ナナイの青春生存戦略

しぼりたて柑橘類

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7.ただでは起きない

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 コズハを無事に助けられた俺とエイリアン。コズハの治療を待つ間、俺はエイリアンの発声練習を見送ることになった。


 “発声器官のテストを君に任せたい”


 テレパシーで伝えてくるなり、咳払いをしたエイリアン。その表情はどこか得意気だ。
 

 「発声器官?」


 俺が首を傾げると、エイリアンはゆっくりと伝えてきた。


 “この体は限りなく君たちに近い形をしている。内部構造まで完全に似せられた訳では無いが、君たちのコミュニケーション方法、詰まるところ声帯を模倣している。
 君には僕がきちんと話せるかを聞いていて欲しいんだ”


 つまりテレパシーを使わずに喋るから、きちんと話せてるか聞けってことか。


 「ああ、お易い御用だ。っていうか日本語話せるんだなお前」

 “翻訳ソフトを使えばそれくらいは容易い”

 「他の星の言葉にも使える翻訳ソフトって、高性能にも程があんだろ……」

 “そうだろう、そうだろう”

 
 どこか得意げなエイリアンは頬を手でマッサージし始めた。上へ下へ、美顔体操よろしくほっぺたをこねくり回す。おそらく喋ることがなければ使わない筋肉。準備運動も兼ねて入念にやっているのだろう。

