異世界ダイエット

第百三話

　奈々実とセヴランがレミュザの滝を見ていた頃。
　江里香はどんどん衰弱していくマリエルの病床の横にいた。反対側には、初めて会ったマリエルの父親がいる。なんでそんな落ち着いているの!?　と江里香が叫び出しそうになるくらいに、無表情に、無感動に、弱っていく娘を眺めている。その様子は、幼獣が肉食獣に喰われる様を離れた場所から見ている草食獣に似ていた。
　マリエルの手はもう、江里香の手を握り返すほどの力も無い。
　その手をしっかりと握って、零れ落ちる涙をぬぐおうともしないまま泣き続ける江里香をマリエルの父親はただ、見ている。自分は妻の死を受け入れ、悲嘆や絶望や懊悩を克服した結果として、別の女性の魔力を生命力に転用できたけれど、同じことを娘にもさせようとは思わない、思えない。江里香も、それができればマリエルが生きられることは教えてもらったけれど、マリエルに『お母さんはもう死んじゃったんだよ。諦めて、他の女の人の魔力を受け入れて生きるんだよ』なんて、言えるはずがない。
　マリエルの髪は、もう、まばらなくらいしか残っていなくて、三つ編みをすることも、リボンをつけることもできない。撫でることもできない。撫でるとその刺激で、手の動きのままに抜けてしまうのだ。江里香にできることは、ただ、マリエルの小さな手を握ることだけだった。魔力が無い自分には、魔力をあげることもできない。もしも魔力があっても、マリエルが受け入れてくれなければ生命力に転用できない。
　マリエルの小さな心臓が、ゆっくりとその活動をやめていく。小さな身体が、ゆっくりと冷たくなっていく。小さな命の炎が、消えていく。
　江里香はただ、小さな生命の消滅を、見ていることしかできなかった。