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FINAL PART : 愛しき全ての世界へ
プロローグ ~パラレルワールド・俺キングダム
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ハルたちとコハルとの『取引』が行われ、今回の件が解決してから一ヶ月ほどが過ぎた――
「フユちゃん、どーお?」
「んー……だいじょうぶ、みたい」
ハルたちは再び夜の公園へとやって来ていた。
今日だけに限った話ではなく、コハルとの件が終わってから余裕のある時はいつも4人――とコハルを合わせた1匹はここへとやってきていた。
それは『習慣』となったからというのもあるが、主な目的は『デブリ釣り』のためだ。
「……どうやら、完全に終わったと思っていいみたいだな」
「うん。コハルちゃんたちが開けちゃった『穴』も完全に塞がってるみたいね。N世界側でも観測して確定するまでは安心できないけど」
実はコハルとの件が終わった後も、デブリは出続けていたのだ。
これは別にコハルがデブリを使ってハルを襲おうとしていたためではない。
コハルたちが出現し、またデブリを自在に呼び出すために基軸世界とIF世界を繋ぐ『穴』が開いたままだ、とコハルが言い出したのがきっかけだ。
『穴』は放っておけばいずれ閉じてゆくだろうが、その間は今まで通りデブリが湧いてきてしまう。
このことはN世界側でも把握していたし、その『穴』を塞ぐ術もなかった。
……というわけで、ハルたちは積極的に『穴』のある場所――最初にハルがデブリに襲われた公園へとやってきて、デブリが現れたら退治しながら『穴』が塞がるまで監視していたのである。
そして一週間ほど前からデブリの数や大きさが減少していき、ここ数日は現れなくなっていた。
「はぁ~……これでひとまずは『終わり』、だな」
深く息を吐き、ハルはしみじみと呟く。
コハルとのあれこれよりも、後始末の方がずっと長い時間がかかったのは完全に想定外であった。
もっとも悪いことばかりではない。
『穴』が開いていることがN世界側でもわかっていたため、ナツたちのH世界出張の期限がすんなりと伸びたこと、そして当初の予定よりも長引くことを考慮して様々な『援助』をしてくれるようになったことは良いことだと言えよう。
また、ハルの当初の目論見通り、『コハル』というデブリが未だ存在する――その姿はN世界側には見せず、曖昧に濁しているが――ということから、引き続きナツたちが望めばH世界に滞在しても良い、援助も続けるという約束を取り付けることもできた。
(……案外、N世界のヤツらも気付いてるのかもな)
ナツたちは無邪気に喜んでいたが、ハルは内心ではN世界の人々――『上』の人間はハルの思惑に気付いた上で、要求を飲んでくれているのだろうと思っていた。
ハルの要求を飲んでいるのは親切心からでも、ハルの身を案じているからでもない。
デブリという存在を生み出したのが他ならぬN世界の仕業だから、ということを後ろめたく思い、またハルに対する『口止め』の意味を含んでいるのではないか、とも。
(――ま、いいさ。別に俺たちに危害を加えるつもりはなさそうだし、後始末とかも手伝ってくれてるしな)
ただ、ハルの方とてN世界側に感謝していることはある。
ナツたちとの共同生活における『援助』は、金銭的なものだけではない。
これはコハルの時もそうだったが、大規模な『超科学催眠電波』を使って『ショッピングモールの事件の隠蔽』や、『ナツたちのこの世界における身分証明』を作ってくれていたのだ。
もちろん、あくまでも催眠……そして影響を深く残さないためにも『彼女たちの存在・身分に疑問を抱かない』というレベルなので、たとえば戸籍謄本が必要な手続き等は行えないままではある。
それでもハルにとってはかなり助かる『援助』だ。
N世界からH世界の『金』を大っぴらに渡すわけにもいかない。食料品や衣類などをある程度融通するに留まっているため、時間に余裕がある時はハルだけでなくナツとアキもアルバイトを探して少しでも稼ごうとしているのが現状である。
……フユについてはどうしようもないので、ハルたちがいない間のコハルの世話係となっているが。
「あとは……私たちがこっちの世界で暮らしていく上での問題を一つずつ片付けていくだけね」
「だな。まぁそれが一番悩ましいところだが」
現状は、フユをF世界に戻さないための一時的な避難にすぎない。
N世界やA世界にフユを滞在させることもできないのだ。その点は、どの世界でも共通の事情だ。
この一時的な避難を恒久的な避難にするためにはどうすればいいのか……それこそが次のハルたちの考えるべきこととなっている。
――それでもきっと何とかできる。
そうハルも、ナツたちも確信していた。
ハル一人ではどうにもできないことでも、並行世界の自分が揃っていればきっと何とかできる。
その方法が今は思い浮かばなくてもいつか必ず考えつく。
実現が難しい手段であっても解決することはできるはずだ。
なぜならば、4人揃えば自分たちはきっと『世界における無敵の存在』になれる――そう確信していたから。
「明日からどうしよっか?」
そのままハルたちは少し公園で休憩することにしていた。
街の明かりを見下ろしながら、途中で買った飲み物を飲むハルとナツ。
少し離れたところでは、嫌がるコハルを弄繰り回すフユにその横で微笑んでいるアキ。
彼らの他に暗くなった公園には誰もいない。
「……そうだなぁ……」
ナツが何を質問しているのかは理解できているつもりだ、とハルは『何を』とは聞かずに少し考えるそぶりを見せ答える。
「まぁ、N世界側から『穴』が完全に塞がったって報告が来るまでは、一応見周りには来ようかなと思ってる。
