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第八十話
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「あの、コショネ・・・、ってなんですか?」
エルネストの話の中に出てきた『セヴのコショネ』というフレーズが、奈々実はひっかかった。文脈からして、自分のことを言われているようなのだが。
「仔ブタ、って意味だけど、キミにぴったりでしょ。気に障った?」
やっぱり無神経なオタク野郎だわ、と奈々実は思った。顔だけは無茶苦茶キレイだけれど、だからなおさらムカつく。よもや異世界まで来て仔ブタ呼ばわりされるとは思わなかった。悔しい、絶対に痩せてやる! と、奈々実はダイエットへの意気込みを新たにする。
ベアトリスが奈々実憎しで騒いで起こした簡易裁判では話題性が小さすぎると考え、世間の耳目を集めようと自宅の玄関に仕掛けをしたのも、エルネストだ。奈々実の魔力が暴発しなかった場合に奈々実のせいにして爆発を起こす準備も、ちゃんとしてあったと言う。セヴランが怒髪天を衝いて剣に手をかけたのは、言うまでもない。そこまでもちろん用心して、セヴランに殺されないために、リシャールに来てもらったのだとエルネストは胸をはる。結果的に、大法廷を埋め尽くすほどの傍聴人の前で、ベアトリス母娘の異常行動を世間の目に曝した。空飛ぶお盆との相乗効果で、巷は今、その話題でもちきりになっている。
「言ったよね、居直ろうと思ったって。一度は諦めようとしたけど、やっぱり諦められなかった。セヴはベアトリスを泣かせてまでそのコショネを選んだんでしょ。だったらボクがベアトリスを幸せにするよ。文句は言わせない。ずうっとずうっと、ベアトリスが好きだったんだから」
今、何か面妖なことを聞いた。
「え、エルネストさんって、ベアトリスさんのことが、・・・好き、だったんですか?」
蓼食う虫も好き好きというが、いや、まあ、ベアトリスはわたしよりはおキレイだから、まあ、そういうこともあってもいいのか、と、奈々実は無理矢理思った。
「だってさあ、アルヴィーン留学だってボクが行きたかったのに行かせてもらえなかったし、ベアトリスのことだって先に好きになったのはボクなのに、セヴの許嫁にされちゃうし、酷いと思わない?」
エルネストは子供のように口を尖らせる。
「初めて会った時からさ、ボクはベアトリスが大好きで、お嫁さんになって欲しいなって、思っていたんだ。だってあんな面白いオモチャ、他にいないでしょ?」
オモチャは物なので、普通は『いる』とか『いない』とは表現しない。
しかしもしかしたら、エルネストにとってベアトリスは本当にお気に入りの『オモチャ』なのかもしれない。セヴランは天を仰ぎながらそう思った。父やオランド公爵に逆らえなくて何年も何年も悩んで悶々としていたのが、時間の無駄だったと、心の底から思った。もっと早く婚約破棄をすればよかったと、激しく後悔した。
「一生懸命アプローチしたんだよ? セヴよりもボクのほうがキミを楽しませてあげるよって。ベアトリスは可愛い声でキャーキャー言って喜んでくれたくせに、全然ボクのことを見てくれないんだ。寂しくて寂しくてさあ。ベアトリスのところに飛んで行きたい! ってずうっと思ってた。だからフライング・ソーサーのアイデアは、かなり昔からあったんだよ」
必要は発明の母と言うが、そんな理由で空を飛ぶお盆が作れてしまうなんて、ダ・ヴィンチやライト兄弟に見せてあげたいと奈々実は思う。いや、日本だったら二宮忠八か。あのナチス・ドイツはUFOを作ろうとしていたという本を読んだ記憶も、漠然とある。そういう人達に見せてあげたい、マジで! と、心の底から思った。恋する女性に会いに行きたい、ただそれだけで空飛ぶ円盤が作れてしまうなんて、魔力だの異世界だのといった次元を超越していると思う。ファンタジー無双、都合よすぎだろ、と声を大にして言いたい。
「言っておくけどな、ナナミ。兄の道楽に嬉々としてつきあっておられるモニーク殿がおかしいのだ。まったくもって頭が下がる。仕事でもないのに魔力を提供していただいて、申し訳なくて頭が痛い。そもそも兄貴は非常識すぎる。ご婦人に無茶な我儘を言って恥ずかしくないのかと、いつも思っている」
「その言葉はそっくり返すよ。どのツラ下げてそれをボクに言うかな。年端もいかない幼女を繋留して魔力を使わせてもらおうなんて、破廉恥この上ない。まさかこの世界の摂理を無視するつもりじゃあないだろうね?」
幼女ってわたし? と、奈々実はぽかんとする。いくらなんでも幼女ってことはないと思う。でもこの世界の摂理って、何だろう?
