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第三章 雄飛

7-31 テルマとシルドラ(後)

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「連絡役がここに陣取るというなら,ボルダンの調査も少しずつ進めないとね」

 ビットーリオが話の内容を落ち着けてくれた。シルドラはテルマと一緒に部屋に戻ったままだ。拉致されているに近い状況だな。

「基本はヨーゼフにお願いしようと思う。なにか要望はある?」

「フレドが使えるなら、一緒に行かせてもらえると助かります。ああ見えて要領のいいやつなんで」

「どう思う、ビットーリオ?」

「いいんじゃないかな。忠誠心とかで動くヤツじゃなさそうだから、しばらくはそれなりに役に立ってくれるよ。ヨーゼフならあいつをどう使うかも心得てるだろうし」

「じゃヨーゼフ、そういうことで」

「ありがとうございます」



 さてと……雰囲気的にお開きの感じだし、そろそろ学舎に帰りたいのだが、シルドラがテルマと一緒に部屋にこもったまま出てこない。そしてぼくは、部屋まで押しかけて「姉妹の団らん」を終わらせるような勇者ではない。

 そんなことを考えていたら、エマニュエルが突然問題提起をはじめた。

「アンリ、そろそろ女王国やギエルダニアにも直接情報収集に行ったほうがいいと思う」

「気がかりでもある?」

「ぼくらは女王国の計画ばかり立て続けに潰すわけだけど、このままだとしびれを切らしてどこかでアッピアに力攻めをはじめる気がする。それは間違いなく歴史を進めるよ」

 たしかに、それはちょっとよろしくない。

「そうすると、ここらで少しはシャナ王女に花を持たせなきゃならないね。しかも、それがほかの国に大怪我にならないように」

「あと、ギエルダニアの後嗣争いも、一応追いかけといたほうがいい。皇太子はまだしも、第二皇子だと行動が読めないからめんどくさい」

「場合によって、アウグスト皇子、という可能性はある?」

「これまではなかったな。それに、あの人は平時にはいい皇帝になると思うけど、歴史が動いているときはどうなんだろうね」

 たしかに、戦乱の時代には脊髄反射で方向を決める才覚が必要な場面が多い。イネス攻略でのアウグスト殿下の煮え切らない部分は、そういうものを感じさせないのはたしかだ。

「じゃあ、ちょっと本気で情報収集にかかってみようか。女王国にはローザは行かない方がいいよね?」

「申し訳ありません。その方向でお願いできれば……」

「じゃあ、ギエルダニアには土地勘のあるビットーリオとローザで。女王国は……どうしようか?」

 残るメンバーは、シルドラ、リュミエラ、エマニュエル、ローラの四人。シルドラは転移魔法が必要なので、ここにいてもらわなければ困る。リュミエラは金庫番兼秘書としての存在感が圧倒的で、これもいてもらわなければ困る。エマニュエルは喜んでいってくれるだろうが、戦力的に低いから相方次第か。ローラは情報収集については経験不足だしなぁ。

「たまにはシルドラを外回りに出す」

 声のした方を見ると、どことなく生き生きしているテルマと、グッタリしたシルドラだ。

「この子はひとところにとどまっていると怠けるクセがある。女王国に行かせるといい」

 どこから聞いていたんだ、この最強魔族さんは?

「でも、それだとぼくの学舎からの出入りが難しくなってしまってですね……」

「わたしにまかせる」

「え、いや、お客さまにそんな面倒をかけるわけには……」

「問題ない」

「わかりました。おまかせします」

 この期に及んで、そう言う以外にどんな選択肢があろうか? ぼくとて自分がかわいい。

「それじゃ、女王国はシルドラと……エマニュエルにお願いできるかな?」

 ぼくはエマニュエルを見た。シルドラの反応は見る必要がない。彼女も選択肢はおそらくひとつだ。

「いいよ。行ってみたいと思っていたしね」



「ねえ、ぼくは? ぼくは何かやらなくていいのかな?」

 ローラがなかまになりたそうにこっちをみている。いや、もう仲間だけどね。

「ローラはまだ経験不足だからね。リュミエラにいろいろ教わりながら、ドルニエで情報の収集を勉強してほしいな。王宮関係の情報なんか、意外と持ってないしね」

 侯爵家から離れて長いとはいえ、食いつく勘どころみたいなものはリュミエラがよく知っているだろうし、情報の取り方も勉強になるだろう。ローラがこの先もこのままやっていけるかはまだわからないが、実践の中で自分で考えてほしい。

「わかったよ! リュミエラさん、よろしく!」

 仕事が出来たローラは嬉しそうだ。リュミエラもニッコリ笑ってうなずいて見せた。ぼくの目から見たローラが、どんどん子供っぽくなっていく気がする。



 シルドラの転移で学舎の中に戻ってきた。転移地点を記憶するために、テルマも一緒にきている。

「ここにお願いすることになるんだけど、いいですか?」

「問題ない」

「いつ外に出なきゃいけないかわからないんで、シルドラには午後、けっこうマメに学舎に来てもらっていたんですが、そんなに迷惑かけられませんよね」

「頭の中でわたしを呼んでみる」

「え?」

「いいから念じてみる。はやく」

 ぼくはテルマに向かって「来てくれ」と念じてみた。これがどうなるというんだろう?

「わかった」

「わ、わかったって、なにが?」

「あなたの念の形。この街くらいならどこでもわかる」

 要するに、来てほしいと念じれば、テルマがどこにいてもそれを感じることが出来る、ということ? そんな趙便利なこと、タニアだってやってなかった気がするよ?

 ぼくはシルドラを見た。ブンブンと首を振る。まったく心当たりがないようだ。ぼくはその規格外ぶりに度肝を抜かれながら、挨拶をして寮に戻った。ぼくの後ろで姉妹が仲むつまじく転移を開始して気配が消えた。その瞬間に「やめるであります! 離すであります!」とか聞こえた気がするのは、きっと気のせいなのだろう。
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