その後は――全員揃っての散歩がてらで来るのもいいんじゃないか。なんだかんだで『習慣』になってきてるしな」
「ふふ、そうね」
きっかけは『デブリ釣り』だったものの、なんだかんだでほぼ毎日のように4人揃って公園に出かけるのは習慣と化している。
今後アルバイトが決まったり、ハルについては大学受験も控えているしで揃って出かけることは難しくなってくるかもしれないが、そうなるまでは続けてもいいだろう――ハルはそう思っていたし、ナツも同感だった。
「あ、でも明日はコハルを捕まえておかなきゃだな……」
「? なんで? なにかあったっけ?」
「……良樹たちのデートだからなー……」
ハルの言葉の意味はわかるが真意までは掴めずナツは首を傾げる。
……一ヶ月前、良樹たちのデートはコハルたちの襲撃によって中断されることとなってしまった。
そこから色々とあってなかなかやり直しができなかったのだが、ついに明日にデートすることになった――とハルは良樹から聞かされている。
「コハルに乱入されたら、その……色々と、な?」
「…………あっ、そういうこと……」
敢えて言葉を濁していたが、ナツにも伝わったようだ。
一か月前のデートを中断させてしまったことを、ハルは心の底から申し訳なく思っていたのだ。
なぜならば、そのデートで良樹は真理と――まぁ色々と決心を固めていたわけなのだが、その続きが明日なのである。
猫妖精の姿で、ただの猫の振りをすることに同意したコハルではあるが、まだ一ヶ月だ。
もし、良樹と真理の関係が更に進む、となるデートのことを知れば心中穏やかではいられないだろう。
それもあって、明日の日中はコハルを捕まえつつ、適当な言い訳をして良樹たちに出くわさないようにしなければならない、とハルは考えている。
……まぁハルが勝手に察しているだけであって、『そういうこと』にはならない可能性もあるが。
「…………ねぇ、ハルも『そういうこと』に興味あったり……する?」
「はぁ!?」
唐突に、ハルの様子をうかがうような素振りでナツが問いかけてくる。
しかも、ちょっと上目遣いで恥ずかしそうに頬を赤らめて……。
「い、いや……そりゃ、ないわけじゃ、ないけどさ……」
動揺したハルの言葉はしどろもどろになる。
――もしこれがナツではなく他の女性から言われたのであれば、ハルは何とも思わなかっただろう。なぜならば、先に『女性嫌い』が発動するからだ。
しかしナツに対してはそれがない。
だから不意打ちの発言に動揺してしまっているのだ、きっとそうに違いない。とハルは自分に言い聞かせて落ち着かせようとする。
「まー、私たちには縁のない話だとは思うんだけど……それでもさ、やっぱり――こ、子供とか……将来、欲しいかもって思うしぃ……私は一人っ子だし……」
「お、おう……」
並行世界間である人物が『いる』『いない』という差がどこから現れるかと考えれば――当然、『子孫を残さなかった』ことが原因となるだろう。
極端な異性嫌いであるハルたちにとっては、かなり深刻な問題である。
「それ抜きにしても、私も興味ないわけじゃないし……えっと……」
「おいやめろなんでこんな時に『女』出してくるんだよ頭混乱するだろーが」
敢えて言うなら、姉妹が迫ってくるのに近いものを感じてしまう。
「あははっ、冗談よ、冗談」
「……」
ハルをからかっていただけなのか、ナツはすぐにいつものように笑顔に戻る。
そこには先ほどまでの態度は微塵もなかった。
「身体も性格も違うけど、『自分自身』なのには変わりないからねー。『そういうこと』の相手としては見づらいっていうか……。
…………それによく考えたら、仮にしたとしても――それって結局一人エッ」
「皆まで言わんでよろしい!」
慌てて顔を真っ赤にしたハルがナツの口を塞ぐ。もちろん手で。
『そういうこと』に興味がないわけではないが、女性嫌いのためいまいち想像ができず、友人と『そういうこと』の話もあまりしたことがない。
なので、意外とハルは『そういうこと』の話題には弱いのだ。
ましてや相手は『自分自身』とは言え『女性』だ。なおさらである。
「ったく……たちの悪い冗談やめろよ」
「ごめんごめん。
でもさ、考えてみたら――今のハルって、女の子に囲まれた生活してるわけだし、いわゆる『ハーレム』ってやつじゃないの?」
「まぁ……そうとは言えるが……。
……多分誰も羨ましく思わないハーレムだろうな」
「だねー。なんたって、全員が自分自身なんだし」
そう言って二人は笑いあう。
状況だけ見れば、確かに『ハーレム』と言えないこともない。
しかし、異性であれど互いに『異性としての好意』は決して抱くことのない――自分だけのハーレムだ。
おそらく傍から見るほど羨ましくなる要素はないだろう。
ハルたちにしても、自分自身を恋愛対象として見るほどナルシストでもない。
それでも、お互いがお互いを絶対的に無条件に信頼している、世界一絆の強固なハーレムであるとも言える。
「子供とか、まぁそんなのはまだまだ未来の話だ。そん時になって考えればいいさ」
「そうだねー。
……そんなこと言って先延ばしにし続けておばあちゃんになってるってありそうだけど……」
「……そん時はそん時だ」
まだまだハルたちにとっては遠い未来の話だ。
今の問題を解決することの方が先であろう、と先延ばしを自覚しながらもハルたちは割り切る。
「さて、デブリの問題もほぼ解決したことだし、あまり遅くなりすぎてもアレだからそろそろ帰るか」
「そだねー。お風呂入りたーい」
「だな。
……マジで真剣に引っ越し考えるか……いやでも金がなー……」
ぬるい風呂の問題だけは如何ともしがたい。
そのためだけに引っ越すのはどうだろうと思いつつも、今は『超科学催眠電波』でコハルのことも誤魔化している状態だ。