突如として勃発しかけた兄弟喧嘩を、リシャールがやんわりと仲裁する。
「エルの道楽は単なる道楽では終わらせられない価値があるよ、セヴ。モニークさんもよもや自分の目の黒いうちに人間が空を飛ぶことが実用化されるなんて思いもしなかったって、言っていたよ」
魔法があっても、今まで空を飛ぶなんてことはできなかった。魔力はあくまでエネルギーであり、それを活用する方法や技術を開発するのは、人間だ。
エルネストの話の中に出てきた『セヴのコショネ』というフレーズが、奈々実はひっかかった。文脈からして、自分のことを言われているようなのだが。
「仔ブタ、って意味だけど、キミにぴったりでしょ。気に障った?」
やっぱり無神経なオタク野郎だわ、と奈々実は思った。顔だけは無茶苦茶キレイだけれど、だからなおさらムカつく。よもや異世界まで来て仔ブタ呼ばわりされるとは思わなかった。悔しい、絶対に痩せてやる! と、奈々実はダイエットへの意気込みを新たにする。
ベアトリスが奈々実憎しで騒いで起こした簡易裁判では話題性が小さすぎると考え、世間の耳目を集めようと自宅の玄関に仕掛けをしたのも、エルネストだ。奈々実の魔力が暴発しなかった場合に奈々実のせいにして爆発を起こす準備も、ちゃんとしてあったと言う。セヴランが怒髪天を衝いて剣に手をかけたのは、言うまでもない。そこまでもちろん用心して、セヴランに殺されないために、リシャールに来てもらったのだとエルネストは胸をはる。結果的に、大法廷を埋め尽くすほどの傍聴人の前で、ベアトリス母娘の異常行動を世間の目に曝した。空飛ぶお盆との相乗効果で、巷は今、その話題でもちきりになっている。
「言ったよね、居直ろうと思ったって。一度は諦めようとしたけど、やっぱり諦められなかった。セヴはベアトリスを泣かせてまでそのコショネを選んだんでしょ。だったらボクがベアトリスを幸せにするよ。文句は言わせない。ずうっとずうっと、ベアトリスが好きだったんだから」
今、何か面妖なことを聞いた。
「え、エルネストさんって、ベアトリスさんのことが、・・・好き、だったんですか?」
蓼食う虫も好き好きというが、いや、まあ、ベアトリスはわたしよりはおキレイだから、まあ、そういうこともあってもいいのか、と、奈々実は無理矢理思った。
「だってさあ、アルヴィーン留学だってボクが行きたかったのに行かせてもらえなかったし、ベアトリスのことだって先に好きになったのはボクなのに、セヴの許嫁にされちゃうし、酷いと思わない?」
エルネストは子供のように口を尖らせる。
「初めて会った時からさ、ボクはベアトリスが大好きで、お嫁さんになって欲しいなって、思っていたんだ。だってあんな面白いオモチャ、他にいないでしょ?」
オモチャは物なので、普通は『いる』とか『いない』とは表現しない。
しかしもしかしたら、エルネストにとってベアトリスは本当にお気に入りの『オモチャ』なのかもしれない。セヴランは天を仰ぎながらそう思った。父やオランド公爵に逆らえなくて何年も何年も悩んで悶々としていたのが、時間の無駄だったと、心の底から思った。もっと早く婚約破棄をすればよかったと、激しく後悔した。
「一生懸命アプローチしたんだよ? セヴよりもボクのほうがキミを楽しませてあげるよって。ベアトリスは可愛い声でキャーキャー言って喜んでくれたくせに、全然ボクのことを見てくれないんだ。寂しくて寂しくてさあ。ベアトリスのところに飛んで行きたい! ってずうっと思ってた。だからフライング・ソーサーのアイデアは、かなり昔からあったんだよ」
必要は発明の母と言うが、そんな理由で空を飛ぶお盆が作れてしまうなんて、ダ・ヴィンチやライト兄弟に見せてあげたいと奈々実は思う。いや、日本だったら二宮忠八か。あのナチス・ドイツはUFOを作ろうとしていたという本を読んだ記憶も、漠然とある。そういう人達に見せてあげたい、マジで! と、心の底から思った。恋する女性に会いに行きたい、ただそれだけで空飛ぶ円盤が作れてしまうなんて、魔力だの異世界だのといった次元を超越していると思う。ファンタジー無双、都合よすぎだろ、と声を大にして言いたい。
「言っておくけどな、ナナミ。兄の道楽に嬉々としてつきあっておられるモニーク殿がおかしいのだ。まったくもって頭が下がる。仕事でもないのに魔力を提供していただいて、申し訳なくて頭が痛い。そもそも兄貴は非常識すぎる。ご婦人に無茶な我儘を言って恥ずかしくないのかと、いつも思っている」
「その言葉はそっくり返すよ。どのツラ下げてそれをボクに言うかな。年端もいかない幼女を繋留して魔力を使わせてもらおうなんて、破廉恥この上ない。まさかこの世界の摂理を無視するつもりじゃあないだろうね?」
幼女ってわたし? と、奈々実はぽかんとする。いくらなんでも幼女ってことはないと思う。でもこの世界の摂理って、何だろう?
突如として勃発しかけた兄弟喧嘩を、リシャールがやんわりと仲裁する。
「エルの道楽は単なる道楽では終わらせられない価値があるよ、セヴ。モニークさんもよもや自分の目の黒いうちに人間が空を飛ぶことが実用化されるなんて思いもしなかったって、言っていたよ」
魔法があっても、今まで空を飛ぶなんてことはできなかった。魔力はあくまでエネルギーであり、それを活用する方法や技術を開発するのは、人間だ。
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