 一方の俺は文明の差に愕然としつつも、どこか安心していた。人命救助の見返りともなれば法外な要求をしてくるものだと思ったが、案外可愛いものだった。

 仮にも俺は日本語のネイティブスピーカー。多少の発音の違いなどは俺にも分かるはずだ。
 
 ……それにしても、体も人間そっくりだったが今度は声まで使ってくるとなれば、最早人間そのものだ。秋葉原あたりの個性の濃い人波に紛れ込めば、区別はつかない。

 エイリアンと言えば人間からかけ離れた形をしているイメージがあったのだが、こいつはまるで人間じゃないか。
 
 似ているあまり、エイリアン側が人間の真似をしている可能性すら感じる。偶然の一致だと看過できないほど似通っている。

 仮に人間の真似をしているのなら、エイリアンの目的は人間に関わる何かなのでは……。
 

 「あー!」

 「っ!?」


 突如、俺の耳を甲高い声が貫いた。
 コズハでは無い。コズハはワントーン低いし、語尾に『!』がつくような声量で話さない。ともすれば、可能性はひとつ。

 声のする方に振り返ると、
 

 「……あ、あーあー……あーあー?」

 
 と、声を出し始めたエイリアンの姿があった。少し声を出しては首を傾げ、顎の下を指で数度弾く。おそらく、そこで喉の調節をしているのだろう。声量は次第に安定してきた。


 「あ~……あ~……?」


 エイリアンは可愛げのある、高めの声だ。コズハが低めで起伏のない声なので、なおのこと高く感じる。


 「おお、いい感じに出てきたな。その感じで、続けて話せそうか?」


 俺に対しエイリアンは軽く頷き、さらに声を張った。


 「あー、マイクテスト、マイクテストだ。聞こえるか?」

 「……ゆー?」


 突如繰り出された頓狂な言葉尻に、思わず首を傾げる。自然に出てきた割には、取ってつけたような語尾だ。


 「何かおかしいか?発音か?イントネーションか?それとも訛りか何かがあるのか?」

 「あーなんつーかなぁ……そういうのは全然いいんだが」


 迫り来る『ゆー』のラッシュ。しかし当のエイリアンは全然気付いていない。むしろ、煮え切らない俺の態度に腹を立てているようだ。


 「なんだゆー言いたいことがあるなら早く言うんだゆー!」


 エイリアンは、腕を組みながら目くじらを立ててきた。それだけなら可愛いものだが、奴の触手の先端が2本揃って俺に向けられている。

 
 「なんのつもりだ、こいつらは」

 「ぼくの質問に、忌憚きたんのない意見を出してもらうための、可視化された交渉手段だゆー」
 
 「言葉で伝えろや」

 「言葉が機能しているか調べるために、ノンバーバルでコミュニケーションをとるんだゆー。
 きちんと答えてくれたなら、右ストレートも左フックも飛んでいかないゆー」

 「ただの質問のつもりなら、んな物騒な事すんじゃねえよ」


 触手一本で俺の片腕を縛れる力があると踏まえると、ずいぶん笑えない脅しだ。当たりどころによっては痛いだけでは済まないだろう。ここぞと暴力に訴えやがって。
 
 俺は両腕を突き出してガードの構えをしつつ、語弊を産まないように少しずつ伝えた。
 

 「……なんつーか、その、語尾が変だ」

 「語尾かゆー?そんなに変かゆー?」
 
 「現在進行形で変だ。分からねえか?」

 「分からないゆー」

 「俺には今のも『分からない』って言ってるように聞こえるんだが、狙って言ってんじゃねえのか?」

 「そんな風には言ってないゆー!狙ってそんなことを言うだなんて、ぼくを馬鹿にしすぎじゃないかゆー!」

 「んな事言ってるそばから、また出てきてるぞ。もう全部の語尾がそうだ」

 「翻訳ソフトの不具合かゆー……?だとしたら文章の校正プログラムを見直す必要が……ゆ、ゆぅぅぅ……」


 エイリアンは膝から崩れ落ち、項垂れる。そして茂みにすっぽり隠れた。
 
 先程の神秘性はどこへやら。少し不思議な力が使えるだけの残念な美人になってしまった。いや、充分すごいか。

 しかし、言葉の発音が幼いのは事実。濁点の音が舌っ足らずで、『僕』という言葉にもさほど迫力が乗っていない。特徴的な髪型も相まって、電波的にまとまってきた気がする。

 とりあえずこの落ち込みようは異常だし、適当に励ましてやろう。

 俺はエイリアンに近寄ってしゃがんだ。
 

 「お、俺は悪くはねえと思うぞその口調。むしろ結構しっくり来てる気がするが……」


 そこまで言ったところで、エイリアンは俺に顔を突きつけた。


 「そういう柔な慰めは要らないんだゆー!!コンプレックスに気を使って『可愛いね』って言われた時ほど、虚しいものはないゆー!!」


 鼻と鼻が触れ合う程の距離感で、大口開けて怒鳴りつけてくる。
 どんなに整った顔でも、至近距離で怒鳴られれば恐怖の対象でしかない。


 「そ、そうかよ……」


 引きつった顔でそう言うと、


 「だから、具体的な解決法を君に提示してもらうゆー」

 エイリアンは俺の背中に手を回し、おもいっきり抱きしめてきた。整った顔が俺の顔面に迫る。鼻と鼻がふれあい、体と体は文字通り肉薄する。よもやキスでもしようかという距離感だ。
 
 曲がりなりにも俺は男子高校生。普通ならば羞恥やら動揺やらで、頭がパンクしていることだろう。

 しかし男子高校生である以前に、俺は人の子。俺の目の前にいる化け物の腕力は普通に強く、繋がりかけていた俺の肋骨が悲鳴をあげた。


 「ぎゃああああっ!離れろおおおっっ!!せっかく繋がってきたのにっっ、また折れるううぅっ!!!」
 

 エイリアンの肩を弱々しく押し返す。
 だが、エイリアンは聞く耳持たず、力も弱めず、俺を抱き寄せてくる。


 「何叫んでんだゆー!!整った言葉で喋ってくれないと、ソフトの都合上翻訳しきれないゆー!」

 「折れる!!お・れ・る!!離れろ!!」

 「はぁ、なにを言いたいんだゆー?お……れ……る?俺る?」

 「違ぇよ!!分からねえとは言わせねえぞこのクソ精度ソフトォォっ!!」

 「はあ!?ぼくの星の技術力をバカにするのかゆー!?」


 ギュッと、今度は触手が背中に回って締めあげられた。

 
 「ぎぃやあああああっ!!」

 「それに、もっと君はぼくの尊厳ってものを考えて欲しいゆー!ぼくは高度知的生命体であり、並大抵の星の何倍もの技術力を誇り、この星に来たのだって一度や二度じゃ……」

 「わ、わかった、わかったから離れろ!!砕けるっ!!マジで粉砕される!!!」

 「くだけ?簡単にして話せってことだゆー?全然わかってないし分かんないゆー!日本語難しいゆー!!」

 「分からねえのか!?お前の星の言葉と、同じ言葉が俺の星にあるはずがねえ!正しく伝わらねえに決まってんだから、行間読まずに言う通りにしろ!!!」

 「そこまで分かってるなら、君はぼくに何をすべきか分かるはずだゆー!やってくれるって約束できるなら、離すのもやぶさかではないゆー!」


 エイリアンは不敵な笑みを浮かべた。
 なにか企んでそうな表情だったが、痛みに支配された俺に機微を読み取る余裕など無かった。
 

 「何だ!?何が言いてえんだ!?さっさとしろ!さっさと離してくれ!何でもするから早くしてくれ!!」

 
 投げやりに叫ぶと、エイリアンの腕は緩んだ。痛みから解放されて動揺する俺の肩を、エイリアンは引っつかむ。
 そして、俺の顔を覗き込むなり言い放つ。
 

 「翻訳ソフトの精度はまだまだ低いゆー。そこで君にはこれから付きっきりで言葉をレクチャーしてもらって、ぼくをネイティブスピーカーにしてもらうゆー!」

 「えっ」


 かくして、見知らぬエイリアンへの日本語レクチャーが始まった。
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