ペット可物件や、今は『超科学お泊まりセット』を使っているナツたちにもちゃんとした部屋を用意してあげたいので広い家を借りるというのを、漠然と考えてはいる。
……ハルの家族への言い訳や、金銭的なことなど問題は山積みであり今すぐどうにかすることは難しいのが現状ではあるが。
「まぁまぁ。私たちなら大丈夫よ、きっと」
何の疑いもなしに笑顔を向けるナツに、
「…………そうだな」
ハルも笑顔を返すのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かくして、『特異点』を巡るハルたちの物語は終わりを告げる。
ここからは、ちょっと特殊な事情を持ってはいるが、それ以外は至って平凡な少年少女たちによる、自分たちの新たな日常を作るために奮闘する物語である――
『パラレルワールド・俺ハーレム』完
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――とはならなかった。
「お兄ちゃん、なにかくる!!」
「!? フユ!?」
普段のフユではありえない、切羽詰まった大きな声で警告をすると共に全員が一斉に動いた。
アキがフユとコハルを抱えハルたちのすぐ傍へ。
「『超科学バリア』!」
全員が揃うと同時にナツが防護壁を張り巡らせ、
「フユ、こっちへ」
「ぅん……」
アキからフユをコハルを受け取ったハルが守り、両手の空いたアキがいつでも動けるように準備する。
……フユの警告から数秒後。
「な、なんだ……!?」
「空が……裂けていってる……!?」
異様な現象が起こっていた。
ハルたちのいる公園、その上空の夜空が真っ二つに割れていく。
割れた夜空の向こう側に『超科学パラレルワールドゲート』のような、サイケデリックな異空間が広がっている。
見てるだけで眩暈がしてくるような奇妙な空間――
「おい、コハル!?」
「し、知らないにゃ……私じゃないにゃ!」
心当たりがあるとすればコハル、というかデブリ関連だがコハルは否定する。
ここで嘘を吐く理由はあまりないし、デブリとは言えコハルもハル自身と言える存在だ。嘘かどうかは何となくわかる。
コハルでもない、そしてナツの態度からしてN世界絡みでもない異常現象が彼らの目の前で起こっているとしか言いようがない。
「あら? 何か落ちてくるわ~」
「ば、バリア最大出力!!」
やがて、異空間の向こう側から『何か』が地上へと向けて落下してくる。
今から逃げることもできない。
ナツが必死に『超科学バリア』の出力を上げ、とにかく耐えようとした次の瞬間――
――ズゥゥゥゥゥン……!
と思い地響きを立て、『それ』が公園近くの山へと落下した。
『それ』の大きさと落下してきたであろう距離にしては大きな衝撃がなかった――とはいえハルたちがはっきりと感じ取れるほどの揺れはあったが――のは、『それ』が落下寸前に炎を噴いて衝撃を和らげたためだろう。
「な、な……っ!?」
ハルは言葉もない。
アキは皆の前に立ち警戒を怠らず――だが襲い掛かってくる様子はなく、『それ』が彼女にとって余りに未知であるため戸惑っている。
一方で、最初は驚いたナツであったが『それ』が何なのかを認識し、キラキラと目を輝かせる。
……尚、フユとコハルはぽかーんとしている。
異空間から落下してきたものが何なのか、ハルとナツは認識できていた。
が、『何』とは認識できても、実在するとは思っておらず理解が追いついていない。
『それ』には頭があった。
胴体があった。
両腕があり両足があった。
ようするに『人型』であった。
ただし、『人間』ではない。
今は両ひざを地につき、項垂れているような姿勢のためはっきりとはわからないが……立ち上がったとしたら高さはおそらく10数メートルはあるだろう。
そして、その肉体は冷たい輝きを放つ『金属』で造られている。
「ろ、ロボット!?」
「人型ロボきたぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そう、端的に言えばそれは人型ロボ――全世界の男子憧れの人型ロボであったのだ。
右手にはきっと『ビーム』が発射されるのであろうライフル、左手にはビーム相手に役に立つのか不明な大きな盾。
背中には先ほど着陸の衝撃を和らげた立役者である巨大なブースターを背負った、正しく人型ロボである。
ハルとて男子だ、そんな存在を知らないわけではないが……戸惑いの方が大きい。
ナツはというと、流石N世界の科学者であるためか興奮気味だ。N世界でも実用化はされていないのかもしれない。
「……何か出てくるわ~」
「…………こわくはない、かも……?」
人型ロボが地に降り立って、否落下してから数秒後――ロボの胸部に当たる部分が開く。
そこが『コクピット』なのだろう。
中からワイヤーを伝って『何者か』が降りたち、ハルたちの方へとゆっくりと近づいてくる。
(……『女』……?)
頭部をすっぽりと覆うヘルメットを被っているため顔はわからないが、身体に纏っているパイロットスーツ (と思われるもの)は体型がわかるようになっている。
どう見ても『女性』である……が、身長はかなり高い。ハルやアキに近いくらいはあるだろう。
その謎の女性パイロットがハルたちの近くまで来たところで、ようやくヘルメットを外す。
「……!! おまえ……!?」
その顔を見たハルは思わず驚きの声を上げる。
他のメンバーも驚きで言葉を失ってしまったようだ。
なぜならば、その女性の顔はハルによく似ていたからだ。
ハルの顔の輪郭を柔らかくし、髪型を変えただけ――もちろん体型は女性そのものだが――の、男装が似合いそうな女性であった。
「――ようやく見つけました、『特異点』」
「!」
