋で十分」
「わたしが十分じゃないのでありますよっ!」
「シルドラ、部屋に案内する」
シルドラの必死の抗議を完全にスルーしてそう言ったテルマは、シルドラの頭を抱き寄せた。理屈はわからないが、シルドラがとたんにおとなしくなる。「ウーッ」と唸りながらテルマと一緒に自分の部屋の方に歩いて行った。
「す、すごかったね」
ポカンと口をあいたままだったローラが、何かに感じ入ったような口調で言った。それにローザとヨーゼフが同調したようにうなずいた。
ローラはシルドラ以外の魔族というものも初めて見たかもしれない。だけど、あれとシルドラを魔族の判断基準にしてはダメだと思うぞ?
「シルドラさんが完全に遊ばれていたね。あの我が道を行く姿勢はすごい。ちょっと見習いたいものだね」
エマニュエル、見習わなくても十分きみは我が道を行っている。
「でも、テルマさんはシルドラさんが可愛くてしょうがないんだと思います。シルドラさんがいい匂いがするっておっしゃったとき、なんとなくホッコリしちゃいました」
「可愛がられすぎるのも、ときにはストレスなんだけどね。おまけに可愛がりかたを少しまちがえてるらしいし」
とりあえず家に戻ったぼくらは、応接間でシルドラの告白を聞いていた。彼女には兄がひとり、姉がひとり、弟がひとりいるらしい。いちばん歳が近いのがテルマさんで、一緒にいる時間も長かったらしい。シルドラを一人前にするのは自分の義務だと公言していたそうだ。
どことなくイネスとかぶるところがある。個人的にはシルドラの気持ちもわからないではない。
「い、いいお姉さんじゃない?」
「あの人は、『かまう』と『しごく』の区別も、『かわいがる』と『いたぶる』の区別も,まったくつかない人なのでありますよ」
しょげかえったシルドラがボソボソと小さい声で話す。申し訳ないが、彼女を囲むぼくらは笑いをこらえるのに必死である。
「テルマさんはどのくらい強いのですか?」
麗龍邸であの強者のオーラを目の当たりにしたリュミエラがたずねた。
「ここ二十年ほどはやり合ってないでありますが……物理だけなら、いまはわたしのほうが少し上だと思うであります」
なんだ。シルドラがそこまでビビってるからどれだけかと思った。
「魔法はどのくらいなのでしょう?」
「同じ世代の魔族で最強を争うくらいであります」
「メチャクチャ強かったっ! 魔族最強ってどんだけ?」
「ちなみに、最強候補のもうひとりはマスターであります。物理の差で総合力最強はマスターでありますが」
「世代って、何年くらいをいうのかな?」
「百年くらいであります」
わかってはいたけどタニアもメチャクチャすごかった! しかも百年に一人なんてえげつないレベルだとは……。本気で怒らしちゃ絶対にダメだ。
だが、最強を争う二人が、どちらも人間の社会に居着いているって、どうなの?
「そんなすごい人、会ってみたいな」
ローラが無邪気にコメントした。いや、きみはタニアもテルマも見てないから気楽にそう言うけど,実物見たらそうはいかないぞ?
「なかなか良い家」
「「「「「「「わあっっ!」」」」」」」
振り返るとそこにそのテルマさんが、さきほどと同じ無表情で立っていた。
「シルドラの匂いを追ってきた。この子はすごくいい匂いがする。けど、ちょっと修行が足りない」
依然として無表情だが、匂いをたどるとか、怖さがいろんな意味でシャレにならない。シルドラは真っ青になってガタガタ震えている。
「ど、どうやって入ってきたんですか?」
おそるおそる聞いてみる。いちおうこの家にはシルドラが張ってくれた結界で囲まれている。そう簡単に入ってこられるはずは……。
「ふつうに玄関から。少し不用心だから結界を張っておいた」
とても簡単だったらしい。結界があるという認識もなかったようだ。シルドラのまわりの空気がさらに煤すすけてきた。この人は無自覚で他人にクリティカルなダメージを与えられる人だな、きっと。
「えー、もうだいたいわかってると思うけど、テルマさんです。Aランク冒険者のジュゼッペさんの補佐をされてます。これからしばらく、ぼくらとのあいだの連絡役を務めてくれますので、そのつもりでみんなもよろしく」
今さらだとは思ったが、いちおう一同ににテルマさんを紹介した。
「テルマでいい」
「そ、それで今日はどのような御用で?」
つい卑屈なしゃべり方になってしまった。だって存在感すげえんだもの。
「特に用はない。様子を見に来ただけ」
なんの様子を見に来たというのか? シルドラがまた怯えてるぞ?
「あと今日からわたしもここに住む」
「ちょっと待つでありますよ姉さんっっ!」
たまらずにシルドラが爆発したが、これはムリもないだろう。ぼくもまったく意味がわからない。
「ええと、たしかジュゼッペさんと、たぶんほかに何人かこちらに残ることになっていたと思うんですが、その人たちをみな受けいれるというのは、ぼくらもちょっと」
シルドラへの援護射撃として、いちおうテルマにブレーキをかけてみる。
「予定変更。ジュゼッペはみなと一緒にシュルツクに向かった。心配いらない」
すまんシルドラ、心配いらないんだそうだ。
「迷惑はかけない。シルドラと同じ部屋で十分」
「わたしが十分じゃないのでありますよっ!」
「シルドラ、部屋に案内する」
シルドラの必死の抗議を完全にスルーしてそう言ったテルマは、シルドラの頭を抱き寄せた。理屈はわからないが、シルドラがとたんにおとなしくなる。「ウーッ」と唸りながらテルマと一緒に自分の部屋の方に歩いて行った。
「す、すごかったね」
ポカンと口をあいたままだったローラが、何かに感じ入ったような口調で言った。それにローザとヨーゼフが同調したようにうなずいた。
ローラはシルドラ以外の魔族というものも初めて見たかもしれない。だけど、あれとシルドラを魔族の判断基準にしてはダメだと思うぞ?
「シルドラさんが完全に遊ばれていたね。あの我が道を行く姿勢はすごい。ちょっと見習いたいものだね」
エマニュエル、見習わなくても十分きみは我が道を行っている。
「でも、テルマさんはシルドラさんが可愛くてしょうがないんだと思います。シルドラさんがいい匂いがするっておっしゃったとき、なんとなくホッコリしちゃいました」
「可愛がられすぎるのも、ときにはストレスなんだけどね。おまけに可愛がりかたを少しまちがえてるらしいし」
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