彼女ははっきりとハルのことを『特異点』と認識していた。
となれば――と、ハルたちの警戒心が一気に高まったが……。
彼女は姿勢を正し、びしっと見事な敬礼をする。
「自分は反マリエスタシオン帝国軍・第三T-aLLOS部隊所属、バ=イウ中尉であります!」
「お、おう……?」
見た目はハルに似ているが、声質はやはり女性そのものだ。
淀みなく自己紹介するバ=イウとやらだったが……言ってる内容はハルたちにとってチンプンカンプンだ。
……いや、何となくハルには予想がついているのだが……。
「『特異点』である四季嶋春人殿をお迎えに上がりました!」
「ちょっと待て。何で急に……!?」
予想はつくが事情はさっぱりだ。
それに、ハルを連れて行くという趣旨のことを聞いてナツたちも警戒を強める。
怯むことなく、バ=イウは小さく頷くと説明を始める。
「春人殿だけではなく、夏海殿、アキナ殿、それに――えーっと……?」
「……フユのこと……?」
「なるほど、フユという名前なのですね! 失礼いたしました。
フユ殿も含め、皆さまにも同行いただければと思います!」
「だから何でだよ!?」
「――今、この世界だけでなく全ての並行世界が帝国の脅威に晒されているのであります。
自分たちは帝国の侵略に抗う、いわゆる『レジスタンス』であります!」
「帝国……? レジスタンス……?」
バ=イウの立場は何となくわかったが、それでもまだまだわからないことがいっぱいある。
「レジスタンスも様々な世界から仲間を集めてはいますが、帝国の力には及ばず……押される一方でした。
全並行世界の支配を目論むマリエスタシオン帝国皇帝、およびその配下の帝国軍……彼女らに対抗するための最後の希望が、『特異点』である春人殿なのであります!」
――その言葉を聞いて、ハルは察した。察してしまった。
「…………そのなんちゃら皇帝って悪の親玉は――『女』だな?」
「肯定であります!」
「…………んでもって、その配下の帝国軍……のまぁ偉いやつらも『女』だな?」
「肯定であります!!」
「…………ついでに聞くが、バ=イウ」
「あ、気軽に『イウ』とお呼びください!」
「イウ――お前の集めた仲間たちも『女』だな?」
「またまた肯定であります!」
そこまで聞いて、ナツたちも察したが敢えて言葉を挟まず。
深い、深いため息をついて一呼吸を入れた後、ハルが尋ねた。
「……そいつら全員が並行世界の俺なんだな?」
「ご慧眼恐れ入りました! 全て肯定であります!!」
ハルは大きく天を仰ぎ、再びため息。
イウの言葉が正しいことは、感覚でわかっている――彼女もまた、並行世界の『自分自身』だということがわかっているからだ。
ならば、全並行世界の支配という世界征服以上に頭の悪い計画を実行しているのも、それに協力しているのも。
はた迷惑だがこれ以上ないほど有害な計画を阻止しようとしているのも。
全てが自分自身のことなのだ。
「……ナツ、アキさん、フユ。あとついでにコハル」
もう一度息を吐いて気持ちを落ち着けた後、ハルは彼女たちに願う。
「すまん、一緒に来てくれ」
『一緒に来てくれないか?』ではなく、『一緒に来てくれ』――
もうハルの中では決心は固まっていた。
イウと共に征き、皇帝とその協力者たちの馬鹿げた侵略を阻止し、尻ぬぐいをするということを。
その戦いにナツたちを巻き込みたくない、などと言うつもりはなかった。
彼女たちと共に征くことこそが、ハルの在り方であり、どんな困難も乗り越える唯一の方法だとわかっていたからだ。
「もっちろん! ぶっちゃけ、私の世界より進んだ科学の世界って感じだし、それだけでも興味あるわ!」
ナツは否を返さない。むしろ、ハルが行かなくても自分一人でも行きたいと言い出しかねない勢いだ。
「……うふふっ♪ もちろん、ハル君もナツちゃんもフユちゃんも、わたしがこれからも守り続けるわよ~。…………あの大きな乗り物? も戦い甲斐がありそうですしねぇ~」
アキも否を返さない。並行世界最強の生物は、鉄の巨人ですら恐れることはなく全ての自分自身を守るのが役目だ。
「……フユも」
フユも否を返さない。他に行く当てがないという消極的な理由ではない。きっと自分がいれば、ハルたちを危険から守れる――そう確信しているが故に。
「え~……私もにゃー? ……んにゃー、皆いないんじゃご飯もないし、しょうがないにゃぁ~」
嫌々なように見せかけながらもコハルも否を返さない。言葉通り、ハルたちの誰もいないのでは飢え死に待ったなしであるし、内心では自分の起こした事件の罪滅ぼしをしなければ、と思っている。
「――ありがとな、皆」
馬鹿げた話だが、冗談で済む話でもない。
命の危険があるかもしれない新たな世界へと連れて行くことを申し訳なくも思うが、それ以上にハルは心強さを感じていた。
彼女たちと共にあれば、どんな困難であっても切り抜けることができる。
その思いは全員同じなのだ。
「よし、イウ。俺たち全員行くぜ!」
「! 感謝いたします!
それでは、皆さまを乗せるための『母艦』を呼び出しますので少々お待ちください!」
そう言うとイウはスーツに内臓されているのであろう通信機を使い、サイケデリック空間の向こう側に待機していたのであろう『母艦』を呼び寄せようとする。
ただでさえイウ登場の衝撃で街の方がざわめいている――もう少ししたら、きっと警察等が現れることだろう。
(やれやれ……しばらくは帰ってこれなくなるかなー。まぁ余裕が出来たら一度里帰りできないかイウに相談してみりゃいいか)
学校を無断欠席する羽目にはなりたくはないが、事情が事情なので仕方ないと割り切る。
思った通り、余裕のある時に一時的に戻れれば何とかする自信はあるため、一旦忘れ目の前のことに集中することとした。
「皆様、母艦と連絡が着きました!
すぐに搭乗していただきます!」
一言二言しか会話していなかったが、イウたちの方の話はあっさりと着いたようだった。
サイケデリック空間の向こう側から、空を飛ぶ巨大な船――『母艦』が一瞬だけ姿を現して地上のハルたちへと向かって光を照射。
……まるでUFOにアブダクションされるかのように、ハルたちは『母艦』へと向かってふわふわと浮いていく……。
「――じゃ、並行世界でバカやらかしてる自分を懲らしめにいくか」
努めて軽く、なんてことのないようにハルは呟く。
彼のその言葉に、ナツ、アキ、フユ、コハル、そしてイウは力強く頷くのであった――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かくして、『特異点』を巡るハルたちの物語は終わりを告げる。
ここから始まるのは、全並行世界を巻き込んだ並行世界大戦。
各世界における最高の天才たちによる自分自身との戦い。
――この戦いの果てに、全ての決着をつけるためにハルが『並行世界の自分自身』を集めた王国を造り、帝国と全並行世界を二分することになるとは……当然、彼自身は知る由もないのであった。
「フユちゃん、どーお?」
「んー……だいじょうぶ、みたい」
ハルたちは再び夜の公園へとやって来ていた。
今日だけに限った話ではなく、コハルとの件が終わってから余裕のある時はいつも4人――とコハルを合わせた1匹はここへとやってきていた。
それは『習慣』となったからというのもあるが、主な目的は『デブリ釣り』のためだ。
「……どうやら、完全に終わったと思っていいみたいだな」
「うん。コハルちゃんたちが開けちゃった『穴』も完全に塞がってるみたいね。N世界側でも観測して確定するまでは安心できないけど」
実はコハルとの件が終わった後も、デブリは出続けていたのだ。
これは別にコハルがデブリを使ってハルを襲おうとしていたためではない。
コハルたちが出現し、またデブリを自在に呼び出すために基軸世界とIF世界を繋ぐ『穴』が開いたままだ、とコハルが言い出したのがきっかけだ。
『穴』は放っておけばいずれ閉じてゆくだろうが、その間は今まで通りデブリが湧いてきてしまう。
このことはN世界側でも把握していたし、その『穴』を塞ぐ術もなかった。
……というわけで、ハルたちは積極的に『穴』のある場所――最初にハルがデブリに襲われた公園へとやってきて、デブリが現れたら退治しながら『穴』が塞がるまで監視していたのである。
そして一週間ほど前からデブリの数や大きさが減少していき、ここ数日は現れなくなっていた。
「はぁ~……これでひとまずは『終わり』、だな」
深く息を吐き、ハルはしみじみと呟く。
コハルとのあれこれよりも、後始末の方がずっと長い時間がかかったのは完全に想定外であった。
もっとも悪いことばかりではない。
『穴』が開いていることがN世界側でもわかっていたため、ナツたちのH世界出張の期限がすんなりと伸びたこと、そして当初の予定よりも長引くことを考慮して様々な『援助』をしてくれるようになったことは良いことだと言えよう。
また、ハルの当初の目論見通り、『コハル』というデブリが未だ存在する――その姿はN世界側には見せず、曖昧に濁しているが――ということから、引き続きナツたちが望めばH世界に滞在しても良い、援助も続けるという約束を取り付けることもできた。
(……案外、N世界のヤツらも気付いてるのかもな)
ナツたちは無邪気に喜んでいたが、ハルは内心ではN世界の人々――『上』の人間はハルの思惑に気付いた上で、要求を飲んでくれているのだろうと思っていた。
ハルの要求を飲んでいるのは親切心からでも、ハルの身を案じているからでもない。
デブリという存在を生み出したのが他ならぬN世界の仕業だから、ということを後ろめたく思い、またハルに対する『口止め』の意味を含んでいるのではないか、とも。
(――ま、いいさ。別に俺たちに危害を加えるつもりはなさそうだし、後始末とかも手伝ってくれてるしな)
ただ、ハルの方とてN世界側に感謝していることはある。
ナツたちとの共同生活における『援助』は、金銭的なものだけではない。
これはコハルの時もそうだったが、大規模な『超科学催眠電波』を使って『ショッピングモールの事件の隠蔽』や、『ナツたちのこの世界における身分証明』を作ってくれていたのだ。
もちろん、あくまでも催眠……そして影響を深く残さないためにも『彼女たちの存在・身分に疑問を抱かない』というレベルなので、たとえば戸籍謄本が必要な手続き等は行えないままではある。
それでもハルにとってはかなり助かる『援助』だ。
N世界からH世界の『金』を大っぴらに渡すわけにもいかない。食料品や衣類などをある程度融通するに留まっているため、時間に余裕がある時はハルだけでなくナツとアキもアルバイトを探して少しでも稼ごうとしているのが現状である。
……フユについてはどうしようもないので、ハルたちがいない間のコハルの世話係となっているが。
「あとは……私たちがこっちの世界で暮らしていく上での問題を一つずつ片付けていくだけね」
「だな。まぁそれが一番悩ましいところだが」
現状は、フユをF世界に戻さないための一時的な避難にすぎない。
N世界やA世界にフユを滞在させることもできないのだ。その点は、どの世界でも共通の事情だ。
この一時的な避難を恒久的な避難にするためにはどうすればいいのか……それこそが次のハルたちの考えるべきこととなっている。
――それでもきっと何とかできる。
そうハルも、ナツたちも確信していた。
ハル一人ではどうにもできないことでも、並行世界の自分が揃っていればきっと何とかできる。
その方法が今は思い浮かばなくてもいつか必ず考えつく。
実現が難しい手段であっても解決することはできるはずだ。
なぜならば、4人揃えば自分たちはきっと『世界における無敵の存在』になれる――そう確信していたから。
「明日からどうしよっか?」
そのままハルたちは少し公園で休憩することにしていた。
街の明かりを見下ろしながら、途中で買った飲み物を飲むハルとナツ。
少し離れたところでは、嫌がるコハルを弄繰り回すフユにその横で微笑んでいるアキ。
彼らの他に暗くなった公園には誰もいない。
「……そうだなぁ……」
ナツが何を質問しているのかは理解できているつもりだ、とハルは『何を』とは聞かずに少し考えるそぶりを見せ答える。
「まぁ、N世界側から『穴』が完全に塞がったって報告が来るまでは、一応見周りには来ようかなと思ってる。
その後は――全員揃っての散歩がてらで来るのもいいんじゃないか。なんだかんだで『習慣』になってきてるしな」
「ふふ、そうね」
きっかけは『デブリ釣り』だったものの、なんだかんだでほぼ毎日のように4人揃って公園に出かけるのは習慣と化している。
今後アルバイトが決まったり、ハルについては大学受験も控えているしで揃って出かけることは難しくなってくるかもしれないが、そうなるまでは続けてもいいだろう――ハルはそう思っていたし、ナツも同感だった。
「あ、でも明日はコハルを捕まえておかなきゃだな……」
「? なんで? なにかあったっけ?」
「……良樹たちのデートだからなー……」
ハルの言葉の意味はわかるが真意までは掴めずナツは首を傾げる。
……一ヶ月前、良樹たちのデートはコハルたちの襲撃によって中断されることとなってしまった。
そこから色々とあってなかなかやり直しができなかったのだが、ついに明日にデートすることになった――とハルは良樹から聞かされている。
「コハルに乱入されたら、その……色々と、な?」
「…………あっ、そういうこと……」
敢えて言葉を濁していたが、ナツにも伝わったようだ。
一か月前のデートを中断させてしまったことを、ハルは心の底から申し訳なく思っていたのだ。
なぜならば、そのデートで良樹は真理と――まぁ色々と決心を固めていたわけなのだが、その続きが明日なのである。
猫妖精の姿で、ただの猫の振りをすることに同意したコハルではあるが、まだ一ヶ月だ。
もし、良樹と真理の関係が更に進む、となるデートのことを知れば心中穏やかではいられないだろう。
それもあって、明日の日中はコハルを捕まえつつ、適当な言い訳をして良樹たちに出くわさないようにしなければならない、とハルは考えている。
……まぁハルが勝手に察しているだけであって、『そういうこと』にはならない可能性もあるが。
「…………ねぇ、ハルも『そういうこと』に興味あったり……する?」
「はぁ!?」
唐突に、ハルの様子をうかがうような素振りでナツが問いかけてくる。
しかも、ちょっと上目遣いで恥ずかしそうに頬を赤らめて……。
「い、いや……そりゃ、ないわけじゃ、ないけどさ……」
動揺したハルの言葉はしどろもどろになる。
――もしこれがナツではなく他の女性から言われたのであれば、ハルは何とも思わなかっただろう。なぜならば、先に『女性嫌い』が発動するからだ。
しかしナツに対してはそれがない。
だから不意打ちの発言に動揺してしまっているのだ、きっとそうに違いない。とハルは自分に言い聞かせて落ち着かせようとする。
「まー、私たちには縁のない話だとは思うんだけど……それでもさ、やっぱり――こ、子供とか……将来、欲しいかもって思うしぃ……私は一人っ子だし……」
「お、おう……」
並行世界間である人物が『いる』『いない』という差がどこから現れるかと考えれば――当然、『子孫を残さなかった』ことが原因となるだろう。
極端な異性嫌いであるハルたちにとっては、かなり深刻な問題である。
「それ抜きにしても、私も興味ないわけじゃないし……えっと……」
「おいやめろなんでこんな時に『女』出してくるんだよ頭混乱するだろーが」
敢えて言うなら、姉妹が迫ってくるのに近いものを感じてしまう。
「あははっ、冗談よ、冗談」
「……」
ハルをからかっていただけなのか、ナツはすぐにいつものように笑顔に戻る。
そこには先ほどまでの態度は微塵もなかった。
「身体も性格も違うけど、『自分自身』なのには変わりないからねー。『そういうこと』の相手としては見づらいっていうか……。
…………それによく考えたら、仮にしたとしても――それって結局一人エッ」
「皆まで言わんでよろしい!」
慌てて顔を真っ赤にしたハルがナツの口を塞ぐ。もちろん手で。
『そういうこと』に興味がないわけではないが、女性嫌いのためいまいち想像ができず、友人と『そういうこと』の話もあまりしたことがない。
なので、意外とハルは『そういうこと』の話題には弱いのだ。
ましてや相手は『自分自身』とは言え『女性』だ。なおさらである。
「ったく……たちの悪い冗談やめろよ」
「ごめんごめん。
でもさ、考えてみたら――今のハルって、女の子に囲まれた生活してるわけだし、いわゆる『ハーレム』ってやつじゃないの?」
「まぁ……そうとは言えるが……。
……多分誰も羨ましく思わないハーレムだろうな」
「だねー。なんたって、全員が自分自身なんだし」
そう言って二人は笑いあう。
状況だけ見れば、確かに『ハーレム』と言えないこともない。
しかし、異性であれど互いに『異性としての好意』は決して抱くことのない――自分だけのハーレムだ。
おそらく傍から見るほど羨ましくなる要素はないだろう。
ハルたちにしても、自分自身を恋愛対象として見るほどナルシストでもない。
それでも、お互いがお互いを絶対的に無条件に信頼している、世界一絆の強固なハーレムであるとも言える。
「子供とか、まぁそんなのはまだまだ未来の話だ。そん時になって考えればいいさ」
「そうだねー。
……そんなこと言って先延ばしにし続けておばあちゃんになってるってありそうだけど……」
「……そん時はそん時だ」
まだまだハルたちにとっては遠い未来の話だ。
今の問題を解決することの方が先であろう、と先延ばしを自覚しながらもハルたちは割り切る。
「さて、デブリの問題もほぼ解決したことだし、あまり遅くなりすぎてもアレだからそろそろ帰るか」
「そだねー。お風呂入りたーい」
「だな。
……マジで真剣に引っ越し考えるか……いやでも金がなー……」
ぬるい風呂の問題だけは如何ともしがたい。
そのためだけに引っ越すのはどうだろうと思いつつも、今は『超科学催眠電波』でコハルのことも誤魔化している状態だ。
ペット可物件や、今は『超科学お泊まりセット』を使っているナツたちにもちゃんとした部屋を用意してあげたいので広い家を借りるというのを、漠然と考えてはいる。
……ハルの家族への言い訳や、金銭的なことなど問題は山積みであり今すぐどうにかすることは難しいのが現状ではあるが。
「まぁまぁ。私たちなら大丈夫よ、きっと」
何の疑いもなしに笑顔を向けるナツに、
「…………そうだな」
ハルも笑顔を返すのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かくして、『特異点』を巡るハルたちの物語は終わりを告げる。
ここからは、ちょっと特殊な事情を持ってはいるが、それ以外は至って平凡な少年少女たちによる、自分たちの新たな日常を作るために奮闘する物語である――
『パラレルワールド・俺ハーレム』完
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――とはならなかった。
「お兄ちゃん、なにかくる!!」
「!? フユ!?」
普段のフユではありえない、切羽詰まった大きな声で警告をすると共に全員が一斉に動いた。
アキがフユとコハルを抱えハルたちのすぐ傍へ。
「『超科学バリア』!」
全員が揃うと同時にナツが防護壁を張り巡らせ、
「フユ、こっちへ」
「ぅん……」
アキからフユをコハルを受け取ったハルが守り、両手の空いたアキがいつでも動けるように準備する。
……フユの警告から数秒後。
「な、なんだ……!?」
「空が……裂けていってる……!?」
異様な現象が起こっていた。
ハルたちのいる公園、その上空の夜空が真っ二つに割れていく。
割れた夜空の向こう側に『超科学パラレルワールドゲート』のような、サイケデリックな異空間が広がっている。
見てるだけで眩暈がしてくるような奇妙な空間――
「おい、コハル!?」
「し、知らないにゃ……私じゃないにゃ!」
心当たりがあるとすればコハル、というかデブリ関連だがコハルは否定する。
ここで嘘を吐く理由はあまりないし、デブリとは言えコハルもハル自身と言える存在だ。嘘かどうかは何となくわかる。
コハルでもない、そしてナツの態度からしてN世界絡みでもない異常現象が彼らの目の前で起こっているとしか言いようがない。
「あら? 何か落ちてくるわ~」
「ば、バリア最大出力!!」
やがて、異空間の向こう側から『何か』が地上へと向けて落下してくる。
今から逃げることもできない。
ナツが必死に『超科学バリア』の出力を上げ、とにかく耐えようとした次の瞬間――
――ズゥゥゥゥゥン……!
と思い地響きを立て、『それ』が公園近くの山へと落下した。
『それ』の大きさと落下してきたであろう距離にしては大きな衝撃がなかった――とはいえハルたちがはっきりと感じ取れるほどの揺れはあったが――のは、『それ』が落下寸前に炎を噴いて衝撃を和らげたためだろう。
「な、な……っ!?」
ハルは言葉もない。
アキは皆の前に立ち警戒を怠らず――だが襲い掛かってくる様子はなく、『それ』が彼女にとって余りに未知であるため戸惑っている。
一方で、最初は驚いたナツであったが『それ』が何なのかを認識し、キラキラと目を輝かせる。
……尚、フユとコハルはぽかーんとしている。
異空間から落下してきたものが何なのか、ハルとナツは認識できていた。
が、『何』とは認識できても、実在するとは思っておらず理解が追いついていない。
『それ』には頭があった。
胴体があった。
両腕があり両足があった。
ようするに『人型』であった。
ただし、『人間』ではない。
今は両ひざを地につき、項垂れているような姿勢のためはっきりとはわからないが……立ち上がったとしたら高さはおそらく10数メートルはあるだろう。
そして、その肉体は冷たい輝きを放つ『金属』で造られている。
「ろ、ロボット!?」
「人型ロボきたぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そう、端的に言えばそれは人型ロボ――全世界の男子憧れの人型ロボであったのだ。
右手にはきっと『ビーム』が発射されるのであろうライフル、左手にはビーム相手に役に立つのか不明な大きな盾。
背中には先ほど着陸の衝撃を和らげた立役者である巨大なブースターを背負った、正しく人型ロボである。
ハルとて男子だ、そんな存在を知らないわけではないが……戸惑いの方が大きい。
ナツはというと、流石N世界の科学者であるためか興奮気味だ。N世界でも実用化はされていないのかもしれない。
「……何か出てくるわ~」
「…………こわくはない、かも……?」
人型ロボが地に降り立って、否落下してから数秒後――ロボの胸部に当たる部分が開く。
そこが『コクピット』なのだろう。
中からワイヤーを伝って『何者か』が降りたち、ハルたちの方へとゆっくりと近づいてくる。
(……『女』……?)
頭部をすっぽりと覆うヘルメットを被っているため顔はわからないが、身体に纏っているパイロットスーツ (と思われるもの)は体型がわかるようになっている。
どう見ても『女性』である……が、身長はかなり高い。ハルやアキに近いくらいはあるだろう。
その謎の女性パイロットがハルたちの近くまで来たところで、ようやくヘルメットを外す。
「……!! おまえ……!?」
その顔を見たハルは思わず驚きの声を上げる。
他のメンバーも驚きで言葉を失ってしまったようだ。
なぜならば、その女性の顔はハルによく似ていたからだ。
ハルの顔の輪郭を柔らかくし、髪型を変えただけ――もちろん体型は女性そのものだが――の、男装が似合いそうな女性であった。
「――ようやく見つけました、『特異点』」
「!」
彼女ははっきりとハルのことを『特異点』と認識していた。
となれば――と、ハルたちの警戒心が一気に高まったが……。
彼女は姿勢を正し、びしっと見事な敬礼をする。
「自分は反マリエスタシオン帝国軍・第三T-aLLOS部隊所属、バ=イウ中尉であります!」
「お、おう……?」
見た目はハルに似ているが、声質はやはり女性そのものだ。
淀みなく自己紹介するバ=イウとやらだったが……言ってる内容はハルたちにとってチンプンカンプンだ。
……いや、何となくハルには予想がついているのだが……。
「『特異点』である四季嶋春人殿をお迎えに上がりました!」
「ちょっと待て。何で急に……!?」
予想はつくが事情はさっぱりだ。
それに、ハルを連れて行くという趣旨のことを聞いてナツたちも警戒を強める。
怯むことなく、バ=イウは小さく頷くと説明を始める。
「春人殿だけではなく、夏海殿、アキナ殿、それに――えーっと……?」
「……フユのこと……?」
「なるほど、フユという名前なのですね! 失礼いたしました。
フユ殿も含め、皆さまにも同行いただければと思います!」
「だから何でだよ!?」
「――今、この世界だけでなく全ての並行世界が帝国の脅威に晒されているのであります。
自分たちは帝国の侵略に抗う、いわゆる『レジスタンス』であります!」
「帝国……? レジスタンス……?」
バ=イウの立場は何となくわかったが、それでもまだまだわからないことがいっぱいある。
「レジスタンスも様々な世界から仲間を集めてはいますが、帝国の力には及ばず……押される一方でした。
全並行世界の支配を目論むマリエスタシオン帝国皇帝、およびその配下の帝国軍……彼女らに対抗するための最後の希望が、『特異点』である春人殿なのであります!」
――その言葉を聞いて、ハルは察した。察してしまった。
「…………そのなんちゃら皇帝って悪の親玉は――『女』だな?」
「肯定であります!」
「…………んでもって、その配下の帝国軍……のまぁ偉いやつらも『女』だな?」
「肯定であります!!」
「…………ついでに聞くが、バ=イウ」
「あ、気軽に『イウ』とお呼びください!」
「イウ――お前の集めた仲間たちも『女』だな?」
「またまた肯定であります!」
そこまで聞いて、ナツたちも察したが敢えて言葉を挟まず。
深い、深いため息をついて一呼吸を入れた後、ハルが尋ねた。
「……そいつら全員が並行世界の俺なんだな?」
「ご慧眼恐れ入りました! 全て肯定であります!!」
ハルは大きく天を仰ぎ、再びため息。
イウの言葉が正しいことは、感覚でわかっている――彼女もまた、並行世界の『自分自身』だということがわかっているからだ。
ならば、全並行世界の支配という世界征服以上に頭の悪い計画を実行しているのも、それに協力しているのも。
はた迷惑だがこれ以上ないほど有害な計画を阻止しようとしているのも。
全てが自分自身のことなのだ。
「……ナツ、アキさん、フユ。あとついでにコハル」
もう一度息を吐いて気持ちを落ち着けた後、ハルは彼女たちに願う。
「すまん、一緒に来てくれ」
『一緒に来てくれないか?』ではなく、『一緒に来てくれ』――
もうハルの中では決心は固まっていた。
イウと共に征き、皇帝とその協力者たちの馬鹿げた侵略を阻止し、尻ぬぐいをするということを。
その戦いにナツたちを巻き込みたくない、などと言うつもりはなかった。
彼女たちと共に征くことこそが、ハルの在り方であり、どんな困難も乗り越える唯一の方法だとわかっていたからだ。
「もっちろん! ぶっちゃけ、私の世界より進んだ科学の世界って感じだし、それだけでも興味あるわ!」
ナツは否を返さない。むしろ、ハルが行かなくても自分一人でも行きたいと言い出しかねない勢いだ。
「……うふふっ♪ もちろん、ハル君もナツちゃんもフユちゃんも、わたしがこれからも守り続けるわよ~。…………あの大きな乗り物? も戦い甲斐がありそうですしねぇ~」
アキも否を返さない。並行世界最強の生物は、鉄の巨人ですら恐れることはなく全ての自分自身を守るのが役目だ。
「……フユも」
フユも否を返さない。他に行く当てがないという消極的な理由ではない。きっと自分がいれば、ハルたちを危険から守れる――そう確信しているが故に。
「え~……私もにゃー? ……んにゃー、皆いないんじゃご飯もないし、しょうがないにゃぁ~」
嫌々なように見せかけながらもコハルも否を返さない。言葉通り、ハルたちの誰もいないのでは飢え死に待ったなしであるし、内心では自分の起こした事件の罪滅ぼしをしなければ、と思っている。
「――ありがとな、皆」
馬鹿げた話だが、冗談で済む話でもない。
命の危険があるかもしれない新たな世界へと連れて行くことを申し訳なくも思うが、それ以上にハルは心強さを感じていた。
彼女たちと共にあれば、どんな困難であっても切り抜けることができる。
その思いは全員同じなのだ。
「よし、イウ。俺たち全員行くぜ!」
「! 感謝いたします!
それでは、皆さまを乗せるための『母艦』を呼び出しますので少々お待ちください!」
そう言うとイウはスーツに内臓されているのであろう通信機を使い、サイケデリック空間の向こう側に待機していたのであろう『母艦』を呼び寄せようとする。
ただでさえイウ登場の衝撃で街の方がざわめいている――もう少ししたら、きっと警察等が現れることだろう。
(やれやれ……しばらくは帰ってこれなくなるかなー。まぁ余裕が出来たら一度里帰りできないかイウに相談してみりゃいいか)
学校を無断欠席する羽目にはなりたくはないが、事情が事情なので仕方ないと割り切る。
思った通り、余裕のある時に一時的に戻れれば何とかする自信はあるため、一旦忘れ目の前のことに集中することとした。
「皆様、母艦と連絡が着きました!
すぐに搭乗していただきます!」
一言二言しか会話していなかったが、イウたちの方の話はあっさりと着いたようだった。
サイケデリック空間の向こう側から、空を飛ぶ巨大な船――『母艦』が一瞬だけ姿を現して地上のハルたちへと向かって光を照射。
……まるでUFOにアブダクションされるかのように、ハルたちは『母艦』へと向かってふわふわと浮いていく……。
「――じゃ、並行世界でバカやらかしてる自分を懲らしめにいくか」
努めて軽く、なんてことのないようにハルは呟く。
彼のその言葉に、ナツ、アキ、フユ、コハル、そしてイウは力強く頷くのであった――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かくして、『特異点』を巡るハルたちの物語は終わりを告げる。
ここから始まるのは、全並行世界を巻き込んだ並行世界大戦。
各世界における最高の天才たちによる自分自身との戦い。
――この戦いの果てに、全ての決着をつけるためにハルが『並行世界の自分自身』を集めた王国を造り、帝国と全並行世界を二分することになるとは……当然、彼自身は知る由もないのであった。
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